星の輝き、月の光 -12ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

「ただいま。なんだか楽しそうだね」

 

「シヌさん、おかえりなさい。実は今日オッパと・・・」

 

いつの間に帰ってきたのか、振り向くとシヌが立っていた。いつもならそのまま今日あったことを話すのだが、自分以外にはテギョンの声は聞こえていないと言われたことを思い出し、言いかけた言葉を途中で止めた。

 

「あ、あの、ちょっと思い出し笑いを・・・」

 

ミニョは笑ってごまかすとテジトッキを抱きあげ、逃げるように二階へと行った。

 

「・・・・・・」

 

テギョンの部屋で閉めたドアを背にしたままミニョはしばらく動かなかった。

 

「どうかしたのか?」

 

「どうしたらオッパの声がみんなにも聞こえるんでしょうね」

 

A.N.JELLのファン・テギョンといえばトップアイドルで作曲家としても数多くのアーティストに楽曲を提供していて、一般人はもちろん同じ芸能人の中にもファンは多く、プライベートでは変装していてもオーラがにじみ出ていてすぐに見つかってしまうほどなのに、今はその存在はミニョにしか判らない。呟くような言葉は暗く沈んで聞こえた。

 

「俺の方が知りたいよ。まあ別にどうでもいいけどな。それよりも俺は汚れの方が気になる」

 

「はい、そうでしたね。えーっと・・・」

 

ミニョは気持ちを切り替えるように明るい声を出した。

汚れといっても水たまりにべったりとつかったわけではなく、湿った土の上を転がっただけ。表面についた砂は払ってるから白い毛が少し茶色になっている程度。水洗いをした方がきれいになるだろうがテギョンが拒否をしているので、表面だけを拭くことにした。

洗剤をしみこませた布で身体をなでるように汚れを取り、その後、洗剤を取るように濡れたタオルで拭いていく。そして毛に着いた水分を乾いたタオルで拭き取ったが、そこにたどり着くまでが思った以上に時間がかかった。

 

「おい、その洗剤はちゃんと薄めてあるんだろうな。俺の肌はデリケートなんだぞ」

 

「はい、大丈夫です」

 

「ごしごしこすり過ぎだ、もっと優しく扱え」

 

「判りました」

 

「そのタオル、もう少し絞った方がいいんじゃないか。中の方まで水がしみてきてる気がするぞ」

 

「そうですか?しっかり絞ったつもりですけど」

 

「ちゃんと全身きれいにしろよ」

 

一つ作業をするごとに文句を言う。もしテギョンが動けたら「もういい!」とミニョの手からタオルを奪い取り、自分で身体を拭いていただろう。しかし今のテギョンは自分の意思ではほんの少しも身体を動かすことができない。

自由にならない身体。

もどかしい気持ちやいら立つ気持ちがいつの間にか強めの言葉となって表れていたが、テギョンの当たり散らすような言い方も気にならないのか、ミニョは楽しそうにテギョンの身体をきれいにしていた。

ブォ~

最後にドライヤーをかけ仕上げる。

 

「熱くないですか?」

 

「・・・ああ・・・」

 

ミニョの膝の上で仰向けにされたり、うつ伏せにされたりと向きを変えられているテギョンの口数がさっきまでと違ってぐんと少なく、というより無口になっていることにミニョは少し不安になった。

 

「もしかして怒ってます?中の方まで濡れちゃいましたか?気をつけたつもりですけど・・・」

 

「違う、怒ってない、中も濡れてない、そうじゃない」

 

「よかった。・・・はい、きれいになりましたよ。毛もふわふわで、いい匂いです」

 

ミニョは愛おしそうにテジトッキを抱きしめた。

 

「どうしてそんな風にできるんだ」

 

「え?」

 

「俺は・・・俺の身体はもうどこにあるのかも判らなくて、今はこんなぬいぐるみの中に入ってるのに、どうしてミニョはそんな俺の相手ができるんだ。どうして優しくできるんだ」

 

自分からそばに置いてくれと言ったのに、本当にただそばにいることしかできない現実に、自分で言った言葉を後悔する。

 

「どうしてって聞かれても・・・う~ん・・・好きだから、じゃダメですか?」

 

