コスタリカのメアリーの教師トレーニングプログラムで、ECRIF(イークリフ) というフレームを学びました。
これは 何かを「教える」ときのベース となるフレームです。
何かを「教える」人にとって、非常に役に立つんじゃないかと思ったので、この場を借りてシェアさせて頂きます。
・・・
その前に、メアリーのもつ教育哲学をわかっていれば、よりわかり易くなるので最初にそっちを紹介します。
メアリーの哲学はガテグノのいう教育学者がいう
Teaching is subordinated to learning.
(「教えること」は「学ぶこと」の下位にある。)
というものです。
どういうことかというと、「生徒の「学び」に合わせた形で教えなさい」 ってことでしょうか。
よく先生が一方的にブラブラ教えたとしても、生徒の頭にさっぱり入ってないときってありますよね?
それって「学び」が起きてないんです。
生徒が「学んでない」と教えているうちに入らないんです。
だから 生徒の「学び」を中心 に考えましょうってことなんだと思います。
身体を動かした方が学ぶ子には身体を動かしたアクティビティを、視覚的に見た方がわかりやすい子には板書を、耳からの方が得意な子には音を・・・といった感じで学習者の視点でやりましょうっていう考え方です。
そしてECRIFは簡単にいうと 学習者の視点からレッスンを考えましょう!っていうフレームなんです。
このECRIF、各ステージの頭文字の集まりです。
E・・・Encounter (出逢う)
C・・・Clarify (明確にする)
R・・・Remember (覚える)
I ・・・Internalize (内在化する)
F ・・・Fluent Use (自由に使える)
例えを書いて、簡単に説明してみます。
「Coffee」という英単語を学習者の視点から教えるとします。
E (出逢う)
生徒がこの「Coffee」という新しい単語とどう出逢うか??
「Coffee」という綴りと最初に出逢った方がインパクトがあるのか?
それとも「カフィー」という音と最初に出逢った方がインパクトがあるのか?
はたまたコーヒーそのものを実物で見せたり、絵を見せたりした方がいいのか?
先生の役割は生徒とCoffeeの間のキューピットです。
どうCoffeeが現れたら、生徒はドキドキして忘れられない体験になるのでしょうか?
生徒が新しいものに出逢う運命のステージ、これがEのステージです。笑
次、C (明確にする)
生徒はCoffeeと新しい出逢いをしました。
でも生徒はまだ「えっ!?」って感じです。
初めて出逢ったので、まだはっきりと認識できていないんです。
どんな顔してどんな性格でとか・・・。
だから先生は、生徒が新しく出逢ったCoffeeという英単語がどんな綴りをしてて、どんな発音をしてるのか、もっと明確になるように手助けしないといけません。
綴りを板書するとか、どういう発音になっているのかゆっくり丁寧に・・・。
生徒は新しく出逢ったCoffeeがハッキリとわかってきました。
これがCのステージ。
次、R (覚える)
生徒は新しく出逢って、はっきりと認識できるようになったので、人混みの中でも相手が誰だかわかります。
でもまだまだ出逢って間もないこの時期です。
忘れやすいかもしれません、何度も何度も付き合ってないんで。
なんで生徒がCoffeeを覚えておけるようにしようというのがこのRステージ。
色んなアクティビティ、五感を通して、生徒がCoffeeと忘れられない関係を築いていきます。
I (内在化する)
もうこの時点で生徒は新しく出逢ったものを覚えているまでの関係になっています。
そしたら生徒もやっぱり人間、「自分だけのものにしたい!」っていう欲が出てきちゃうんです。笑
Coffeeという単語を自分のものにしようというのがこのIステージ。
より生徒がCoffeeという単語を使える状況をいっぱいつくって生徒はもうCoffeeという単語を色んな場面で使えるようになっていきます。
そして最後のステージ、F (自由に使える)
もうこの最終ステージでは生徒はCoffeeという単語を自由自在に使えるようになる段階です。
生徒が自分にとって意味のある会話をする中で、自然とCoffeeという単語が使えるように仕向けていきます。
このステージまできている生徒にはもう出来るだけフリーにやらせておいた方が良い場合が多くなります。
・・・
という感じでECRIFという各ステージを見てきました。
