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先日、弟夫婦が遊びに来ていて、そこへ父親がパインの缶詰を持ってきた。

1年以上前に買ってベコベコに凹んでいる缶を、剥き出しのまま嫁さんに渡そうとしたのだ。

土産として持ち帰れという意味らしい。

自分以外の人間は、残飯処理係という扱い。


逆に「これ、ちょっとだから食べちゃって」みたいな頼みは、無下に断る。

自分は協力しないが人には強要。

アスペルガーにはお互い様など成立しない。




「こんなベコベコのもの、人にやるなや」

「お前がやったんだろ」


確かに、缶詰をベコベコにしたのは俺だよ。
(参照⇒恐ろしいくらい自分に都合よく解釈するアスペルガーの性質②→この時、缶詰もぶん投げてやった)

でも、そうなったのは父親のせいだし、それを弟夫婦の前で人のせいにするお前の方が、はるかに悪いよな?

言っても3割もわからないんだろうけど……。




最近、父親は特に記憶力がなく、以前なら出来たことも出来なくなっている。

それなのに、こんな一部の事実だけはよく覚えているらしい。

しかも、自分に都合よく解釈して、被害者として。






俺は、親からプレゼントをもらったことがない。

というか、あらゆる節目でお祝いされたことがない。


七五三の意味ぐらいは中学生くらいで知った。

誕生日は祝うものだとというのも、小学2年生でわかった。

そのたった一度の誕生会は、俺の友達に料理など作りたくない、面倒だからプレゼントはもらうなと、母親に断られた。

クリスマスは、親の体裁を保つために子供に何かを買い与える日。

成人式は、俺が成人だということも気づいていなかった。


普通の家庭ではお祝いをすると知っても、羨ましいとさえ思わなかった。

なぜなら、うちの親にそんな能力がないことは嫌というほどわかっていたから。


どうせ猿真似しか出来ない。

先生に注意されたから。しきたりだから。

だからやるのであって、俺のためなんかではない。

結局、恥をかくのは俺だけ。




この人達には、そもそも祝う気持ちがない。




相手の喜びに自分の心が呼応することがない人達。

コミュニケーション障害というのは、我が子の喜ぶ顔を見て、自分も嬉しくなるということさえないのか。






弟の嫁さんは、「別に中身は同じだから」と気遣ってくれたが、嫌とは言えない立場であることを、うちの人間は気づいていない。


父親は猿真似しただけなのだ。


俺が姪っ子にいつもお土産をあげるので、自分も何かやろうとしたのだろう。

てめぇが要らなくて困ってるものをね。

片付いて都合がいい。それしか頭にない。

缶切りひとつ使えないのに缶詰なんか買ってきて、家人に頼む能力も捨てる判断も出来ないから、事情を知らない部外者に押しつけただけ。

他人は嫌とは中々言わないからね。

自分に都合のいいことだけは学習してる。


賞味期限こそ切れてなかったが、叩きつけた缶詰の中身なんて保証はない。

おまけにそのままもらって、どう持ち帰るんだよ。




俺が姪っ子に持たせるものは、好きなものをちゃんと考えてる。

それに本人が持ちたがるから、小さめにしてかわいい袋に入れてあげる。


父親は姪に嫌われてることもわかってない。

あなたはコミュニケーション取れてないからね。

適当にお尻ばかり叩いてるただのセクハラじじい。




不要物を押しつけることをプレゼントとは言わない。


たったそれだけのことを、なぜ学び損ねて来たのか。

たったこれだけの間違いを、なぜ誰も教えてこなかったのか。

不思議でならない。
本当は、毒されてしまった人間ほど浄化が必要。

それなのに、どうしてもまた毒に引きずられる。

自分がドス黒いと、真っ白な人や環境は眩しすぎる。


ドス黒い人間を浄化するには、グレーじゃなくて真っ白が必要。

でも、慣れないから体が拒否反応を起こす。




俺は、見た目に白いものが本当に白かった経験が少ない。

もしくは忘れてる。

散々白を見せつけられて実は黒。

そんなことが重なって、変なところで疑うくせがついてしまっているのかもしれない。




うちの親は、そういうところが恐ろしく残酷だ。

真っ白な期待をさせて、実は無だったりする。


遊びに行く、プレゼントがもらえる、皆で美味しいものを食べる。

そんな他愛のない期待が、ただ口走っただけだったりする。

あれは何だったのか、どうなったのかと確認しても、アスペルガーの親には意味さえわからない。

期待が裏切られた悲しみに共感出来ないのではなく、俺がそんな期待をしていたことから認識出来ていない。

親からすればただ楽しかった話をしただけで、それを実行する約束さえしていないのに、なぜそんな期待を抱くのか理解できないらしい。

期待させようと思ってやっていない、だから、お前が勝手に期待したとなる。

思い違いが生じたとき、全て相手が「勝手に」やったことだと思うアスペルガー。


そうかと思えば、親が頭の中で勝手に決めた計画は、俺には何の予告もなく実行するくせに。

これまた、知らせなければ相手にはわからないということがわからないらしい。

だったら、一人で生きろよ。




子供が落ち込んでいても、それも読み取れないから放置する。

自分で罠を仕掛けておいて、それにはまったらバカにするの繰り返し。

自尊心なんか育ちようがない。






俺が自分の家族の話をすると、幸せな家庭に育った人は、自分の家庭を否定されたように受け取る人がいる。

でも、幸せな家庭を否定する気なんてない。

ただ、不思議なんだ。

うちには、無償どころか有償でも愛情を注がない親しかいなかったから。

きっとその感覚が、幸福な家族なんてあり得ないと言っているように聞こえてしまうのかもしれない。


