星の輝き、月の光 -15ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

「はぁぁぁ―― ・・・」

 

朝、みんなが出かけていって一人になると、ミニョはリビングのソファーでクッションを抱きしめ、大きな大きなため息をついた。みんなの前でこんなため息をつけばきっと心配をかけてしまう。ただでさえいろいろと気にかけてくれているのに・・・そう思って胸の中にためこんでいたものを、一人になった途端吐き出した。

変な夢を見た。

絶対にテギョンだと思った後ろ姿。でも振り向いた顔はテジトッキだった。

テギョンの身体なのに顔だけテジトッキ。

シュールな画に言葉を失ったミニョはそこで目を覚ました。

夢なのだから現実ではありえないことを見てもおかしくはない。しかし夢の中だけでも会いたいと願っていたのに出てきたのがアレでは一層落ちこむ。

テジトッキをもらった時のことを思い出しながら眠りについたからあんな夢を見たんだろうか。

ただの夢、そう思ってやり過ごすこともできたが、ミニョは胸の奥でざわざわと騒ぐものを感じると、テギョンの部屋へ向かった。

そっとドアを開け中に入る。久しぶりに入ったその部屋は懐かしさであふれていた。

きれいに整えられたベッド。ペン立てには何本もの同じ長さの鉛筆が入っている。乱れることなく積まれた五線紙。

出かける前に少しもバタついた様子の見えない部屋は、テギョンらしさを表しているのに、そこに本人がいないことが苦しい。

胸の奥からこみあげてくる痛みを耐えるように無意識に唇を噛んだ。

椅子には主の留守を預かるかのように、ちょこんとテジトッキが座っている。

ミニョはそれをそっと抱きあげると、くりっとした黒い目をのぞきこんだ。

 

「せっかくオッパに会えたと思ったのに、どうして顔だけあなただったのかしら」

 

疑問をぶつけてみるが当然のごとく返事はない。

 

「オッパは無事よね。救助されても外国だから確認に手間取ってるのね。きっと明日になればオッパから連絡がくるわ。あー早く会いたいな。昨夜は結局顔も見れなかったし」

 

黙っていると最悪の事態へと考えがたどり着いてしまいそうで、ミニョは矢継ぎ早に話しかけた。

 

「そうだ、もしかしてオッパの声が聞けるようになってない?」

 

声の出るぬいぐるみのようにどこかを押すとテギョンの声が聞けるんじゃないかと、あちこち押してみた。

器用なテギョンならそういう装置を仕込むこともできるかもしれないが、ここがテギョンの部屋でずっとここに置いてあることを考えると、入っているならミニョの声だろう。しかし今のミニョの思考はそこには至らず、いたずらに柔らかい身体をムニムにと押し続ける。結局期待もむなしく、ただただテジトッキの全身をマッサージしただけになってしまったミニョはがっくりと肩を落とした。

 

「オッパ・・・」

 

テジトッキを抱きしめると微かにテギョンの匂いがする。ミニョはすん、と鼻をすすった。

 

 

 

 

 

・・・ミニョ・・・・・・ミニョ・・・・・・

 

 

どこかで自分を呼ぶ声がする。それは耳元で囁くような甘い声。そして会いたくて会いたくてたまらなかったテギョンの声。

テジトッキを抱きしめながら椅子に座って眠ってしまったミニョは、半ば戻りかけた意識の下で、起きてしまわないように開きかけたまぶたを再び閉じた。

これは夢。声が聞きたいと思っていたから叶った夢。せっかくだからもうちょっと声が聞きたい。

 

 

・・・ミニョ・・・ミニョ・・・

 

 

これはドライブ中に寝ちゃった私を起こす時の声かな?

そんなことを思いつつ、声が聞けて嬉しいはずなのに、今度は姿が見えないことが寂しい。

どうせ夢なんだから、とびっきりカッコいい姿で登場してもいいのに。

 

 

・・・おーい、ミニョ・・・

 

 

ぜいたく言っちゃいけないわね、今は声だけでもがまんしなきゃ。

 

「聞こえないのか、ミニョ!」

 

頭の中に響くテギョンの声にじっと耳をすませていたミニョは、いつの間にかしっかりと目覚めているのに聞こえ続けるテギョンの声に、ハッと目を開けた。

 

「オッパ!?」

 

キョロキョロと部屋の中を見回す。慌てて立ち上がると膝の上にいたテジトッキがはずみで床に転がり落ちたが、それに構うことなく部屋の中を歩き回った。

 

「オッパ!」

 

確かにテギョンの声がした、あれは夢なんかじゃない。そう確信したミニョはテギョンがどこにいるのかと捜し回った。

ベッド、トイレ、クローゼット。もしやと思いベッドの下、まさかと思うが机の引き出しまで開けてみたがどこにも姿は見つからない。部屋の中央で立ちつくし、やっぱりあれは夢だったのかと涙がこみあげてきた時、再びテギョンの声がした。

 

「さっきから何やってるんだ、俺を転がしておいて」

 

振り返ってみるがテギョンはいない。

 

「判らないのか?俺はここだ!」

 

