心のスイッチ
先日とある講習会(同じ業種の若手の勉強会のようなもの)での事である。
今回のテーマは「女子管理とその出勤管理」であった。
講習会の始まるまでに少し時間があったので、参加しているスタッフのみんなに、
「今既に女子管理・担当している人はいますか?」と聞いたところ12名のうち4名が既にやっているとの事だったので、
「実際やってみてどうですか?面白いですか?」と聞いたら、意に反して全員が
「大変、楽しくない、わがままなコンパニオンに腹が立つ」との事だった。
これにはビックリした。
我々の頃は、早く女子担当者になりたかったし、その道では一流と言われたかったものだった。
それが今のスタッフは全員が口を揃えて、女子担当者をやって良いことはないと言う。
イメージ的に受けた印象は、出来ればやりたくない、といった感じである。
それではと思い、まだ女子担当をしていないスタッフに、
「今後女子担当をしてみたいですか?」と聞いてみると、これまた全員が
「大変そうなのでやりたくない」、「難しそうだから自信がない」、「女子と出来ているのではないかといわれるのがイヤだからやりたくない」と言っていた。
じゃ、何でこの業界を選んでやっているのだろう?
正直な話、この業界ではどんなにウエイター業務がうまくても店長には成れない。
むしろ多少問題があっても女子担当が上手ければそこそこ迄はいけるハズである。
いや、それこそがこの商売の根本ではないか。
そんな頼りない若手を嘆いてもしょうがない。
よくよく考えてみれば、これは単に彼らは彼らのいる店舗の直の上司や店長に、魅力を感じていないということではないか。
無論、上司や店長は一生懸命にやってはいるのだろうが、その心意気みたいなものが部下には全く伝わっていないということになる。
そうでなければ、若手の前で愚痴ばかりを言っているかぐらいしか思い当たらない。
いずれにせよ、これは彼らの問題というよりは、彼らを面倒見ている我々側の問題のように思う。
若手からみて憧れられるぐらいでなければいけないのではないか?
今の若手がどうのこうのと言う前に、自分自身の事をもっとよく考えてみようと思った。
部下から見て自分はどうなのだろうか? 皆、自分自身の事はよくわかっていないのだから。
講習会をどうするという以前の問題だったので、皆この後自分の店に戻ったら、
「女子管理・担当に魅力を感じていない、出来ればやりたくないと思っている自分がいるのですが、どのように考えればいいですか?」と相談するように勧めた。
彼らが本当に相談するかどうかは私の関わる問題ではない。
しかし、そう言われて、そう思って本当に動いた者だけが我々の次世代のスタッフになる後継者なのだ。
彼ら任せにも出来ない。
部下に相談された上司がそれをどう受け止めるのか?
我々の方ももっと彼らのやる気のスイッチがどこにあるのかを研究した方がいいのかもしれない。
その涙は?
もう日も暮れた午後6時30分、その二人はバス停の前にいた。
この前話した、「お母さんと一緒・・・」のコンパニオンとその母親の二人である。
待ち合わせの店をあらかじめ言ってあったので、中で待っているものだとばかり思っていたが、外で待っていたらしい。
寒いだろうから簡単に挨拶をして店の中へと入った。
席についた後改めて挨拶をした。
なるほど親子だな、このコンパニオンも年を取ればこんな風になるのかな?と思ったりした。
まあ、そんな事はどうでもいいのだが、お母さんと一緒、と言われたのでどんな事をお母さんは言うのかな、と思っていたが意外と口数も少なく、いいお母さんだった。
そのお母さんと私がいろいろと話している間のことだった。
横に座っていた彼女の頬から突然一筋の涙が流れた。
先程会ってからまだ大して時間も経っていない。
久しぶりにあった彼女は特に悪びれるでもなく、むしろ怖いぐらいの笑顔だった。
席についてお母さんに自己紹介と挨拶をしている時もいつに無いぐらいの笑顔だったハズだが・・・・。
その涙を見た瞬間に、まだ行ける!そう確信した。
この場はあまり込み入った話もせず、二人の言い分を黙って聞いて了解した。
「ただ、納得する話をしたいので」という事で、直接彼女と二人だけで話す約束をした。
その時が勝負!