要はECRIFが頭に入っていれば、生徒が勉強するとき、「学びのプロセスのどの段階に今生徒がいるのか」 ということに目を向けることができ、生徒が欲しているものに応えることが出来やすくなるということです。
R段階の生徒に未だにE段階でやることばかり教えていても、C段階の生徒にF段階のことをやらせても「学び」が生まれませんよってことだと思います。
あくまで1つのフレームワークですし、生徒が学ぶ姿勢にあることも前提となっています。
ものを「教えている」方の少しでもお役に立てたらなって思って書いてみました。
僕はこのコスタリカの教師トレーニングを受け、いくつも重要なことに気づきました。
それは教師としてというだけではなく、一人の人間としてです。
・・・
授業の一環で、仏教の教えに触れることがありました。
そして、対人関係についての授業がありました。
それは4チョイスというものでした・・・。
メアリー曰く、難しい対人関係の瞬間瞬間に、人間は4つの反応をするチョイス をもっているというんです。
例えをもちいながら書いてみます。
僕がAさんを笑わせようとして話しかけても無視されたという状況にしましょう。
4つの反応・・・
1つ目は自己否定。
「ぬぉ~!!なんて面白くないんだ俺は!!俺はダメなヤツだ!!!」
自分を責めるんですね。
(これ、個人的によくありました。)
2つ目は他人否定。
「ぬぁ~!!(怒)なんやA!!シカトしやがって!!!アイツまじダメ!!(怒)」
相手を責めるんですね。
(これも、個人的によくありました。反省。)
ちなみに、いつもこの2つの反応ばかりしてたら、皆さんどう思います??
あんまりハッピーな生活おくれないと思いませんか??
僕はまさにこんな感じがここ数年続いていました・・・。
・・・
メアリーが曰く、この2つの反応はinterpretation(解釈)をしているから問題なんだと。
(???)
ある出来事をすぐに解釈しているというんです。
つまり、この例えの場合、Aさんは僕の言ったことに何も反応しませんでした。
ただそれだけが事実なのに、①の場合、僕は「自分がダメ」と解釈し、②の場合、「相手がダメ」と解釈してすぐに判断しているんです。
(ほ~!なるほど!!)
だからメアリーが言うんです。
「解釈」ではなく「観察」することが大事だって。
それも自分自身と相手の感情を。
3つ目の反応、他人理解(共感)。
「あれ、Aさんどうしたのかな?どんな気持ちで今いるんだろう??」
「相手が反応しなかったのはなぜだろう??」って相手の気持ちを探ろうとするんですね。
そしたら、「アイツだめ!!」という反応から「えっどうしたと?」って相手を理解しようとする態度に変わっていきますよね。
そして4つ目の反応、自己理解(共感)。
「うわっ!Aさん笑わんやった!!・・・今、俺どんな気持ち?悲しいなぁ・・・」
よく傷ついたとき、自分が傷ついたって気づかないこと多いんですよね。
傷ついているにもかかわらず、「俺ダメだ!」とかさらに自分を傷つける行為を知らぬ間にやってしまうこと、結構あるんです。
特に小生。
なんで、まずは自分の感情に気づきましょう、そしてなんでそう感じて、何を求めていたのかを知りましょうっていう感じです。
「自分の感情も観察しましょう」っていうことなんです。
そしたら自分が何を求めていたかもわかって、「自分がダメ、相手がダメ」っていうところから別の行動に変わるんじゃないかって。
例えで考えてみると、僕が無視された時、「うわぁっ!あ~俺今どう感じてるんやろ・・・?悲しいなあ・・・うん、悲しい・・・。なんで悲しいんやろう・・・何を求めとったんやろう・・・あっAさんと仲良くなれることを望んどったんやな~・・・そしたら仲良くなれるために、この状況からどうしよっかなぁ~・・・」ってな感じです。
なんとなくつかめてくれましたか??
自分自身と他人の気持ちを観察する。
(あ~俺はいつも「自分はダメだ」とか「アイツがダメだ」とか、すぐにジャッジしていたなあ・・・。だからなんかいつもイライライライラしてたり、悲しい気持ちになったりしてたんだちょっとしたことで・・・。)
・・・
この授業でものすごく頭の中で今までの自分の経験が整理できました。
が、まだ頭の中だけでの理解で、習慣にするにはまだまだ時間が必要のようです・・・。
それをこの後の教育実習でこれでもかというほど、思い知らされました。
A good medicine tastes bitter.
