星の輝き、月の光 -11ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

鏡を見てテギョンは唖然とした。

何度もまばたきをした。

痛くなるほど目をこすった。

しかし、口角を上げてみても眉間にしわを寄せてみてもそこに映っているのはシヌの顔。

 

「うそ、だろ・・・」

 

テギョンが次の言葉を発せられずにいる間、ミニョはベッドの上でテジトッキを前にしゃべり続けていた。

 

「オッパ、違うんです!あれはシヌさんが一方的に・・・私は寝てたからシヌさんが入ってきたことも気づかなかったし、よけられなかったんです!オッパの目の前で、なんて余計にショックで何て言ったらいいのかよく判りませんけど・・・・・・全然よくなかったです!オッパのキスの方が何倍も、何十倍も、何百倍も素敵です!だからオッパ~、許してください~。ねぇ、怒ってないで・・・ううん、怒っててもいいですから返事してください~」

 

抱きあげられたテジトッキの頭は今にもちぎれそうなほどガクンガクンと前後に大きく揺さぶられていた。

 

「そんなに揺すってると首が取れるぞ」

 

涙声で必死に話しかけるミニョと何も言わないテジトッキ。当事者であるテギョンは今の状況を理解した。少しも納得できないしとてつもなく不本意だが、無理矢理理解した。

テジトッキの中に入っていたテギョンの魂はなぜか今、シヌの中に入っているということを。だからいくらミニョがテジトッキを乱暴に扱っても文句一つ言わない。というより言えない。今のテジトッキは本当にただのぬいぐるみだから。

なぜシヌの中に入っているのか、そもそもシヌの意識はどうしたのかという疑問は残っているが、騒ぎ立てても何も変わらないのを判っているテギョンは、今自分の姿がシヌであるということを甘受するしかなかった。

 

「そいつはもうしゃべれない、俺はその中にはいない」

 

「な、何言ってるんですか。この子はオッパです、シヌさんじゃありません」

 

「俺はシヌじゃない、見た目はシヌだが中身は違う。ファン・テギョンだ」

 

あからさまに怪訝そうな顔をするミニョに、テギョンはいつの間にか自分の魂はテジトッキから離れ、シヌの中に入っていたと説明した。

 

「だからここにいるのはシヌじゃなくてテギョンなんだ」

 

ミニョはテジトッキを見つめた。何度呼んでも返事はなく、床の上でころころと転がしても何も言わない。

 

「テジトッキから声は聞こえたか?そんなことされたら絶対文句言ってただろ。だけどもうその中には誰もいないんだ」

 

「そんな・・・」

 

「俺はテギョンだ」

 

「シヌさんの顔とシヌさんの声でそんなこと言われても、説得力がありません」

 

テジトッキをひしっと抱きしめ疑いの眼差しを向けてくるミニョに、どうしたら判ってもらえるのかとイライラしながら部屋の中を歩き回る。しばらくしてピタリと足を止めたテギョンは、急にあー、あー、と声を出し始めた。

自分の身体ではない肉体の奥を探るように意識を集中し、体内の共鳴部分と息の量をコントロールして声を少しずつ変化させていく。こんなことをするのは初めてだったが何度か繰り返しているうちに多少なりとも満足のいくものが得られたようで、口の端に笑みが浮かんだ。

 

「ミニョ」

 

シヌの口から発せられる、低く耳の奥に響いてくるその声にミニョはピクリと反応した。

 

「・・・オッパ?」

 

「そうだ、俺だ」

 

目の前にいるのはシヌ。でもその口から聞こえてくるのはテギョンの声。

 

「見た目はどうしようもないが、声なら何とかなる。声帯の形も骨格も違うから短時間でこの身体から俺の声を出すのは少し難しかったけどな」

 

流石は俺だなと自慢げに胸を張る仕種や、ニヤリと笑う目や口、眉の動きはテギョンそのもの。

 

