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「夫はアスペルガーかもしれない」


ネット上ではそういう妻の相談をよく見かける。

他にも色んな関係があるのだと思うが、表面化しやすいパターンなのだろうか。

感情を共有してほしい女性にとっては、アスペルガーの夫は余りにもつれないので、問題が起きやすいのかもしれない。


そこで……。

今、夫の不可解な言動に悩んでいるあなたに考えてほしい。

妻がただ耐えれば済む問題ではないことを、ちょっと知ってもらえたらと思う。




まず、「もしかして、この人はアスペルガー?発達障害?」と思ったのなら、これまでにアスペルガーに対するある程度の知識は得ていると思う。

そこで注意したいのは、ネット上でよく叩かれているように、わがままだったり迷惑をかけるのがアスペルガーではないということ。

障害特性のためにそういうことが起きやすいが、アスペルガーの場合は、定型なら子供でもわかる基本的なことを理解していないために問題が生じているので、そこを見極める必要がある。


そこで、出来れば医師に相談すること。

最初は妻の自分だけが精神科に行くのでもいい。

診断が必須だと言いたいのではなく、まずは自分が障害としっかりと向き合うという意味で。


次に、本人にも発達障害について話して、一緒に病院に行くことを提案する。

拒否されても、何度も説得に当たること。

大変だが、責めたり怒ったり泣いたりしないで、冷静に必要性を説くこと。

特にアスペルガーには感情的になると逆効果で、怒ったり泣いたりしたこちらが悪いように言われるので要注意。


また、アスペルガーには新しいことや経験のないことに極端に怯えるタイプもいるので、どんなことをするのか出来る限り伝えておくのもいい。

強引に連れていくと、「お前が頼むから来てやった」と被害者になるし、診断結果も受け入れないと思うので、出来る限り本人を納得させてから。


それでも、行かないよりはマシということも。

自閉症などのテストを受けて結果を見れば、そこに一つの事実が明らかになるので。

診断結果を無視するなら、それも含めて一つの結果が出たことになるだろう。




どうしても病院が難しいなら、関連書籍を見せて一緒に考えてみるのでもいい。

ここでも無関心だったりやる気のないタイプがいると思うが、しつこくしかし丁寧に「あなたのことが書いてある」と見せ続けること。

そのやり取りも含めて、今後の判断材料になると思う。






簡単に書いたが、ここまでやるのがメチャクチャ大変ということも。


うちの場合は、そもそもこれらのやり取りをするくらいのコミュニケーションが取れなかった。

本を読んでも「読んだ」で終わり、病院は行く前から「治るの?」なんて聞く始末。

診断の意味さえ理解してなくて、それどころか、問題があることもわかっていない様子だった。


これまで親に傷つけられたことや迷惑したことを話しても、父親は「そうか、そうか」となぜかニヤニヤ。

母親は「私の育て方が間違いだった」と暗い顔をしているが、自分の失敗にショックを受けているだけ。

その証拠に、やめてくれと言ったことを彼らは次の瞬間には平気でした。


わかったのは、彼らは我が子を傷つけても何のショックも受けないという事実だった。

それでも、何もわからないよりは前進したと思う。




アスペルガー本人に自分の問題を認識させ、向き合わせること。

これが何より難しいタイプがいる。

となると、妻はどれだけ根気よく頑張れるかが最初の関門になる。


ここで挫折する人は、諦めて離婚してしまった方が正しいかもしれない。

恐らく、アスペルガーの疑いを持つまでに、何度も信じ何度も我慢し、自分を責めたり迷ったりして来ただろうから。

疲れきって余力がないなら、休める環境が必要。

でも、アスペルガーといると休めないと思う。

そのままでは本当に死んでしまう。

自分が死んだら夫も助けられないし、そもそも死んでまで人に尽してはいけない。




アスペルガーかどうかは、病院に行かなければ正式な診断がつかない。

そこで、診断のつかないうちにアスペルガーとして対処することを迷う場合もあるだろう。

だが、アスペルガー用の対応で上手く行ったのなら、それでいいと思う。


大の大人の首根っこを捕まえて、無理矢理病院に連れて行くことは難しいし、それでは意味がない。

診断は、本人が自分を知り、身近な人が対処を知る手掛かりとするものだと思う。

