「はっ!・・・よっ!・・・くっ!・・・ふんっ!」
テジトッキからシヌへ、そして再びテジトッキの中へと戻ってきたテギョンは少し期待していた。
常識では考えられないことの連続を乗り越えてきたんだから、今までとは違う何かができるようになっているんじゃないかと。例えばテジトッキの身体を動かすとか。
シヌの身体から自分の声を出したように、意識を集中させれば腕の一本くらい動くんじゃないかと思ったが、簡単に手に入るスキルではないのかどんなにがんばってみても微動だにしない。ベッドの上でころんと仰向けになり、気合いの入ったかけ声を出し続けるテジトッキに近づくと、ミニョはその身体を抱きあげた。
「やっぱり無理なんじゃないですか。もともと動けないんですし」
「それはそうだが・・・でもあっちは少し抵抗があるんだよな」
「そんなこと言って、あれからもう三回もやってますよ」
「できると思うとつい、な」
ぬいぐるみの縫い目でしかない関節や、そもそもそれすらない場所を動かすのはあまりにも人体とは違い過ぎていて、動かすイメージがつかめない。片や人間の身体を動かすのはいとも簡単で。
あれからなぜか寝ているシヌの身体には入りこむことができるようになったテギョンは、時々夜中にシヌの身体を借りて何度かミニョと会っていた。
深い深い夜の闇にまぎれてテギョンはシヌの意識を探る。
それは迷いこんだ夜の森で人家を求め、歩いているような感じだった。遠くにポツンと灯る炎のようなあかりがあればそれを目指して進んでいく。今までの経験からすると、それがシヌの身体への入り口だったから。いつもうまくいくわけではないが今夜は成功したようで、テギョンはシヌの身体を借りると自室へと向かった。
「ミニョ、おい、ミニョ」
ぐっすり眠っているミニョを起こすのは多少気が咎めるが、このままただ寝顔を見つめているだけというのももったいない。意識は眠っていても身体は動かしているので、テギョンはシヌの身体を借りるのは一時間と決めていた。だから少しでも時間を無駄にしたくなかった。
ミニョを軽く揺するとうっすらとまぶたが開いたが、すぐにまた閉じてしまう。
「ミニョ、本当は起きてるんだろ、寝たふりするならキスで起こすぞ」
頭の横に両手をついて顔を近づければ、パッチリと目を開けたミニョが焦ったように両手で口を隠した。
「やっぱり起きてたんだな、俺の目はごまかせないぞ」
「だってすごくいい夢だったんです。どうしても続きが見たくて・・・」
「俺よりも夢の方がいいって言うのか?」
「オッパの夢だったんです。コンサートでオッパが歌ってて、すごくカッコよくて」
「そ、そうか、それは仕方ないかもな」
でもだったらこっちの方がいいぞとテギョンは布団をめくった。
ヘッドボードにもたれて座り、開いた脚の間にミニョを座らせ腕を前に回して。肩にあごを乗せるのは最近のテギョンのお気に入りポーズ。頬と頬が触れる感触は二人の寂しさを紛らわせてくれる。
「リクエストはあるか?なんでもいいぞ」
「えーっと、それじゃあ・・・」
ミニョのリクエストに応えるべく紡ぎ出される歌声は、囁くように、語りかけるように。本来ならアップテンポな曲もすべてバラードへと変化する。
合宿所の一室で、ファンクラブ特別会員限定一名のコンサート。どんな立派なホールで行われるより贅沢で素敵なスペシャルコンサート。
姿形は違っても触れる温もりと優しい歌声にテギョンを感じながら、ミニョはじっと耳を傾けていた。
いつの間にか力が抜け、くったりともたれかかるミニョの身体。規則正しい呼吸を送り出すその顔は、麗らかな春の日差しのもと気持ちよさそうに昼寝をしている猫のように穏やかで愛らしい。
「俺は子守唄を歌ったつもりはないぞ」
すやすやと寝息を立てるミニョにテギョンの口は不満げに尖るが、テジトッキの姿ではこうして身体を支えることもできないと思うと、どんなことでも許せる気がする。
触れ合えることに喜びを噛みしめると、ミニョの首筋に口づけを残し、テギョンはベッドをそっと抜け出した。
ドアから顔だけを出し廊下の様子をうかがう。自分の部屋へ出入りするのにどうしてこんなに気を遣わなければならないのかと舌打ちしたくなるが、こんな夜更けにシヌの姿でミニョのいる部屋へ出入りしているのを見つかるわけにはいかない。辺りを見回し物音を立てないように足早にシヌの部屋へ戻るが、その様子を見ていた人影にテギョンは気づいていなかった。