良薬は口に苦し・・・。
2013年1月1日。
新年となり、さあコタツにおせちに漫才に・・・。
(あれれ?)
ここは中米コスタリカ。
灼熱の暑さと、熱帯植物・・・。
・・・
新しい年を迎えると休む暇もなく「Compassion Communication for Educators」という10日間の集中プログラムが始まりました。
約20人の現役教師のクラスメイトと共に勉強です。
皆さんのお国はというと、まずSITのクラスメイト5人はアメリカ合衆国をはじめ、メキシコ、エルサバドル、ドミニカ共和国、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、チリ、ペルー、アルゼンチン・・・。
そしてわたくし、日本!
ラテンの人達と一緒に情熱的に勉強しました。笑
授業は朝から晩まであったんですが、全て終わるとどこからともなく音楽が流れてきて・・・
やっぱりダンス。笑
ウ~~~~ ラッティーノ!!
・・・
このプログラム、「教師と生徒の関係」というところを一番の着眼点としてて、ものスゴ面白かったんです。
それも 仏教 の考えがベースになってるんですね。笑
この授業で、僕は「アハ!」という気づきを得ることにあるんですが、その学びについては後で1つのテーマとして書きたいと思います。
・・・
このプログラム、最後の評価方法が面白いんです。
毎度のこと、振り返るためのリフレクションペーパーともう1つ。
「このプログラムで得た学びをクリエイティブに表現しなさい。」
というやつがありました。
踊りでも、絵でも、音楽でも、詩でも、ポスターでもなんでもいいんです。笑
(えっ!!?)
一問一答のペーパーテスト育ちの僕は、そんなことできないだろうと思いました。
でも、これが面白いんです。
・・・
最後のクラスで発表会。
詩で表わすアニー。
マインドマップで表すハイディ。
踊りで表すデイナ。
パワーポイント。
ポスター。
こういう評価方法、ぜひ日本でやってみたいです。
・・・
無事10日間のプログラムも修了!!
10日間という短い間に、多くの学びがありました~。
・・・
確かまだ夕方にはなってなく、太陽がでていたことを覚えています。
音楽をi-podで聴きながら道の横を歩いていると、目の前に超デカいカエルがひかれてペチャッってなっていたんです。
(ぐわぁっ!!!)
カエルが大の苦手な小生はサッとよけて通ろうと歩く方向を少し変えました。
その時です!!
後ろからバイクが走ってきて、右ハンドルが僕の左ひじにぶつかりました!!!
(イタッ!!!)
左ひじをぶつけられて激痛が走ったのですが、それどころじゃない光景を見てしまいました!
なんとぶつかってきたバイクの若いアンちゃんが、コントロールを失い、まるでアクション映画のようにバイクから転倒し、バンバンバンッて転げていったんです!!!
それも運動場の半分くらい!!!
(うわぁ~!!?なんてこった?!!)
見るとズボンとか破れて腕や足から血が流れて倒れています・・・。
(・・・。)
本当にヤバいと思いました。
でも次の瞬間、そのアンちゃんはシュパッと立ち上がり、僕に向かって歩きながら罵声を浴びせてきたんです!
「ペルパラチャルペラチョリぺルーゴ!!」
めっちゃ怒ってるんですけど、スペイン語で何言ってるかわかりません!!
(やばいっ・・・。これ俺が悪くなってしまう・・・。)
こっちも、その気迫に負けじと被害者のようにチョー痛そうなオーバーアピール!
でも明らかに向こうの方が傷だらけで痛そうなんです!!!
いっぱい住民が集まってきました!!
(やべ~っ!!!マジやってしまった!!!これは事故だ!!)
そんな中、アンちゃんは車に乗せられ病院に連れていかれました。
集まってきた住民は何やら話していますが、いかんせんスペイン語!!!
(あ~もうわからん!!やべ~!!!)
でもよく見ると誰も焦ってないんです。
(あれれ??)
かたごとのスペイン語で「これからどうすればいいんだ?」と聞いてみました。
事故現場の検証とかあると思っていたんです。
でも妙にそんなことをする気配がないんです。
(あれれ?)
・・・
「私は去ることができますか?」
かたごとのスペイン語で恐る恐る聞いてみました。
すると何人かのおばちゃんが「あれまだいたの?行け行け」みたいな仕草をするんです。
(はれ…??)
