類似の事件に関与か?「声優のアイコ」の遺留物からDNAが検出


男が女装してるんじゃないかと噂されていたけど、どうやらFtM(性自認は男性、体は女性)だったようだね。


戸籍上は女性、普段の生活は男性。

⇒俺と同じだから状況はだいたい想像がつく。


生活保護を受けながらホルモン投与。

⇒職にも金にも困ってる感じで、同情はするが。


女装して昏睡強盗。

⇒それをやっちゃいかん。




それに、捕まったときの態度がチャラいこと。

「男なんてチョロいもん、やってやったぜ」って感じ?

それもわからなくはないんだけど、同じFtMとして恥ずかしいし痛いしトホホって感じだよ。




これは俺個人の経験だけど、かつて、男に女として恋愛感情を持たれたり、性的な目線を向けられたことがある。

それはただ不快なことが多いが、それだけではないときもある。

言い寄ってくる男がバカに見えるのだ。

こっちは本当は男なのに、そんなことにも気づかないなんて、全くおめでたいと思うわけ。

「お前らは女に見えれば何でもいいのか」「女が好きだと言いながら、ヤレれば何でもいいんだろ」と思うことは一度や二度ではなかった。


当時は「俺はこれでも男だから」とは言わなかったが、少なくとも、お前のことは好きじゃない、エロ目線どころか女扱いも嫌だと言っているのに、やめないバカがいるんだよ。

で、とうとうブチキレれば「そんなに嫌がることないじゃん」とか言いくさって。

嫌だやめてくれを何度言っても、女の子として優しくしようとする奴は湧いて出てくるので、もうどうでもよくなってくるんだよな。

となると、逆にからからかってやれと思うこともある訳で、女のフリして仕返ししたくもなるよ。


だから、この容疑者が女装して男を騙した心理は、わからないでもない。

とは言え、昏睡強盗はないけどね。




「学生時代に女の格好を嫌ったのに、なぜ女装?」と報道されているが、男なんてそんなもんでしょ?

思春期の男なら誰だって、褒め言葉でも「女の子みたいで可愛い」なんて言われたくない。

でも、ある程度オッサンになったら、女装も楽しいとか思ってする人はいくらでもいる。

それが男を騙せるくらいだったら、ちょっと病みつきになるかもしれない。

FtMなのに?とか、MtFとか女装家じゃないの?と結び付けるのは性急。

LGBT(性的マイノリティ)かどうかは関係ない。


「性同一性障害で悩んでいたのに、その女の人格を前面に出しているのは謎」とか言ってるコメンテーターもいたが、エロ根性利用するのに人格なんか関係ない。

女の体だと想像させられればいいわけで、女である必要なんてないよ。

となると、元の骨格が女であるFtMは、ホルモン投与していても男よりは女性には見えやすい訳で、割りと手軽な手段だったに違いない。


それで犯罪にまで走ってしまうかは、本人のモラルの問題だが。




それにしても、「ワイドなショー」で、渡辺真理が「オナベさん」と言っていたのは残念だったなぁ。

最近は、結構一般でもLGBTとかトランスジェンダーという言葉が聞かれるようになってきたのに、それなりに知識のある人がこのレベルとは。

差別意識はないと感じたが、「オナベ」は差別用語の「オカマ」の反対と言われる言葉だから、俺は自称も他称も気分が悪い。

編集しないテレビ局もその程度であることが哀しい。


それでも、杉田かおるは「本人は男で女装だから、かえって男の気持ちがわかる」と言っていて、FtMを男として扱ってくれたのは嬉しかった。






先日、「私の何がイケないの?」という番組で、小雪さんと裕子さんというレズビアンが出演していた。

同性婚と子供について話していて、LGBTの紹介や「認めてほしいのではなく知ってほしい」と言っていたのが印象的だった。

そう、LGBTは認めるのではなく、ただその存在を知ることが理解だ。

当事者でも認めさせようとすることがあるので、これは大事なことだと思う。

明日、続きが放送される。


個人的には、江角マキコが「もし自分の子供がLGBTだったら……」と考え、真剣に聞いてくれたことに感激だった。




NHKの「週刊ニュース深読み」でもLGBTについて取り上げていて、一般の人が少しずつマイノリティに詳しくなっていることが嬉しかった。

サッカーのワールドカップでも「Say No To Racism」という横断幕を掲げ差別撤廃を宣言していたが、その中にちゃんとセクシュアリティが含まれていることは勇気づけられる。


そう、イアン・ソープ(オーストラリアの元水泳選手)も同性愛者であることを告白したとか。

これからは、あまり大袈裟にカミングアウトとして騒がないで、ごく普通のこととして受け止めてほしい。


20人に1人は、LGBTなのだから。
最近、発達障害について見ていたら、アスペルガーとADHDの違いは「愛着の有無」という記述を見つけた。

で、その点で考えると、うちの両親はどうもADHD(注意欠陥多動性障害)の方が当てはまりそう?

