大学院はもっといらない
レベルの下がった大学を次々と縮小するということを前に論じたが、次は大学院はどうあるべきかということについて述べる。
大学院はそもそも研究をする機関である。これは大都市にいくつかあればよいと述べたが、大学院は学部の上にある教育システムであるから、当然その規模は学部のそれよりも小さくなければならない。修士、博士といくにつれて、学生は少数精鋭であるべきである。また、教員もそれこそ世界に名の知れた一流の研究者のみに限定する。
次に教育内容であるが、政府は学生一人ひとりに多額の研究費をつぎ込んで、最先端の知識・技術を学ぶ。それをもとに世界から高く評価されるような研究結果を出す。そして、何より重要なことは、学生自らが自分の研究テーマを宣伝し、他の機関から資金を獲得するというマネジメントも大学院でカリキュラムとしてとりいれることである。
基本的に年功序列企業への就職をあきらめ、最高の知識・技術でもって食っていくという覚悟を持っている人のみ受け入れるべきである。そして学生は奨学金をどこかから必ず獲得する(研究のマネジメントの一環として資金を獲得する最初のステップとして重要)。教育をした結果、どこの国でも一流の研究者として認められた場合のみ、最終的に博士号を取得できるようにすべきである。
日本においてもはや大学院は無駄な箱物になりさがっている。現在の博士課程を卒業した者の大半は卒業後無職となり、高校生と同程度の時給でアルバイトをしている人も少なくない。また、彼らは500万円近く金をつんでも企業に雇ってもらえず、結果として-500万円以下の市場価値となっている。ただの不良債権にほかならない。上記の政策を実行すれば少なくとも新たに発生する博士の就職が問題視されることはなくなる。
では現在余りに余っている博士はどうすべきか。その答えは前に論じたように、政府主導の棄民政策によって海外へ送り込むのである。年功序列大好きな日本に博士はほとんどいらない。これは日本社会の要請であり、国民の総意である。棄民政策こそ不良債権を処理する最適な方法である。
一般的に何かしらの分野で世の中を変える人は少数で充分である。博士は自らの研究で世の中を変える人でなければならない。その他大勢に属してはいけないのである。毎年日本で1万人以上の博士が誕生するがこれは余りにも多すぎる。これではほとんどが日本でいらない人間としてみなされてしまう。いますぐ大学院を大幅に縮小すべきである。全廃でもいいかもしれない。もう一度言う。日本社会に博士などほとんどいらない。
大学に必要な学部
昔は大学学部卒業者を学士様として尊敬の目で見られていたが、今ではそれだけで全く尊敬されなくなっている。また、大学に長く通って博士をとった人間はもはやフリーターに近いような目で見られている。とにかく、学生や教員を含めて大学そのもののレベルが低下しているため、そのような扱いになっている。
これらはすべて日本の大学数そのものが多すぎることに原因がある。最低限必要な大学・学部だけを残し、学生が集まらいようなところや単なる就職支援のみに特化しているようなところは全て廃止すべきである。そして、社会としてなくてはならない職業の資格を取得するため、または最先端の研究をするための機関としての大学のみを残せばよい。
では、日本に必要な大学とその学部は一体何か。たくさんの人数が必要となる資格を取得する大学は各都道府県にあってもよい。そしてそのような大学で必要な学部は、結論から述べると、教育系(保育および小中教員養成)と医・歯・薬・看護系のみである。そして、最先端の研究をする大学やその他の資格取得系の大学は大都市に10数か所程度あるだけでよい。このような大学は教育、医学系学部のほかに理工、農、法、経済などを設置する。必要があれば地方に付属研究所を設立してもよい。学生が集まらない大学は廃止または大幅な縮小をしたうえで他大学と統合すべきである。トンチンカンな名前の学部はもちろん廃止し、一般的な理工、農、経済、人文科学などの学部も少数で充分である。
