星の輝き、月の光 -10ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

車の中は静かだった。

イヤホンで音楽を聴いているシヌはいつものことだったが、一番後ろでマ室長の眠気覚ましのBGMのようにしゃべり続ける二人が、今日は珍しくひと言も発していなかったから。

 

「今日はやけに静かだな、そんなに疲れたのか」

 

深夜までかかった収録。寝ているのかと思いマ室長がルームミラーで二人を見たが、ミナムもジェルミも寝てはおらず、顔を背けるようにして窓の外を見ているだけだった。

 

「もしかしてケンカでもしたのか?だとしても人前では険悪な雰囲気は出すなよ、すぐに不仲説とかって書かれるからな。にしても顔を見るのも嫌ならどっちか前に座ればいいのに」

 

「別にケンカなんかしてないよ。俺はちょっと考え事してただけ」

 

「俺も考え事。でもどうせ明日何のアイス食べようかとか考えてるジェルミと違って、俺のはもっと重大なことだけどな」

 

以前に何度も、どのアイスを食べようかと真剣な顔で悩むジェルミを見ているミナムは、どうせ今回も大したことじゃないだろと鼻で笑う。

 

「アイスのことじゃないよ、俺だってすごく大事なことで、どうしたらいいか判んなくて、困ってるんだ」

 

「アイスじゃないなら何だよ、言ってみろよ」

 

「それはちょっと、ここじゃあ・・・」

 

語尾を濁しつつ車内をぐるりと一周したジェルミの視線が元の場所へ戻ってくる。

 

「ほらみろ、アイスじゃないならケーキか?クッキーか?」

 

「違うって。そう言うミナムは何なんだよ、言ってみろよ」

 

「俺は・・・俺もちょっと、ここじゃあ・・・」

 

ジェルミと同様に言葉を濁しながら車内を一周したミナムの視線も元の場所に戻る。

 

「おいおい、ケンカはよせ」

 

「マ室長が振ったんだろ」

 

その後は二人ともさっきまでのように黙ったまま時間が過ぎ、マ室長が大きなあくびをしながら運転するワゴン車は静寂を保ったまま合宿所に着いた。

車を降りると前を歩くシヌにチラチラと視線を送りながらジェルミはミナムの袖をつかんだ。

 

「・・・ちょっと話があるんだけど・・・」

 

目の前にいるシヌから少し距離をとらせるように強めに引っ張られるミナムの袖。シヌに聞こえないようにわざと小声で話すジェルミはいつもと雰囲気が違って見えた。その様子から話というのはきっとシヌには聞かれたくない内容だろうという推測がつくが、自分でも悩み事を抱えているミナムの頭に真っ先に浮かんだのは“めんどくさい”という言葉。

 

「俺もう寝るから」

 

「ちょっとだけでいいんだ、俺一人じゃどうしたらいいか判んないんだよ」

 

すがるような目と意外にも強くつかんで離さない袖に、仕方ないなとミナムは自室へ入れた。

 

「で、話って何だよ」

 

「あ、うん、えーっとね・・・」

 

切羽詰まった顔をしていたわりに、ジェルミはなかなか話し出さない。ラグの上にペタンと腰を下ろしたミナムはうろうろと歩き回るジェルミを目で追った。

話があると言ったものの、ジェルミは今になって話していいのか悩み出した。それが行動となってあらわれている。口を開きかけて閉じ、また開きかけては閉じというのを数回くり返し、しびれを切らしたミナムが「もう寝る」と腰を上げた頃、やっと話し始めた。

 

「あのさ・・・最近のシヌヒョン、どう思う?」

 

ミナムはてっきり今後のA.N.JELLのこととかミニョのことだと思っていた。テギョンがいなくてもA.N.JELLの活動は続いているが、今までと同じというわけにはいかないし、いつまで続けられるかも判らない。そしてミニョもぬいぐるみが心の支えになっているのはいいが、言動に不安を感じる。自分なりに答えを用意しておいたのに、それがいきなりシヌのことをどう思うかと聞かれ、ミナムの思考はしばらく止まった。

