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Be Fully Human

「日本とフィリピン社会により広く大きな貢献をする」ことをミッションにした青年による、その実現までの道のりを綴ったブログです。このブログを通して、ひとりでも多くの方が「ごきげん」に人生を送っていただければ・・・、そんな願いを込めてお送りします~。

フィリピンから日本に帰国した日が3月10日。

翌日が東日本大震災から3年だったため、テレビやフェイスブック、至るところで3.11の話題で持ちきりでした。

それを見ていると、ちょっと正直、「?」の文字がいっぱい出てきました。

なんで3.11の日になると、突然その日だけ特別に「東北を忘れない」なんて言い出すんでしょうか?

これまでの3年間、何も東北に対して具体的に行動していない人でも、いきなり「東北を」って言いだしたり、なんなんでしょうか、あれ。笑

Action speaks louder than words.
(言葉よりも行動を)

・・・

ちなみに僕は帰国したその日、石巻の仲が良い方達と電話で話しました。

そしたら「人のことばっかり心配しないで、ちゃんと自分の人生も考えないと。」と逆に忠告を受けました。笑

・・・

「東北を忘れない」

その指す「東北」とは一体なんなんでしょうか?

・・・

僕の「東北」は具体的に宮城県石巻市に住む○○さんや○○さんという人を指しています。

○○さんといったような具体的な人になってくると、3.11だろうが、3.16だろうが関係ありません。

おそらく3.11とは全く関係ない8.10くらいに、また東北の○○さんに会いに遊びに行くと思います。笑

・・・

「現場」で「時を共に過ごすこと」がいかに大切さであるか、改めて気づかされました。
3月10日、無事に成田到着。

11日に慶應大学の坪田先生に、今回派遣してくれたメディプロデュースさんに挨拶に伺い、12日、福岡に帰省。そして13日木曜日、福岡・天神で行われた福岡北ライオンズクラブさんの定例会に、フィリピンの台風災害支援のためにお邪魔させていただきました。


母校の高校ラグビーのOBさんが前会長をされており、今回このような貴重な場を設けていただきました。

別に帰国子女でもなんでもないのですが、日本語で敬語を使って喋るということからだいぶ遠のいていたため、チョーしどろもどろ・・・。笑

でも一生懸命、お話させていただき、温かい寄付金を寄せて頂きました。

・・・

これからしばらく福岡が拠点となりますが、今後も生涯にわたって、日本とフィリピンの間で生きていきたいと思います。

ともかく、日本社会に順応できるか心配です・・・。

なんちゃって。笑
「Only in the Philippines!」
(フィリピンの中だけ!)

っていう言葉があります。

よく地元の人とか観光で来た外国人とかの間で笑いながら言われる言葉なんですが、とにかくフィリピンという国、「えっ!?こんなのもあり?!」って驚かされることが多いんです。

日本の「常識」で凝り固まった頭を一度、壊してくれるんです。笑

以下、ちょっと紹介・・・。

アメリカ軍が置いていったジープを改造した乗り合いバスジプニー。

定員数不明。



庶民の移動手段、トライスクル。

定員数不明。



どんな細道でも移動可能、バイク。

定員数不明。



人以外も可。


もう全てが意味不明。


日本の常識に縛られるのが馬鹿らしくなってきました。笑

3月9日日曜日、無事にフィリピンでの復興支援プロジェクトの現地駐在員としての任務を終え、今日がフィリピンで過ごす最後の1日となりました。

2月6日に再びフィリピンに来て以来、本当にドタバタで、何かこの1ヶ月間が夢だったように感じます。

今、なにかフィリピンを発ち、日本に帰ることに嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な気持ちでいます。

今回の活動を振り返って、何が一番大きかったんだろうって思ったとき、意外な答えが出てきました。

それは「信頼」という言葉でした。

・・・

今回、フィリピンに初めて同じ復興支援でも、ボランティアとしてではなく、「仕事」として来ました。

日本眼科医会、フィリピン眼科医会の共同プロジェクトで、コーディネイト担当の株式会社メディプロデュースさんから派遣されるという形で来ました。

そしてNPO法人ロシナンテスの川原さんからの紹介っていう形でメディプロデュースさんに紹介されました。

僕は名刺も肩書きも、所属すらももっていない、どこの馬の骨かもわからない存在でした。

所属や肩書きを重んじる「日本社会」では相手にされない立場でした。

川原さんはそんな僕をメディプロデュースさんに紹介してくれ、メディプロデュースさんも、眼科医会の先生も、そんな僕を信頼してくれ、フィリピンに単独で送り込んでくれました。