はっきりいって大学以上で学ぶようなことは専門家以外は必要としない。将来普通のサラリーマンや公務員などになる程度の人間にとっては中卒程度の知識のみで充分である。大学など行かなくてもよいのである。日本社会は基本的に年功序列であり、現場で積み上げた経験年数のみが評価される。そこには大学で学ぶ学問の知識が入る余地はない。
どんなに社会が発達しようと、高度な知識を必要としない単純な仕事は常に存在し、社会システムを維持するためにもそれを処理する人間は一定数必要である。このような仕事は学歴の低い(本来大学に入れるほどの教養を持っていない)人間にやらせればよい。下手に高度な知識・学位を持った人にやらせると、たちまち文句を言うことが予想される。せっかく大学で4年間学んだことが社会で一度も生かされぬままその人の一生が終わってしまうのである。多くの若者がこのようにして時間を無駄に過ごすのである。これはその人のみならず、日本社会としても大きな損失である。
一昔前のように大学を縮小して学位の価値を上げ、優秀な人間のみが高いモチベーションで学ぶことができるシステムにすべきである。このようにすれば、大学という最高学府にいながら社会常識を知らない行為・ふるまいをするという痛いエピソードも少なくなる。真に選ばれた者だけがそこで学ぶことができ、それ以外は締め出す。その他大勢の教養のレベルをあえて下げることが日本のためになる。
棄民政策のススメ
若年者の就業問題の原因は結局何かについて考えてみた。
どこの国でもそうであるが、そもそも日本にはこれまでつくりあげてきた日本の社会システムが存在し、その中で我々は生活している。ある人は会社員に、またある人は公務員としてなにかしら活動をして給与をもらい、そこで生活をしている。しかし、中にはフリーターやニートのように社会の一員としてほとんど貢献していない人も存在する。彼らは日本社会の一員として活動をする機会を与えられていたが、それをモノにできず、今の地位に甘んじている。これはどういうことか。つまり、彼らは日本社会では必要のない人間と判断されているのである。たちの悪いことに、フリーターやニートを支援するの一部の人間はそのような事実を直視しないまま、彼らを雇えと声をあげているのである。これでは単に異なる地位の間で憎しみしか生まれず、就業問題をますます複雑化するだけである。
社会システムというものはそのシステムを構築・維持するのに必要な人数・知識というものが存在する。これらが足りていなければ、より高度なシステムを構築することができないだけで、身の丈に合ったシステムの中で生活を送ればよいことになる。しかし、人が多すぎると椅子取りゲームが発生し、あふれた人がフリーター・ニートとなって社会に対して余計な文句を言うことになる。
では、彼らをどうすべきか。日本は過去に政府が主導して棄民政策を実行してきた。それを再び実践すべきである。問題児たちにとっては海外に出て環境が変わることで、自分自身を変化することができるチャンスである。日本としても必要のない人間を海外へ誘導することによって、若年者の就業問題も解決する。まさに両者にとっていいことづくめである。
棄民政策は若年者を切り捨てることによって社会的に大きく改善されると思われる。彼らを切り捨てると、日本の平均年齢が上昇する。年齢を重ねることによってより優秀になり、国力の増大につながるからである。
次に、60歳を超えた人たちはどうすべきか。これは年金と定年制廃止によって解決する。年功序列制度を導入すれば、彼らの生活が保障され、そのお金を使って福祉や医療に使えばよい。仕事を引退して収入はないが自由になるかどうかも各自の選択にまかせ、原則自己責任のスタンスで行くべきである。へたに定年を導入すると、年をとった社会人は退職しなければならず、年金の支給と日本組織の戦力ダウンが発生する。貴重な税金の支出が発生するわけである。
世界にはまだまだ人が足りておらず、発展の余地がある国があると思われる。日本政府はそんな国に働いていない自国民を強制的に送り込んで世界に貢献すべきである。
今春学校を卒業し、社会人になる人へ告ぐ
