Q. ADHDとASDの区別って、そんなに難しいんですか?
A. はい。とくに小児では、とても難しいことがあります。
前回記事(48)の続きです。
(48)その1
1.ドパミンについて
2.「注意、集中」のためには、ドパミンが「ほどよく」働くことが大切
3.ADHDの症状の重点は「注意、集中」
(49)その2
4.ADHDとASDはどう違うのか
5.ADHDを合併したASDの特徴
今回の記事では、4.からになります。
4.ADHDとASDはどう違うのか
ADHDとASDは、よく似ていることがあり、しばしばその症状を、共有しています。
不注意や衝動性は、ADHD の診断基準に含まれるもので、
ASDの診断基準には含まれませんが、
多くのASDの人にも現れる症状です。 *1
ADHDとASDは、基本的に、どう違うのでしょうか。
ASDは主に、社会性やコミュニケーションの障害で、
ADHDは主に、注意力や行動コントロールの障害です。
文字の上では、分かる気がします。
私に分かりやすかったのは、以下のの説明です: *2
ADHDの子どもは、1つの活動や課題に集中することが困難です。
しかし、あるトピックや活動に興味を持ちすぎて、過度に集中する「場合があります」。
ASDの子どもは、集中しすぎて次の作業に注意を移せないことがあります。
彼らは自分のルーティンに頑な(かたくな、または固定的)なことが多く、変化への許容度が低いです。
ASDの人は集中力が高く、詳細な事実を長期間記憶でき、数学、科学、芸術、音楽が得意な「場合があります」。
集中できないのがADHD、集中しすぎるのがASDかというと、
そこまで単純ではありません。
ADHDが集中できないのは、常に動き続ける思考のためで、ドパミンの効果不十分と関係している可能性があります。
一方、
ASDが集中しすぎるのは、こだわり、固着、が、本人にとって心地よいためかもしれない、と私は思いました。
ASDがいつも集中しすぎるかというと、一筋縄ではいきません。
たとえば、感覚過敏のために集中できない、といった、ほかの要素が入りやすいからです。
ASDでは、ドパミンは、どうなっているのでしょうか。
こだわること、それ自体が報酬になり、
ドパミンが増えているかもしれない、と、少し思いました。
以下、ドパミンの「量」の話ではなく、「受容体」の話です。
神経細胞から放出されたドパミンは、次の細胞の「受容体」に結合して、情報を伝えます。
*3 訪問支援で使える 統合失調症 情報提供ガイド 国立精神・神経医療研究センター より
「受容体」の数が多ければ、または、「受容体」一つ一つの働きが高まれば、
ドパミンの量が同じでも、ドパミンの作用は高まると考えてよいです。
以前から、ASD者では、
脳内で、ドパミンの受容体(D2)の数が多い、という報告が出ていましたが、
*4 *5
違う主旨の論文が、最近、日本から出ました。
ASD者の、ドパミンの受容体(D2)の数は、
たしかに、脳内の、線条体という部位では増えているが、
脳内のほかの部位、たとえば、視床後部領域では減っている、
そして、その減少が大きいほど、ASDのコミュニケーション障害の程度が増す、という論文です。 *6
これはそうとう考えさせられる、よい論文だと私は思います。
この論文のデータを見てみました。一つだけ、ここに貼ります。
視床後部領域の、ドパミン受容体(D2)の数を示したデータです。
たしかに、ASD者では、定型よりも「平均値としては」少ないです。
ただ、一人一人(個々の●〇)を見れば、
ASDの方でも、そんなに減っていない(定型と差がない)人も多い、ことがわかります。
私はもしかして「エビデンス」という言葉にあまり人気がないのは、
こういう理由かなと思うのです。
エビデンスって、多数の全体的傾向とか、平均とか、で示されるものです。
科学だからそれでよいのですが、
個別の事例、とか、例外的な存在、とか
そういうのが無視されがちです。
研究を「血の通ったものにする」ためには、
一人一人についての考察を、含めていく必要があると思っています。
ともかく、
ASD者の中には、視床後部領域のドパミン受容体(D2)の数が少ない方がいて、
その方はコミュニケーション障害の程度が強い
としましょう。
ASDには、リスペリドンという、ドパミン受容体を抑制する薬が、保険適応で使用されます。
それでは、
Q. リスペリドンは、ASD児のコミュニケーションの発達を、抑制する心配はないでしょうか。
リスペリドンは、ASDの易刺激性(イライラ、癇癪)に使用されます。
最近、ASDの「こだわり・常同行動にも有効」という報告も、出てきています。
(私のブログの過去記事(31)をご参照ください)
リスペリドンは、ASDの易刺激性や常同行動を改善するが、コミュニケーションは改善しない、「かもしれません」。
「かもしれない」、というのは、論文(*6)の基礎研究データからの推察であり、
臨床的に確定されていない話だからです。
