バスを降り、蔦の絡まる大きなアーチをくぐると、目の前に広がるのは色とりどりの花たちだった。
広大な敷地の植物園でミニョたちを出迎えたのは、辺り一面に咲き誇る色彩豊かなチューリップ。
「こんなにたくさんのチューリップを見るのは初めてです」
感嘆のため息がもれる。
小さな子どもが描いた絵でもそれと判るほど花も葉もシンプルな植物だが、近づいてよく見るとそこに咲いていたのは普段よく目にする一重咲きだけでなく、花びらの数が多い八重咲きや縁がギザギザのフリンジ咲き、細くなった先端が反り返ったユリ咲きといったミニョの目には珍しい形も多かった。
「オッパ、すごくきれいですよ」
色の種類も多く、よく見かける赤や黄色はもちろん、ピンク、白、オレンジの他に、紫や黒まである。
あっちの色いいですねこっちの色もきれいですと、まるで花から花へ飛び回る蝶のように楽しそうにチューリップで囲まれた小径を歩いて行くミニョ。
「どの色が好きなんだ?」
「そうですね、全部きれいで好きですけど、どれか一つと言うなら・・・白、かな」
テギョンは頭の中で、暖かな日差しの下、白いチューリップの花束を抱え柔らかな微笑みを浮かべるミニョを思い描く。
「似合いそうだな」
「オッパはピンクが似合いそうですね」
くすっと笑われ、テギョンは鼻息を荒くした。
「フン、俺はもっと落ち着いた色が好みだ。そうだな・・・紫がいい」
「ええーっ、あれ、かわいかったのに・・・判りました、今度は紫のスカーフにします」
「おい、チューリップの話だろ。俺は紫のチューリップがいいと言ったんだ」
ムッとしたテギョンの声などまるで気にする様子もなく、ミニョは軽い足取りで歩いて行く。
緩やかな斜面地に広がるアイスランドポピーは風にゆらゆらとその身を揺らし歌っている。爽やかに広がるネモフィラは澄んだ空を映しているかのように鮮やかな青を描いていた。
楽しげなミニョの声。
突然出かけると言いだしここへ連れてこられたが、特別なイベントがやっている様子もなくただ花を見ているだけ。
「どうして急に出かけると言い出したんだ?ここで何かやってるのか?」
テギョンには何が楽しいんだかさっぱり判らないし、花に興味はないから退屈でつまらない。
「出かける前にテレビを観てたでしょ。そこに桜並木が映ってたんです。それを見た瞬間、オッパは花粉アレルギーだけど今なら大丈夫じゃないかなって思って。私ずっと、オッパと二人で花の中を歩いてみたかったんです」
言われて初めて気がついたが、花粉に囲まれたこの場所で、テギョンの体調はまったく崩れることなく正常を保っている。
ミニョは膝の上に乗せる時と同じように、テジトッキを前向きに抱っこした。ちょうど桜の回廊の入り口で、目の前にはどこまで続いているのか判らないほど遠くまで桜の木が見える。満開とまではいかないが、桜並木の中へと足を踏み入れると辺りの空気はピンク色に染まって見え、ミニョの心は一段と華やいだ。
「でもオッパは退屈そうですね・・・私一人ではしゃいじゃってすみません、もう帰りましょうか」
顔は見えなくてもその声色からがっかりした様子が伝わってきた。
「帰っても暇だからな、だったらここでもうちょっと暇をつぶしていこう。俺と花が見たかったんだろ。桜はずっと向こうまであるんだし、わざわざ俺を連れ出してここまでしか見せないつもりか?」
夕方までたっぷりとデートを楽しんだミニョは上機嫌。それとは逆にテギョンは不機嫌オーラ全開でブツブツと文句を言いながら家に帰った。
「どうして花を見に行ってこんなに汚れなきゃならないんだ」
「こんなにって、オッパが思ってるほど汚れてないと思いますよ。頭と、お腹と、背中と、手と足に、少し泥がついてるだけです。そんなにひどくないです、本当に少しです。あ、鼻はもうちょっとだけ汚れてますけど」
「十分だ」
植物園で、ちょっと休憩と芝生の丘の上に座ったミニョ。立ち上がる時に膝の上にいたテギョンがころころと斜面を転がり、下の歩道まで落ちてしまった。そこは運悪く、昨日降った雨で濡れていて・・・
「でもオッパ、自分では見えないのによく汚れてるって判りますね」
「感覚で判る。俺はきれい好きなんだ、このままだなんて我慢できない、何とかしろ」
「判りました、洗濯機で洗いましょう」
「おい、俺をそんな雑に扱うつもりか」
「ダメですか?えーっと・・・じゃあ、一緒にお風呂に入りましょうか。私がオッパの身体を洗います。嫌なら別の方法を考えますけど・・・」
「一緒に風呂に?・・・ま、まあ、いいだろう。俺はこの身体がきれいになれば文句はない」
白い素肌、上気した頬、滑らかな曲線を描く肢体・・・
ぬいぐるみ相手なら恥ずかしがって身体を隠すこともないだろうと、テギョンの声のトーンが跳ね上がった。
「お風呂から上がったら洗濯機で脱水して、その後は乾燥機にかけて・・・」
「ちょっと待て、それじゃ一緒じゃないか」
楽しげな声が一気に不満げな声に変わる。
「だって中までぐっしょり濡れてたら、タオルで拭いたくらいじゃ乾きませんよ。自然乾燥だと時間がかかりすぎてカビがはえそうだし・・・」
何かの病気にでもかかったかのように、身体中に黒い発疹がポツポツと・・・
カビと聞いてテギョンは全身総毛立つようなおぞましさに襲われた。
「わ、判った、風呂は諦める。だが泥汚れはきれいにしてくれ」
「はい、判りました」
焦ったテギョンの声がおかしくて、ミニョはくすくすと笑った。