深夜、ジェルミが慌てた様子でミナムの部屋にやってきた。
「ミナム、シヌヒョン部屋にいないよ」
「何!?」
ドアが少しだけ開いたままになっていることを不審に思ったジェルミが中をのぞいてみると、そこにシヌの姿はなかったという。
急いでテギョンの部屋の前に来た二人はそこで一度顔を見合わせ、合図するように頷くとそっとドアを開けた。中は電気がついていたがそこにはシヌどころかミニョの姿もない。どこへ行ったのかと捜していると、階段を下りてくる二人を見つけた。しかもしっかりと手をつないでいる二人を。ミニョがシヌに向ける笑顔は柔らかく二人が特別な関係に見えた。
ミナムは複雑な気持ちだった。てっきりシヌが一方的にミニョに手を出していると思ったのに。もしそうなら許さないと握っていた拳は目の前の光景に行き場をなくしさまよっていた。
ミナムもジェルミと同じで、ミニョは今でもテギョンだけを好きだと思っていた。テジトッキをオッパと呼び、話しかけるのもいつも持ち歩いているのも、テギョンのいない現実に耐えられなくなったミニョの心がそれでもテギョンを求めた結果だと。
兄として何とかミニョを救ってやりたいと思っていた。心にできた深い傷を胸にあいた大きな穴を少しずつでも癒やしてやれないかと。
しかし今ミニョの腕にテジトッキはいない。代わりにつかんでいるのはシヌの手。
裏切られた気がした。
「オッパって何だよ。シヌさんって呼んでたのに、いつの間にそんな風に。もしかして俺たちがいないとこでずっとそう呼んでたのか?」
「え?」
かけられた声にミニョが目を開けると、信じられないものを見たといった表情のミナムがいた。そのすぐ後ろにはジェルミも見える。
「シヌヒョンよかったね、オッパって呼んでもらえて」
口元は笑っているのに目の色は冷ややかで言葉には棘を感じる。非難するような視線が向けられている意味に気づくと、ミニョはつないでいた手を慌てて離した。
「お兄ちゃん違うの、ここにいるのはシヌさんじゃなくて・・・シヌさんだけどテギョンオッパなの」
「何だよソレ、わけ判んないこと言って。いいよ別に、無理にごまかさなくても。俺はただ自分の無力さと鈍さに、あきれて腹が立ってショック受けてるだけだ」
テジトッキのことも判ってもらえないのに、どうしたらシヌの中身がテギョンだと理解してもらえるのか。うまく説明できずにただ「違う」と繰り返すミニョの目の前に大きな背中が立ち塞がった。
「ミニョの言ってることは本当だ。この身体はシヌだが今は俺が借りてる」
「シヌヒョン、その声・・・!?」
「気づいたか、シヌの声じゃないだろ。俺はテギョンだ」
確かにその口から聞こえるのはテギョンの声。しかしそこに立っているのはどう見てもシヌ。テギョンだと言われても納得できるはずもなく、ミナムは驚きながらも怪しむように目を細めた。
「どうやら俺は死んだみたいだ。魂だけになった俺はいろいろあって、今はシヌの中に入ることができるようになった。シヌには悪いが、こっそり身体を借りてる」
「・・・シヌヒョン・・・そうまでしてミニョを手に入れたかったの?テギョンヒョンの霊が憑依してるフリして声までマネして、今の俺はシヌじゃないテギョンだって言ってミニョに近づいたの?とんでもないこと思いつくね。でもそれって虚しくない?」
あまりにも突拍子もない話を受け入れられず、そんな男だったのかとミナムは軽蔑の眼差しを向けた。
「ミナム、本気でそう思うのか?」
久しぶりに聞いた声は低く鋭いのにその表情は憮然としていて、ミナムは黙ったままシヌの姿をした自称テギョンを食いつくように見た。自分の知っているシヌは絶対にテギョンのフリなんてしない。心の片隅でそう思いつつも釈然としないものがある。
正対する二人の間から生まれた重苦しい空気は緊張感を伴って周囲に広がっていく。それにのみこまれたミニョとジェルミは動くこともできず息を凝らしていた。
四人とも動けないままどれくらい時間が経ったのか。身体の奥から絞り出すように、ふうーっと大きなため息をついたミナムはガシガシと頭をかいた。
「そう思えないから困ってんだよ。なんだよその鋭い目は、その顔には似合わないよ。シヌヒョンなのにテギョンヒョン?しかもよりにもよって・・・あーったく!」
「その様子だととりあえずは信じてもらえたみたいだな」
ミナムは混乱する頭をどうにか整理しようと額を押さえ顔を歪ませる。
「えっ?えっ?何言ってんの、どういうこと?全然わけ判んないんだけど。俺にも判るように説明してよ」
そのすぐ後ろでは二人のやりとりを見ていたジェルミが話についていけず、右往左往していた。