確かに、診断がつけば周囲の人には確たる証拠にはなるが、それだけでは何の解決にもならない。

障害なら、病院に行ったからといって治るものでもないのだから。

既に問題が生じているなら何らかの対処が必要な訳で、診断の有無で線引きすべきではないと思う。


定型をアスペルガー扱いすることで問題が生じるとすれば、アスペルガーを定型扱いすることも、それと同じかそれ以上に問題があると言いたい。

定型のように出来る期待をされるアスペルガー自身も、実は辛いのだと思う。

能力を過小評価するのも人をダメにするが、過大評価してもその人をパンクさせてしまうだろう。

障害の有無は既に決まっていること。

障害がないに越したことはないが、定型であってほしいという希望的観測は判断を誤ることになる。




中には「障害だったら許せる(仕方ない)けど、性格の問題なら無理」という人がいる。

だが、本当にそうだろうか。


それは二重に誤解してると思う。

一つは、「障害者はかわいそう」とか「弱者だから助けてあげなきゃ」というのは、ただの同情であり理解ではないということ。


かわいそうだから保護するだけなら、家猫のようにあなたが家で一生面倒を見ればよい。

家猫は外を知らないから外の世界を求めない。

それは別に不幸ではないようだ。

同じように、あなたが匿ってアスペルガーの全ての責任を負えば、誰にも迷惑をかけないだろう。


だがもし、アスペルガーでも外猫として生きていけるようにしようと思ったら、それではダメだろう。

外猫に必要なスキルを身につけなければ、死んでしまうのだから。

それも自覚のないアスペルガーの場合は、自分から努力することはないので、外猫にしたいなら飼い主が一から全部教えなければいけない。


言うまでもなく、一番良くないのは中途半端。

猫がかわいそうだからと外には出すが、外で何をしようと責任を負わない飼い主だ。

アスペルガーに同情はするがサポートはしないとしたら、それは飼い主の自己満足であり、むしろ残酷な仕打ちだと思う。




もう一つの誤解は、アスペルガーは「仕方ない」などとあっさり言えるほど、生ぬるい障害ではないということ。


夫から毎日のように気分を害す言葉を言われ、ちょっと気をつけてくれれば必要のない洗濯や掃除に追われる。

予定が少しでも狂うと怒鳴られ、夫の思い通りに行かなかったことは全て妻のせいにされる。

毎日こんなこと、同じことの繰り返し。

そして、この現状を誰にも理解されない。

それでも、障害だから仕方ないと笑って流せるなら、定型社会に適応し損ねたアスペルガーの夫も、きっと幸せだろう。


夫が暴言を吐いても、あなたのものを汚したり壊したりしても、しょうがない。

話を聞かないのも、約束を守らないのも。

どんなに悪いことをしても一切謝らないのも。

全部、しょうがない。

なぜなら、そういう障害なのだから。

「こんなこともわからなくてかわいそうに」と抱きしめてあげればいい。


未熟な夫がかわいくて、彼の世話をするのも楽しんでやっている、変人ぶりも面白くて好きだという妻もいる。

本当にそれで幸せなら、他人がとやかく言うものではない。

夫も、仕事が出来ていて大きな問題を起こしていないのなら、変な人でもそのまま生きて行けばよい。

仕事が出来て他人からはよい夫にも見えるが、身の回りのことは何も出来ない家では滅茶苦茶なアスペルガーは結構いる。

それを破天荒だと笑えるなら、問題はないだろう。

外で犯罪や迷惑行為に及ばなければそれでよい。




ただし、障害だから許すべきという理想論と、実際に許せるかどうかは別だ。

理解すべきかどうかではなくて、あなたが理解したいかどうか。

一生あなたの気持ちをわからず、そこから一生変わらない相手でも、共に過ごしたいかどうかだろう。


障害とはそういうものだ。
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沢山コメント頂いてるのに、レスしなくてごめんなさい。

僕も共感できるお話ばかりで、不思議な感じです。

思考パターンが似ているというか、同じ反応をしますね。

コメントに僕も励まされていて、本当にありがたく思っています。




サイトや本の説明だと、「人の誕生日をよく覚えてる」とか「鉄道車両の種類まで細かく記憶してる」とか、書いてるものがありますよね。

だけど、これだけでは発達障害の問題ではないと思います。

好きなものをよく覚えているのは誰でもそうでしょう?