ただ、ADHDかどうかも結局不明というか、今さら診断を受けてどうこうするつもりもないので、最新のDSM-5に則って、これからはASD(自閉症スペクトラム)と呼ぶことにする。

軽度でもASDのどれかには当てはまりそうなので。




特に母親はかなりドライで、我が子だろうが味方する気は一切なし。

幼少期、友達と喧嘩になると、友達の母親はその子の味方をするがうちの母親は一切しないので、3対1の気分を味わった。

友達とその子をかばう母親と、その母親からの言い分を鵜呑みにして言われるがままのうちの母親。

嘘八百でもかばってもらえる友達と、本当のことを言っても何もフォローされない俺という、不平等な図式を何度も味わった。




両親ともに、誰に対しても愛着はなさそう。

父親は猫可愛がりはするけれど、いないと寂しいという感覚は乏しいし。

本人は「寂しい」と口にすることはあるが、だからって何もしない。

いつもあるものがないから気になるだけだと思う。


二人とも、孫の顔は見たくても、自分からは電話ひとつしない。

別に近況とか聞かないし、お祝いもしない。

来るものは拒まずだが、出掛けるのが面倒なら孫と遊びにも行くのも断る。

弟が誘っても、母親は理由も言わずに押し黙って無視。


好きな人のためにはりきるとか、そういうエネルギーはない人達。

惚れた弱みとは全く無縁の二人。


愛されないからこそ愛されようと必死だった俺だけが、惚れた弱みで振り回されてたんだと思う今日この頃。




母親は、父親よりも淡白。

俺と一緒に過ごしたことの物理的な愛着はあるようだが、心理的には薄い。

母親は、俺の心と交流していたのではなくて、「母と子という形」を演出することに真面目だったように思う。

俺が喜ぶからしてあげたいのではなくて、母親としてやるべきことだから遂行するという感じ。

決まったレールの上を歩くだけの無機質な演出。


父親は、母親よりは子供に対し愛着はあったが、一方的。

父親でも大人でも男でもなく、ただの幼児だから。

素直なので、納得すれば母親始め他者の助言には従うが、自分で考えることは出来ない。

子供を気まぐれに構う。

父親のせいで俺だけ怒られても、父親は悪いことをしたとも思っていない。

というか、因果関係からわかってない。


「父の背中」というのを感じたことがないし、本人もそんなものを意識したことはないと思う。




子供が夢中になって遊んでいても、親の都合で帰らなければいけないのは仕方ないが、うちの親はいつも場当たり的で予定を知らせなかった。

だから、俺が思っていたのとは大きく違ってショックを受けることも多くて。

そんな時、母親は「また今度」と言って強引に諦めさせるのだが、当然次があった例がなく、それを知ってる俺はますますその場に執着した。

母親は、俺の気持ちや状況判断はなく、どうすべきかという表面的な正論にのみ忠実だった。




それでも、両親は少しだが変わった。

年老いたこともあるだろうが、俺が説明したことで理解できるようになった部分もあるのだろう。


でも、俺が過去に傷ついたことを理解して死んでいくことはないと思う。


なぜなら、俺が自分の感じたことを逐一報告しなければ、全てなかったことになってしまう人達だから。

「傷つけたかもしれない」と推測は出来ないし、それが出来ても気づいていることを俺には決して伝えない。

伝えることの意味を理解出来ないので、必要性を感じていないのだと思う。

謝る、償う、寄り添う、共有するなんてのは、彼らには高度すぎて無理だ。

きっと、そんな世界があることさえ知らない。

とてもじゃないが、それを一から教えるところから始める気にはなれない。




ホームドラマのように、毒親が激変して親子がやり直すなんて、ASDの親にはあり得ないと思う。


彼らは、子供の気持ちに気づかなかったのではなく、他人に自分とは違う気持ちがあることさえ認識していない人達だから。

ASDは納得しないと行動できないようなので、認識さえ出来ないものに配慮するなんてあり得ないのだ。






※コメントについて

コメント頂いてる皆さん、いつもありがとうございます。

とても嬉しいのですが、中々レスする気力がなくてそのままになっていてすみません。

今後もこんな感じだと思うのですが、よろしければ今後もよろしくお願いします。

こちらも共感することが一杯あり、励まされることも多いです。

コメントは歓迎ですので、返事がなくても気にしない方は、愚痴でも何でも気楽にコメントして行ってください。
東京都議会やじ問題
<セクハラやじ報道の論点はズレている>少子化問題の原因を個々の女性に押し付けている固定観念が問題
都議会ヤジの問題で大はしゃぎする人たちが軽すぎて、頭痛が痛い。




