家族を待つ人。
恋人を待つ人。
友人を待つ人。
国際線の到着ロビーは再会を喜び合う人々でにぎやかだった。その人たちの間を出迎えを捜す様子もなく無表情で歩くギョンセの足は、一直線にベンチへと向かっていた。
いつもなら胸を張り真っ直ぐ前を見て歩く姿は自信に満ちあふれていて凜としたオーラをまとっているのに、今はそのオーラを消すためか、俯きぎみでわずかに背中を丸めていて、まるでファン・ギョンセだということを知られないようにしているようだった。
目指しているベンチに座っているのは数人。その中の一人がモ・ファランだった。
並んだベンチの一番端にひっそりと座るファランには、かつての人気歌手の華やかさは少しも感じられず、病気のせいかずいぶんやせ細っていた。
ギョンセは誰かに視線を向けられていないかを確認するために辺りを見回すと、ファランと背中合わせになる位置に座った。
「どうだったの?」
「・・・変わらない、まだ意識は戻らない」
腰を下ろすやいなや、背中からかけられた声にギョンセは力なく首を振った。どちらからともなく落胆のため息がもれる。そのまま俯いていると絶望の波にのみこまれてしまいそうで、ギョンセは気を取り直すように力強く顔を上げた。
「アメリカに私の信頼する腕のいいドクターがいる。今週中にはそこへ移せることになった。設備もスタッフも万全だ。そこなら意識が戻った後のケアも十分なものが受けられる」
「でもまだ目が覚めないんでしょ」
「大丈夫だ、あいつは強い、必ず意識は戻る」
ベッドに横たわる動かない身体。眠っている間にもケガは治っていき面会に行くたびに包帯の数は減っていくのに、依然として目は開かない。数時間前に見た息子の姿を思い出すとギョンセは自分自身に言い聞かせるようにそう言い切った。
テギョンの乗った飛行機が墜落したことを知った直後から二人は連絡を取り合っていた。現地へ飛び、ヨーロッパの小さな国の病院に身元不明のまま重体で運びこまれていたテギョンを見つけたのはギョンセだった。
口には人工呼吸器がつけられケガややけどは広範囲にわたっていた。包帯だらけの身体は名前を呼んでも反応はなく、ベッドサイドモニターの波形だけがテギョンが生きていることを示していた。
その光景は衝撃的だった。
連絡を取っていなくても、テギョンの活躍や元気な姿はテレビやネットを通して目にしていた。それが今目の前にあるのは、現実とは思いたくない息子の痛ましい姿。
ギョンセはテギョンが見つかったことをファラン以外の誰にも言わなかった。
どこにも情報がもれないようにした。
しかしそれはテギョンの目が覚めるまでのつもりだったし、すぐに目覚めると思っていた。意識が戻ればアン社長に見つかったことの連絡と容態を伝えるつもりでいたのに・・・
まさかこんなにも長い間、昏睡状態が続くとは夢にも思わなかった。
自分の言葉を噛みしめるように奥歯に力を入れたギョンセは両手の拳を強く握り、ファランは今頼ることができるのは神様しかいないと、祈るように膝の上で組んでいた指にギュッと力を入れた。
「私まだあの子にきちんと謝ってないの。これから何度も謝って許してもらおうと思ってたのに、簡単にはそうさせてくれないなんてよっぽど憎まれてるのね。それだけ今までひどいことをしてきたってことかしら」
「私だって似たようなものだ。自分から引き取っておきながら他人に預けることがほとんどで、一緒にいるのはピアノを教える時くらい・・・あいつの笑顔を見た記憶もない。父親なのに・・・」
「私は母親ですらないわ。せめて手を握ってテギョンって名前を呼んであげたいけど・・・そんなことしたらきっと嫌がって余計に目を覚まさないわね」
自嘲気味に笑う顔はまるで頭の中でそう描くことすらいけないことのように寂しげで、小さな望みを口にした唇は微かに震えていた。
久しぶりの再会に喜ぶ家族が二人の横を通り過ぎていく。どの顔も明るく幸せそうに笑っていて。
多くの人が行き交うこの場所は、旅立つ者、帰ってきた者、見送る者、迎える者、それぞれが未来へと歩いているのに、ギョンセとファランは取り残されたように俯いたまま後悔の念に苛まれていた。