今回の活動、もちろんタクロバンの被災者のために力になりたいという気持ちもありました。

でも何が一番自分を突き動かせたかって聞かれたら、正直、そうやって自分を信頼してくれた方達の信頼を絶対に裏切りたくない、絶対任務を果たしてその感謝を示したいってことだったんだろうなって、今、振り返って思います。

なので任務を完了できた今、ホッとした気持ちと、少しの自信と、首や肩はガチガチですがすごくピースフルな気持ちがしています。

・・・

自分を「信頼」してくれた人のために汗を流す。

・・・

なにかものすごく単純なことなんですが、今回、身をもってこのことは生きる上で本質的なことなんだろうなってことに気がつきました。

・・・

明日、日本に帰国します。

これからも、タクロバンの復興を祈り、その立ち上がっていく姿を見守りたいです。
3月7日金曜日、遂にビジョンバンをトラックから降ろす(と願っている)日がやって来ました。

ILAGANというトラック会社が今回、特殊トラックをもってきてバンをそのトラックに移して降ろし、港に運んで任務完了という予定です。

早朝5時、起床。

ジーパンとTシャツに着替えて、外へ。

(今日で完了できますように!!)(><)

近所のファーストフードで朝飯を買い、タクシーをつかまえ、いざバンが停車している港近郊へ・・・。

午前6時50分、バンを載せたトラックの前に到着すると、まだ誰も来てません。

やけに静か。

(落ち着け、まだ今日あと17時間ある。)

・・・

7時過ぎ、仲介人到着。

2人で今日こそ悪夢とおさらばしたいと祈りました。

・・。

7時半、ミニバンが向こうの方からやって来ました。

見るとドアに「ILAGAN」と書いているではありませんか!

(よっしゃ来た!!)

そして午前8時、ついにバンを降ろすための特殊トラックがやって来ました!!!

(よっしゃっ!!!!)

・・・

その特殊トラック、なにかクレーンみたいなのが付いていたり、色んな機材が積んであり、すごいんです。

そして、さらに!!!

先に着いた「ILAGAN」ミニバンからなんと10名以上ものスタッフが出て来ました!!!

スタッフは出るや否や、リーダーのJOEYさんの指示に従い、準備を超スピードでし始めるではありませんか?!!



(うお~!!!!かっけー!!!!頼もしすぎる!!!!)

そして何がまたカッコいいかってリーダーのJOEYさん!


これぞ「男の中の男!」みたいな人でチームに指示をし、自らも動き回り、超頼もしいんです!

JOEYさんの指示に従い、テキパキ動き回る12人のスタッフ・・・

「これぞプロ!!!!」っていう空気!!

(やばい、今日ホントにいけるかもしれん!!おいおい、なんもやばくないやんか?!よかことやんか!!)(小生)

特殊トラックがバシュッと音を立てて傾き、午前9時、ビジョンバンがタクロバンから載ってきたトラックからこの特殊トラックへと移動しました!



(よっしゃ!!!超順調!!!)

そして、これからいよいよバンを降ろす作業になりました。

バンの前面にチェーンを巻き固定し、滑り台を固定し、何本もの木材で調整し・・・


緊張感がはしります。

そして9時半、準備完了。


「よしっ、アトラス、アトラス!!」


JOEYさんの号令に従い、いよいよバンが後方にバックし始めました!!

(頼む!!!)(><)

「ストップ!!!○○準備!!」(JOEYさん)

バンが下りてくるに従い、次から次へとテキパキに木材の位置を変え調整するスタッフ。


「よしっ、アトラス!アトラス!」(JOEYさん)

バンパーがスレスレのところまで来ると、「ストップ!!」(JOEYさん)


緊張感が漂います。

気がつくと周りには何人もの観客が。


(頼む!頼む!頼むううううう!)(><)

スタッフが後輪付近の木材を微調整。


そして再スタート。

「アトラス、アトラス!」(JOEYさん)

後輪が地面につきました!!

(よっしゃああ!!!あっ!!?前輪は?!!)(小生)

見るともうILAGANスタッフ、JOEYさんの指示に従い前輪対応をしているではありませんか!!


(おおおおおおおお!!!!!プロフェッショナル!!!!!!)

そしてゆっくりゆっくり、バンは後進していき、午前9時半・・・。

ついに、ついにビジョンバン、マニラの地に無事に降り立ちました!!!!



