ぱちぱち。
ごしごし。
ぱちぱちぱち。
ミニョがテジトッキを見つめ、まばたきをする。
目をこすって、またまばたきをする。
キョロキョロと部屋の中を見回し、特に何も変わったところがないことを確認すると、無言で椅子に戻り目を閉じた。
「おいミニョ、これは夢じゃない、現実逃避して寝るな!」
到底起こらないだろう、とてつもなく可能性の低い、いやありえない出来事を目の当たりにしてしまったミニョの行動は仕方のないことかもしれない。しかしそれを放ったままにはできない声の主は、何とか現実と向き合ってもらおうと必死で声をかけた。
「ちゃんとこっちを見てくれ、俺だってどうしてこんなことになってるのか判らないしどうしたらいいのかも判らない。夢なら覚めてくれと俺が一番思ってる!」
悲痛な叫び。
苦しさのにじみ出たテギョンの声に、ミニョは目を閉じたままではいられなかった。
「・・・・・・オッパ・・・?」
恐る恐るまぶたを開けたミニョの瞳に映ったのは、ころんと転がったテジトッキ。まん丸の黒くてつやのある二つの目がミニョをじっと見つめている。
「そうだ、俺だ」
どう考えてもテギョンの声がテジトッキから聞こえてきているというにわかには信じがたい現実に、ミニョは戸惑いながらも手を伸ばした。
「本当に・・・オッパ、なの?」
「ああ、そうだ」
返事をしたのは抱きあげたテジトッキ。そして聞こえてきたのは間違いなくテギョンの声。愛嬌のある顔から発せられる低い声はどうにもアンバランス。
しかし今、問題なのはそこではない。混乱する頭で必死に考えミニョはこくんと唾をのみこんだ。
「え、えーっと、・・・こ、これは何かの冗談ですか?それとも手品?ドッキリ?・・・あ!もしかしてみんなグルですか!?飛行機が墜ちたっていうのも!みんなで私をからかってるんですか!?」
もしそうなら許せないとミニョは走って部屋のドアを開けた。
みんなで自分のことをからかっているなら廊下で息をひそめて様子をうかがい、くすくすと笑っているかもしれない。しかし勢いよく飛び出してもそこには誰もおらず、廊下はしんとしていた。
「おい、また俺を放り出したな。この身体はクッション性はいいせいか落とされても痛くはないが、自分じゃ動けないんだ。ころころ転がすな」
「ドッキリ・・・じゃないんですか?」
さっきから会話が成立している以上、テギョンの“目”になるものが部屋のどこかにあるはずだが小さなカメラなら探し出すのは困難。でも声はテジトッキから聞こえてくるんだからスピーカーはテジトッキにつけられているはず。そう思って、ミニョはもう一度テジトッキを念入りに調べた。しかしそれらしい物は何も見つからない。テジトッキの目がカメラになっているようにも見えない。
「冗談でこんなことするほど俺は暇じゃないし、悪趣味でもない」
ベタベタとあちこち触られ、くるくると回転させられると、「やめろ、目が回る!」とテギョンが怒る。
「本当に・・・本当に、オッパなんですか?」
「さっきからそう言ってるだろ。俺、というか身体は俺じゃないが中身はしっかりと俺だ。なぜだか判らないが気がついたらこうなってた」
「・・・・・・」
中身はテギョン――
そう言われてあらためてまじまじとテジトッキを見ると、まん丸のはずの黒い目はどことなく鋭く見え、のほほんとした表情は不機嫌そうに歪んで見える。
「オッパがテジトッキ・・・テジトッキがオッパ・・・・・・・・・えええーっ!!」
目の前にあるありえない現実に今更のようにミニョは大声をあげると、まるで危険な物を遠ざけるかのようにテジトッキを放り投げた。