ミニョはテジトッキを抱きあげ、まん丸の目をのぞきこんだ。

 

「好きだからおしゃべりしたいし、好きだから一緒にいたい。それ以外に理由がいりますか?それに私そんなに優しくないですよ。オッパの声がみんなにも聞こえたらいいのにって言ったけど、本当は聞こえない方がいいと思ってるんです。オッパを独りじめできるし私だけっていうのが特別な感じがして。そんな風に思ってるのがバレたら幻滅されて嫌われて、オッパがいなくなっちゃうんじゃないかってビクビクしてます」

 

真っ直ぐに見つめる目はミニョの正直な気持ちだろう。

 

「・・・ったく、どうして俺は動けないんだろうな。これがドラマなら自由に動けてその涙を指で拭って抱きしめてやれるのに」

 

ミニョは頬を伝ったひとすじの涙を手の甲で拭うと、すんと鼻をすすった。

 

「涙なら自分で拭けます。それに私がいっぱい抱きしめますから」

 

ミニョはテジトッキを優しく抱きしめた。柔らかく小さな身体は肌触りがよく抱き心地がいい。

 

「・・・鼻水、つけるなよ」

 

「汚れたらまた洗ってあげます」

 

再び鼻をすんとすすりながらくすくす笑っていると、ドアをノックする音がした。

 

 

 

                

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バスを降り、蔦の絡まる大きなアーチをくぐると、目の前に広がるのは色とりどりの花たちだった。

広大な敷地の植物園でミニョたちを出迎えたのは、辺り一面に咲き誇る色彩豊かなチューリップ。

 

「こんなにたくさんのチューリップを見るのは初めてです」

 

感嘆のため息がもれる。

小さな子どもが描いた絵でもそれと判るほど花も葉もシンプルな植物だが、近づいてよく見るとそこに咲いていたのは普段よく目にする一重咲きだけでなく、花びらの数が多い八重咲きや縁がギザギザのフリンジ咲き、細くなった先端が反り返ったユリ咲きといったミニョの目には珍しい形も多かった。

 

「オッパ、すごくきれいですよ」

 

色の種類も多く、よく見かける赤や黄色はもちろん、ピンク、白、オレンジの他に、紫や黒まである。

あっちの色いいですねこっちの色もきれいですと、まるで花から花へ飛び回る蝶のように楽しそうにチューリップで囲まれた小径を歩いて行くミニョ。

 

「どの色が好きなんだ?」

 

「そうですね、全部きれいで好きですけど、どれか一つと言うなら・・・白、かな」

 

テギョンは頭の中で、暖かな日差しの下、白いチューリップの花束を抱え柔らかな微笑みを浮かべるミニョを思い描く。

 

「似合いそうだな」

 

「オッパはピンクが似合いそうですね」

 

くすっと笑われ、テギョンは鼻息を荒くした。

 

「フン、俺はもっと落ち着いた色が好みだ。そうだな・・・紫がいい」

 

「ええーっ、あれ、かわいかったのに・・・判りました、今度は紫のスカーフにします」

 

「おい、チューリップの話だろ。俺は紫のチューリップがいいと言ったんだ」

 

ムッとしたテギョンの声などまるで気にする様子もなく、ミニョは軽い足取りで歩いて行く。

緩やかな斜面地に広がるアイスランドポピーは風にゆらゆらとその身を揺らし歌っている。爽やかに広がるネモフィラは澄んだ空を映しているかのように鮮やかな青を描いていた。

楽しげなミニョの声。

突然出かけると言いだしここへ連れてこられたが、特別なイベントがやっている様子もなくただ花を見ているだけ。

 

「どうして急に出かけると言い出したんだ?ここで何かやってるのか?」

 

テギョンには何が楽しいんだかさっぱり判らないし、花に興味はないから退屈でつまらない。

 

「出かける前にテレビを観てたでしょ。そこに桜並木が映ってたんです。それを見た瞬間、オッパは花粉アレルギーだけど今なら大丈夫じゃないかなって思って。私ずっと、オッパと二人で花の中を歩いてみたかったんです」

 

