ひとりの夜はうさぎを抱きしめて 8 | 星の輝き、月の光

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

「おい、俺を投げたな」

 

「す、すみませんっ!」

 

放り投げられころころと部屋の隅まで転がっていったテジトッキをミニョは慌てて取りに行った。

 

「びっくりして・・・それに何となく怖いというか、不気味というか、つい反射的に・・・」

 

「不気味とは何だ、こんなにかわいい顔をしてるのに。それにいつも嬉しそうに抱きしめてたじゃないか」

 

「だっていつもはこの子からオッパの声はしないし・・・」

 

「何?俺の声が悪いって言うのか?」

 

「いいえ、別に、そういうわけじゃ・・・」

 

ばつが悪そうにテジトッキから顔を背けるミニョ。

 

「そう言えばさっき飛行機が墜ちたとか言ってたな、何のことだ?」

 

テギョンの言葉にミニョはハッとした。それはとても他人事のように聞こえたから。今の口ぶりからするとテギョンは飛行機には乗っていない、もしくは乗っていた飛行機は墜ちていない、と聞こえる。ミニョは期待をこめて今日までのことを話した。

事故があったと聞いたこと。驚きと動揺と混乱。心配で不安でどれだけ会いたかったか。

笑い飛ばしてほしかった。

ひどい勘違いだなと言ってほしかった。

しかしその期待はあっという間に虚しいものになった。

 

「事故?・・・・・・ああ、そうか・・・そうだった、確かに墜ちた。離陸してしばらくして急にガクンと機体が揺れて・・・アナウンスが流れて機内が騒がしくなって、で・・・」

 

ミニョは腕の中のテジトッキを見つめ、コクンと息をのんだ。

 

「ものすごい衝撃・・・気づいたら全身の感覚がなかった。うっすら開けたまぶたから見えたのは・・・・・・地獄か?」

 

テジトッキを抱きしめるミニョは唇を噛みしめ、その身体は震えていた。

 

「自分のものとは思えないほど身体が重くて、指先をわずかに動かすのがやっとだった。何かが燃えるにおいと血のにおいだけがやけにはっきりとしていて、だんだん息苦しくなって・・・」

 

その時の様子を思い出しながら話すテギョンの声は落ち着いて聞こえたが、その内容はとても落ち着いて聞いていられるものではない。

 

「もういいです!やめてください!」

 

ニュースで見た墜落現場。脳裏に浮かぶ惨状。

ドクドクと速くなる鼓動を抱えたミニョは息をするのも忘れ、テジトッキに顔を埋めた。

 

「あの後、俺はどうなったんだ?・・・・・・死んだ・・・のか?」

 

考えないようにしてたこと。

ミニョは何も答えられない。

テジトッキを抱きしめる腕に力がこもる。

 

「・・・死んだ・・・?でも俺はここにいる。ミニョを見ることもできるし、話もできる。でも・・・動けない・・・これは俺の身体じゃない。俺は死んで、魂だけがテジトッキの中に入ったのか?」

 

表情を変えないテジトッキ。テギョンの声だけが震えて聞こえた。

 

「俺は・・・俺は・・・・・・」

 

「オッパ・・・うっうっ・・・」

 

つきつけられた現実にテギョンが動揺していると、それを感じ取ったミニョがこらえきれずに声を出して泣き出した。

自分の置かれた状況をはっきりと自覚したテギョン。

何も考えられない頭にミニョの悲痛な鳴き声が響いた。

悔しかった。

やりたいこともやらなきゃいけないことも、まだたくさんある。それを突然奪われ、やり場のない思いが心の中で渦巻いている。そしてミニョを泣かせたくないのに、自分が原因でミニョは泣いている。それなのに、抱きしめることも、手を差し伸べることもできないことがたまらなく悔しくて情けなくて辛かった。

 

「ごめん、ミニョ。俺はもう、ミニョに何もしてやれないんだな・・・」

 

もっといろいろ話したかった。

いろんな所へ出かけたかった。

同じ景色を見て、同じ空気を吸って、ケンカしても仲直りして、笑い合って、これからの人生、ずっと一緒にいたいと思っていたのに。

 

「どうして俺がテジトッキに入ってるのか判らないし、いつまでこのままでいられるのかも判らない。でも、もしもミニョが構わないと言うなら、俺をそばに置いてくれないか」

 

もしかしたら人は死ぬと一番好きな人のところへ行く時間が与えられるのかもしれない。相手がそれに気づくかは別として。

その時間が数分なのか数時間なのか・・・

朝になったらテギョンは消えテジトッキはただのぬいぐるみに戻っているかも。

先のことは判らない。そもそも死んでしまった人間に“先”なんてあるはずがない。しかし、今の自分にできることはただミニョのそばにいてその心に寄り添うことしかないと思うと、テギョンはミニョの腕の中で、とめどなくあふれ出る大粒の涙を浴び続けた。

 

 

 

           

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