今は何とかして、自分も幸せな家庭を築きたいと思っている。

自分も幸せになっていいんだと思う。

でも、だからこそ辛い。

普通の家庭の、普通の家族の、ありふれた話が。

なぜなら、どんなに望んでも今までなかったから。

だから、その幸せを手にできるとそれはそれで怖い。

手にしそうになると、自ら手放してしまう。

その気持ちが相手に投影されてしまうのか、つい否定的な態度になるのだろう。




毒親-アダルトチルドレンの家庭に育つと、何でもないことに沢山条件を付けられる。

それが常だから、小さなことでもただで受け取るのが下手になる。

親の機嫌を取らずに、自分だけが幸せになることに激しい罪悪感がある。


まっとうな親は、子供が幸せになることを喜ぶのだろう。

ところが、毒親は自分と関係ない幸せは許せない。


うちの親の場合は、俺が幸せかなんて気にしたことがない。

俺がいつ死んでも自殺動機は全くわからない人たち。

仮にわかっても何もしない人たちだ。




幸せな話をしていてそれを否定する人がいるとしたら、それはあなたやあなたの家族を否定しているのではない。

幸せな話ゆえに傷ついているのだ。

羨ましいとさえ思えない人間がいることを知ってほしい。


幸せ自慢をする必要はないだろう。

自慢したいほどの幸せがあるなら、自分がいかに恵まれているかを感じてほしい。
今朝も、起きると父親が収納の扉を開けゴソゴソやっている。


何をしているのかと見てみると、トイレットペーパーをしまおうとしている。

二段に分かれているのだが、下には掃除機、上には古新聞なんかが置いてある。

16ロールのトイレットペーパーは、高さがありすぎてそのままでは入らない。

だからこれまでも、ビニール袋を開けて4ロールを取りだし、残りを上の段に置くようにしていた。


ところが何を思ったか、上段に無理矢理入れようとし、次に掃除機のある下段に押し込むという荒業に出た。


もう、何回も母親に教わってるはず。

‐と言っても、父親にわかるように説明して、明確なルールを作ったとは思えないが‐


どうして入らないものを無理矢理入れようとするかな。

そこで思考がフリーズしてしまうのか、工夫してどうにかする発想はない。


どうにか扉を閉められたとしても、開けた瞬間に落ちてくるのに、見えなくなったものはそれで解決した気がするのか。


こたつに入ると、自分の足なのになくなる気がするという人がいるくらいなので、アスペルガーには見えなくなった状態に想像力など働かないのかもしれない。

おかげで、父親が冷凍庫に無理矢理押し込んだせいで、俺が開けたときには雪崩のようにアイスが落ちてきたこともあったっけ。

空間認識なんて難しい話じゃなくて、見るからにサイズが合わないことがわからない。




そもそも納戸が別にあり、買いだめしたものはそこに収納しているので、トイレ近くの収納には入る分だけで十分。

納戸に4ロールを置いて、残りだけを持ってくればいい。


そうして注意してると、話の最中に勝手に人任せにしていなくなろうとするし。

逃げれば何とかなると思ってやがる。


結局、ビニールを開けるにもハサミも持たずに引きちぎるから、トイレットペーパーも変形するし。

それを言っても「変形なんかしない」と譲らないし。

ちゃんと見てから物言えや……現に潰れてるだろ。




こういう月に1回~数回程度のものが、一番面倒くさい。

毎日であれば、しつこく注意してると覚えるし、習慣にもなりやすい。

それがたまにだと、次の機会には忘れてる。


それに、「満月満月が~になったら」みたいな状況で判断するものは、まず無理。

トイレに残りいくつになったらとか、収納になくなったらとか指示しても、自分がそうだと思い込んだ瞬間を元に行動するので、実際の状況にそぐわない。

何曜日とか何日に一回とか規則的にすればまだいいのだろうが、そのルールは俺が検証して作らなければいけないし。

そこまでしても、状況が変わって別の対応をしなければいけなくなると、そこでフリーズして放置するか、無理矢理詰め込むとか。


そういう自分について自覚があればまだいいんだけどね。

「お前のルールに従ってやってやったのに、何が悪い」ってなると、もう話にならない。


こっちはアスペの代わりにその都度状況判断して、アスペの身になってルール作りをし、行動まで指示してやってる。

定型なら全部自分でやることをしてもらってるのだから、文句があるなら自分でやれ。




よく、発達障害のことを「ルールに忠実」なんて言うが、「どんなときでも教えられたルールにしか従えない」んだよね。

笑顔で接客しろと言われれば、客が怒って苦情を言って来てもニコニコしていたり。

わからないときは「わからない」と言うよう教われば、「どういうつもりなの?」と怒りや呆れた態度の相手にも、「わかりません」と言ってしまったり。

状況を踏まえて言動を選べない。


どちらの相手もまずは謝ってほしい、少なくとも申し訳ないという態度で受け止めてほしい訳で、いつもと変わらない態度でいるということは、相手の感情を無視してることになる。

でも、アスペルガーはわからないからね。

相手の態度、表情、口調などから感情を読み取れないから、状況に関係なくマニュアルのみを実行する。

様子の違いに気づいて、「どうしましたか?」という態度にもならない。


定型からすれば、「バカにしてるのか」ってなるよね。




俺は、親が俺の気持ちを汲まないことには昔から慣れてるので、今さら大した期待はしてないが、自分がやったことの責任は取ってくれ。

そんなことを肩代わりしてくれる人はいない。


崩れたり、汚れたり、壊れたりしたものの始末は自分でしなければいけない。

それは自然現象ではないのだから。

あなたの行為の結果です。