「はぁぁぁ―― ・・・」
朝、みんなが出かけていって一人になると、ミニョはリビングのソファーでクッションを抱きしめ、大きな大きなため息をついた。みんなの前でこんなため息をつけばきっと心配をかけてしまう。ただでさえいろいろと気にかけてくれているのに・・・そう思って胸の中にためこんでいたものを、一人になった途端吐き出した。
変な夢を見た。
絶対にテギョンだと思った後ろ姿。でも振り向いた顔はテジトッキだった。
テギョンの身体なのに顔だけテジトッキ。
シュールな画に言葉を失ったミニョはそこで目を覚ました。
夢なのだから現実ではありえないことを見てもおかしくはない。しかし夢の中だけでも会いたいと願っていたのに出てきたのがアレでは一層落ちこむ。
テジトッキをもらった時のことを思い出しながら眠りについたからあんな夢を見たんだろうか。
ただの夢、そう思ってやり過ごすこともできたが、ミニョは胸の奥でざわざわと騒ぐものを感じると、テギョンの部屋へ向かった。
そっとドアを開け中に入る。久しぶりに入ったその部屋は懐かしさであふれていた。
きれいに整えられたベッド。ペン立てには何本もの同じ長さの鉛筆が入っている。乱れることなく積まれた五線紙。
出かける前に少しもバタついた様子の見えない部屋は、テギョンらしさを表しているのに、そこに本人がいないことが苦しい。
胸の奥からこみあげてくる痛みを耐えるように無意識に唇を噛んだ。
椅子には主の留守を預かるかのように、ちょこんとテジトッキが座っている。
ミニョはそれをそっと抱きあげると、くりっとした黒い目をのぞきこんだ。
「せっかくオッパに会えたと思ったのに、どうして顔だけあなただったのかしら」
疑問をぶつけてみるが当然のごとく返事はない。
「オッパは無事よね。救助されても外国だから確認に手間取ってるのね。きっと明日になればオッパから連絡がくるわ。あー早く会いたいな。昨夜は結局顔も見れなかったし」
黙っていると最悪の事態へと考えがたどり着いてしまいそうで、ミニョは矢継ぎ早に話しかけた。
「そうだ、もしかしてオッパの声が聞けるようになってない?」
声の出るぬいぐるみのようにどこかを押すとテギョンの声が聞けるんじゃないかと、あちこち押してみた。
器用なテギョンならそういう装置を仕込むこともできるかもしれないが、ここがテギョンの部屋でずっとここに置いてあることを考えると、入っているならミニョの声だろう。しかし今のミニョの思考はそこには至らず、いたずらに柔らかい身体をムニムにと押し続ける。結局期待もむなしく、ただただテジトッキの全身をマッサージしただけになってしまったミニョはがっくりと肩を落とした。
「オッパ・・・」
テジトッキを抱きしめると微かにテギョンの匂いがする。ミニョはすん、と鼻をすすった。
・・・ミニョ・・・・・・ミニョ・・・・・・
どこかで自分を呼ぶ声がする。それは耳元で囁くような甘い声。そして会いたくて会いたくてたまらなかったテギョンの声。
テジトッキを抱きしめながら椅子に座って眠ってしまったミニョは、半ば戻りかけた意識の下で、起きてしまわないように開きかけたまぶたを再び閉じた。
これは夢。声が聞きたいと思っていたから叶った夢。せっかくだからもうちょっと声が聞きたい。
・・・ミニョ・・・ミニョ・・・
これはドライブ中に寝ちゃった私を起こす時の声かな?
そんなことを思いつつ、声が聞けて嬉しいはずなのに、今度は姿が見えないことが寂しい。
どうせ夢なんだから、とびっきりカッコいい姿で登場してもいいのに。
・・・おーい、ミニョ・・・
ぜいたく言っちゃいけないわね、今は声だけでもがまんしなきゃ。
「聞こえないのか、ミニョ!」
頭の中に響くテギョンの声にじっと耳をすませていたミニョは、いつの間にかしっかりと目覚めているのに聞こえ続けるテギョンの声に、ハッと目を開けた。
「オッパ!?」
キョロキョロと部屋の中を見回す。慌てて立ち上がると膝の上にいたテジトッキがはずみで床に転がり落ちたが、それに構うことなく部屋の中を歩き回った。
「オッパ!」
確かにテギョンの声がした、あれは夢なんかじゃない。そう確信したミニョはテギョンがどこにいるのかと捜し回った。
ベッド、トイレ、クローゼット。もしやと思いベッドの下、まさかと思うが机の引き出しまで開けてみたがどこにも姿は見つからない。部屋の中央で立ちつくし、やっぱりあれは夢だったのかと涙がこみあげてきた時、再びテギョンの声がした。
「さっきから何やってるんだ、俺を転がしておいて」
振り返ってみるがテギョンはいない。
「判らないのか?俺はここだ!」
声の出所を慎重に探ると、そこにいたのはころんと寝転がり、黒い瞳でミニョを見つめるテジトッキだった。