ミニョの瞳に映ったのは見慣れない天井だった。といってもまったく知らないというわけではなく、あくまでも見慣れない天井。この部屋には何度も入ったことはあるが、テギョンのベッドで寝たのは初めてだった。
昨日はずいぶん泣いた。
今までは、もしかしたらテギョンはもう・・・と一瞬頭を過ることはあっても、その考えはすぐに振り払っていた。だから泣かないように気を張っていた。泣いてしまうとそれを肯定してしまいそうで怖かったから。でもテジトッキからテギョンの声が聞こえ、話しているうちにもうあのテギョンは帰ってこないんだと判り、胸をズタズタに切り裂かれるような痛みに涙が止まらなかった。
“肉体が死んで魂が別の物に入る”
そんなことが本当にあるのかは判らない。だけど実際に目の前にはテギョンの魂が入ったテジトッキがいた。
突然の別れを気の毒に思った神様が、特別に別れのあいさつをする時間を用意してくださったのかも・・・
ひとしきり泣いた後、そう思ったミニョは貴重な時間を泣いて過ごしていてはもったいないと、涙を拭った。
「あの・・・一緒に寝てもいいですか?」
普段のミニョからは到底聞くことのできない台詞に一瞬テギョンは驚いたが、今の自分はぬいぐるみだったんだと気づくと寂しいような虚しいような気持ちになった。
「寝てる間に押しつぶすなよ」
「大丈夫です、大切に抱いてますから」
ミニョはテギョンのベッドにすべりこむと、テジトッキのほっぺたに自分の頬をくっつけた。
「そういえば他のみんなはどうなったんだ?シヌは?ジェルミは?ミナムは無事だったのか?」
「え?オッパだけ後の便に乗ったって聞きましたけど」
「俺だけ後の?」
「違うんですか?」
「その辺はあんまりよく憶えてないんだ」
どうしてみんなと同じ便に乗らなかったのか聞きたかった。
別行動をとらなければ事故には遭わなかったのに・・・
でもその言葉は口にできなかった。
二人は出会ってから今までのことを思い出し、たくさん話した。楽しいことも辛いことも二人にとっては大切な思い出。その一つ一つを振り返りながらミニョの頬を涙が伝っていく。
朝になったらテギョンは消えてしまっているかもしれない。
そう思うと怖かった。話しかけていればずっとテギョンがそばにいてくれるような気がしてしゃべり続けた。
しかし事故と聞いてからまともな睡眠がとれていなかったミニョに睡魔が襲いかかる。会話が途切れがちになり声もだんだん小さくなって。
「ミニョ、眠いんだろ、もう寝ろ」
「でもオッパが・・・」
「ずっとここにいるから安心しろ。そのかわり寝てる間に俺をつぶすなよ」
冗談めいた、でも本心だろう声は優しく少しムッとしていて、ミニョはくすりと笑うとテジトッキを抱きしめ眠りについた。
気がつくと辺りは一面濃い霧に包まれていた。1メートル先も見えないほどの真っ白な世界。でもミニョの左手はテジトッキではない、いつも通りのカッコいいテギョンがしっかりと握っていた。
「どこに行こうか。こう周りが白くちゃどこにたどり着くか判らないが」
「どこでもいいんじゃないですか、二人一緒なら」
「そうだな、でも俺の手を離すなよ、迷子になるぞ」
「そうですね、オッパが迷子になってしまいますね」
あからさまにムッとした表情のテギョンを見てミニョがくすくすと笑う。でもその不機嫌な顔はミニョが腕を絡ませると、あっという間にやわらいだ。
「あ、あそこ、光が見えますよ」
「じゃあ、そこに行くか」
「はい」
二人はぴったりと寄り添い、光に向かって歩き出した。
しかし、しばらく歩いているといつの間にかミニョは一人になっていた。しっかりと手をつないでいたはずなのにテギョンの姿はどこにも見えない。目指していた光だけが遠くに見えた。何となくテギョンはその光のもとへと先に行ってしまったような気がして、ミニョは走り出した。
翌朝ミニョが目覚めた時、まず目に入ったのはテギョンの部屋の天井だった。どうして自分はこんなとこに・・・と昨日あったことを思い出したが腕の中にテジトッキはいなかった。布団をめくり探してみたが見つからない。
「オッパ・・・」
昨夜の出来事はすべて夢・・・テギョンを求める心が作り上げた幻だったんだと悲しさがこみあげてきた時、突然聞こえてきた低い声。
「おいミニョ、いつの間にそんなに寝相が悪くなったんだ。もう一緒に寝てやらないぞ」
寝ている間に蹴り落とされたテジトッキが床に突っ伏した状態で文句を言った。