僕は恐る恐るその場を去りました。
どうやら現場検証とかそんなもの無いみたいなんです。
拍子抜けて、いつの間にかひじの痛みも忘れかけていました。
(え~よかったとかいな・・・。)
・・・
それから数日間、小心者の僕はちょっと怖くてその通りを歩けませんでした。
でも何の音沙汰もないんです・・・。
・・・
忘れかけてた2週間後、買い出しにタウンに行った時のこと。
肩に腕にバンソウコウを貼りまくった、どこかで見覚えのある兄ちゃんにばったり遭遇しました。
(あれ?あっ・・・あぁ~!!!)
よかった!!
ちゃんと生きてた!!!
・・・
僕は思わず抱きついてしまいました。
(いや~ホントよかったぁ~・・・)
・・・
皆さん、道を歩きながら音楽を聴くとき、気をつけましょう。
バイクは歩行者との間の距離をしっかり考慮しましょう。
カエルに気をつけて運転しましょう。
メアリー・ショール。
コスタリカ在住の50歳のアメリカ人女性。
僕は地球の裏側でとんでもない人に出逢いました。
というかこの有限の人生の中で出逢えてホントによかったなって思います。
このメアリーという50歳くらいのおばさん。
10年前からコスタリカに移住し、500人ほどの小さな村にコミュニティースクールを建てて地域の人に英語を教えているんです。
コスタリカは観光業が盛んで、それに合わせて英語も必要になってきています。
メアリーという人の温かさとエネルギー。
日本にいるときからメアリーのもとで学んだほうがいいとちらほら伺っていましたが、本当に人としての器の大きさが半端ないんです。
そしてやっていることも半端ないんです。
・・・
このコミュニティースクール、実は地域の人達の学校だけでなく、教師を教育することもやっているんです。
教師はコスタリカ国内だけでなく、なんとアメリカ大陸の国々からやってきます。
カナダ、アメリカ、メキシコ、グアテマラ、ドミニカ共和国、ペルー、アルゼンチン、ニカラグア、エルサバドル、ブラジル、チリ、ホンジュラス・・・もう挙げたらきりがありません。笑
政府関係からのどっかから助成金をもらい、中南米各国から先生たちがやって来てトレーニングをここで寝泊まりしながら受けます。
僕がこの学校にきて最初に受講した10日間のトレーニングも、中南米10ヶ国以上からきた先生達がそこにいました。
中南米から来た先生達にトレーニングを行うことだけでも凄いのに、メアリーは国際NGO等の要請で南スーダンに飛び、教師教育をしたり、韓国に呼ばれてはそこで教師教育をしたりと、コスタリカの小さな村に住んでいるにも関わらず、もうフィールドが全世界なんです。笑
・・・
なんでメアリーがそんなに慕われるかというと、教える技術、生徒自身を内省させるファシリテートの技術、教育に対する哲学、人徳・・・エトセトラ。
挙げればホントきりがありません。笑
また彼女は日本の大学でも教えていたことがあり、チョー日本LOVE。
なのでメアリーの教育、仏教の考え方がめちゃめちゃとり入れられているんです。笑
僕は日本で生活していた時、仏教について知っているようで深く勉強したことなどありませんでした。
まさかここラテンの国コスタリカで僕はアメリカ人から仏教を学ぶとは思ってもいませんでした。笑
(このおばさんのこのエネルギーはどこからくるんだろう・・・??!)
・・・
そんな皆から慕われているメアリーなんですが、実は旦那さんを早くに亡くされているんです・・・。
メアリーが住むその村は、旦那さんの出身地だったんです・・・。
地域の人達、みんなその旦那さんを慕っていたというんです・・・。
・・・
・・・
コスタリカにいた2ヶ月間、僕はメアリーが落ち込む姿とか一度も見たことがなく、なんてポジティブで強い人なんだろうっていつも思っていました・・・。
なんて温かく器が大きい人なんだろうっていつも思っていました・・・。
でも僕は思うんです。
その強さと温かさの裏には、計り知れないほどの悲しみを抱きしめてきた辛い過去があったんじゃないかって・・・。
だから思うんです。
つらいことや悲しいことが、いかにその人を美しくしてくれるかって・・・。
Pura Vida!
(プラ・ビダ!)