前回は進路未定の人間にコメントしたが今度は新社会人になる人にコメントする。
あなたたちは今春からある組織の一員として働くわけだが、基本的に日本の一般社会は年功序列の構造となっている。つまりあなたたちは一番下っ端である。どこの一流大学を出ようが、難しい資格・特技を持っていようがそれは変わらない。先輩の言うことは絶対であり、たとえ理不尽な命令があろうとそれに従わなければならない。とにかく年齢・経験年数がすべてである。
あと、組織の中で変な主張をしたり、独特の個性を出すことはしていけない。先輩から生意気だと目を付けられる。日本は村社会であり、他人と同調することを一番よしとしている。もし、これを破ったら解雇されると思え。解雇ということは日本では不必要なクズに転落することを意味する。そうなりたくなければ何があっても組織にしがみつかなければならない。
しかし、フリーター・ニートに比べたら地位は高く、収入もあるので、少なくとも食べていくことに関しては困ることはないだろう。あなたたちに一番必要なのは経験と時間である。最初は下っ端だが、一年たてば後輩ができるので、彼らに対しては大いに威張ってもよい。さらに年齢を重ねれば後輩も増え、収入や地位も上がる。そして、数多くの候補者から最終的に選ばれたということは、今春から属する組織においては多少の期待はされているだろう。
あなたは今春から普通の社会人になる。それ以上でも以下でもない。どういうことか。それはすなわち、あなたが何かをして日本を大きく変え、有名になることは絶対にないということである。それでも革命を起こしたければまずは組織を離れ、長い間日本社会のクズとして過ごさなければならない。それに革命というのは簡単に起こせるものではないし、大きな運が必要である。そんなことをするよりも、ただの安牌大好き君のほうがよい。普通の社会人として余計な考えを持たないまま残りの人生を社畜として過ごしたほうが身のためであると思われる。
今春大学卒業者でまだ就職先が未定のものへ
日本の若者は社会が必要としている人数に比べて過剰である。その証拠に数多くの若者が無職である。日本は基本的に年齢が高いほど偉いとみなされている。あなたたちはたとえ一流の大学を出ようが、素晴らしい資格・特技を持っていようが、社会では一番下っ端である。無力である。それでも自分は優秀だと考えている者はただの驕りにすぎない。それは日本社会ではマイナスの評価につながる。
しかし、あなたの人生は完全に絶望というわけではない。終わったのはあくまで日本というせまいところのみの話である。あなた自身が日本を捨てればすべて解決するのである。海外では年功序列のシステムをとっていない国も多く、そこならあなたとの相性もいいはずである。自ら棄民となることがチャンスなのである。
これからも日本は年功序列であり続けると予想される。そして、あなたに対する日本の評価も今後変わることはない。大学で本来生活に不必要な知的娯楽を学んだということは、あなたの家にはまだ金銭的余裕がある。親のすねをかじりながら、それが尽きてしまう前に棄民となる準備をすべきである。
少子化万歳
日本では近年少子高齢化が問題となっている。
少子化が進むと起こりうる問題として、労働人口の減少、年金制度の破綻がある。政府としてもこの流れは良くないとさまざまな政策を考えている。
しかし、少子化問題というのは放置すると日本として取り返しのつかない状態になってしまうとはとうてい思えない。日本が大好きな年功序列主義をとっている以上、少子高齢化というのはむしろ歓迎すべきことではないか、と考えることができる。なぜなら、年齢を重ねれば重ねるほど優秀であると信じてやまない日本人にとっては、平均年齢が上昇することは自分たちがより賢くなることを意味し、国力の増大にもつながるからである。
次に、年金の問題であるが、これは定年制を廃止することによって解決が可能である。年配の人に多くの給与を支払うことによって、高くつく医療費、福祉関係費を支払えるようになる。そして、高齢者は給与をもらえるので、年金制度を導入する必要もなくなる。また、年齢によって退職する必要もなくなり、年功序列社会にとって戦力ダウンとなることもなくなる。
