星の輝き、月の光 -14ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

ミニョの瞳に映ったのは見慣れない天井だった。といってもまったく知らないというわけではなく、あくまでも見慣れない天井。この部屋には何度も入ったことはあるが、テギョンのベッドで寝たのは初めてだった。

昨日はずいぶん泣いた。

今までは、もしかしたらテギョンはもう・・・と一瞬頭を過ることはあっても、その考えはすぐに振り払っていた。だから泣かないように気を張っていた。泣いてしまうとそれを肯定してしまいそうで怖かったから。でもテジトッキからテギョンの声が聞こえ、話しているうちにもうあのテギョンは帰ってこないんだと判り、胸をズタズタに切り裂かれるような痛みに涙が止まらなかった。

 

 

“肉体が死んで魂が別の物に入る”

 

 

そんなことが本当にあるのかは判らない。だけど実際に目の前にはテギョンの魂が入ったテジトッキがいた。

突然の別れを気の毒に思った神様が、特別に別れのあいさつをする時間を用意してくださったのかも・・・

ひとしきり泣いた後、そう思ったミニョは貴重な時間を泣いて過ごしていてはもったいないと、涙を拭った。

 

「あの・・・一緒に寝てもいいですか?」

 

普段のミニョからは到底聞くことのできない台詞に一瞬テギョンは驚いたが、今の自分はぬいぐるみだったんだと気づくと寂しいような虚しいような気持ちになった。

 

「寝てる間に押しつぶすなよ」

 

「大丈夫です、大切に抱いてますから」

 

ミニョはテギョンのベッドにすべりこむと、テジトッキのほっぺたに自分の頬をくっつけた。

 

「そういえば他のみんなはどうなったんだ?シヌは?ジェルミは?ミナムは無事だったのか?」

 

「え?オッパだけ後の便に乗ったって聞きましたけど」

 

「俺だけ後の?」

 

「違うんですか?」

 

「その辺はあんまりよく憶えてないんだ」

 

どうしてみんなと同じ便に乗らなかったのか聞きたかった。

別行動をとらなければ事故には遭わなかったのに・・・

でもその言葉は口にできなかった。

二人は出会ってから今までのことを思い出し、たくさん話した。楽しいことも辛いことも二人にとっては大切な思い出。その一つ一つを振り返りながらミニョの頬を涙が伝っていく。

朝になったらテギョンは消えてしまっているかもしれない。

そう思うと怖かった。話しかけていればずっとテギョンがそばにいてくれるような気がしてしゃべり続けた。

しかし事故と聞いてからまともな睡眠がとれていなかったミニョに睡魔が襲いかかる。会話が途切れがちになり声もだんだん小さくなって。

 

「ミニョ、眠いんだろ、もう寝ろ」

 

「でもオッパが・・・」

 

「ずっとここにいるから安心しろ。そのかわり寝てる間に俺をつぶすなよ」

 

冗談めいた、でも本心だろう声は優しく少しムッとしていて、ミニョはくすりと笑うとテジトッキを抱きしめ眠りについた。

 

 

 

 

 

気がつくと辺りは一面濃い霧に包まれていた。1メートル先も見えないほどの真っ白な世界。でもミニョの左手はテジトッキではない、いつも通りのカッコいいテギョンがしっかりと握っていた。

 

「どこに行こうか。こう周りが白くちゃどこにたどり着くか判らないが」

 

「どこでもいいんじゃないですか、二人一緒なら」

 

「そうだな、でも俺の手を離すなよ、迷子になるぞ」

 

「そうですね、オッパが迷子になってしまいますね」

 

あからさまにムッとした表情のテギョンを見てミニョがくすくすと笑う。でもその不機嫌な顔はミニョが腕を絡ませると、あっという間にやわらいだ。

 

「あ、あそこ、光が見えますよ」

 

「じゃあ、そこに行くか」

 

「はい」

 

二人はぴったりと寄り添い、光に向かって歩き出した。

しかし、しばらく歩いているといつの間にかミニョは一人になっていた。しっかりと手をつないでいたはずなのにテギョンの姿はどこにも見えない。目指していた光だけが遠くに見えた。何となくテギョンはその光のもとへと先に行ってしまったような気がして、ミニョは走り出した。

 

 

 

 

 

翌朝ミニョが目覚めた時、まず目に入ったのはテギョンの部屋の天井だった。どうして自分はこんなとこに・・・と昨日あったことを思い出したが腕の中にテジトッキはいなかった。布団をめくり探してみたが見つからない。

 

「オッパ・・・」

 