下品でレベルが低すぎて、恥ずかしいことこの上ないのは、今さら言うまでもないが……。

世界には、日本男児がいかに時代錯誤で日本社会がいかに差別的か、十分に伝わったと思う。




自民党は「性同一性障害は配慮する必要があるが、同性愛は必要ない」なんて言っていた党なので、元々その程度の認識しかない。

(参考⇒自民党の性的少数者差別 たんぽぽの礼拝堂)

まぁ、FtM当事者(性自認=男、体=女の性同一性障害)だって知らずに同性愛者を差別してしまっているくらいだ。

裁判まで起こすようなFtMが同性愛差別には無知だったりするのだから、哀しいかな、まだまだ沢山いるのだろう。

だから、自民党にセクシュアル理解なんて期待できるはずもないのだが、それにしてもお粗末。




彼らは、結婚や妊娠・出産が、女性のみの、それも本人の意志だけで何とかなる問題のように捉えている。


それが何よりの間違い。

口が滑ったのではない。




子供がほしくても持てない夫婦も多い。

そこには、戸籍などの法律の問題や生殖医療を含めた医学的な問題に加え、それらを支える社会にも問題がある。


今や不妊治療一つとっても、夫婦で一緒に通院するよう指導される時代。

不妊原因の約半分は男性というデータもあるのに、こんな社会だから男性が不妊を認めることは難しい。

そのため、不妊に悩む女性の何割かは、夫の不妊を肩代わりしている。


また、晩婚化の背景には、女性が子育てと仕事を両立することが難しい社会がある。

そもそも両立が叫ばれるのは女性だけだし、男性が両立しようと思ったら女性以上に大変かもしれない。

父親なんだから当然の役割のはずなのに、「家族サービス」なんて言ってるうちはダメだろう。


出産する女性にだけ期限があるように錯覚しがちな妊娠も、男性は何歳でも子供がつくれるというのは昔の話。

歳を取れば精子の複製にエラーも出やすく、子供が障害を持つ確率が上がることが報告されている。

障害が重ければ生まれてくる子供の負担はもちろんのこと、流産にも繋がりやすい。


さらに、子供には何の罪もないのに無戸籍のままの人がいたり、居所不明児童も放置されてきた。

欲しくもないのに出来て虐待する親もいれば、欲しくても養子縁組みさえ出来ないでいる親もいる。

そこで、育てられない親と産めない親を繋いで、子供を助けようと頑張っている施設や病院なども出てきている。

親だけで救えない子供がいることも、また事実。

子供の虐待問題にしても、母親が赤ん坊を捨てたり虐待死させたりする背景には、出産の前に父親が逃げているケースが多い。

女性個人の問題であるはずがない。


ヤジ議員やその取り巻きは、何にも知らないのだろう。




鈴木氏は、「早く結婚した方がいいんじゃないか」の発言の趣旨を「早く結婚してもらいたかったから」と言い訳しているが、余計なお世話だ(苦笑)

親戚の伯母さんが言ってもセクハラだって言われてるのに……。

根本からわかってないことを露呈した。




そして、鈴木氏だけで終わらせないでほしい。

「産まないのか」「産めないのか」という発言の方がもっと下劣だし、先に言ったようにこれは失言の問題ではない。


「女は黙って子育てでもしてろ」という政治家の価値観の問題。

さらに、いつまでもそれを容認している社会の問題だと思う。


男性ばかりではない。

息子が家事や育児をすることをよく思わない母親もいたりする。

女性自身も、結婚・出産・子育てが出来た女が勝ち組、これで一人前という考えを押し付けるのは、やめなければいけない。






最後に、ヤジ議員の皆さんにお聞きしたいのですが……。


奥さんや娘さんに子供が出来なかったら、「もっと頑張れ!」って言いますか?

息子さん夫婦に子供が出来なかったら、ダメな嫁だから別れさせますか?


私は幼い時、赤ちゃんはお父さんとお母さんが協力しあって授かるものだと教えられました。

この時、男性の協力なく女性だけでは出来ないことだと知りました。

でも、ヤジ議員の皆さんは違うんでしょうか?

皆さんだけは、お母さん一人が頑張って生まれてきたんですか?

皆さんのお子さんは、奥さん一人がすごい頑張って産んだんでしょうか?


不思議なこともあるもんですね。

無知ですみません。