 

「あー・・・えっと、うん・・・・・・・・・大丈夫、俺そういうの特に偏見とかないし。安心しろ、シヌヒョンのことはただのメンバーとしか思ってない。にしてもまさか恋愛相談だったとはな、しかも相手がシヌヒョンだなんて」

 

意外だなと目を丸くしつつ、頑張れとジェルミの肩を叩く。

 

「へ?え?・・・あ!違う、違う!そういうのじゃないよ。俺が言いたいのは、最近のシヌヒョン何か変じゃないかってこと」

 

「へん?」

 

「うん、シヌヒョンって体調管理にはすごく気をつけてるだろ。暴飲暴食は絶対しない、それに夜更かしも」

 

常に暴飲暴食ぎみで夜中までゲームをしている二人にとっては、シヌの自制心にはいつも感心させられていた。

 

「でも最近変なんだよ。仕事中、時々眠そうにしてるんだ。今日も撮影の合間にあくびしてた」

 

「そりゃあたまにはそういう日だってあるだろ。どんなに気をつけても体調が悪いことだってあるし、布団に入っても寝れないことだってある。ちゃんと寝たって眠いことあるし。どっちかっていうと俺はそのパターンだな」

 

何の話かと思えばそんなくだらないことだったのかと、ミナムはもう出て行けとジェルミの背中を押した。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、俺原因に心当たりがあるんだ。最初は見間違いかなと思ったんだけど・・・」

 

廊下に押し出されパタンと閉まったドアに向かってジェルミは話し続ける。

 

「シヌヒョンが夜中にこっそりテギョンヒョンの部屋から出てくるの、俺見たんだ」

 

 

 

                

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「はっ!・・・よっ!・・・くっ!・・・ふんっ!」

 

テジトッキからシヌへ、そして再びテジトッキの中へと戻ってきたテギョンは少し期待していた。

常識では考えられないことの連続を乗り越えてきたんだから、今までとは違う何かができるようになっているんじゃないかと。例えばテジトッキの身体を動かすとか。

シヌの身体から自分の声を出したように、意識を集中させれば腕の一本くらい動くんじゃないかと思ったが、簡単に手に入るスキルではないのかどんなにがんばってみても微動だにしない。ベッドの上でころんと仰向けになり、気合いの入ったかけ声を出し続けるテジトッキに近づくと、ミニョはその身体を抱きあげた。

 

「やっぱり無理なんじゃないですか。もともと動けないんですし」

 

「それはそうだが・・・でもあっちは少し抵抗があるんだよな」

 

「そんなこと言って、あれからもう三回もやってますよ」

 

「できると思うとつい、な」

 

ぬいぐるみの縫い目でしかない関節や、そもそもそれすらない場所を動かすのはあまりにも人体とは違い過ぎていて、動かすイメージがつかめない。片や人間の身体を動かすのはいとも簡単で。

あれからなぜか寝ているシヌの身体には入りこむことができるようになったテギョンは、時々夜中にシヌの身体を借りて何度かミニョと会っていた。

 

 

 

 

 

深い深い夜の闇にまぎれてテギョンはシヌの意識を探る。

それは迷いこんだ夜の森で人家を求め、歩いているような感じだった。遠くにポツンと灯る炎のようなあかりがあればそれを目指して進んでいく。今までの経験からすると、それがシヌの身体への入り口だったから。いつもうまくいくわけではないが今夜は成功したようで、テギョンはシヌの身体を借りると自室へと向かった。

 

「ミニョ、おい、ミニョ」

 

ぐっすり眠っているミニョを起こすのは多少気が咎めるが、このままただ寝顔を見つめているだけというのももったいない。意識は眠っていても身体は動かしているので、テギョンはシヌの身体を借りるのは一時間と決めていた。だから少しでも時間を無駄にしたくなかった。

ミニョを軽く揺するとうっすらとまぶたが開いたが、すぐにまた閉じてしまう。

 

「ミニョ、本当は起きてるんだろ、寝たふりするならキスで起こすぞ」

 