声の出所を慎重に探ると、そこにいたのはころんと寝転がり、黒い瞳でミニョを見つめるテジトッキだった。

 

 

 

                  

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説
にほんブログ村

 

 

 

翌朝みんなで食事をしている時、シヌに電話がかかってきた。

一斉に手が止まり、それまで表面上は和やかだった空気に一気に緊張が走る。

視線がシヌに集中した。

席を立ち電話に出たシヌがしばらくして戻ってくると、その厳しい表情にみんなは息をのんだ。

 

「テギョンが乗ってたのは間違いないらしい。そして死亡者リストにテギョンの名前はない」

 

「じゃあテギョンヒョン生きて・・」

 

「でも生存者リストにも名前がない」

 

立ち上がり顔を輝かせたジェルミの表情が固まった。

 

「え?それってどういう・・・」

 

「行方不明だ」

 

飛行機の墜落事故――

その言葉だけで十分悲惨な光景が思い浮かぶのに、そこに行方不明という言葉が加わり今まで経験したことのないような巨大な不安が襲いかかった。

墜落現場は山の中腹で救助作業に手間取っているらしい。行方不明というより生死不明といった状況だが、その言葉は口にできなかった。

 

「大丈夫・・・だよね。このまま帰ってこないなんてこと・・・ないよね・・・」

 

「夏にはツアーも始まるんだ。それをすっぽかすなんて無責任なこと、テギョンヒョンがするわけない」

 

「あいつは仕事には特に厳しいからな」

 

「じゃあサボってたら怒られちゃうね」

 

「心配で練習どころじゃなかったなんて言い訳、通用しないだろうな」

 

「それに・・・・・・ミニョが待ってるんだ。絶対に帰ってくる」

 

三人がミニョを見た。

 

「はい、オッパは何か話したいことがあったみたいなんで、その話をするためにも絶対に帰ってきます」

 

祈るように、自分に言い聞かせるように。

不安を払いのけようとみんなそれぞれの言葉を噛みしめていた。

 

 

 

 

 

いつテギョンが帰ってきてもすぐに出迎えられるようにと、そのままミニョは合宿所に泊まっていた。しかし何日経ってもテギョンは帰ってこなかった。そして良い知らせを待ち続け、二週間が経った。

ベッドで横になっているとここでの出来事をいろいろと思い出す。

同じ部屋で布団を敷いて寝たこと。

テジトッキをもらったこと。

くっついた指を剥がしてもらったこと。

高熱を出して寝こんだことも。

病院へ行けば女だということがバレ、テギョンに迷惑がかかる。そう思って頑なに断ったが朝までつきっきりで看病してもらい、結局迷惑をかけてしまった。

口数の少なさと素っ気ない態度は周りから冷たいと見られることもあるが、本当は優しくて面倒見がいいテギョン。

 

「オッパ、会いたいよ・・・」

 

せめて夢の中で会えたらと、ミニョはこみあげてくる涙をぐっと堪え目を瞑った。

 

 

 

 

 

気がつくとミニョは濃い霧の中にいた。辺り一面乳白色で、手を伸ばすと自分の指先さえも見えなくなってしまうくらい深い霧がねっとりと身体にまとわりつく。足もともはっきりとは見えず、まるで自分の足がなくなってしまったかと錯覚してしまいそう。

そんな状態だったから、その場から動くというのは目を瞑って手探りで歩くのと同じで、何かにぶつかるかもしれないし穴に落ちるかもしれない。ぶつかったのが壁で落ちたのが小さな窪みなら大したことないが、走ってきた車や崖だったりしたら小さなケガでは済まないだろう。

恐怖心を抱き歩くのを躊躇してもおかしくないのに、ミニョは何かに導かれるように真っ直ぐ前に向かって歩き出した。

ゆっくりと一歩一歩進む。

濃い霧が音を吸収しているのかと思うほど辺りは静かで周りの音どころか自分の足音も聞こえない。

いくら歩いても周りは白いままで、本当に進んでいるのか判らなくなる。

それでもミニョは歩いた。

ゆっくりだった足取りはやがて少しずつ速くなり、いつの間にか小走りになっていった。

ミニョは確信していた。この先にテギョンがいると。このまま進んでいけばテギョンに会えると。

どのくらい進んだだろうか。気がつくと辺りを包んでいた真っ白な霧が幾分薄くなっていて、前方にうっすらと人影が見えた。

 

「オッパ?」

 

ミニョの足取りが力強くなる。

見覚えのある後ろ姿はずっとずっと会いたかった人。心配で不安で苦しくて、無事であることを祈った人。

 

「オッパ!」

 

大きな声で呼びながら走って一気に距離を縮め、手の届くところまで近づいた。

 

「オッパ?」

 

しかしすぐ後ろで呼んでも聞こえていないのかこっちを見てくれない。シャツの背中をつかみ軽く引っ張ると、ようやく気づいたようでゆっくりと振り向いた。

 

「オッ・・」

 

その瞬間、喜びにあふれていたミニョの表情が固まった。

丸くて黒い目に大きな豚鼻。

振り向いたその顔は、テジトッキだった。

 