「本当に・・・本当にオッパなんですか?」

 

「ああ、デートで恋人に丘の上から転がされ、危うく洗濯機で洗われそうになった男だ。それと、シヌは絶対に俺の声マネなんかしないぞ、賭けてもいい。ミニョが説得力がないって言うから頑張ったのに。少しは感動しろよ、何なら抱きついてもいいぞ」

 

さあ、こい!といわんばかりに両手を大きく広げるが、いくら中身はテギョンでもテジトッキの時とはわけが違う。そこにある身体はシヌだから。

 

「えーっと、それはちょっと・・・」

 

「だよな」

 

テギョンは苦笑いとともに肩を落とした。

 

 

 

                  

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時間はほんの少しさかのぼる。ミニョとシヌが言い争いをした日の深夜。ミニョが寝た後、ジェルミが帰ってくる少し前。

テギョンの意識は不思議な感覚に包まれていた。

それは例えば、蟻地獄に落ちた虫が真っ暗な闇の中、登っても登っても崩れる斜面に足を取られ、地上に上がれないような。例えばお風呂の栓を抜き、たまっていた水が渦となって排水溝に吸いこまれていくような。どちらも実際に経験したことはないが、表現としてはそんな感じだろうか。とにかく何だかよく判らない強い力に引っ張られ、自分の意思とは関係なく遠くに見える小さな光のもとへと連れて行かれる。そしてその光に触れた瞬間、目も開けていられないほどの閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

気がつくとそこは闇の世界だった。目を見開いても閉じているように暗い。

 

「ここは・・・どこだ?」

 

身体を起こすと、ズキンと頭に痛みが走った。小さなうめき声をあげ、こめかみを押さえる。しばらくそのままでいても痛みは変わらなかったが、ふとあることに気がついた。

 

「俺、今、自分の頭触ってるぞ」

 

両手で顔や頭、身体をペタペタと触ってみる。立ち上がり、上半身をひねったり、その場でジャンプしてみたり。

 

「動く・・・俺、動いてるじゃないか!」

 

手を握ったり開いたりして、指があることも確認した。何よりさっきから触っている感触は、ほどよく筋肉のついた男の身体で決して綿の詰まったぬいぐるみではない。

 

「俺は死んでなかったのか!?」

 

暗闇でずっと目を開けていたせいかその闇に目が慣れてきたようで、うっすらと辺りの様子が判るようになってきた。わずかに見える細い光の方へ近づくと、どうやらそれはドアの隙間から入りこむ外側の光だということが判り、テギョンはドアノブに手をかけた。

思い切って開けたドアの向こうは眩しくて目を細めたが、明るさに慣れてきた目に映ったのは見慣れた合宿所の廊下。

 

「どうして俺はこんなとこにいるんだ。俺は死んだはずじゃ・・・もしかして今までのは全部夢だったのか?飛行機が墜ちたのも、俺がテジトッキになってたのも」

 

混乱する頭のままよろよろと自分の部屋へと向かう。中に入り電気をつけるとベッドで寝ているミニョが見えた。

 

「ミニョ・・・」

 

もしかしたら今見ているのが夢なのかもしれない、そう思ったがそれでも構わなかった。

すやすやと穏やかな顔で眠るミニョの傍らには寄り添うようにテジトッキ。テギョンはベッドの端に腰かけると、恐る恐るミニョの頬に手を伸ばした。

そっと触れた指先から手のひらへと柔らかな温もりが伝わる。とても夢とは思えない、現実としか思えない感触は震えるほどの喜びを与えた。

 

「ミニョ・・・」

 

今すぐにでも思い切り抱きしめたい衝動をねじ伏せ、額にかかる前髪をかき分けると優しく唇を落とす。

 

「ミニョ・・・」

 

目を覚ましたらどんな顔をするだろう。驚いて声も上げられないだろうか。それとも大きな目に涙をいっぱいため微笑むだろうか。

鼻の頭、頬と、軽く触れるだけのキスをして。

 