頭の横に両手をついて顔を近づければ、パッチリと目を開けたミニョが焦ったように両手で口を隠した。

 

「やっぱり起きてたんだな、俺の目はごまかせないぞ」

 

「だってすごくいい夢だったんです。どうしても続きが見たくて・・・」

 

「俺よりも夢の方がいいって言うのか?」

 

「オッパの夢だったんです。コンサートでオッパが歌ってて、すごくカッコよくて」

 

「そ、そうか、それは仕方ないかもな」

 

でもだったらこっちの方がいいぞとテギョンは布団をめくった。

ヘッドボードにもたれて座り、開いた脚の間にミニョを座らせ腕を前に回して。肩にあごを乗せるのは最近のテギョンのお気に入りポーズ。頬と頬が触れる感触は二人の寂しさを紛らわせてくれる。

 

「リクエストはあるか?なんでもいいぞ」

 

「えーっと、それじゃあ・・・」

 

ミニョのリクエストに応えるべく紡ぎ出される歌声は、囁くように、語りかけるように。本来ならアップテンポな曲もすべてバラードへと変化する。

合宿所の一室で、ファンクラブ特別会員限定一名のコンサート。どんな立派なホールで行われるより贅沢で素敵なスペシャルコンサート。

姿形は違っても触れる温もりと優しい歌声にテギョンを感じながら、ミニョはじっと耳を傾けていた。

いつの間にか力が抜け、くったりともたれかかるミニョの身体。規則正しい呼吸を送り出すその顔は、麗らかな春の日差しのもと気持ちよさそうに昼寝をしている猫のように穏やかで愛らしい。

 

「俺は子守唄を歌ったつもりはないぞ」

 

すやすやと寝息を立てるミニョにテギョンの口は不満げに尖るが、テジトッキの姿ではこうして身体を支えることもできないと思うと、どんなことでも許せる気がする。

触れ合えることに喜びを噛みしめると、ミニョの首筋に口づけを残し、テギョンはベッドをそっと抜け出した。

ドアから顔だけを出し廊下の様子をうかがう。自分の部屋へ出入りするのにどうしてこんなに気を遣わなければならないのかと舌打ちしたくなるが、こんな夜更けにシヌの姿でミニョのいる部屋へ出入りしているのを見つかるわけにはいかない。辺りを見回し物音を立てないように足早にシヌの部屋へ戻るが、その様子を見ていた人影にテギョンは気づいていなかった。

 

 

 

                

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シヌがミニョを抱きしめる。その姿を想像しただけでムカムカと腹が立ってくる。しかしそのシヌは今は自分であって・・・

中身は俺なんだから問題ないだろと思いつつ、安心しきった顔でシヌの腕に抱かれるミニョを想像するとヒクヒクと頬が引きつり・・・

せっかく自由に動ける身体が手に入ったのに、思い通りにならなくてテギョンの不満は募るばかり。しかし、外見に囚われなければいいんだと自分に言い聞かせ、ミニョの腕をつかむと後ろから包みこむように抱きしめた。

 

「えっ!あの、オッパ!」

 

「動くな、そのまま前を向いてろ。目を瞑れ、俺の声に集中しろ」

 

テギョンに言われた通り目を瞑り、聞こえてくるテギョンの声に神経を集中させる。するとミニョは本当にテギョンに抱きしめられているような気がしてきた。

 

 

 

 

 

「不思議ですね、夜お布団に入った時には私がテジトッキのオッパを抱きしめてたのに、今は私がオッパに抱きしめられてるんですから」

 

「そうだな」

 

「どうしてオッパは今そこにいるんですか。シヌさんはどうなったんですか?」

 

「あいつの意識は今眠ってる。何となくだがそれは判る」

 

自分の声を出そうとシヌの身体の奥深くを探っている時、それに気づいた。シヌの気配はずっとそこにあった。眠るという表現が合っているかどうかは判らないが、寝ているシヌの身体をテギョンが使っている、感覚としてはそんな感じだった。

 

