ひとりの夜はうさぎを抱きしめて 13 | 星の輝き、月の光

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

「オッパ」

 

テギョンに話しかけるミニョの声はいつも明るかった。しかしそこにいるのは動けず表情も変わらないぬいぐるみ。だからミニョの呼びかけに返事がないと、テギョンがいなくなってしまったかと不安になる。

 

「オッパ・・・オッパ?・・・オッパ!」

 

「何だよ、そんな大きな声で」

 

「だって何度も呼んでるのに返事がないから・・・」

 

「何度も?気づかなかったな・・・で、どうしたんだ?」

 

「オッパ、お出かけしましょう」

 

「出かける?」

 

晴れた日の午後、ミニョは急に思い立ったようにいそいそと支度を始めた。

 

「はい、デートです」

 

「この恰好の俺を連れ出すのか?」

 

驚くテギョンをよそにミニョはテギョンをトートバッグに入れた。

 

「オッパは有名人で目立ちますからこれも必要ですね」

 

ミニョはサングラスを取り出した。

肩から提げたトートバッグ。そこからひょこっと顔を出しているのはサングラスをかけたぬいぐるみ。

 

「いや、今の俺はぬいぐるみだし、二十代半ばの女がサングラスかけたぬいぐるみを持ち歩く方が目立つだろ」

 

「そうですか?でもバッグとかにぬいぐるみぶら下げてる人、時々見ますよ」

 

「それはマスコットってやつだろ。小脇に抱えるほど大きなやつ持ち歩いてるのは見たことないぞ」

 

「じゃあ、流行の最先端ですね」

 

鏡の前でくるりと回ったミニョはテギョンと一緒に映る姿を見て、楽しそうに笑った。

 

「そうだ、せっかくだからちょっとおしゃれしましょう」

 

テギョンの首に三角に折ったピンクのスカーフを巻く。しかしスカーフは大きく、しかも三角の布の部分が背中側にきてしまっていて・・・

 

「おいおい、これじゃあマントだろ」

 

鏡に映った姿はそうとしか見えなくて、俺で遊ぶなとテギョンの声が尖った。

 

「どうしたんだいきなり、どこへ行くつもりだ」

 

「内緒です、着いてからのお楽しみ」

 

ふふふと笑いながらバスに乗り、一番後ろの席に座った。

 

「オッパとこうしてバスに乗るのは初めてですね、嬉しいです」

 

「そうだな、それはいいが・・・・・・ミニョ、もう少し声を落とせ」

 

あのとき以来、定位置のようになっているミニョの膝の上でテギョンは用心深い声を出した。

 

「俺の声はたぶんミニョにしか聞こえてない。大きな独り言を言ってるように見えるから変な目で見られるぞ」

 

「えっ!そうなんですか!?」

 

「まあ、人の魂が入ったぬいぐるみがしゃべってると判れば変な目で見られるくらいじゃすまないけどな」

 

ぎょっとした視線とその場から波が引くように人がいなくなるのが簡単に想像できた。

 

「もしかしてお兄ちゃんたちも・・・」

 

「ああ、聞こえてないと思う」

 

初めてテジトッキの姿でみんなの前に現れた時から変だとは思っていた。話しかけても無視をされる。呼んでも反応すらしない。テジトッキをオッパと呼び楽しげに話すミニョに向けられる三人の困惑した視線。

 

「じゃあ、私は一人でしゃべってるって思われてたんですか。それって・・・寂しいですね。オッパはここにちゃんといるのに、誰にも気づいてもらえないなんて」

 

「・・・誰にもじゃないだろ、ミニョとはしゃべってるんだから」

 

ピクリとも動かせない今の身体が恨めしかった。思い切り抱きしめたい気分なのに・・・・・・

飛行機さえ墜ちなければこんなことにはならなかったのにと思うと、どうして自分だけ別の便に乗ったのか気になった。

ゆっくりと記憶をたどっていく。

飛行機が墜ちる前。

ガクンと揺れる機体。

あちこちから悲鳴が上がる機内。

それよりももっと前、飛行機に乗る前・・・

ホテルを出て空港へ行く前にどこかへ寄った。

どこだ・・・・・・

わずかな振動とともに視界の端で流れていた景色が止まった。窓の外に見えたのは昔からそこにありそうな古ぼけた本屋。

 

「そうか、店だ!」

 

「どうしたんですか急に」

 

「いや、何でもない」

 

テギョンは思い出した、どうして自分だけ別の便に乗ったのか。それは指輪を受け取りに行っていてみんなと同じ日に乗ることができなかったから。

テギョンの心境は複雑だった。

指輪さえ買いに行かなければ事故に遭うこともなかっただろう。しかしミニョに指輪を贈りたいと思ったことは後悔していない。でも自分が今こんな姿でしかミニョのそばにいられないのは、あの指輪が原因で・・・

 

「俺の身体はまだ見つかってないんだろ」

 

テギョンを抱くミニョの腕に力が入った。緊張が伝わってくる。

 

「・・・・・・はい・・・・・・」

 

上着のポケットに入れていた指輪。ケースの上から握りしめ、頬を緩ませていたあの時間。

ミニョには言えない。どうしてみんなと同じ便に乗らなかったのか。

思い出した事実を、この先もテギョンが口にすることはなかった。

 

 

 

                  

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説
にほんブログ村