昨夜の出来事はすべて夢・・・テギョンを求める心が作り上げた幻だったんだと悲しさがこみあげてきた時、突然聞こえてきた低い声。

 

「おいミニョ、いつの間にそんなに寝相が悪くなったんだ。もう一緒に寝てやらないぞ」

 

寝ている間に蹴り落とされたテジトッキが床に突っ伏した状態で文句を言った。

 

 

 

                  

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「おい、俺を投げたな」

 

「す、すみませんっ!」

 

放り投げられころころと部屋の隅まで転がっていったテジトッキをミニョは慌てて取りに行った。

 

「びっくりして・・・それに何となく怖いというか、不気味というか、つい反射的に・・・」

 

「不気味とは何だ、こんなにかわいい顔をしてるのに。それにいつも嬉しそうに抱きしめてたじゃないか」

 

「だっていつもはこの子からオッパの声はしないし・・・」

 

「何?俺の声が悪いって言うのか?」

 

「いいえ、別に、そういうわけじゃ・・・」

 

ばつが悪そうにテジトッキから顔を背けるミニョ。

 

「そう言えばさっき飛行機が墜ちたとか言ってたな、何のことだ?」

 

テギョンの言葉にミニョはハッとした。それはとても他人事のように聞こえたから。今の口ぶりからするとテギョンは飛行機には乗っていない、もしくは乗っていた飛行機は墜ちていない、と聞こえる。ミニョは期待をこめて今日までのことを話した。

事故があったと聞いたこと。驚きと動揺と混乱。心配で不安でどれだけ会いたかったか。

笑い飛ばしてほしかった。

ひどい勘違いだなと言ってほしかった。

しかしその期待はあっという間に虚しいものになった。

 

「事故?・・・・・・ああ、そうか・・・そうだった、確かに墜ちた。離陸してしばらくして急にガクンと機体が揺れて・・・アナウンスが流れて機内が騒がしくなって、で・・・」

 

ミニョは腕の中のテジトッキを見つめ、コクンと息をのんだ。

 

「ものすごい衝撃・・・気づいたら全身の感覚がなかった。うっすら開けたまぶたから見えたのは・・・・・・地獄か?」

 

テジトッキを抱きしめるミニョは唇を噛みしめ、その身体は震えていた。

 

「自分のものとは思えないほど身体が重くて、指先をわずかに動かすのがやっとだった。何かが燃えるにおいと血のにおいだけがやけにはっきりとしていて、だんだん息苦しくなって・・・」

 

その時の様子を思い出しながら話すテギョンの声は落ち着いて聞こえたが、その内容はとても落ち着いて聞いていられるものではない。

 

「もういいです!やめてください!」

 

ニュースで見た墜落現場。脳裏に浮かぶ惨状。

ドクドクと速くなる鼓動を抱えたミニョは息をするのも忘れ、テジトッキに顔を埋めた。

 

「あの後、俺はどうなったんだ?・・・・・・死んだ・・・のか?」

 

考えないようにしてたこと。

ミニョは何も答えられない。

テジトッキを抱きしめる腕に力がこもる。

 

「・・・死んだ・・・?でも俺はここにいる。ミニョを見ることもできるし、話もできる。でも・・・動けない・・・これは俺の身体じゃない。俺は死んで、魂だけがテジトッキの中に入ったのか?」

 

表情を変えないテジトッキ。テギョンの声だけが震えて聞こえた。

 

「俺は・・・俺は・・・・・・」

 

「オッパ・・・うっうっ・・・」

 

つきつけられた現実にテギョンが動揺していると、それを感じ取ったミニョがこらえきれずに声を出して泣き出した。

自分の置かれた状況をはっきりと自覚したテギョン。

何も考えられない頭にミニョの悲痛な鳴き声が響いた。

悔しかった。

やりたいこともやらなきゃいけないことも、まだたくさんある。それを突然奪われ、やり場のない思いが心の中で渦巻いている。そしてミニョを泣かせたくないのに、自分が原因でミニョは泣いている。それなのに、抱きしめることも、手を差し伸べることもできないことがたまらなく悔しくて情けなくて辛かった。

 

「ごめん、ミニョ。俺はもう、ミニョに何もしてやれないんだな・・・」

 

もっといろいろ話したかった。

いろんな所へ出かけたかった。

同じ景色を見て、同じ空気を吸って、ケンカしても仲直りして、笑い合って、これからの人生、ずっと一緒にいたいと思っていたのに。

 

「どうして俺がテジトッキに入ってるのか判らないし、いつまでこのままでいられるのかも判らない。でも、もしもミニョが構わないと言うなら、俺をそばに置いてくれないか」

 