若年者の人口は30年ほど前と比べて減少している。 ところが、その中でも失業している若年者が多いことから、現在の若年者人口は日本社会にとってまだまだ多いことを意味している。政府としては少子化の流れを特にコントロール必要はなく、それを食い止めることは税金の無駄遣いにほかならない。
大学における正しいレポートの作成
ここでは、講義の内容をふまえたうえ、多少の調査が必要とするレポートをまとめるという想定で考える。
・自分のノートをもとに図書館で調べて、独力で作成
お勧めしない方法である。特に講義を理解していない人にとっては愚の骨頂である。基本的に大学の講義の内容は将来社会にとって役に立たないことが大半である。そんな役に立たないことを一生懸命聞き、さらに時間をかけて調べることは労力と時間の無駄である。
・インターネットを使って調べる
著作権に違反する危険性がある。コピペでの引用がバレてしまったら0点である。
・いい加減に作成
点数はほとんどもらえない。そのようなことをするようであったら、その授業の単位をあきらめたほうがよい。
・金を払って作成を誰かに依頼する
値段しだいであるが、比較的賢い方法である。手間のかかる事業を誰かに依頼して外注するという方法はビジネスの世界では当たり前。交渉によって値段を安くできればなおよい。
・自分では一切調べずに、よく知っていそうな先輩、同級生、教員に聞く
最適な方法である。学んでも意味がないようなことに一生懸命とりかかるよりも、フットワークを使って作成したほうが社会にはよっぽど役に立つ。なぜなら、将来携わるビジネスの世界においては、必要なことは本やインターネットからではなく、現場で働いている人間からくるものである。また、彼らの意見はどんな本よりも正確で、自分で調べるよりも大きな時間の短縮につながる。
再三述べるが、大学で学ぶ学問は社会には全く役に立たない。そんなことを自分のものにしようと図書館で調べて多大な労力を使うよりも、親からもらった足をつかって情報収集すべきである。大学でこのようなことを怠ると、いざ社会の場でこれを実践しようと思っても、動きづらいものである。そして、ビジネスで高く評価されるのは、本で得た知識ではなく、そのフットワークである。
新卒採用は中卒を
なぜ企業が博士を取らないのか、一般的な理由として次のことがあげられる。
・通常、博士は大卒で会社に入ってきた人よりも5年ほど遅れて社会に進出することになる。社会を全く知らない博士に対して、すでに5年ほど社会経験を積んだ学部卒の人たちと同一の賃金を支給することは割に合わない。
・年功序列、終身雇用の雇用制度のため、少数の年をとった新人をとるとその賃金モデルが崩れてしまう。また、日本は年上の人を敬う文化であるので、年上の後輩を社内に入れると職場でやりづらい雰囲気になる。博士を雇うことによって職員の年齢構成のバランスが崩れてしまう可能性がある。
・博士卒の人々は大学院でずっと研究活動を行ってきた。この研究活動は基本的に個人プレーの場合も多い。組織の一員として働くことに向いていない人が少なくない。また、コミュニケーション能力に乏しい。社会で生きていくには性格的に難のある人もいる。
・博士は一つの専門的な仕事だけに集中してしまい、視野が狭い人が多い。
だが、日本の企業は、なぜ新卒採用として主に学部卒業見込みの学生をターゲットにしているのか?上記の欠点を裏がえして考えると、大卒の学生は若く、社会経験を積む機会も多い。また、集団プレーが得意で、コミュニケーション能力もあり、視野が広い、ということになる。しかし、よく考えると、これらの長所は特別、現在の大学学部卒の人間に当てはまるとはいえない。ということは、大卒の人間を新入社員として会社に迎え入れる意義も何も思い浮かばない。