結果はまた今度。
食欲
懲りない人間というのはいるもので、ちょうど一年前に店のコンパニオンとダイエットで掛けをしたことがあり、その時は見事私の方がダイエットに成功してちょっとした小遣いになった事があった。
無論、そのお小遣いはそのコンパニオンとのミーティング(料亭での食事)に消えてしまった。
すると今回もまたその同じコンパニオンがもう一度やろうと言ってきた。
しかも金額は以前の倍の金額でである。
辞めた方がいいんじゃないの?といったが、自信があるらしくまたダイエットチャレンジとなった。
期間は一ヶ月でそれぞれの規定の体重を減らすといったものだ。
双方がクリアーすればドロー。
どちらかが失敗したら、成功した方にお小遣いである。
ちょうど始めたのが11月の25日だったので、測定日は12月26日ということになった。
クリスマスの翌日である。
私の方は思ったように体重が落ちずにいたので、ラストの一週間は相当過激にダイエットをした。
26日の測定が終わったら、その足で行ってみたかった店に行こうと我慢しての事だ。
そしていよいよ測定日の当日。
当然何も食べずに家を出て少しでも気がまぎれれば、と思いガムを噛んで家を出た。
と、その時である。
エレベーターに乗ろうとした瞬間「ガリ!!!!」と音がした。
もしや!と思い舌を奥歯に当ててみると、やっぱり。
以前に直した歯の詰め物が取れてしまっていた。
慌ててガムの中から取れてしまった詰め物を探して大切に保管した。
ところが運悪く今日は日曜日、歯医者さんはお休みではないか!
どうしよう。せっかく楽しみにしていた食事なのに!
結局、店で測定をした後、どうにかなるだろうと思い、お目当ての店に行ってしまった。
食欲には勝てなかった。
人間の欲というのは我慢すればするほど強くなってしまうのだろうか?それとも私が単に卑しいだけなのか?
ちなみにその歯はその後どうなったかというと、現在も治療中である。
歯医者さんに行った時(もちろん直したかかり付けの歯医者さん)、その先生は「平成10年に直しているから、今まで取れなかったのが良かったのかどうか?」と言っていた。
いったいどういう事か。
はじめからもっと短い期間で取れると思っていたのか?
無論、治療費は歯医者さん持ちで同じ詰め物を責任持って付け直しますとの事だった。
今のところ治療が終わる予定は1月末となっている。
珍しく午前中の一番の時間帯を予約した。
今度は治ったら一体何を食べに行こうかな!
そうだ、今回はカレーにしよう!
新しく出来たヨドバシカメラの地下にカレー屋さんがあるらしいから。
食欲には勝てない。
え?ダイエット勝負の結果?
もちろん私の圧勝です。相手は体重計に乗ることすら辞退しました。
社会に出る前に学んでおきたいこと
以前にも少し触れた話だが、今になって思うと20歳で社会人デビューした頃はとにかく社会の事を全く分かっていなかった。
それでも当時の自分は少しでも大人に見られようと背伸びばかりしていたように思う。
恥ずかしい限りである。
ちょっとでもよく見せようとブランド品を欲しがったり、せめて世間知らずと言われないようにビジネス書等もかなり読んだ。
世の中を知らない分、せめて理論武装しないといけないと思ったからだ。
最初に買った本が「成功哲学」という本だった。
いわゆる自己啓発本である。
買ってみたものの内容は全くと言っていいほど理解出来なかったような気がする。
しかし、何度も読んでいくうちに結構勉強になったこともあった。
「とにかく積極的でなければいけない」
そんなことなど…。
高校生の頃にどうせ興味の無い学問を教えるぐらいなら、
こういった自己啓発の技術論を少しでも実践的に面白おかしく、年齢にあった興味のある部門で話をした方がよっぽど教育的ではないかなどと戯言を思ったりもする。
今の若い人達を批判する気は無いが、どうも諦めるのが早いように思う。
以前にいた会社では社訓があり、そのなかに「忍耐成功」という言葉があったのだが、若い自分にはあまりいいイメージでは捉えていなかった。
どちらかというと「苦しい事をじっと我慢する」といったイメージだった。
