三人が帰ってくるのは夜遅い。ミニョは先に夕飯を食べるとリビングでテレビを観ていた。
「あーコホン・・・ミニョ、膝が寒いんじゃないか?」
ミニョの隣、ぬいぐるみには大きすぎるソファーに座っているテギョンが聞いた。
「いいえ、寒くないです」
「そうか・・・あーコホン、手が、暇そうだな」
「手、ですか?」
ミニョは自分の手をまじまじと見た。テレビを観ながら手を使って何をするんだろうと小首を傾げた視界にリモコンが入る。
「別の番組がよかったですか?」
ミニョが観ていたのはバラエティー番組で芸人がコントをしていた。
「いいや、違う、そうじゃない、そうじゃなくて、えーっと・・・」
腰を浮かせテーブルの上にあるリモコンに手を伸ばしたミニョは、はっきりとしないテギョンの声にプッと小さく吹き出すと、テギョンを膝の上に乗せた。そして転がり落ちないように両腕を前に回ししっかりと抱きかかえた。
「はい、これで膝もあったかいし手も暇じゃなくなりました。もう、抱っこしてほしいならそう言ってください」
「ばか、そんなこと言えるわけないだろ、小さな子どもじゃあるまいし」
焦った声はツンと尖っているが内容を否定はしていない。ミニョはくすくすとこみあげる笑いが止まらなかった。
「おい、いい加減に笑うのをやめろ。・・・お、ジェルミが帰ってきたみたいだぞ」
「もう、ごまかさなくてもいいですよ」
「違う、本当に帰ってきたんだ、ジェルミのバイクの音がした」
しかししばらく待っても誰も家に入ってこない。
「本当に本当だ」
疑いの目を向けられたテギョンがウソじゃないと抗議する。
ミニョが玄関のドアを開けるとそこにはポーチでうろうろと歩き回っているジェルミの姿があった。
「ほら、俺の言った通りだろ」
「ジェルミおかえりなさい。どうしたんですか?そんなとこで歩き回って、何か探し物ですか?」
「え?あ、別に何でもないよ。ミニョこそどうしたの、こんな時間にどっか出かけるの?」
「いいえ、オッパがジェルミのバイクの音がしたって言うんですけど、全然中に入ってこないからどうしたのかなと思って」
ねー、とミニョは抱きかかえているテジトッキに笑顔を向けた。
「ったく、どうして俺がジェルミの帰りを出迎えなきゃならないんだ」
表情を変えることができないテギョンはくりっとしたつぶらな瞳でブツブツと文句を言う。
「そ、そう、テギョンヒョンが・・・・・・」
「ご飯あっためますね」
「あ、いいよ、俺自分でやるよ。シヌヒョンとミナムももうすぐ帰ってくるみたいだから、一緒に食べるよ。片付けは俺たちがやっておくからミニョはもう休んで」
すぐに食べれますよーと踵を返したミニョの背中を、いいからいいからとジェルミが押す。二階へと上がっていくミニョを階段の下から見送ると、ジェルミは身を投げ出すようにソファーに崩れこんだ。
「あーやっぱりミニョ、まだテジトッキのことオッパって呼んでる。どうしよ~」
ミニョがテジトッキをオッパと呼ぶようになり、否定することも話を合わせることもできず、数日が経っていた。顔を合わせてもぎこちない会話しかできない。玄関でうろうろと歩き回っていたのもシヌとミナムがまだ帰ってないと判り、自分一人ではどう対応したらいいのか判らず、なかなか中に入れなかったから。
「でもミニョ、何かすごく元気になったみたい。こないだまで笑顔がぎこちなかったけど、さっきは今までのミニョに戻ったみたいだったし。テギョンヒョンがそばにいるって思うだけであんなに変わるなんて、本当にヒョンのことが好きなんだな」
それなのにまだテギョンは見つかっておらず、ミニョはテジトッキをオッパと呼び・・・・・・
「あー、俺はどうしたらいいんだ-」
ジェルミは頭を抱えた。
「それってそんなに重かったっけ?」
ソファーに身を沈め大きなクッションを抱えているジェルミからうなるような声が聞こえ、ミナムは首を傾げた。
「ミニョはまだあのぬいぐるみのこと、オッパって呼んでるのか?」
「おかえり。そうなんだよシヌヒョン、もしかしてずっとこのままなのかと思ったら、もうどうしたらいいのか判んなくて・・・」
テギョンが見つかったという連絡はまだない。それは明るい知らせも暗い知らせもどちらも。ただ、生きているならとっくにその連絡は入っていてもおかしくないくらいの日数は経っていた。