ただ、発達障害の場合、その人には興味もないのに、誕生日を覚えていたりするんだよね。


これはうちの母親もそうで、親戚の誕生日はみんな覚えてるようなんですが、何をするわけでもないです(苦笑)。

おめでとうと電話もしない。

何か贈るわけでもないし、それ以前にほぼ音信不通。

でも、誕生日は覚えている。


毎年、孫の誕生会に呼ばれるのに、プレゼントを渡すという発想はこれっぽっちもない。

孫は可愛いと思っている。

でも、何かが足りない雰囲気なんです。


何かをあげたいという気持ちや、プレゼントを喜んでくれたらこちらも嬉しくなるという、心の相互のやり取りが非常に乏しいです。

0ではないです。

でも、不十分とも思ってないので、このわずかな心にすがるしかなかった自分が哀れですね。

僕の場合、親との関わりだけでは、心は常に飢餓状態でした。


アスペルガーは親密さと情報量や言動が一致しません。

だから、親子なのに何も知らない、親しくもないのに随分詳しいなんてことがあって、周囲は困惑します。

定型は責任や立場上必要な情報も入れるが、アスペルガーは自分の興味のあることしか覚えない印象です。

この辺が無責任だと思います。




また、印象的な出来事があった日などはほとんど覚えていません。

他人はおろか、自分に嬉しいことがあった日も、辛いことがあって思い出したくないような日も、忘れています。

というより、最初から記憶されていないのかもしれません。


何か出来事や人と結びついて覚えているのではなく、満月満月の日という不変の事実としてインプットされているだけのようです。


そう、携帯の電話帳と同じだと思います。

自分は相手からメアドを聞いただけでも、携帯はその人のプロフィールを全部記憶していたりします。

相手が、誕生日やら住所やら、はたまた趣味やブログまで登録してあったら、プロフィールごと送信された自分には、興味のない情報も入ってきます。

人間は、興味のないものは覚えないし、印象に残らないものは見ても忘れるでしょう。

でも、データは無機質に残ります。


アスペルガーの記憶の仕方は、このコンピューターに似ていると思います。

必要度合いや好み、状況に応じた選別をせず、ただそのままインプットしているのだと思います。

だから、記憶しているからそれが好きとか、よくしゃべるからその事に詳しいとか、そういう推測は成り立たないです。

定型からそう推測されることもわからないみたいです。


これは、定型は誤解しますよね。

自分に興味を持ってくれたのかと思ったら、ただ誕生日が気になっただけですから。

定型はちょっとショックですが、それもアスペルガーにはわからないと思います。


こういう大したことではないけど小さなズレが、何とも歯がゆいです。

これをアスペルガー本人に話すと、どっちがいいとか悪いとか善悪の話になったり、0か100かでしか考えないので大事(おおごと)になるのも嫌ですね。


取り合えずアスペルガーには、「やめてほしい」と言われたことは、素直に従って欲しいです。

それだけでかなりのトラブルを回避できるでしょう。




人が嫌がることをし続ければ、嫌われるのは当たり前です。

嫌われれば親切にはされません。

それはいいことではないけれど、不親切な行動を生んだのはあなたです。

平等に、正しく、親切に接して欲しければ、あなたも同様にすることです。

相手が嫌がることを続けるのは悪いことです。

あなたにとってそれがどんなに楽しいことであってもです。

悪いことをすれば悪いことが返って来るのは当たり前です。

あなたは不運な被害者でも何でもありません。

自分の行動が返ってきただけです。

相手の苦しさより自分の楽しさを優先するなら、相手もあなたにそうします。

自分の楽しさばかりを優先する人をわがままと言うのです。

相手の楽しさを考えれば、自分の楽しさも考えてもらえます。




アスペルガーと関わる定型は、当たり前と思うようなことも一から説明してください。

意外と説明できないものですし、アスペルガーも思わぬ誤解をしています。

共通認識がないまま、それを修正しないまま関わるから、上手く行かないんです。


定型に合わせないアスペルガーが、一方的に悪い訳ではないと思います。

定型のルールがその家族や会社の守るべきものならば、それをしっかり伝えることも必要です。

それくらい常識だと切り捨てるなら、マイルールで勝手に振る舞うアスペルガーと変わりませんよね。
片山祐輔は、アスペルガーなどの何らかの発達障害だと思う。


もちろん、診断結果が出ている訳ではないし、見た目のオタクっぽい感じやボクトツとした雰囲気から、先入観があることも否定しない。