ところが当時の店長にそれは
「我慢なのではなく、諦めない精神力の強さの証拠だよ!」
と説明された事がある。
言われた時はよく分からなかったが、年を重ねるに連れて「なるほどそうか!」と思った。
自分で決めた事を出来る限りでもいいから、ちょっとづつでもいいから諦めずにやるという気持ちを大事にしてほしい。
一流のエリートを目指す人や学者になろうという人は別だろうが、殆どの大学生も学生の間にもっと社交性や異性との付き合い方をいろいろ学んで人間関係の大事さや作り方を身に付けてほしい。
それが社会に出てからの大きな財産になるのだから。
そうやって思うと義務教育の中学生を卒業したら、後は社会に出たときに恥ずかしくないような人間になる為の勉強期間なのかもしれない。
2年経って
年明けに一週間ほど海外に旅行に行く事になって、昔の同僚や先輩たちと12年ぶりにタイに行ってきた。
その時の珍道中の話は今度することとして、今回はその旅行から帰ってきた後のお店の話である。
まあ、よくある話なのだがやはり店に行ってみると、レギュラークラスのコンパニオンが一人いなくなっていた。
店のコンパニオンの中でもオープン当初から一緒にやっているコンパニオンである。
入店当初が18歳で、今年が成人式だった。
年明け以降あまり成績がよくなく、店の店長からはハッパを掛けられていた。
成人式当日はお休みをもらっていたらしく、その前後にお客様を呼ぶから大丈夫との事だったはずなのだが…。
店に顔を出した初日に店長からあらかたの内容は聞いていたが、その日の夕方に本人から電話が直接掛かってきた。
「お母さんともよく話したんですけど、やっぱりお店を辞めます」
いきなりそういうばかりで、全くこっちの話は聞く気がないようだった。
説得する気も無くなり、じゃあ一度会って話をしようというと、
「今度お母さんと一緒に会いに行きます」と言われた。
2年弱一緒に店をやってきたコンパニオンにこんな風に言われるとはさすがに思わなかった。
まだまだ若いとはいっても今年成人式を迎えた女性が、お母さんと一緒とはどういうことか?
この仕事を始めてからいろいろな辞め方をするコンパニオンがいたが、このケースはちょっと珍しい。
まあ、何も言わずにいなくなるコンパニオンに比べればいい方かもしれないが、おそらくは給料が目的であろう。
実際に会って話をしてみなければ分からないが、いずれにせよいつかは辞めるコンパニオン、今までスタッフが何もしなかったわけではないので、これも現実だと思って受け止めようと思う。
彼女はうちの店に来て何か学んでくれたのだろうか?
入店当初と比べてみると、それは二つある。
一つは体重が10キロ増えたこと。
もう一つは積み立てたお金が100万円溜まったこと。
日曜日の散歩
家の近所の寿司屋に久しぶりに行ってきた。
もうずいぶんと前になるが、一度行った事のある寿司屋である。
その時はハッキリ言って寿司屋というよりも小料理屋か?と思うような内容だった。
大将が一人で切り盛りしているらしいのだが、寿司をいろいろと注文しても、「それは品切れ」「それも品切れ」。
お通しに出た大根葉の煮付けが一番美味かった記憶がある。
ただ、店の大将の愛想が良く、いろいろなサービスをしてくれて、お会計も良心的だったのもあって悪い気はしなかった。
それでも、やはり寿司を食べにもう一度この店に行こうとはなかなか思わなかったので、それ以来数年は行っていなかった。
ところが、最近クチコミでその店の噂を聞いたので、ちょっと気になっていた。
自宅でその話しをしたところ、女房も店の前を通る時に随分変ったと言っていた。
その時々の旬なメニューが店の外に書かれているし、夜通る時も込んでいることが多いと言うのだ。
そういうことならば是非機会があれば行ってみようなどと話していた。
こういうことは運もあるのだろうが、先日話していた矢先に、たまたま行きつけの店が昼時では入れなかったせいもあり、その店に入ってみることにした。
正直言って、日曜にやっている寿司屋?とも思ったが、とりあえずクチコミがどれ程のものかといった好奇心もあって入ってみた。