リスペリドンは、ASD児のコミュニケーションの発達を抑制するでしょうか。
これだけでは、リスペリドンへの、根拠なき不名誉にならないか心配します。
そういうのは、私の本意ではありません。
このブログで私は、逆の仮説も提示してみます。
リスペリドンは、ASDのイライラや、こだわり・常同行動を抑えることにより、
そこに割かれていた脳内リソースが、ほかに割り当てられ、社会性・コミュニケーションの改善につながる、「かもしれません」。
私のフォロワーの方(タイヤキさん)にいただいた研究仮説です。
リスペリドンの、ドパミン受容体抑制効果によるコミュニケーション抑制と、
こだわり・常同行動改善効果による、コミュニケーション促進の、
どちらが大きいか、という話になります。
検証する価値がある仮説だと考えています。
5.ADHDを合併したASDの特徴
ASDの方がADHDを合併する率は、一般人のADHDの罹患率に比べて、かなり高いと言われています。
(ある報告では、ADHDの罹患率は、一般で11%、ASD者で41-78%)
*7
ASD者に見られるADHDは、偶然の合併ではないのだろうと、
以前から想定されてきました。
ADHD治療薬のコンサータを飲み、さらに、ASDの易刺激性の軽減のためにリスパダールとエビリファイも飲む、両方飲んでいるお子さんもいる、と聞きます。
まず正しい診断ありきですが、このような処方も、ありうると思います。
集中力を高めつつ、イライラしないように、
そこは個々に「ちょうどよい比率の服用量」を決めていく、
それは、ありうる、と思います。
しかし無視できないことがあります。
ADHDを合併したASDは、コンサータのような薬が効きにくい可能性、が
指摘されている、ということです。
医師は、7歳のNaftali君がASDだけでなく ADHD も持っていると結論し、多動に対して、ADHD治療薬を処方したが、それらの薬も効果がなかったり、副作用を引き起こしたりした。 *8
2014年の論文ですが、以下の記載があります。
たとえば、反復的で制限的な行動を治療すると、ASDとADHDの両方を持つ人の、不注意と多動性が改善される可能性があります。
*9 *10
仮説としては、
ASDを伴うADHDには、ADHD治療薬よりも、リスペリドンのようなASD治療薬の方が、多動に対して有効な可能性がある
このことを裏付けそうな論文が、ごく最近報告されました。
ASDとADHDが併存した人の特徴についての論文です。
ASDとADHDの併存は、単なる重ね合わせではない
*11 *12
プレスリリースが出ていることもあり、フォロワーさんの中にも、関心を持って読まれた方も、何名もおられたようです。
ただ、あまりに難解ですね。
研究対象は、小児(5~13歳)です。
機能的MRIで測定された、安静時の脳活動を解析しています。
この論文のデータです。まず2つの図をお示しします。
とくに下の2つめの図のほうが、脳が柔軟に、ダイナミックに動いています。
ADHD、すごいですね。
「常に動き続ける思考」が反映されているのでしょうか。
ADHDのかたの脳のダイナミックな動き、お判りいただけますか。
次に、ADHDをASDと比べると、以下の図にようになります。
なんと!
ADHD(単独)とASD(単独)が、こんなにきれいに区別できています。
そして、
ASD/ADHD(併存)も、ADHDとはきれいに区別され、ASDと同じパターンでした、
すごいですね。あまりにもきれいなデータでした。
脳の状態としては、ASDに伴うADHDは、ADHDよりも、ASDに近いと言えます。
ASD児に見られる多動は、
ある作業から別の作業に簡単に注意を切り替えることができないことに起因する、
と考えられていて、 *10
論文データは、この考えを裏付けるものになっています。
ADHDのお子さんに治療を考えた場合、
このお子さんが、どのくらいASD的要素を持っているのか、
よく子どもさんを診ることが大切だなと、改めて思いました。
*1.
*2.
*3.
https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/documents/kazokushinrikyoikuhen.pdf
*4.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7681004/
*5.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10030619/
*6.
*7.
https://www.wakayama-med.ac.jp/intro/press/2018/files/01-03_180131_2.pdf
*8.
*9.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4203013/
*10.
*11.
*12.