星の輝き、月の光 -8ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

「あっ、すいません」

 

ちゃんと目を開けて歩いているのに近づいてくる人が見えていなかったのか、自分の進むスピードが速すぎてうまくよけられなかったのか。肩がぶつかると反射的に言葉は出たが衝撃でよろけた相手の方をまったく見ることもなく、とにかく進み続ける。一刻も早く帰るために。

 

「おいおい一体どういうことだ?どうなってんだよっ!」

 

ミナムは頭の中で処理するには難しすぎる問題に、ブツブツと独り言を言いながら足早に歩いていた。

 

 

 

 

 

数分前。ロケから帰国するヘイをこっそり迎えに来たミナムはベンチで飛行機の到着を待っていた。

ヘイといるところを誰かに見られてもまったく気にしないが、久しぶりの再会をキャーキャーと騒がれて邪魔されるのを避けたいミナムは帽子を目深にかぶり、寝たフリをしてひっそりと座っていた。

しばらくすると一つ間を空けた横に男が座った。それだけなら特に気にすることもなかったが、その男が背中合わせに座っている女と顔を合わせず話し出したのが気になった。普通話をするなら正面に来るか隣に座るのに、お互いに振り向くこともなく前を向いたまま話している姿はわけありとしか思えず、何となく二人の会話に耳を傾けてしまった。

初めは病気か事故で入院している知人がいるんだなくらいで聞いていた。しかし話が進むにつれどうやらそれは二人の子どものことだと判るとミナムの眉間にはしわが寄り、チラリと覗き見た二人の顔に息が止まりそうになるほど驚いた。

そこにいたのはギョンセとファラン。

二人のことはテギョンから聞いて知っていた。だから二人がどこで会おうが話をしていようがどうでもいいことだったが、問題はその二人の会話の内容だった。

二人はテギョンのことを話している・・・

ギョンセははっきりと「意識は戻ってない」と言っていた。今週中にアメリカの病院へ移すとも。ファランもはっきりとテギョンの名前を口にしていた。

つまりテギョンは行方不明ではなく、とっくに見つかっていたが重体で意識不明のまま入院している――

しかしつい先日、シヌの中にいるというテギョンから自分は死んだと聞いたばかり。

どういうことなのかと聞こうとしたがいつの間にかベンチに二人の姿はなく辺りを見回しても見つけられない。ミナムは混乱する頭を抱えながら歩き出した。

 

 

 

 

 

「生きてる?でも死んだって・・・いや、さっき入院してるって・・・じゃあ死んだってのはウソか?」

 

タクシーに飛び乗ったミナムは小声でブツブツと呟いていた。何が何だか判らないまま家路を急いだが途中で渋滞にはまり、それまでスムーズに走っていた車は市街地へ入るとピタリと止まってしまった。どこから続いているのかいつ抜け出せるのか判らない渋滞はいつものことなのか、「ちょっとかかりそうですね」と言う運転手ののんきな声が焦りをいら立ちへと変えていく。ノロノロとしか進まない今の状況を作り出したのは目の前で鼻歌を歌っている中年男ではないが、この狭い空間では他にいら立ちをぶつける相手はなく、ミナムは運転手を睨みつけるとイライラと足を小刻みに動かした。

 

「ミニョは知ってるのか?いや、知ってたら病院へ行ってるはず・・・テギョンヒョンがミニョを騙してる?・・・何のために・・・?」

 

何を信じたらいいのか判らなくなっていた。重体だということも、死んだということも、しゃべるぬいぐるみも、テギョンだというシヌも。疑問は膨らむばかり。

 

「どうやって確かめればいいんだ?」

 

時々シヌの身体を借りていると言っていた。しかし次にいつシヌの姿で動き出すか判らないテギョンを待ってる余裕はない。今すぐにでも問い詰めたい。

顔をしかめながら外を見れば、ついさっき追い抜いた歩行者に逆に追い越されて行き、その背中はどんどん遠ざかっていた。

 

「まるでウサギとカメですね、あのおばあさんゆっくり歩いてるのにもうあんなとこまで・・・」

 

さすがに運転手もため息を漏らす。

 

「ウサギ・・・・・・そうか、テジトッキ!」

 

何か思いついたのかミナムは大きな声をあげた。

 

 

 

 

 

ミナムが合宿所に帰るとミニョはリビングでテレビを観ていた。ゆったりとソファーに座り時々くすくすと笑うその膝の上には、そこが定位置であるかのように風景にとけこんでいるテジトッキ。

 

「お兄ちゃん、おかえり」

 

「なあミニョ、そこにテギョンヒョンいるのか?」

 

膝のぬいぐるみを指さす。

 

「うん、いるよ、でも私にしか声は聞こえないみたいなの」

 

「それなんだけど・・・」

 

ミナムの言葉を遮るようにインターホンが鳴った。モニターをのぞくと宅配業者のようで、荷物を受け取りに行くミニョにミナムはテジトッキを渡された。

腕の中のテジトッキをまじまじと見る。くるくると回しながら全身を見てみるが、なすがままのぬいぐるみからは何の声も聞こえてこない。「おーい」と話しかけても返事はなく、本当にテギョンがいるのか自分の声が聞こえているのかミナムには判らなかった。