 

 

               

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説
にほんブログ村

 

 

 

テギョンを乗せた飛行機は離陸数十分後に墜落した。

ニュースでそれを知ったアン社長はすぐにマ室長に電話をかけ、そこからダンスレッスン中のメンバーたちに連絡がいった。

アン社長は情報を収集しつつマスコミへの対応を考え、メンバーたちは心配しながらもその日のスケジュールをこなした。

 

 

 

 

 

三人が合宿所に帰ってきたのは辺りがすっかり暗くなってからだった。

 

「テギョンヒョン・・・大丈夫だよね・・・」

 

ジェルミがポツリと呟いた。

 

アン社長が動いてはいるが、海外での事故のため、詳しい情報はなかなか手に入らない。

 

「もしかしたら直前になって乗るのやめて、別の便にしたのかも」

 

「だとしてもとっくに帰ってるだろうし、遅くなるなら何か連絡があるはずだろ」

 

「ほら、携帯落としたとか、お金盗まれたとか・・・連絡したくてもできない状況っていろいろあるじゃん」

 

ジェルミの顔が今にも泣きだしそうに歪んでいく。

 

 

“墜落した飛行機にテギョンは乗っていなかった”

 

 

そう思いたいのはジェルミだけではない。しかしミナムには前向きな言葉は浮かんでこなかった。

玄関先の電灯は暗くなれば自動で点灯するため誰もいなくても明るくみんなを出迎えている。いつもならまったく気にしないが、今日はその灯りが妙に寂しく見えた。

 

「あれ?中、電気ついてるぞ」

 

ドアを開けたシヌは家の中が明るいことに少し驚いた。

 

「どうせジェルミが出かける時消し忘れたんだろ」

 

「俺ちゃんと消したよ。それにこれ・・・食べ物の匂いだ。・・・テギョンヒョンだよ!帰ってきてたんだ!やっぱり乗ってなかったんだよ!」

 

クンクンとジョリーのように空気中に漂う料理の匂いを嗅ぎとり、パッと顔を輝かせたジェルミが先頭を切って入って行く。「おまえたちの分はないからな」とそんなことを言いながら振り返るテギョンを想像していたが、キッチンに立っていたのはミニョだった。

 

「おかえりなさい。帰ったらすぐに食べれるようにと思って勝手に作っちゃった。もしかしてご飯もう食べました?」

 

テーブルの上には作るのに数時間はかかっただろうと思われる手のこんだ料理が所狭しと並べられていた。

ミナムから事故のことはミニョに伝えたと聞いている。しかしあまりにも変わった様子の見られない普段通りの笑顔を見せるミニョに、もしかしたら今の言葉は後ろにいるテギョンに向けられたのかとシヌとジェルミは振り返った。しかしそこにテギョンの姿はなく、ただしんとした空間が広がっているだけだった。

ミナムがミニョを抱きしめた。

笑顔の下にどんな感情を隠しているのか、ミニョの身体は小さく震えていた。

 

「大丈夫だ・・・・・・まだみんな食べてないから腹ペコだよ。にしてもずいぶんたくさん作ったな、今日だけじゃ食べきれないぞ」

 

いろんな料理が並ぶテーブル。どの皿にもテギョンがアレルギーを引き起こす食材は使われておらず、苦手なものも食べやすいように工夫され、テギョンの好物が並んでいるテーブル。

昼間合宿所のキッチンで、ミニョがどんな気持ちでこの料理を作っていたかと思うと、ミナムはそれ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 

今日はもう遅いからここに泊まっていくようにと強く主張したのはミナムだった。もちろんシヌもジェルミも賛成だった。

 

「遅いって・・・まだバスがあるじゃない。タクシーでも帰れるし」

 

「いいからいいから、部屋は俺の部屋使え、俺はジェルミの部屋で寝るから。いいだろジェルミ」

 

「あ、うん、いいよ。じゃあ俺はミナムの部屋で寝るね」

 

「おいおい、それじゃあ意味がないだろ」

 

ジェルミがボケてシヌがツッコむ。みんなからくすりと笑いがもれる。

ミニョを一人にしたくない。

三人の考えていることは同じだった。

 

 

 

 

 

「なんだかさぁ、痛々しいんだよね。無理に笑顔作ってるとことかさ」

 

本当は心配でたまらないだろうに、言葉にも態度にも出さないミニョにジェルミは胸を痛めていた。

 

「俺たちのこと気遣ってんだよ。心配で動揺する気持ちは同じだからってさ」

 

食事中もその後の片付けの時も、ミニョはひと言もテギョンの話題を出さなかった。

 

「テギョンヒョン・・・生きてるよね」

 

「生きててくれなきゃ困る。俺はテギョンヒョンが「妹さんを俺にください」って土下座するのと、義弟になったヒョンを“テギョン”て呼ぶのが夢なんだから」

 

それはそれで複雑な気持ちだが、今は近い将来そうなることを願いながらミナムは布団を頭からかぶった。

 

 

 

                  

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説
にほんブログ村