店の暖簾をくぐり中に入ると、確かに以前に比べてネタの数は増えていた。まだ、仕込みの途中らしかったが、快く入れてくれた。店の雰囲気も何か活気があるような感じがした。
バイトらしき若い男の子もいて、以前とは確かに違っていた。とりあえず、何かツマミを頼んでみようかと思ってみると、今回はかなりネタが揃っていてどれにしようか迷ってしまう程。
明らかに変っている。相変わらずなのは店の大将の気の効いたサービスだった。「これは何処何処の何とかというので、是非食べてくれ。店からのサービスです」といった感じである。
気前よくサービスしてくれるのはいいが、お陰でそれだけでお腹が一杯になるほどだった。それでも寿司を握らせずに帰るのは気が引けたので、最後にカッパ巻きだけ頼んで店を出た。
ツマミを食べながら大将に、最近はどうですか?と聞いてみると、去年は売上がかなり良くなったという応えが返ってきた。
しかもかなり大口のお客様が増えて人手が足りないと言う。実際、日曜日だというのになにやら出前の注文が入っているらしく、気前良く蟹をドンドンさばいていた。
今のご時世では町の寿司屋にしては景気のいい話である。
何が昔と変ったのかと考えていて、一緒に入った女房に
「何処が変わって良くなったのかな?」と呟くと、
「大将のやる気だけじゃないの!」という即答が返ってきた。
確かに違いは店の大将のやる気だけのような気がした。
私も商売柄いろいろな店には行くが、久しぶりに行って良くなったと感じる店は数少ない。
以前はもっと一生懸命で気の効いたいい店だったのに、と思わされることが殆どである。
家の近くにある本当に小さな町の寿司屋さん。これからも頑張ってほしい限りである。
あの大将に負けないぐらい今年は頑張ろう。帰り道、女房とそんな話をしながら日曜の散歩をした。
申し送り
昔、ホテルの配膳に初めて入った時の事である。
ホテルなどは何処も交代制を取っているのだが、先に勤務していた先輩たちから「何処のテーブルは何を飲んでいる」とかいろいろ言われたのだが、最初は何を何の為に言っているのかが分からず、困惑した記憶がある。
例えば、あそこのお客様はジントニックを飲んでいるので、次のお代わりの時はトニックソーダはいらないからジンだけをカウンターにオーダーしろ、というものだ。
いずれにせよ当時のわたしには結構難しかった。
それでも意外と慣れるもので一ヵ月後には普通に申し送りが出来るようになっていた。
先日、店に早い時間から行った時、たまには清掃のチェックでもしようかな?と思ってみたら、換気扇が汚れていたので注意をした。
まさかと思ってエアコンの吸い込み口を見たら、もの凄いというレベルを越していた。自分で脚立を持って開けた時には正直ビックリした。
店にはウィークリーメンテというシステムがあり、毎週何曜日には何を掃除するといったものが組み込まれている。
しかし、このエアコンはどう見ても数ヶ月は掃除をした後が全く無かった。
私がフィルターを見るために板を外した時に、店舗スタッフが全員で「そうやって開けるんですか?」といわれた時にはまたビックリした。もう怒る気もしなかった。ただただ呆れるばかりである。
オープン当初は一緒に清掃をやっていたので、当時いたスタッフは分かっているはず。
そうするとオープン当初のスタッフと今のスタッフが入れ替わったのが去年の3月頃なので、それ以降全くやっていなかったことになる。
確かにちゃんと確認をしていない私自身が一番悪いのだが、それにしても掃除の仕方一つも伝承できないというのは困ったものだ。
確かに以前は何処でもやっていたはずのシステムが時代と共に疎まれ、いつのまにか無くなってしまっているのは悲しい限りである。
以前読んだ本に、中国の少林寺拳法には「守・破・離」の精神があると読んだ事があるのだが、まずはしっかりと既存のシステムを理解する事がもっとも大切ではないだろうか。
今はやたらと新しい物ばかりを追い求めているように感じられる。
少林寺の「守・破・離」に関しては別の機会にでも書きたいと思います。
なぜ水商売なのか?