言われて初めて気がついたが、花粉に囲まれたこの場所で、テギョンの体調はまったく崩れることなく正常を保っている。

ミニョは膝の上に乗せる時と同じように、テジトッキを前向きに抱っこした。ちょうど桜の回廊の入り口で、目の前にはどこまで続いているのか判らないほど遠くまで桜の木が見える。満開とまではいかないが、桜並木の中へと足を踏み入れると辺りの空気はピンク色に染まって見え、ミニョの心は一段と華やいだ。

 

「でもオッパは退屈そうですね・・・私一人ではしゃいじゃってすみません、もう帰りましょうか」

 

顔は見えなくてもその声色からがっかりした様子が伝わってきた。

 

「帰っても暇だからな、だったらここでもうちょっと暇をつぶしていこう。俺と花が見たかったんだろ。桜はずっと向こうまであるんだし、わざわざ俺を連れ出してここまでしか見せないつもりか?」

 

 

 

 

 

夕方までたっぷりとデートを楽しんだミニョは上機嫌。それとは逆にテギョンは不機嫌オーラ全開でブツブツと文句を言いながら家に帰った。

 

「どうして花を見に行ってこんなに汚れなきゃならないんだ」

 

「こんなにって、オッパが思ってるほど汚れてないと思いますよ。頭と、お腹と、背中と、手と足に、少し泥がついてるだけです。そんなにひどくないです、本当に少しです。あ、鼻はもうちょっとだけ汚れてますけど」

 

「十分だ」

 

植物園で、ちょっと休憩と芝生の丘の上に座ったミニョ。立ち上がる時に膝の上にいたテギョンがころころと斜面を転がり、下の歩道まで落ちてしまった。そこは運悪く、昨日降った雨で濡れていて・・・

 

「でもオッパ、自分では見えないのによく汚れてるって判りますね」

 

「感覚で判る。俺はきれい好きなんだ、このままだなんて我慢できない、何とかしろ」

 

「判りました、洗濯機で洗いましょう」

 

「おい、俺をそんな雑に扱うつもりか」

 

「ダメですか?えーっと・・・じゃあ、一緒にお風呂に入りましょうか。私がオッパの身体を洗います。嫌なら別の方法を考えますけど・・・」

 

「一緒に風呂に?・・・ま、まあ、いいだろう。俺はこの身体がきれいになれば文句はない」

 

白い素肌、上気した頬、滑らかな曲線を描く肢体・・・

ぬいぐるみ相手なら恥ずかしがって身体を隠すこともないだろうと、テギョンの声のトーンが跳ね上がった。

 

「お風呂から上がったら洗濯機で脱水して、その後は乾燥機にかけて・・・」

 

「ちょっと待て、それじゃ一緒じゃないか」

 

楽しげな声が一気に不満げな声に変わる。

 

「だって中までぐっしょり濡れてたら、タオルで拭いたくらいじゃ乾きませんよ。自然乾燥だと時間がかかりすぎてカビがはえそうだし・・・」

 

何かの病気にでもかかったかのように、身体中に黒い発疹がポツポツと・・・

カビと聞いてテギョンは全身総毛立つようなおぞましさに襲われた。

 

「わ、判った、風呂は諦める。だが泥汚れはきれいにしてくれ」

 

「はい、判りました」

 

焦ったテギョンの声がおかしくて、ミニョはくすくすと笑った。

 

 

 

                

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「オッパ」

 

テギョンに話しかけるミニョの声はいつも明るかった。しかしそこにいるのは動けず表情も変わらないぬいぐるみ。だからミニョの呼びかけに返事がないと、テギョンがいなくなってしまったかと不安になる。

 

「オッパ・・・オッパ?・・・オッパ!」

 

「何だよ、そんな大きな声で」

 

「だって何度も呼んでるのに返事がないから・・・」

 

「何度も?気づかなかったな・・・で、どうしたんだ?」

 

「オッパ、お出かけしましょう」

 

「出かける?」

 

晴れた日の午後、ミニョは急に思い立ったようにいそいそと支度を始めた。

 

「はい、デートです」

 

「この恰好の俺を連れ出すのか?」

 

驚くテギョンをよそにミニョはテギョンをトートバッグに入れた。

 

「オッパは有名人で目立ちますからこれも必要ですね」

 

ミニョはサングラスを取り出した。

肩から提げたトートバッグ。そこからひょこっと顔を出しているのはサングラスをかけたぬいぐるみ。

 