コスタリカ人がよく挨拶の代わりにつかう言葉。
直訳すると「ピュア・ライフ」。
でも彼らは「よっ!元気?」「オッス!」「おう大丈夫大丈夫!」みたいな感じで使います。
・・・
首都サン・ホセに夜に到着してゲストハウスで一泊。
翌朝、スーパーバイザーであるメアリーという方の学校へ向かいました。
車でやく4時間、
どんどんどんどん自然の中へ入っていきます。
ヤシの木、バナナの木、熱帯雨林、川、緑・・・
(うわぁ~これバヌアツと一緒やん!!)
僕は南の島の感覚が一番合うんでしょうか、帰ってくる場所に帰ってきたという感じで、ヤシの木みるだけでめちゃくちゃ嬉しくなりました。
(あ~やっぱりバヌアツの文化がもう自分の一部になってたんだぁ~)
・・・
メアリーの家に到着。
すぐ隣りにはウシさん。
そしてきれいな川。
・・・
(これよこれ!!もうたまらん・・・!!感涙)
その昼はちょっとしたパーティーが外であり、案の定、陽気なおばさん達にいじられました。
・・・
なかでもメアリーの学校で働くキッチン・レディー3人。
もうこれでもかというほど、陽気。笑
ちょっとしたジョークでゲラゲラ。笑
ちょっとした仕草でまたゲラゲラ。笑
(コスタリカ人といいバヌアツ人といい、なんでこんなに陽気とかいな?)
よくわかりませんが、もうこのあさ~い会話でゲラゲラ笑えるこの感覚がたまらなく好きなんです。
僕のかたごとのスペイン語と彼女らのかたごとの英語でもうゲラゲラゲラゲラ!笑
・・・
自分の中にある「日本」よりも「バヌアツの文化」が、彼女らの「コスタリカの文化」と呼応して、もう居心地が良すぎてたまりません。
一番自分らしくいれる空間がありました。笑
(やっぱ合うわ、こっちの方が。笑)
大学院での前期課程が終わりました。
「なんでアメリカ人はこうとや、ああとや!怒」というカルチャーショックも、ダイアローグという概念を学び、やっと乗り越えれてきたところでした。
一番頭にきていたあるクラスメイトとも自分から休みの日誘ったりして、仲良くなり、ものすごくラクで楽しい時間が過ぎていきました。
しかし、落ち着いてきたのも、ほんのつかの間。
教育実習のために中米コスタリカへ向けて出発する日が近づいてきました。
(ホントせわしないわっ!!)
教育実習の場所はアメリカ国内と海外(ポーランド、タイ、コスタリカ、ブラジル、スペイン)から選べたのですが、僕はコスタリカを選択しました。
理由はまず、寒いところが嫌いで、アメリカの冬を避けようと。
そしてコスタリカにメアリーという先生がいて、日本でもメアリーの元で学ぶのが一番いいと聞いていたからです。
それはともかく。
僕は一緒のサイトになるレーガンと持っていく教材の準備をし、夏服をバッグに詰め込み、他の友達には「コスタリカで美女と付き合って、もう帰ってこないから!バイバイ!」とホラを吹き、(誰も相手にしてくれませんでした。)そしてSITのキャンパスを後にしました。
・・・
ボストン空港からマイアミ、そして12月16日、コスタリカ、サンホセ空港へと向かいました。
2012年11月終盤。
アメリカでは毎年収穫を祝うThanks Giving Dayという祝日があります。
僕はその晩、クラスメイトのケン、バーナディンという夫婦に招かれ一緒にご飯を食べました。
ケン、もとはお医者さんで国際NGOでアフリカで働いていたというんです。
そしてバーナディン、詩人でものすごく優しい人。
もし僕にベスト夫婦賞みたいなのをあげれるご身分があれば、1000個くらいあげたいと思うほど、優しく仲がいい夫婦。
二人に誘われ、優雅なマンションでワインなんか飲んじゃいながら優雅な晩御飯をご馳走になりました。
が、しかし・・・
ムズムズ。
(むむ・・・?)
ムズムズ。
(あれ・・・。)
晩御飯を食べた30分後くらいから背中がめっちゃ痒いんです。
(かゆいぞ、むむ・・・いや~めっちゃかゆい!!)
遠慮しいの僕は相手に言ったら悪いと思い、我慢していました。
・・・
そしてその後、また別のクラスメイトのパーティーに呼ばれていたので行きました。
そこでもゲームしたり飲んだりしたんですが、いや、しかし痒いんです。
(ぬわ~!!)