もしかしたら人は死ぬと一番好きな人のところへ行く時間が与えられるのかもしれない。相手がそれに気づくかは別として。

その時間が数分なのか数時間なのか・・・

朝になったらテギョンは消えテジトッキはただのぬいぐるみに戻っているかも。

先のことは判らない。そもそも死んでしまった人間に“先”なんてあるはずがない。しかし、今の自分にできることはただミニョのそばにいてその心に寄り添うことしかないと思うと、テギョンはミニョの腕の中で、とめどなくあふれ出る大粒の涙を浴び続けた。

 

 

 

           

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ぱちぱち。

ごしごし。

ぱちぱちぱち。

ミニョがテジトッキを見つめ、まばたきをする。

目をこすって、またまばたきをする。

キョロキョロと部屋の中を見回し、特に何も変わったところがないことを確認すると、無言で椅子に戻り目を閉じた。

 

「おいミニョ、これは夢じゃない、現実逃避して寝るな!」

 

到底起こらないだろう、とてつもなく可能性の低い、いやありえない出来事を目の当たりにしてしまったミニョの行動は仕方のないことかもしれない。しかしそれを放ったままにはできない声の主は、何とか現実と向き合ってもらおうと必死で声をかけた。

 

「ちゃんとこっちを見てくれ、俺だってどうしてこんなことになってるのか判らないしどうしたらいいのかも判らない。夢なら覚めてくれと俺が一番思ってる!」

 

悲痛な叫び。

苦しさのにじみ出たテギョンの声に、ミニョは目を閉じたままではいられなかった。

 

「・・・・・・オッパ・・・?」

 

恐る恐るまぶたを開けたミニョの瞳に映ったのは、ころんと転がったテジトッキ。まん丸の黒くてつやのある二つの目がミニョをじっと見つめている。

 

「そうだ、俺だ」

 

どう考えてもテギョンの声がテジトッキから聞こえてきているというにわかには信じがたい現実に、ミニョは戸惑いながらも手を伸ばした。

 

「本当に・・・オッパ、なの?」

 

「ああ、そうだ」

 

返事をしたのは抱きあげたテジトッキ。そして聞こえてきたのは間違いなくテギョンの声。愛嬌のある顔から発せられる低い声はどうにもアンバランス。

しかし今、問題なのはそこではない。混乱する頭で必死に考えミニョはこくんと唾をのみこんだ。

 

「え、えーっと、・・・こ、これは何かの冗談ですか?それとも手品?ドッキリ?・・・あ!もしかしてみんなグルですか!?飛行機が墜ちたっていうのも!みんなで私をからかってるんですか!?」

 

もしそうなら許せないとミニョは走って部屋のドアを開けた。

みんなで自分のことをからかっているなら廊下で息をひそめて様子をうかがい、くすくすと笑っているかもしれない。しかし勢いよく飛び出してもそこには誰もおらず、廊下はしんとしていた。

 

「おい、また俺を放り出したな。この身体はクッション性はいいせいか落とされても痛くはないが、自分じゃ動けないんだ。ころころ転がすな」

 

「ドッキリ・・・じゃないんですか?」

 

さっきから会話が成立している以上、テギョンの“目”になるものが部屋のどこかにあるはずだが小さなカメラなら探し出すのは困難。でも声はテジトッキから聞こえてくるんだからスピーカーはテジトッキにつけられているはず。そう思って、ミニョはもう一度テジトッキを念入りに調べた。しかしそれらしい物は何も見つからない。テジトッキの目がカメラになっているようにも見えない。

 

「冗談でこんなことするほど俺は暇じゃないし、悪趣味でもない」

 

ベタベタとあちこち触られ、くるくると回転させられると、「やめろ、目が回る!」とテギョンが怒る。

 

「本当に・・・本当に、オッパなんですか?」

 

「さっきからそう言ってるだろ。俺、というか身体は俺じゃないが中身はしっかりと俺だ。なぜだか判らないが気がついたらこうなってた」

 

「・・・・・・」

 

中身はテギョン――

そう言われてあらためてまじまじとテジトッキを見ると、まん丸のはずの黒い目はどことなく鋭く見え、のほほんとした表情は不機嫌そうに歪んで見える。

 

「オッパがテジトッキ・・・テジトッキがオッパ・・・・・・・・・えええーっ!!」

 

目の前にあるありえない現実に今更のようにミニョは大声をあげると、まるで危険な物を遠ざけるかのようにテジトッキを放り投げた。

 

 

 

                  

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