小生、涙目・・・。

「ホントにありがとうございます。ホンットーにありがとうございます!!!!!」(小生)

JOEYさんと笑顔で握手。

「オーケーオーケー!よしっみんな!片づけ!!」(JOEYさん)


ILAGANのメンバー全員、ヒーローに見えました。

キビキビ行動をとりながら、チーム連携を取り合う彼らの姿が、輝いて仕方ありませんでした。

(これが「プロの仕事」ってことったいね・・・。あああ・・・。かっけ~な~。)

・・・

ビジョンバン、マニラ到着。


日本眼科医会、フィリピン眼科医会の共同支援プロジェクト第一弾、ビジョンバン・ミッションの現地駐在員としての任務を無事(なんとかギリギリ)完了しました!!!

ありがとうILAGAN!!!!!

タクロバンにおけるビジョンバンの被災地支援プロジェクトが終わり、3月1日(土)午後1時に大型トラックにビジョンバンを載せて、マニラに戻る予定でした。

「でした」ってもう書いてしまった通り、やっぱりそのとおりにいきませんでした・・・。

大型トラックも時間通りには来ないだろうと思っていましたが、案の定来ず。

でも割かし早い2時に到着。


それからビジョンバンをトラックに載せようとなったのですが、

いきなり載せる瞬間、

「ガツン!!!」

「あっ!!!!!」(小生)


このトラックの運転手、サラーッとした顔でバンパー部分を思いっきりぶつけました!

「コラッテメーーー!!!!」(小生)

ラグビーを大学で引退して以来、あまり人に本気で怒ることがなくなり、丸くなったなあと自分で思っていました・・・が、数年ぶりに本気でぼてくらしそうになりました。

(あ~もう落ち着け落ち着け!!)

・・・

そして前輪は何とか載り、後輪を載せようとした時、

「ガツン!!!」

「あっ!!!!!」(小生2回目)


後部バンパーが地面に激突!!

「テメーラ!!!もうたいがいにしとけよクソが!!!プロやろ~が!!!」(小生)

もうムチャクチャでした。


さらに・・・

バンパー部分にダメージをつけただけでなく、ビジョンバンを載せましたが、なんとトラックの荷台の長さが足りないではありませんか!!??

「お前らちゃんと事前にサイズ教えとったろ~が!!!」(小生)

・・・

オーナーに電話すると、長いトラックを用意すると。

なんであんたらサイズ事前に教えとったくせに短いやつをもってきたとかと聞いても返答なし・・・。

高さも怪しかったので、忠告すると「低くて、長いトラックを準備する」と。

・・・

信用がなかったので、マニラのトラック会社もあたろうとしていると、もうそのトラックが出発してこっちに向かっていると・・・。

向かうといってもまた3時間くらいかかるところから・・・。

前日から疲れからか風邪引いてしまってました。

(あ~もうたまらん・・・。)


その場で横たわる小生。

一緒にいたフィリピン人の眼科医から「そんなとこで寝ると汚いわよ」と言われましたが、もうノックアウト。

・・・

3時間経過、夕方6時。

トラック来ず・・・。

4時間経過、来ず。

5時間経過、夜8時、来ず。

・・・

おかしいと思って問い合わせると、なんとまだタイヤを修理していて出発していないというじゃありませんか?!!

オーマイ・ブッダ!!!

「たいがいにせろよキサン!!!」(怒)

・・・

もう全てが嫌になりました。

・・・

結局、トラック到着、3月2日、深夜2時。


そしてなんと「長くて、低いトラック」と言っていたはずが、同じ高さのトラック、しかも降ろすための滑り台も何もついていないやつをもってきたのです。

「もう貴様ら、何べん嘘つけば気が済むとや!!!!」(怒)

小生、怒るもいとむなし・・・。

・・・

ビジョンバンをかなり際どいやり方で移し替えたころにはもう日の出・・・。


早朝6時、ついに出発準備完了・・・。

ちなみにこの下の写真の兄ちゃん。


警備で来てくれた軍隊の人なんですが、サンダルにショルダーバッグからって超フランク。でもこのバッグの中に銃が入っていました。笑

それはさておき、3月2日、タクロバン出発!


陸路をただひたすら走り、


フェリーに乗り、島を渡り、


居心地の悪いトラックの中で眠り、


3月4日夜11時半・・・、


タクロバンを出発してから約65時間・・・

ついに、ついに、マニラに到着!!!!!(^ ^)

(あ~!!!!任務完了!!!!!)


のはずが!!!!



今度はトラックの荷台が高すぎてビジョンバンを降ろせないって!!!