夜中酔っ払いながら寮に帰り、トイレの鏡で見てみるともう真っ赤!
(あちゃ~!!なんじゃこれ!?)
一晩寝ると治るだろうと思いベッドに倒れましたが・・・
翌朝、案の定悪化。
もう全身やられてました。
(オ~マイブッダ・・・)
何か食べ物があたったのでしょうか?
食物アレルギーとかもってなかったんですが・・・。
知り合いが病院に連れていってくれ、
医者から診断を受けました。
まあ、食物アレルギーではないか?ということでしたが、
すぐさまその全身の湿疹を治そうということになり、
ケツを出して注射をバスッ!!!
(痛っ!!!!)
麻酔も入ってたらしく朦朧・・・。
友だちが迎えに来てくれて寮に帰り、
数日間寝込みました・・・。
人生初のThanks Giving Day・・・。
・・・
まさかケツに注射を打たれて終わるとは・・・
・・・
トホホ。
デイナ。
クラスメイトで寮の部屋も隣り、スタディ・バディーとして一緒に予習もしたり、僕の人生相談にいつものってくれたワシントン州出身のおじさん。
このおじさんにどれだけ精神面で助けられたかわかりません。
ずっと「英語教師になること」に対して迷いながらの大学院生活だった分、いつもことあるごと、部屋をノックして話を聞いてもらっていました。
このデイナ。
今は50代後半なのになぜ大学院で学生をしていると思いますか?
・・・
実はデイナ、ワシントン州のある大学の教授なんです。
専門は古代ギリシャ語・ラテン語。笑
「ことば」への情熱が尋常じゃないんです。
いつも「ことば」について新しいことを発見したとき、まるで少年のように超オーバーリアクションで喜んでいました。
なにかデイナの大学で来年度以降に留学生用の英語クラスを開設するらしく、大学側から学費をもらい、1年間SITで学び、ノウハウをもって帰るために来ていました。
デイナ、ラテン語ギリシャ語の教授ということもあって超頭がよく、またダンスにバイクに多趣味。
それでも26歳の僕相手にいつも同じクラスメイトとして対等の立場で付き合ってくれました。
若い学生の中に入って一緒に遊んだり、パーティーでは人一倍はしゃぐし、めちゃくちゃ若いんです。笑 (写真はアップしません。笑)
(すげ~なこのおっさん!!笑)
(なんで60歳に近づいている中、こんなにも学ぶことに貪欲で、若いスピリットでいれるんだろう??)
デイナと話している中で、おそらくこういうことじゃないかなってことがわかってきました。
・・・
デイナ、今は大学教授で、しかもその学部の責任者みたいな人なんですが、
実は高校中退してるんです。
中退して、その後、アメリカ国内、そして南米をヒッチハイクで旅したんだと。
そしてフリースクールに入ったといっていました。
(アメリカは公立高校以外にもフリースクールをはじめ、色々な形態の学校があり、それも社会的にかなり認められています。)
そこで数学にハマったらしく、一日中、数学をやっていたというんです。
それから「ことば」や戯曲の面白さに魅了され、大学進学後、「ことば」と劇の勉強を始め、修士、博士号をとり、教授になったと・・・。
・・・
この生き方の中にものすごい「自由な発想」が満ちている感じがするんです。
そしてとことん好きなことを追っかけています。
だからいくら歳を重ねても、「もう歳だから」という固定概念が頭の中に湧いてこないと思うんです。
(こんな大人になりたいなあ・・・。)
・・・
デイナの存在はなんだか歳を重ねていくごとに、さらに大きく大きくなっていくでしょう。
・・・
そして、
高校中退した当時のデイナは、自分の才能に気づいていなかっただけなんでしょう。
・・・
自分の学びをダンスで表現するデイナと(は~すげぇなぁ~)と後ろで感心している小生
よく英語教育をはじめとする学校教育に用いられているあれですが、簡単に言うと、あるお題があってそれに対して賛成か反対かみたいな感じで2グループに分かれ議論しあう感じのやつです。
例えば・・・
お題、「学校に携帯電話を持ってくるのは賛成か反対か」
チームA、「賛成です。」
チームB、「反対です。」
チームA、「私たちは賛成です。なぜならブラブラブラ・・・・」
チームB、「いや私たちは反対です。なぜならチームAはブラブラと言いましたが、ブラブラというブラブラだからです。」
・・・
さて勝敗は!?って感じのやつです。
論理的に相手の欠点を見つけそこを攻め、自分達の方が論理的に正しいことを証明する議論です。
簡単に表わすと 「A vs.B」。
僕は論理的思考力とやらをつけたり、自分の意見を言えるようにするためにディベートを学校教育で用いることはとても重要なことだとは思いますが、なんかどうも痛いんです、こころが・・・。
だってどっちかが勝つために相手の弱点を見つけまくしたてる。
それも頭だけを使って。
なんか冷たく感じるのは僕だけでしょうか?