直接会ったことのない人間は、メディア頼みでありフィルターを通した情報に左右される。

発達障害を理解して発信している人はまだほんの一部だ。

大事な部分が削られていたり、大した意味もないものが殊更強調されたりする。

それらを精査して判断するのはとても無理である。

それでも、片山祐輔の発達障害を疑わずにはいられない。

そして、この事件の不可解さと無関係ではないと感じる。




片山祐輔は、「自分はサイコパス」とか「平気で嘘をつける」と話しているようだが、彼が血も涙もない冷酷な人間とは思えない。

彼の印象は「人を思いやらない冷たい人」ではなく、「思いやる能力のない人」だ。


前者は、「他者の気持ち」を存在くらいは知っている。

例えば、自分からボールを投げられた人は、受け取るか避けるかしなければぶつかる、という認識はある。

ただ、投げられた側の立場を考えて優しく投げることをしない。

意図的にしないその心理は冷酷で、冷たい行為をしたということになろう。


それに対し後者は、投げられた側の立場から考えることが出来ない。

だから、悪気はないが優しく投げるという発想そのものがない。


これがアスペルガーだ。

想像や思いやりが0ではないが、定型から比べると極端に低い状態にある。




片山祐輔も、自分の行為の結果をもう一つ想像出来ていなかったと思う。


犯行予告で人を脅すことや誤認逮捕させたことに対し、「これはいけないことではないのか」と問われれば、自分は悪いことをしたと言うだろう。

実際、今は事実を全て話すと言っているし、「多くの人を騙して申し訳ない」と語っている。

被害者の心情を思う気持ちもあるようだ。


その一方で、遠隔操作に成功した達成感を目の前にしたら、他のことは吹き飛んでしまうのだろう。

佐藤博史弁護士がこの時のことを聞くと、片山祐輔は嬉々として語ったようで、本当に悪いと思っているのか疑いたくなったという。




よく、アスペルガーは悪い人じゃないと言うが、悪い人な訳がない。


悪気があってやるというのは、相手が不快になるのがわかりながらやるということ。

つまり、相手が何に不快になるかがわからないアスペルガーには、悪意など存在しようがない。

自分のことしか考えていないように見えるのも、アスペルガーには自分視点の事実しか存在していないからであって、他人を蔑ろにする意図などない。

「不快です。やめてください」と直接的に繰り返し訴えられなければ、他人の不快は事実にさえなっていないのだから。

そのため、全ての事柄はただの偶然か自然現象のように捉えているので、誰かが矯正しない限り身につかない。

30歳以上の発達障害には、診断もつかず本人に自覚もないまま放置された人が、相当数いると思われる。




アスペルガーは悪い人ではないが、いい人でもない。


相手の意図や感情が読めないのに、相手の喜ぶようなことを意識的に出来るわけがないのだから、人のためにいいことは出来ない。

あるのは自分の都合だけだ。

ただし、偶然いいことをすることはある。

アスペルガーの都合と他人の都合が、偶然一致することもあるからだ。

もしそれを手放しで喜ぶのなら、偶然、悪いことをしたときに絶対謝らない、責任を取らない彼らを、笑って許すしかない。

全ては偶然なのだから。




片山祐輔は嘘をついていた。


一見、アスペルガーは「嘘をつけない」という特徴と矛盾しているように思える。

しかし、それはいわゆる人をかばう優しい嘘がつけないということであり、自分を守るためならいくらでも嘘が言えるタイプもいる。


「嘘をつけない」というのは、デブと思ったらデブと言わずにいられないということ。

「嘘をつく」とは、相手の気持ちを考えて、デブと思ってもそうは言わないこと。

「思ったことを言っただけなのに、それの何が悪いのか」というのがアスペルガーの感覚なので、自分の感覚以外は頭にない。

だから、自分に不利になるようなことも率直に口走る。

デブと言ったら嫌われるとか、楽しいからやったと無邪気に話せば処分が重くなるなどとは考えられない。

逆に、必死に謝罪すれば許してもらえるとか、喜びを示せば相手も嬉しいだろうとも想像できない。

これらがわからないから、立場や状況にそぐわない表現が多発する。


ところが、知的レベルの高いアスペルガーになると、経験からいくらか学習することは出来る。

そのため、一部だけは嘘や表現を覚えるようになる。

片山祐輔もその可能性が高い。


ただし、本質は理解していないことが多い。

つまり、人を思いやる優しさが生まれたのではなく、嘘を言うと自分に都合よく進んだというだけ。