「たぶん朝になってシヌの意識が眠りから覚めれば俺はもうこの身体にはいられないだろう」

 

「じゃあまたテジトッキの中に?」

 

「判らない・・・俺は後悔したんだ、たとえテジトッキの姿でもミニョのそばにいたいと言ったことを。動けないことが嫌になった。動けたらと思った。動きたいと願った。だから判らない・・・戻れるのか、それとも今度こそ消えてしまうのか・・・」

 

淡々としたその口調はテギョンがすべてを受け入れているように聞こえた。大きな波にのみこまれ、抗うこともできず、深い深い海の底に沈んでしまっても仕方ないと。

 

 

 

 

 

「俺、そろそろいくから」

 

「どこへですか?」

 

「シヌの部屋だ。もうすぐ朝になるし、あいつの目がいつ覚めるか判らない。ミニョだってこうしてるのがいつの間にかシヌに代わってたら嫌だろ。俺は嫌だぞ。だからもう行く、そして・・・俺はまたここに戻ってくる」

 

テギョンは抱きしめている腕に力をこめた。

ミニョのお腹に回された大きな手に上からそっと手を重ねた。形を確かめるように手のひらを、指の一本一本を触る。記憶の中にあるテギョンの手とは少し違う感触。ミニョはパッと手を離した。

 

「私の手、暇なんです」

 

アピールするようにひらひらと振ってみせると、くるりと向きを変え今まで背中にあった温もりを正面から抱きしめた。

 

「ここにいるのはオッパです。シヌさんの身体でも今はオッパです。だからシヌさんにはもうちょっと寝ててもらってください。ほら、私言われた通りにずっと目を瞑ってるんですよ。それなのにもう行っちゃうなんてずるいです」

 

「ずるいって・・・」

 

目を瞑ったまま訴えるように見上げているミニョの顔を見てテギョンの心がぐらついた。こんなことをするつもりはなかったが、抑えきれない衝動がわきあがってくる。

 

「そのまま目を開けるなよ」

 

ミニョの耳元で囁くと、テギョンは両手でミニョの頬を包んだ。

ミニョの額に押しあてられる柔らかな感触。それは鼻の頭、頬へと移り、じれったいほど時間をかけ唇にたどり着いた。

そっと触れては離れ、そっと触れては離れる。

何度も軽く啄まれて。

決して急ぐことなくミニョの心に合わせゆっくりと深くなっていく口づけは、テギョンがミニョをことさら大切に扱い深く深く愛する時にされるものと同じだった。

 

 

 

 

 

ミニョはドアに背中をつけて座っていた。ミニョを抱きしめていた温もりが部屋から消えてからずっと。ここにいれば廊下を歩く人の気配がよく判るから。

暗かった空は白み始め鳥たちが歌い出す。

どんな音も聞き逃さないようにと息を詰め、耳に神経を集中させていると、やがて廊下から足音が聞こえてきた。階下へ行く足音は時間をあけて三つ。どれが誰だか判断はつかなかったが、三人が起きたことは判った。

 

「オッパ?」

 

シヌが目覚めテギョンがテジトッキに戻ってくれば返事をするはず。そう思ってずっと抱いていたテジトッキに声をかけるが返事はない。

 

「オッパ、起きてください、みんな起きましたよ。オッパが一番最後です、寝坊ですよ」

 

テギョンが中にいた時のテジトッキは、笑ったり怒ったりと表情があったように見えたのに、今は少しもそれが感じられない。ぬいぐるみがぬいぐるみらしくそこにいるのに、返事をしないテジトッキはまるで死んでしまったように見えた。

 

「戻ってくるって言ったのに・・・オッパのウソつき・・・」

 

ミニョの頬に涙が伝った。

 

「誰がウソつきだって?」

 

「オッパ!」

 

テギョンの声に慌ててテジトッキを見ると、さっきまで無表情だった顔が意地悪く笑っているように見えた。

 

「だってなかなか戻ってこないから」

 

「でもちゃんと戻ってきただろ」

 

ミニョは濡れた頬を拭うと笑顔を作った。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

 

 

                

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