「いや、今の俺はぬいぐるみだし、二十代半ばの女がサングラスかけたぬいぐるみを持ち歩く方が目立つだろ」

 

「そうですか?でもバッグとかにぬいぐるみぶら下げてる人、時々見ますよ」

 

「それはマスコットってやつだろ。小脇に抱えるほど大きなやつ持ち歩いてるのは見たことないぞ」

 

「じゃあ、流行の最先端ですね」

 

鏡の前でくるりと回ったミニョはテギョンと一緒に映る姿を見て、楽しそうに笑った。

 

「そうだ、せっかくだからちょっとおしゃれしましょう」

 

テギョンの首に三角に折ったピンクのスカーフを巻く。しかしスカーフは大きく、しかも三角の布の部分が背中側にきてしまっていて・・・

 

「おいおい、これじゃあマントだろ」

 

鏡に映った姿はそうとしか見えなくて、俺で遊ぶなとテギョンの声が尖った。

 

「どうしたんだいきなり、どこへ行くつもりだ」

 

「内緒です、着いてからのお楽しみ」

 

ふふふと笑いながらバスに乗り、一番後ろの席に座った。

 

「オッパとこうしてバスに乗るのは初めてですね、嬉しいです」

 

「そうだな、それはいいが・・・・・・ミニョ、もう少し声を落とせ」

 

あのとき以来、定位置のようになっているミニョの膝の上でテギョンは用心深い声を出した。

 

「俺の声はたぶんミニョにしか聞こえてない。大きな独り言を言ってるように見えるから変な目で見られるぞ」

 

「えっ!そうなんですか!?」

 

「まあ、人の魂が入ったぬいぐるみがしゃべってると判れば変な目で見られるくらいじゃすまないけどな」

 

ぎょっとした視線とその場から波が引くように人がいなくなるのが簡単に想像できた。

 

「もしかしてお兄ちゃんたちも・・・」

 

「ああ、聞こえてないと思う」

 

初めてテジトッキの姿でみんなの前に現れた時から変だとは思っていた。話しかけても無視をされる。呼んでも反応すらしない。テジトッキをオッパと呼び楽しげに話すミニョに向けられる三人の困惑した視線。

 

「じゃあ、私は一人でしゃべってるって思われてたんですか。それって・・・寂しいですね。オッパはここにちゃんといるのに、誰にも気づいてもらえないなんて」

 

「・・・誰にもじゃないだろ、ミニョとはしゃべってるんだから」

 

ピクリとも動かせない今の身体が恨めしかった。思い切り抱きしめたい気分なのに・・・・・・

飛行機さえ墜ちなければこんなことにはならなかったのにと思うと、どうして自分だけ別の便に乗ったのか気になった。

ゆっくりと記憶をたどっていく。

飛行機が墜ちる前。

ガクンと揺れる機体。

あちこちから悲鳴が上がる機内。

それよりももっと前、飛行機に乗る前・・・

ホテルを出て空港へ行く前にどこかへ寄った。

どこだ・・・・・・

わずかな振動とともに視界の端で流れていた景色が止まった。窓の外に見えたのは昔からそこにありそうな古ぼけた本屋。

 

「そうか、店だ!」

 

「どうしたんですか急に」

 

「いや、何でもない」

 

テギョンは思い出した、どうして自分だけ別の便に乗ったのか。それは指輪を受け取りに行っていてみんなと同じ日に乗ることができなかったから。

テギョンの心境は複雑だった。

指輪さえ買いに行かなければ事故に遭うこともなかっただろう。しかしミニョに指輪を贈りたいと思ったことは後悔していない。でも自分が今こんな姿でしかミニョのそばにいられないのは、あの指輪が原因で・・・

 

「俺の身体はまだ見つかってないんだろ」

 

テギョンを抱くミニョの腕に力が入った。緊張が伝わってくる。

 

「・・・・・・はい・・・・・・」

 

上着のポケットに入れていた指輪。ケースの上から握りしめ、頬を緩ませていたあの時間。

ミニョには言えない。どうしてみんなと同じ便に乗らなかったのか。

思い出した事実を、この先もテギョンが口にすることはなかった。

 

 

 

                  

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