では、会社にとってどのような人を雇用すべきか。そもそも日本企業は年功序列、終身雇用という素晴らしい制度がある。つまり、なるべく若い人を社員として迎え入れ、長い年数をかけて経験を積ませる。社内で経験を積めば、会社にとって重要な意思決定も失敗することがなく、より発展させることが可能である。経験を積ませるという意味では、雇用すべき人材として、中卒の人間が最適である。
なぜなら、そのメリットとして、
・同じ年齢で大卒と中卒の人間を比べると、中卒は大卒よりも7年早く社会人となっており、その分の経験が大きな差となっている。
・新入社員の年齢を引き下げることによって人件費が安くつく。年功序列型の賃金形態であるので、大卒の人間よりも安い賃金で雇用することができる。
・大卒よりも純粋な人間が多いから、企業の考え方に染めることが容易である。大卒の人間は中卒に比べ、社会進出が遅く、その分企業にとってよからぬ考えを持っている可能性が高い。
・単純な仕事をまかせるのに適している。大卒は中卒よりも余計に高度な知識を持っているため、わがままであり、中卒よりも単純作業には向いていない側面がある。
ということがあげられる。
年功序列、終身雇用型の企業はぜひこれを実践すべきである。
大学生にとって最もためになるアルバイト
・収入
当然であるが、時給が高いほうがよい。
・勤務時間
いずれにせよ、卒業に必要な単位を取得しなければならない。日中の時間全てをアルバイトに費やすわけにはいかなくなる。
・社会勉強になるもの
大学を卒業したら、普通の人は働くことになるので、自分のキャリアにつながるようなものが望ましい。世間について勉強になるようなものがよい。
アルバイトにはコンビニの店員や家庭教師などが主なところであるが、上記の3つの条件を一番よく満たしているようには思われない。実は、この3つを満たす最適なバイトはキャバクラもしくはホストクラブである。
まず、収入面であるが、もし、人気の店員になれば多額の収入が得られるので文句はない。さらに、自分の財布から金を支払わずに高いお酒を飲む機会もあるので、その分の代金もお得である。次に、キャバクラやホストクラブは夜に開店であるから、授業に参加できないことはなくなる。そして、社会勉強であるが、酒によって人間は本性を現すので、彼らがどのようなことを考えているのか勉強になる。さらに、普通の大学生は在学期間中に飲酒が可能となる年齢に達するから、社会人になる前に酒の飲み方を勉強することができる。そして何より、接客業であるので、お客さん(社会人)の気をよくするためにいろいろなことをしなければならない。このようなお客さんとのやりとりは会社員、とくに営業職に活かされるはずである。
このようなところでバイトに精を出すと、いくら授業時間外のアルバイトでも学業のほうがおろそかになるかもしれない。しかし、そのような心配はしなくてもよい。なぜなら、大学で学ぶようなことは直接使う機会はめったにないからである。大学では楽に単位をとれる授業のみを選択し、最小限の労力で学位を取得すればよい。そして、夜にキャバクラ(ホストクラブ)で努力して売り上げを獲得する。接客のノウハウが身につき、店内で活躍すれば収入も上がり、お客さんとのやりとりから社会についていろいろ知るようにもなる。まさに最高のアルバイトである。
大学生はみな専門家しか必要としない学問を勉強するよりも、夜に繁華街にでてキャバクラやホストクラブで働き、そこで社会勉強をすべきである。
一生外出せずに生活していく方法
では、家にひきこもりながらどのように生活するのかを考える。まず、食料をどのように手に入れるかであるが、これはインターネットでほしい食材、料理を注文してそれを食べればよい。出前も可である。
しかし、それだけではお金が減る一方なので稼ぐ方法も考えなければならない。お金を稼ぐのもやはりインターネットである。アフィリエイトで収入を得ることもできるし、インターネットを用いたビジネスを考えればそれでもよい。また、リスキーな方法としては、株の売買もある。とにかく家賃がかからないように実家にこもり、食費+αの収入が得られればよく、特別高収入である必要はない。
結論として、理論的にはひきこもりで誰の力も借りずに一人で生活することができる。