「こんな荷台が高いトラックで運ぶなんてクレイジーだ!」(マニラのトラック運転手たち)

(あああ!!!!やけん言ったろうが!!!?低いやつばもってこいって!!!!怒)

深夜1時までその場にいましたが、結果明日することに・・・。

・・・

翌日3月5日、朝からどうやって安全に降ろすかの打ち合わせ。


クレーンで吊り上げるだの、なんだの・・・。

やっと午後にあるトラック会社が、うちなら安全に出来るとある提案をもらいました。

今日6日、その会社と打ち合わせ。

そして明日7日の早朝6時にビジョンバンを降ろすことに決定。

そして、それが終わればついに任務完了・・・。

・・・

神さま!仏さま!アッラーさま!キリストさま!ビシュヌさま!ガネーシャさま!シヴァさま!エトセトラさま!!!!

(><)

ホントにお願いします!!!!

・・・

・・・

ちなみにフィリピンの観光スローガンに「It's more fun in the Philippines!」(フィリピンは他の国と比べてもっと面白い!)っていうのがあります。


被災地タクロバンで最後見送ってくれたジョークばかり言うおばちゃん眼医者から「どう?ちゃんと到着した?」ってメールが届きました。

「昨晩到着したけど、荷台が高すぎてトラックから降ろせず、今日の朝打ち合わせしないといけません・・・フィリピンにいたら決して暇になることがないです。」ってメールを返しました。

そしたら、

「ハハハ!でしょ?!だからIt's MORE FUN in the Philippines!」って・・・。


ああああ!!!もうたまらん!!(><)

2月28日、今日の活動をもって日本眼科医会、フィリピン眼科医会の共同プロジェクト第一弾の巡回診療の活動が無事終わりました!


休日なしの怒涛のスケジュールの中、結果1,922名の被災者を受診し、無料で眼鏡や薬も配布してきました。

「プロジェクト成功!」といっていいんじゃないでしょうか?!


正直、疲れました。

2月6日、マニラに降り立って以来、休みなし。通関の交渉から、トラックでの陸送から、巡回診療から、日本へのレポートから、訪問者のお世話から、子どもとの交流から・・・もうあっという間でした。

ちょっと体力がやばくなってきているの、気づいてますが、明日もう大型トラックでマニラまで陸送の同行・・・。

来るとき48時間かかりました。

またあの経験をするのかと思うと、プロジェクト終わった喜びを感じれません・・・。

・・・

(ちゃんとトラックは明日来るとかいな?)

(悪い首は長旅に耐えられるとかいな?)

(フェリーは今回大丈夫とかいな?)

(トラックの運ちゃん、いきなり銃とか突き出してこんかいな?)

(マニラ着いたらちゃんとバンの輸出手続き終わっとるとかいな?)

エトセトラ・・・。


あああああ!!!!!!

もう考え出したらきりがありません。(><)

とりあえず、今を生きます。
今日もビジョンバンで巡回診療を行いました。

250名以上の被災者が受診に訪れ、有意義な活動ができました。

受診者の中に、あれ?見慣れた姿が・・・。


マザーテレサの修道院の修道女も受診に来てくれました。


3年前、インドのコルカタでマザーテレサの施設でボランティアしていた時のことが懐かしく感じました。

それから今日はビジョンバンを東京からマニラまで無償で輸送してくれた川崎汽船フィリピンの寺西社長も応援に来てくれました。


寺西さんも同じくラグビー出身。

そんな感じの方で嬉しかったです。笑


午後5時に病院へバンを駐車して、それからいつも遊んでいた現地の子ども達の元へ向かいました。

タクロバンでの活動もあと数日。

もうここを訪れることが出来るのが今日で最後になるかもしれないって思って、おもちゃをプレゼントしてきました。
















なんかですね、もう理屈じゃないんです。

色々書こうと思いましたが、言葉が出てきません。

「つながり」とか「絆」って言葉がありますが、言葉にした瞬間、嘘っぽく感じてしまいます。

どう表現したらいいのかわかりませんが、やっぱりこの子らが愛おしいくて仕方ありません。


(このまま、まっすぐいけよ!)


そんな声が心の中でささやいていました。
昨日、Tanauanというタクロバン郊外の地域でビジョンバンの活動をしました。

区役所みたいな建物の横にバンを駐車し、活動を行っていると、日本人のグループ御一行様が偶然通りがかりました。


そして気さくなおじさんが近寄ってきて、「僕達も今支援しに来てるんです」っておっしゃられて、せっかくなんでバンの中を紹介しました。

そしたらなぜか眼科医療機器に詳しいじゃありませんか!