ディベートの訓練はとても大切だとは思いますが、それに偏った教育もどうなのかなってちょっぴり思っちゃいます。
・・・
それではディベート以外にどんな議論のやり方があるのか・・・。
SITで学び、ここで僕が紹介したいのが「ダイアローグ」というやり方。
ダイアローグ、簡単に言うと、AとBがある問題で対立していたら、まずその問題を目の前において、皆で一歩下がって見てみましょうよと。
そしてジャッジを一時中断して、色んな角度から一緒に見てきましょうよ。
その過程でお互いの意見の裏にある「ストーリー」を聴きましょうよ。
そのお互いの「ストーリー」を聴いたら、今まで自分達の側からしか考えられなかった問題が、「へ~そんな背景があったからBはそういう意見になるのかあ・・・」となるでしょうよ。
まずはお互いを理解することから始めましょうよ。
そしたら最初AかBかだったのが、新たなCという答えが見つかるかもよ?
ってな感じです。笑
なのでダイアローグはAとBの間に入るファシリテーターがうまいことストーリーを聞き出したり、どうどう、落ち着いて一度偏見をとって考えていきましょうよという感じにうまくリードしなければなりません。
式で表してみると、「A vs.B → A × B × ファシリ = C 」みたいな感じでしょうか?笑
例を挙げた方が簡単かもしれません。
簡単な例を紹介します。
(こんなうまくいくわけないだろうと承知の上で書いてます。どうかエッセンスだけ掴んでくださいm(_ _)m)
・・・
お題、「学校に携帯電話を持ってくるのは賛成か反対か」
チームA、「賛成です。」
チームB、「反対です。」
チームA、「私たちは賛成です。なぜなら家の人と連絡が緊急時とれるからです。」
チームB、「いや私たちは反対です。なぜならチームAは緊急時用と言いましたが、授業中とかLINEとか使っていじめが起きる可能性があるからです。」
ファシリ、「ほうほう、ちなみにAさん、緊急時に携帯がなくて今まで困ったこととか聞いたことがあるんですか?」
チームA,「はい、実は半年前、私の妹が下校時に事故に遭って、携帯を持って行ってなくて・・・ブラブラブラ・・・」
チームB,(えっ?!そんなの知らなかった・・・。心痛い経験をしていたんだなあ実際Aさんは・・・そりゃ携帯を学校に持ってくるべきって言うのもわからなくもないよねえ・・・)
ファシリ、「Aさん、ありがとうございました。それではBさん、ちなみにLINEでいじめの可能性をご心配されているようですがそれはまた何か具体的にあったんですか?」
チームB、「えっ、はい。よくニュースとかでも言われている問題ですが・・・、私ももう数年前になるんでいいんですけど、いじめられたうちの一人で・・・ブラブラブラ・・・ほんと悔しくて・・・」
チームA、(えっ・・・そんな過去があったのBさん・・・。私はニュースでしか見たことなかったからあれなんだけど・・・、悔しかったんだろうね・・・。)
ファシリ、「Bさん、ありがとうございます。それでは今携帯電話を学校へ持ってくることは賛成か反対かという議論をしていましたが、どう思われますか?」
・・・
もう白か黒かじゃなくなってきた感じ、つかめていただけましたか?
僕らは人間であり、温かい血が通った生き物です。
そして白か黒かで割り切れないグレーの世界で生きています。
黒か白かに決める決断をする時は確かに生きている中、あると思いますが、その練習と同じくらい「グレーゾーンを生きれる寛容さ」を身につけることも大事ですよね。
そしてその「グレーゾーンを生きれる寛容さ」が異文化理解で最も大切なことなんだということを僕はSITで学びました。