「ミニョ・・・」

 

早くその瞳に自分を映したいと唇を重ねた。

温かさを確かめるようにそっと触れては離れ、そっと触れては離れ。柔らかさを確かめるように何度も啄んで。

 

「う・・・ん・・・・・・」

 

やがて唇に触れる感触が覚醒を促したのか、ミニョがうっすらと目を開けた。そして至近距離にある顔に驚きその目が大きく見開かれた。

直後、ミニョは息を呑み素早く布団を頭からかぶった。そのまま布団から顔を出そうとしない。

 

「ミニョが驚くのも無理はない、俺もどうなってるのか判らないんだ。死んだと思ってたのになぜかここにいて・・・これは現実か?夢のような気もするし・・・」

 

「な、何言ってるんですか!?夢だからキスしたって言うんですか!?」

 

「あ?いや、夢だからとかじゃなく、嬉しくて、つい、というか・・・」

 

もっと喜ぶと思っていたのに。もしかして抱きついてくるかもと思って広げていた手は行き場をなくし、宙で虚しく止まっていた。

 

「寝てる間にキスしたのが嫌だったなら謝る。だから顔を見せてくれ、抱きしめさせてくれ」

 

「嫌です!」

 

思いもよらないミニョの反応。

 

「なっ!・・・おい、何をそんなに怒ってるんだっ!」

 

自分のことを拒絶するような態度にテギョンはいら立った。

無理矢理布団を引きはがすと、ミニョはテジトッキを抱きしめながら目に涙をためていて、小さく丸まっている姿は何かに怯えているようにも見えた。

 

「おい、どうし・・」

 

「出てってください」

 

ミニョに背中を押されテギョンはぐいぐいとドアの方へと追いやられた。

 

「私、シヌさんがそんな人だとは思いませんでした」

 

「はあ?ちょっと待て、何を言ってるんだ」

 

「シヌさんのこと見損ないました」

 

「おい、さっきから何でシヌの名前が出てくるんだ」

 

「何でって・・・ふざけてるんですか、シヌさん!」

 

シヌと呼ぶミニョの目はしっかりと自分に向けられていて。

あまりにも真剣なミニョの表情に何が何だか判らないままテギョンはバスルームに駆け込み、そして鏡を見て言葉を失った。

そこに映っていたのは・・・自分の姿を映し出しているはずの鏡に映っていたのは・・・どこからどう見てもシヌの姿だった。

 

 

 

                  

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シヌが帰ってきた時、リビングからミニョの楽しそうな声が聞こえてきた。あきらかに誰かと会話している声に、てっきりジェルミが先に帰っているのかと思ったが、そこにいたのはミニョ一人だけだった。

 

「だってタオルで拭いたくらいじゃ乾きませんよ。自然乾燥だと時間がかかりすぎてカビがはえそうだし」

 

そっと様子を窺うと、電話をしている感じでもない。

 

「はい、判りました」

 

その声はぬいぐるみに向けられているものだった。

 

「ただいま。何だか楽しそうだね」

 

一人で話しくすくすと笑っている後ろ姿にすぐには声をかけられなかったが、思い切って声をかける。振り向いたミニョは笑顔で「おかえりなさい」と言ったが、「オッパと・・・」と口にするとその後の言葉を濁し、二階へと消えてしまった。

それを見ながらシヌはため息をついた。

テギョンが見つかったという連絡はまだない。あったのは現地へ行ったファン・ギョンセのもとに、焼け焦げたテギョンの荷物が届いたということだけ。

ミニョの前では口にしないがテギョンはもうこの世にはいない可能性が高いとシヌは思っていた。それはシヌだけではなく他のメンバーも思っていたこと。

ミニョの受けるショックの大きさを考えると、今まで何となくごまかしてきたが、相変わらずぬいぐるみをオッパと呼び話しかけている姿を見て、いつまでもこのままにしてはおけないとシヌは心を決めた。