きくと、日本で有名な眼鏡屋さん、「株式会社三城」の御一行様というんです。

取締役の方、自らこられて眼鏡を配布したり支援活動をされていました。

今日でもう帰られるということだったのですが、その場でなんと眼鏡を約1000着、寄付してくれました。

そしてスタッフの一人の青木さんもビジョンバンにその日残って手伝ってくれるというんです。


いや~・・・本当に嬉しかったです。

なんかこういう心意気というか、Good Heartというか・・・

ありがたいなあって・・・。

もう理屈抜きでかっこよかったです。

・・・

同じタイミングで昨日、慶應大学の眼科医の坪田先生も応援に駆け付けてくれました。


この先生が実は今回のビジョンバンの発起人の一人であり、また東北での大震災時、ハリケーン、カトリーナ時に活躍したアメリカのビジョンバンを東北に持ち込んだ人でした。


昨晩、活動を終え、色んなお話を伺いました。

東北へアメリカのビジョンバンを持ち込むとき、保守的な眼科医会の重鎮の意見を押し返し、内閣府に掛け合って、ロシアの軍用飛行機でアメリカから無償で輸送できたそうなんです。

そして3ヶ月間、眼鏡を失った被災者や震災によって眼の感染症になった方等、多くの被災者の支援活動を行いました。


でも3カ月後、アメリカにバンを返却するには輸送費、半額を払わないといけないとなったらしいんです。

半額、どれくらいの金額かというと8000万円。

そんなお金どこにもありません。

色んなとこに掛け合っても断られるばかり・・・。

そんな中、最後の望みとしてお話した人が、ナショナル・カンパニー、世界のTOYOTAの当時の会長でした。

電話ごしに言われた一言が今でも忘れられないって・・・。

「坪田先生、いいことされましたね。」って。

初めて誉めてくれたって。

誰も今までそんなこと言ってくれなかったって。

その後、トヨタの会長さんがこう続けられました。

「このバンは日本の為に頑張ってくれました。あとはトヨタに任せてください。責任をもって、アメリカに返します。」って。

坪田先生、その時のことを思い出して、涙を流していました。

理屈じゃないんです。

素直に、カッコいいなって。

この心意気、やっぱ国を背負ってるんだなって。

トヨタは本物のナショナル・カンパニーだなって。

・・・

・・・

企業は利益のために存在するものと、大学を卒業してすぐに入った会社で教育されました。高級車を買うことがステータスとなっていた会社の中で、ここにおったら腐ってしまうと思っていました。

だから僕は企業で働くことや会社員になることに嫌悪感を少なからず抱いていたようです。

でも、今回、この2つの物語に出逢い、なんだか違ったものが見えてきました。

うまく言葉で表せられませんが、三城さんとトヨタさん、そういうことやったんすね・・・。

なんだか、「企業」という言葉に温かみを感じてきました。

・・・

Learning is a life-long process.
(学びは人生を通して行われるものである。)
今からちょうど4年前、大学を卒業する直前にフィリピンを初めて訪れました。

そこでゴミ山に生きる子ども達に出逢いました。

たくましく生きる彼らの姿を目の当たりにしました。

ゴミ山という環境にも関わらず、笑顔をつくれる彼らの強さに驚きました。

笑顔だから幸せなのかといったら、それは未だに「?」です。

フィリピン人に直接伺っても、ノーと答える人が多いです。

でも、僕は彼らの逞しさに、正直、「助けてあげたい」なんて気持ちよりも、「こんな強い人間になりたい」と畏敬の念を覚えました。

彼らから学ぶものが色々見えてきました。

そして僕の心の中で、どんな環境でも「生きること」を選択する彼らの光が、自ら「死ぬ」ことを選択する日本の子ども、青少年達の影をどんどん大きくしていったんです。

ちょっと皮肉っぽいんですが、発展途上国であるフィリピンのゴミ山で生きる子ども達と出逢い、先進国の日本で生きる子ども達の将来を憂いてしまったんです。

日本で悩む青少年達とフィリピンで生きる子ども達の間で将来は生きていきたいと思っていました。

どんな形かは今、正直わかりません。

.・・・

でも今回、NPO法人いばしょづくり代表の阿部さんとのご縁で、不登校の子達が書いたお手紙を、台風災害の被災地、タクロバンで子ども達に配りました。




「これ日本の子ども達からの手紙ばい。」って言って渡すと、その手紙を抱きしめたり、何度も読み返したりする子どもがいました。

その姿、ぜひ手紙を書いた子に見てほしかったって思いますホント。

一概には言えませんし、一般化しにくい問題であることは重々承知していますが、不登校生とフィリピンの子ども達・・・。

「こころの純粋さ」という、共通点を見つけたという気が今日します・・・。