翻弄される子どもたち
3月下旬のある日、私が出勤する少し前に、ペルー出身のYの父親から電話があった。「本国に帰るので、明日書類が欲しい。」とのこと。
3年生のYは小学校入学前に来日、日本で生まれた小学6年の妹と就学前の弟がいる。スペイン語は、日常の会話は問題ないが読み書きは自信がないと語っていた。高校では全て一般の生徒と同じ授業を受けていたが、特に国語ではかなり困難があるように見られた。
出勤した私は事情を聞くために本人の携帯に電話をした。「そうらしいんだ。勝手に決めちゃうんだ。」と言うので「君は納得してるの?ちゃんと話し合わないといけないよ。」と話した。すると間もなく父親から電話があり、「どうしてYに電話したんですか。先生は親ですか?Yの親は私です。Yに何かあったら先生は責任をとれますか。」とお怒りの様子。帰国について私が反対していると思ったらしい。とりあえず話を収め、書類はできるだけ早く作るから親子で受け取りに来てください、ということにした。
翌日、約束した時間になっても現れないYに電話すると、「今、起きた。今から行く」と言った。2時間ほど遅れて父子で来校。Yの顔は明らかに寝不足。別れを惜しんで友達と遊び歩いているらしい。父親は「フクシマはとても危ない。先生は知らない。私は分かる。」と語った。「ペルーで何をするの?」とYに聞くと「学校に行きます。」と答えたのは父親。「分からない、何か仕事を探すつもり。」と言うYは、「先生、もういいよ、どうせ全部親が決めちゃうんだから。オレが日本に残りたくたって、未成年じゃそういうわけにはいかないだろう。」と語った。「小さい兄弟のことも考えたら、この状態では日本に住めないという判断も仕方ないよ。」と取りなす私に彼は肩をすくめた。
原発事故後、日本政府が半径20キロの避難指示を出したのに対して、アメリカが出した退避勧告は80キロ、コロンビアは帰国支援のための飛行機を飛ばした。Yの父親を過剰反応と嗤っていいのだろうか。福島県で学ぶ児童の被爆許容量の目安として出された、年間20ミリシーベルトというのは、それまでの職業被爆の限度と同じ数値。子どもたちを原発労働者と同じに扱おうというのか、この国。これこそ笑ってすまされない。
もう一つ、笑ってすまされないのはこの機に乗じて垂れ流された、外国人への差別・偏見を助長するような発言や報道だ。産経新聞3月26日版には「原発怖い 永住中国人妻ら 子供置き去りで帰国相次ぐ」というセンセーショナルな見出しが躍っている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601230007-n1.htm
生活保護という日本からの「お情け」を受けながら、我が身かわいさに子どもを見捨てた「非道」の外国人、こんなことを許していいのか、という書き方。
日本人の中に罪を犯す者がいるのと同じように、外国人にも犯罪に手を染めたり、人道的に問題のある行動をとったりする者がいるのは事実だ。しかし、ある一例を取り上げ、それを「相次いでいる」などと一般化するのは、正しい報道の姿とは到底言えない。
他の学校でも、放射能を怖れて外国人の生徒が急遽帰国したという話を聞いた。その保護者に対して「学校に一言もなく帰ってしまうなんて、だから外国人は……」という声があるとも。しかし、言葉の問題もあって少ない情報量の中で必死になって子どもの安全を願う親の気持ちは私には痛いほどわかる。と同時に将来の展望が見いだせず自暴自棄に陥りそうなYの気持ちも……。
一方で、私が日本語を教えているベトナム出身の生徒たちはみな母国の親戚から、早く帰ってこい、と強く促されて様々に思い悩んでいた。結局みんなで集まって「死んでも日本に残ろう。」と誓い合ったという。そんな「いい話」を聞いたのに「そんな思いまでして残るほど日本は良い国かなぁ」と言った後に、「だったら死ぬ気で日本語を勉強しなきゃね。」と付け加えた私。
鬼です。
