翌朝みんなで食事をしている時、シヌに電話がかかってきた。
一斉に手が止まり、それまで表面上は和やかだった空気に一気に緊張が走る。
視線がシヌに集中した。
席を立ち電話に出たシヌがしばらくして戻ってくると、その厳しい表情にみんなは息をのんだ。
「テギョンが乗ってたのは間違いないらしい。そして死亡者リストにテギョンの名前はない」
「じゃあテギョンヒョン生きて・・」
「でも生存者リストにも名前がない」
立ち上がり顔を輝かせたジェルミの表情が固まった。
「え?それってどういう・・・」
「行方不明だ」
飛行機の墜落事故――
その言葉だけで十分悲惨な光景が思い浮かぶのに、そこに行方不明という言葉が加わり今まで経験したことのないような巨大な不安が襲いかかった。
墜落現場は山の中腹で救助作業に手間取っているらしい。行方不明というより生死不明といった状況だが、その言葉は口にできなかった。
「大丈夫・・・だよね。このまま帰ってこないなんてこと・・・ないよね・・・」
「夏にはツアーも始まるんだ。それをすっぽかすなんて無責任なこと、テギョンヒョンがするわけない」
「あいつは仕事には特に厳しいからな」
「じゃあサボってたら怒られちゃうね」
「心配で練習どころじゃなかったなんて言い訳、通用しないだろうな」
「それに・・・・・・ミニョが待ってるんだ。絶対に帰ってくる」
三人がミニョを見た。
「はい、オッパは何か話したいことがあったみたいなんで、その話をするためにも絶対に帰ってきます」
祈るように、自分に言い聞かせるように。
不安を払いのけようとみんなそれぞれの言葉を噛みしめていた。
いつテギョンが帰ってきてもすぐに出迎えられるようにと、そのままミニョは合宿所に泊まっていた。しかし何日経ってもテギョンは帰ってこなかった。そして良い知らせを待ち続け、二週間が経った。
ベッドで横になっているとここでの出来事をいろいろと思い出す。
同じ部屋で布団を敷いて寝たこと。
テジトッキをもらったこと。
くっついた指を剥がしてもらったこと。
高熱を出して寝こんだことも。
病院へ行けば女だということがバレ、テギョンに迷惑がかかる。そう思って頑なに断ったが朝までつきっきりで看病してもらい、結局迷惑をかけてしまった。
口数の少なさと素っ気ない態度は周りから冷たいと見られることもあるが、本当は優しくて面倒見がいいテギョン。
「オッパ、会いたいよ・・・」
せめて夢の中で会えたらと、ミニョはこみあげてくる涙をぐっと堪え目を瞑った。
気がつくとミニョは濃い霧の中にいた。辺り一面乳白色で、手を伸ばすと自分の指先さえも見えなくなってしまうくらい深い霧がねっとりと身体にまとわりつく。足もともはっきりとは見えず、まるで自分の足がなくなってしまったかと錯覚してしまいそう。
そんな状態だったから、その場から動くというのは目を瞑って手探りで歩くのと同じで、何かにぶつかるかもしれないし穴に落ちるかもしれない。ぶつかったのが壁で落ちたのが小さな窪みなら大したことないが、走ってきた車や崖だったりしたら小さなケガでは済まないだろう。
恐怖心を抱き歩くのを躊躇してもおかしくないのに、ミニョは何かに導かれるように真っ直ぐ前に向かって歩き出した。
ゆっくりと一歩一歩進む。
濃い霧が音を吸収しているのかと思うほど辺りは静かで周りの音どころか自分の足音も聞こえない。
いくら歩いても周りは白いままで、本当に進んでいるのか判らなくなる。
それでもミニョは歩いた。
ゆっくりだった足取りはやがて少しずつ速くなり、いつの間にか小走りになっていった。
ミニョは確信していた。この先にテギョンがいると。このまま進んでいけばテギョンに会えると。
どのくらい進んだだろうか。気がつくと辺りを包んでいた真っ白な霧が幾分薄くなっていて、前方にうっすらと人影が見えた。
「オッパ?」
ミニョの足取りが力強くなる。
見覚えのある後ろ姿はずっとずっと会いたかった人。心配で不安で苦しくて、無事であることを祈った人。
「オッパ!」
大きな声で呼びながら走って一気に距離を縮め、手の届くところまで近づいた。
「オッパ?」
しかしすぐ後ろで呼んでも聞こえていないのかこっちを見てくれない。シャツの背中をつかみ軽く引っ張ると、ようやく気づいたようでゆっくりと振り向いた。
「オッ・・」
その瞬間、喜びにあふれていたミニョの表情が固まった。
丸くて黒い目に大きな豚鼻。
振り向いたその顔は、テジトッキだった。