「ズルと思わずと許す」 | 福盛貴弘の脳炎日記

福盛貴弘の脳炎日記

日常生活で起きたことを素朴に書き記しています。
まずは、予告編2編をご覧ください。

上司が思わず許す「ズル休み」のズルい言い訳

 

私の場合、体調が悪い時は無理はしない。

無理をしてその後どうなるかは身をもって分かっているので。

 

ズル遅刻の常連で、しょっちゅう電車が遅延する人がいる。

いまどき調べりゃすぐ分かるのにと思うのだが、懲りない。

 

こういうのには、皆腹の中で呆れている。

ただ、この手のも一種の病気なので、きっと治らないだろう。

 

さて、ズル休みをしたいとは思わないが、どの程度がズルなのか。

そういった観点から、この問題を考えてみたい。

 

ステップ1では「ズル休みをする意味」を考えます。

 

気力の回復のためというのは、確かに周りから見ればズルかも。

でも、どうにもならないのなら、よほどのことがなければ意味付けは必要かも。

 

ステップ2では、上司などに休む旨を伝えます。

 

確かに電話だとは思う。LINEやメールで伝えるのは、心証が悪い。

ただ、自身ではこれへの言い訳はある。

 

脳が疲れすぎている時は、電話ができないので。

この後遺症はなかなか治らくて、時々不便である。

 

→ 「部屋と留守電と電話」

 

ステップ3では、休む環境を整えます。

 

SNSで浮かれているのを投稿するのは、愚の骨頂である。

遊びに行ってるのを見せるのは、本当にただのズルである。

 

気力を回復させたり、体調を整えたりするには、息抜きの散歩程度が限度だろう。

家でおとなしくし、メールすら断ってオフラインにするのは当然である。

 

ステップ4では、リスタートするような意識で、翌日の仕事に向き合います。

 

そのために、グレーゾーンのズルをするのだから。

翌日か翌々日か、あるいは1週間後になるかは人によるが。

 

明らかなズルは、顰蹙を買って自滅する。一方でほどよいズルは必要。

ズルはダメと思い込みすぎないのが、脳に優しいと思っている。