ミナムは顔をしかめながらテジトッキの耳を束ねるようにつかむと顔の前でぶら下げた。ミニョが見ていたら「やめて!」と奪い取りそうな扱いをしつつ、そのまま大きな鼻を指先でピンと弾いた。

 

「ヒョン、俺の声聞こえる?大事な話があるんだ。今夜俺の部屋に来てよ、ミニョには内緒で」

 

ミナムは冷めた目でテジトッキのまん丸の目をのぞきこみ、もう一度鼻を指先で強く弾いた。

 

 

 

                  

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家族を待つ人。

恋人を待つ人。

友人を待つ人。

国際線の到着ロビーは再会を喜び合う人々でにぎやかだった。その人たちの間を出迎えを捜す様子もなく無表情で歩くギョンセの足は、一直線にベンチへと向かっていた。

いつもなら胸を張り真っ直ぐ前を見て歩く姿は自信に満ちあふれていて凜としたオーラをまとっているのに、今はそのオーラを消すためか、俯きぎみでわずかに背中を丸めていて、まるでファン・ギョンセだということを知られないようにしているようだった。

目指しているベンチに座っているのは数人。その中の一人がモ・ファランだった。

並んだベンチの一番端にひっそりと座るファランには、かつての人気歌手の華やかさは少しも感じられず、病気のせいかずいぶんやせ細っていた。

ギョンセは誰かに視線を向けられていないかを確認するために辺りを見回すと、ファランと背中合わせになる位置に座った。

 

「どうだったの?」

 

「・・・変わらない、まだ意識は戻らない」

 

腰を下ろすやいなや、背中からかけられた声にギョンセは力なく首を振った。どちらからともなく落胆のため息がもれる。そのまま俯いていると絶望の波にのみこまれてしまいそうで、ギョンセは気を取り直すように力強く顔を上げた。

 

「アメリカに私の信頼する腕のいいドクターがいる。今週中にはそこへ移せることになった。設備もスタッフも万全だ。そこなら意識が戻った後のケアも十分なものが受けられる」

 

「でもまだ目が覚めないんでしょ」

 

「大丈夫だ、あいつは強い、必ず意識は戻る」

 

ベッドに横たわる動かない身体。眠っている間にもケガは治っていき面会に行くたびに包帯の数は減っていくのに、依然として目は開かない。数時間前に見た息子の姿を思い出すとギョンセは自分自身に言い聞かせるようにそう言い切った。

テギョンの乗った飛行機が墜落したことを知った直後から二人は連絡を取り合っていた。現地へ飛び、ヨーロッパの小さな国の病院に身元不明のまま重体で運びこまれていたテギョンを見つけたのはギョンセだった。

口には人工呼吸器がつけられケガややけどは広範囲にわたっていた。包帯だらけの身体は名前を呼んでも反応はなく、ベッドサイドモニターの波形だけがテギョンが生きていることを示していた。

その光景は衝撃的だった。

連絡を取っていなくても、テギョンの活躍や元気な姿はテレビやネットを通して目にしていた。それが今目の前にあるのは、現実とは思いたくない息子の痛ましい姿。

ギョンセはテギョンが見つかったことをファラン以外の誰にも言わなかった。

どこにも情報がもれないようにした。

しかしそれはテギョンの目が覚めるまでのつもりだったし、すぐに目覚めると思っていた。意識が戻ればアン社長に見つかったことの連絡と容態を伝えるつもりでいたのに・・・

まさかこんなにも長い間、昏睡状態が続くとは夢にも思わなかった。

自分の言葉を噛みしめるように奥歯に力を入れたギョンセは両手の拳を強く握り、ファランは今頼ることができるのは神様しかいないと、祈るように膝の上で組んでいた指にギュッと力を入れた。

 

「私まだあの子にきちんと謝ってないの。これから何度も謝って許してもらおうと思ってたのに、簡単にはそうさせてくれないなんてよっぽど憎まれてるのね。それだけ今までひどいことをしてきたってことかしら」

 

「私だって似たようなものだ。自分から引き取っておきながら他人に預けることがほとんどで、一緒にいるのはピアノを教える時くらい・・・あいつの笑顔を見た記憶もない。父親なのに・・・」

 

「私は母親ですらないわ。せめて手を握ってテギョンって名前を呼んであげたいけど・・・そんなことしたらきっと嫌がって余計に目を覚まさないわね」

 

自嘲気味に笑う顔はまるで頭の中でそう描くことすらいけないことのように寂しげで、小さな望みを口にした唇は微かに震えていた。

久しぶりの再会に喜ぶ家族が二人の横を通り過ぎていく。どの顔も明るく幸せそうに笑っていて。

多くの人が行き交うこの場所は、旅立つ者、帰ってきた者、見送る者、迎える者、それぞれが未来へと歩いているのに、ギョンセとファランは取り残されたように俯いたまま後悔の念に苛まれていた。

 

 

 

                  

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ゆっくり話をしようと下りてきたリビングで、テギョンは事故に遭ってから今までのことを話した。