そもそもどうして私自身が水商売を選んだのかというと、それは単に一番やりがいがあって愉しかったからだと思う。
一般的にいうところの女性を使った水商売を始めたのはちょうど20年前の二十歳のバイトがきっかけだった。
どうしても行きたい大学があって二浪したのだが、志望校には合格せずに、俗にいう滑り止めに入学をした。今になって思うとさすがに二浪もしていると身体もなまるので早くお金を稼ぐ仕事がしたかったように思う。
受験が終わって直ぐに当時「フロムエー」を買ってバイトを探した。
高校の頃に何度かバイトはしたことがあったので、やった事のあるウエイター業務で仕事を探した。
まだ、世間の仕組みなど何も分かっていなかったので単に給料のいい店を探した。
その時目にとまったのが「幹部候補」の文字だった。
月給で35万円となっていた。何も分からずに応募して面接に行った。このとき自分は幹部候補の面接をしているつもりだった。(今になって思えば本当に世間知らずだった)
一通りの面接が終わって最後に身分証明書として免許書をコピーする時には「大丈夫かな?悪用されないかな?」と結構心配だった記憶がある。
「最後に明日から一階のお店でバイトしてください。時給は700円です。」と言われ連れて行かれたのが、キャバクラだった。
お店の外に出ている行灯看板に書かれた「キャバクラ」を見た時は、とりあえず1日だけやって、イヤなら直ぐ辞めようと思っていた。
そして迎えた入店初日。
出勤時間の15分前には来る様にと言われたので店に行ってみると、同じ年頃のスタッフが店の前で待っていた。
店の中にいれば良いのに、と思ったが聞いてみると、今日から入るバイトがいるから待っていたといわれた。一番最初に「今日からの澁谷君だよね?」と名前で聞かれたのがすごく印象的だった。それともう一つ印象的だったのが握手である。コレも結構驚かされた。
挨拶をする際に握手をする習慣など海外経験のない二十歳の小僧にはとても印象的だった。
とりあえずここから私の水商売が始まった。
その後の事はまた後程…。
あの子は今・・・(2)
今日たまたま店の近くで食事でもしようと思って、店を出たのは良かったのだが、まだ新年2日目ということもあっていつもの店が何処もやっていなかった。
どうしたものかと悩みながら歩いていると、結局また同じ道に戻ってきてしまう。
しょうがないので最近流行りの立ち飲み屋に入ってみることにした。
元々それほどお腹がすいていなかったので軽く焼き鳥とビールでもと思って入った。
その時、そういえば誰かに、「この店にオープン当初に働いていたコンパニオンがいるらしい」と聞いた事を思い出し、店内を探してみると女性は誰も見当たらなかった。
焼き場の親父以外はどう見てもアルバイトの学生といった感じである。
そうこうしていると後から入ってきた人に対し、店中の従業員から「おはようございます!」といった声が掛けられた。
どうやらお店の店長か先輩クラスのお出ましらしい。
ふっと目をやると先程いったコンパニオンによく似ている。
しかし、以前とは全く違う。見違えるほど綺麗になっているではないか!
こんなに綺麗だったかな?
今流行りのプチ整形でもしたのかな?
などと考えていると、ちょうど横を通り過ぎる時に名札に目がいった。
そこには「女将」と書かれているではないか!
うちの店を辞めた後どういったいきさつでこの店にいるかは知らないが、大そうな変りようである。
逃した魚はデカかったかな?などとくだらない事を思いつつ会計をした。
ちょうどその女将が会計をしてくれるようだったので「久しぶり、覚えている?」と声を掛けようかと思ったが、やめておいた。もう違う環境で立派に仕事をしているのだから…。
かつての夜の蝶(いやさなぎぐらいだったかも)が立派に“女将”になっているのだから。
秘密の白い粉?
この一年を振り返れば、いろいろ本当にありました。
まあ、それは今までも一緒なので特筆する事ではありませんが・・・。
そういえば昔、僕の知り合いで「仕事何しているの?」と聞くといつも、誰にでも「シャブの売人だよ!」と言っている人がいたような気がします。
毎年いつも何かしらの料理を手掛けているのですが、去年はそんな時間も上手く取れずにいたので、今年はパスタに挑戦をしました。
その事をちょっと書きたいと思います。
今になって想えば「蕎麦打ち・中華料理」など色々やってみた中で、一番厄介だった様な気がします。
何が厄介だったかというと、巷にあるレシピで作っても外で食べるレストランの味にならないことです。何度も俗に云うところの「ペペロンチーノ」に挑戦しましたが上手くいきませんでした。
(正式名称はちなみに「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」つまりは「にんにく・オイル・唐辛子」です。)
本当に何度も失敗して大変でしたが、ある時中華料理のときに作った鶏がらスープの事を思い出し、いわゆる化学調味料を使用したところ、一発で問題が解消しました。
僕等が食べている外食にどれだけ化学調味料が入っているのだろう?と思わされました。
ところで今はどうしているかというと・・・・
友人に「お前いつもにんにく臭い!」と言われたので、作ってもいないし、食べてもいない毎日が続いています。
可哀想な僕のペペロンチーノ!
皆さんも、もしパスタのレシピが知りたければいつでもお尋ねください。
結構何でも知っていますよ。
特に「カプリチョーザ」の「トマトとにんにくのパスタ」の作り方はその秘密のレシピも知っています。
その秘密とは・・・・・
ク○ープです。