表面だけを真似ることを覚え、歪んだ理解になっていることが多い。


片山祐輔は、嘘をつき続ければ自分の不都合がうやむやになるというようなことを、どこかで学習したのかもしれない。

一度刷り込まれると、間違った思い込みも中々変えられないのもアスペルガー。

もし、嘘をつき通せば何とかなると信じていたなら、罪悪感なしに取り調べに耐えることが出来てもおかしくない。

そこにはもう良心の呵責などなく、否認することが正義とさえ感じているのかもしれない。


彼は、自分の行為が犯罪=悪いことだとは認識しているが、それがどう迷惑で自分にどう返って来るかは、考えが及んでいなかったか忘れていたのだと思う。

時にとてつもない集中力を発揮する良さはあるが、夢中になると大事なことも忘れるのがアスペルガー。

自分の命に関わることも抜けたりするのだから、別に珍しいことではない。




よく「嘘をついている感覚がない」「自分も騙している」人の嘘は見抜けないと言うが、アスペルガーもその一例だろう。

ただ、他人の痛みを感じないのがサイコパスなら、他人に痛みがあることすら知らないのがアスペルガーだ。

前者には悪魔のような強さがあるのだろうが、後者にその強さは必要ない。

知らないのだから。




片山祐輔は、足がつかないよう注意を払う一方で、あまりにも不注意な行動をとって墓穴を掘っている。

このアンバランスもアスペルガーらしい。


例えば、猫の首輪を万引きした際、レジに証拠が残ることは気にしたが防犯カメラは気にしていない。

最後に送った真犯人を装うメールにしても、警察に監視されているかもしれないことは想像にない。

自分を犯人だと思っている警察の思惑が、全く読めていないからだ。

遠隔操作に成功する一方、スマホを埋めるという雑な行動。


これが、真には理解できていない、表面だけ真似ながら生きてきたアスペルガーの特徴とも言える。




また、一転して素直に全てを認めているのも、アスペルガーらしい。

アスペルガーは、理解したものに対しては非常に素直で誠実でもある。

やっと、正面から向き合うようになったのかもしれない。


片山祐輔を擁護してきた江川昭子氏も、以前会った時の印象として、彼はとても正直だと語っている。

ただし、普通は人のことを考えて言わないようなことも正直に話すようで、彼の正直さはいいことばかりではない。

人を傷つけてもなお正直であり、自分を守るためなら嘘もつけると言った方がよい。


恐らくこれからも、被害者に対する深い反省が見える一方で、遠隔操作に成功した充実感やそれを誇るような態度が、交錯していくと思われる。

悪気はないが、表情や態度から気持ちを誤解されるだろう。




もちろん、人の痛みを知らないから無罪放免、精神鑑定で情状酌量はあり得ないと思う。

知らなければ知らせるまでで、理解していなければ理解させるまでだ。

かつて、反省の意味もわからない自閉症の殺人犯がいたが、だったら反省を徹底的に教育しなければいけない。

刑に処されても意味がわからない発達障害者は、檻の中の不自由を苦痛とすら思わない。

犯人を罰するのに犯人を理解しなければならないジレンマは、被害者にはとても苦しいだろう。

だが、彼らにとっての罰は定型のそれとは違う。

定型の情緒や社会適応を教育される方が、果てしなく苦痛かもしれないのだ。




今回の件は、サイバー犯罪としては完全犯罪で、外に出なければ片山祐輔は捕まらなかっただろう。

でも、彼はそれを想像できなかったはずだ。

想像できないから犯罪を実行できてしまい、足がつくようなことも出来てしまったのだと思う。




結局、警察はサイバー犯罪に対しては何も出来なかった。

真犯人だったから、捕まえられたから良いなどということはなく、いかに無能で原始的な捜査しか行えないかを露呈したに過ぎない。

自供頼みで誤認逮捕を4人も出したところから、何も進歩していないのは恥ずかしい限りだ。




今回は片山祐輔が犯人だったわけだが、犯人ではなかった場合、誘導に弱いアスペルガーは犯人にされてしまうかもしれない。

自分がやったとなればどれほどの罪になるのか理解できないまま、ただイエスと言う可能性もある。

その後弁明する能力もないだろうから、立派な冤罪被害者になりうる。

今後、片山祐輔の自供で明らかになるだろうが、彼が冤罪である可能性もわずかながらに残されていると思う。


逆に、その能力がもっと犯罪に生かされてしまう犯人も存在するだろう。

人の痛みなど知らず、良心の呵責もなく、それでいて自己の快楽を満たす知恵だけは持っている。

そんな犯人に、心理的揺さぶりは通じない。


片山祐輔は、警察や社会の盲点を顕にしたという意味では、お手柄だったのかもしれない。