ソファーに腰かけた身体を前に倒し膝の上に肘を乗せる。組んだ指を見たり目の前のテーブルを見たりと視線が定まらない様子は、話している本人も自分の身に起きた出来事に当惑しているのが他者にもはっきりと判った。

にわかには信じ難い内容にジェルミの思考はついていけず、一度は信じたミナムも頭の片隅で疑わしい気持ちを捨てきれずにいる。それでもシヌの口から出る声と、ちょっとした表情や仕種、冷蔵庫から取り出した水を飲む一連の動作など、そこにいるのはテギョンとしか思えないことが山ほどあった。というより顔以外はテギョンそのものだった。

 

「確かに見た目はシヌヒョンなんだけど、その眉間のシワとか口の上げ方はどう見てもテギョンヒョンなんだよね」

 

今まで一緒に生活してきてこんなにまじまじと見るのは初めてというくらい、シヌの顔を見たジェルミは首を傾げつつ顔を曇らせた。

 

「でも本当なの?死んだみたいって・・・うわっ!」

 

「わりぃ、すべった」

 

ジェルミは突然胸の辺りが冷たくなったことに驚き思わず叫び声を上げた。着ていた白いTシャツがオレンジ色に染まり、肌にぺったりとくっつく不快感は指でつまみ上げてもすぐには消えない。滴の落ちる空のグラスを持ったミナムはとても手を滑らせたようには見えず、何するんだよと抗議しようとした口はそのままミナムの手で押しつけるように塞がれた。

 

「話はだいたい判ったから今日はもう寝よう。ミニョも疲れてるだろうし一応シヌヒョンに気ぃ使ってんだろ。だったらその身体もう休ませてやったら。ここは俺たちが片付けとくからさ」

 

なにか言いたげなジェルミを目だけで制すると、ミナムは二人を二階へ行かせた。

 

「ミナム!何だよいきなりジュースぶっかけて!」

 

「ジェルミが余計なこと口にしたからだろ。“死んだ”なんて何度もミニョに聞かせるつもりか?」

 

ついさっき流れるように出た言葉に敏感に反応したミニョの顔があらためて苦しみを突きつけられたように悲しく歪んで見えた。

テジトッキの身体を借り、シヌの身体を借り、目の前に現れるテギョンをミニョがどう受け入れていたのか、心の中までは判らない。

 

「ゴメン・・・でもシヌヒョンの口から俺は死んだってテギョンヒョンの声で言われても、何が何だか判んなくて」

 

判らないと言いつつ本当にそうならと思うと、じわりとこみあげてくる涙を目にため、ぐすっと鼻をすすった。

 

「俺もそうだよ、まだ完全には信じきれてないよ。死んだ?はっ!簡単に言ってくれるじゃん」

 

ミナムはいらついた様子で近くにあったソファーを蹴った。

ぐらりと揺れたソファーからクッションが転がり落ちる。

 

「何怒ってんだよ」

 

「そういうジェルミは何で泣いてるんだ?」

 

「何でって、悲しいからに決まってるだろ。もうテギョンヒョンに会えないと思うと寂しいじゃないか。それにあんな風にしかミニョに会えないなんて、可哀想だよ。ミナムは何とも思わないの?」

 

「思うよ、だからムカついてんだろ」

 

「テギョンヒョンは事故に遭ったんだよ、それはヒョンのせいじゃない。怒ったって仕方ないだろ」

 

「そうだよ、事故に遭ったのはヒョンのせいじゃないし、死んだなんて俺だってショックだし悲しいよ。でもその悲しいとか辛いって気持ちは時間が何とかしてくれるもんだろ。初めは受け入れられなくても一年とか二年とか、どれくらいかかるか判んないけど傷は少しずつ癒えてく。でもあんな風に「俺は死んだ」って言いながら目の前に現れてたらミニョはどうしたらいいんだよ。生きてればケンカして別れたかもしれないけどそれもできなくて、あやふやな存在を悲しんで喜んで、これからずっとそうやって生きてけって言うのか」

 

ただの身代わりだと思っていたテジトッキ。きっと時間が経てば少しずつ離れられると思っていたのに、本当にテギョンの魂がそこにいるならそれは無理だろう。さっき目の前で見たのはテギョンだというシヌのシャツの裾をつかんで離さないミニョの姿。どこにも行かないでと縋るような指先はずっと震えていた。あんなミニョを見るのは今まで以上に辛い。

 

「もう寝る」

 

どうにもならないいら立ちを握りしめ吐き捨てるようにそう残すと、ミナムはさっさと自室へと戻ってしまった。

リビングの床にはクッションが無言で横たわり、ジェルミの服は冷たく肌にはりついたまま。テーブルにも床にもジュースがこぼれている。

 

「おい、片付けるって言ったのはミナムだろ、何で俺が全部やんなきゃいけないんだよ、ミナム!」

 

ジュースをかけられた経緯については仕方ないとしても、この場を一人で片付けるのは納得いかない。急いでミナムを追いかけようにもこのまま歩けば滴が点々と後をついてくるのは目に見えていて、ジェルミはブツブツと不満を口にしながらその場を片付けるしかなかった。

 

 

 

                  

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