コンコンコン。

テギョンの部屋をノックする。

 

「はーい」

 

ドアを開けたミニョの背中越しに、椅子に座っているテジトッキが見えた。

 

「ちょっと話があるんだけど・・・中、いいかな」

 

「はい、どうぞ」

 

ミニョの笑顔にシヌの心はザワザワと不快な音を立てた。

この間までミニョの笑顔には陰りがあった。みんなの前では元気に振る舞っていても、一人になると不安で落ち着きがなくなっている様子を何度か見ていた。しかしその不安定な感じは今では見られず、いつ見かけても楽しそうな表情ばかり。

テジトッキを連れ歩くようになってからミニョは変わった。でもそれはシヌの目には現実を受け入れることができず、自分で作り上げた世界に閉じこもっているようにしか見えなかった。

 

「ミニョ、そのぬいぐるみのことなんだけど・・・」

 

「もしかして、シヌさんにもオッパの声が聞こえるんですか!?」

 

「違うよミニョ、俺にはテギョンの声は聞こえない、みんなにもテギョンの声は聞こえない、そして本当はミニョにもテギョンの声は聞こえてない」

 

純粋な瞳は、どういうことですか?と疑問を表しているように見え、シヌは続けた。

 

「それはテギョンじゃない、ミニョがテギョンだと思いこんでるだけだ。傷ついたミニョの心がそのぬいぐるみをテギョンの身代わりにしてるだけだ」

 

「違います、この子は本当にオッパなんです」

 

テジトッキを胸に抱きしめ強い瞳で言い切るミニョを見て、シヌはどう説明したらいいのかと頭を悩ませた。

 

「ミニョ・・・テギョンが飛行機事故に遭ったのは判るよね」

 

「はい」

 

「ニュースで墜落現場を見ただろ、あの悲惨な現場を。あれからもう一か月、生きてたという連絡はない。テギョンはきっと、もう・・・この世にはいない」

 

ミニョの瞳に動揺の色が見えた。テギョンの死を理解すればそこにいるのはただのぬいぐるみだということに気づき、今の状況を受け入れるだろうとシヌは思った。

 

「それにテギョンは人間だ、ミニョが抱いてるのはぬいぐるみだろ、それは判ってるんだろ」

 

「判ってます・・・・・・でも、この子は本当にオッパなんです。身体はぬいぐるみですけど中身はオッパなんです」

 

いくらミニョがそう言い張ってもシヌにテギョンの声が聞こえなければそれを理解するのは難しい。

シヌの困ったような表情に、今度はミニョがどうしたら判ってもらえるのかと頭を悩ませた。

 

「はぁ・・・俺はミニョがそのぬいぐるみをテギョンとして扱ってる姿を見るのが苦しいんだ。痛々しくて見てられない」

 

「だったら・・・私ここを出て行きます。もともとただの居候ですから。そしたらシヌさんも私を見なくてすむでしょ」

 

「そういうことを言ってるんじゃない、俺はミニョに現実を見てほしいと言ってるんだ。テギョンのことを思い出すのはいい、でもミニョが今抱いてるのはただのぬいぐるみで、テギョンじゃない」

 

「この子はオッパです。私にしか声が聞こえなくても、人間じゃなくても、オッパなんです」

 

二人の話し合いはずっと平行線のままで終わり、シヌは頭を悩ませたままテギョンの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

その日の深夜。

仕事から帰ってきたジェルミがあくびをしながら自室へ入ろうとした時、テギョンの部屋の閉まりかけたドアに吸いこまれるように人影が消えたのが見えた。

 

「あれ?・・・シヌヒョン?・・・なわけないよな、こんな遅い時間に。あー疲れた、早く寝よっと」

 

一瞬シヌに見えたような気がしたが、こんな夜中にミニョの寝ている部屋へ入るわけがないと、特に気にしなかった。

 

 

 

                  

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