星の輝き、月の光 -6ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

さらりとした風が無地のカーテンをなびかせた。

隙間から入りこんだ午後の日差しがテギョンの顔を照らす。

誘うような光が覚醒を促したのか、眉間にしわを寄せながら、ゆっくりとまぶたが開いた。

目に映るのは病室の無機質な天井。

しばらくその飾り気のない石膏ボードを見つめ、大きく息を吸うと重く感じる身体に力を入れた。

ケガ自体は概ね治っているが、事故後長い間眠ったままだったテギョンの身体はかなり筋力が低下していた。目が覚めるたびに自由に動けるかもと劇的な回復を期待するが、そんな魔法みたいなことは起こらず、自分の肉体なのに頭の命令通りにはすんなりと動いてくれない四肢を意思の力で動かした。

地道にリハビリに励む毎日。その甲斐あって昏睡状態から醒めたばかりの頃と比べたらずいぶん動けるようにはなっていた。それは医者が驚くほどのスピードで。しかし今、昨日まで動いていたはずの右腕が重くて上がらず、しかも指先がピリピリと痺れていることに気づいた。

一度回復した機能が寝ている間に悪くなるなんて医者からは聞いていない。

不安に駆られ顔を向ければ、そこにあったのは前腕に乗っかっているミニョの頭。

ホッとしたと同時にそれ以外の感情もわき起こった。

 

「おい・・・俺の腕を枕にして寝るな」

 

「う~ん・・・はっ!すみませんっ!!」

 

椅子に座ったままベッドで眠るテギョンの腕に頭を乗せていたミニョは、不機嫌そうな声に反射的に身体を起こすとそのままの勢いで椅子から立ち上がった。

 

「いくらそこはケガしてないからって・・・」

 

しかし立ち上がった直後、ミニョの身体はぐらりと大きく揺れた。倒れることはなかったが立っていられないのか、ついさっきまで座っていた椅子に、ドスンと腰を下ろした。

 

「急に立ち上がったんでちょっと立ちくらみが・・・」

 

気まずさをごまかそうと、ハハハとミニョが笑った。

事故の後、初めてテギョンが自分の身体で目を覚ました時、目に入ったのは知らない天井と知らない顔だった。ぼんやりとした意識の中、今いる場所、その理由とケガの説明を医者から受けると、少しずつ今までのことを思い出し、ちゃんと自分の身体に戻ってきたんだなと心の底から安堵した。

暗く長いトンネルをやっと抜けだし光のあたる場所へやって来たような気分。しかしステージで浴びる高揚感あふれる華やかなライトを想像していた光は、予想に反し一本のろうそくのようにずいぶんと心許ないものだった。

痛みを伴い鉛のように重く感じる身体は本当に自分のものなのかと疑うくらい思い通りにならない。その歯がゆさはテジトッキの時の比ではなかった。自分の身体に戻りさえすればすべてうまくいく、そう思っていたのに、簡単にはいかない現実に奥歯を噛みしめた。

ミニョと再会したのはリハビリを始めて間もない頃だった。病室の入り口に立つミニョはその大きな目に涙をいっぱいにためていた。震える唇は噛みしめられ息が詰まったような呼吸をしていた。恐る恐る伸びた指先がテギョンの頬に触れると、とどまりきれなくなった涙が嗚咽とともにこぼれ落ちた。

 

「よかった・・・」

 

消え入りそうな呟き。ずいぶん久しぶりに声を聞いた気がした。

あの時頬に触れたミニョの指はひんやりとしていて気持ちよかったのを今でもはっきりと憶えている。瞳に互いの姿を映すことができたのがたまらなく嬉しかった。テギョンがぎこちない動きで手を伸ばすと、ミニョはそれを愛おしそうに優しく両手で包みこんだのに・・・

それが今ではケガ人の腕を枕にして平気で寝ているとは・・・あの感動の再会はどこへ行ったんだとテギョンは口元を歪めた。

 

「別に毎日来なくてもいいぞ、付き添いが必要なわけじゃないし余分な枕はないしな。毎日リハビリにつきあう必要もない」

 

ブンブンとミニョが頭を振った。

 

「寝るつもりもオッパの腕を枕にするつもりもなかったんです!ただ、オッパの寝顔がすごく穏やかで、見てたら安心して私まで眠たくなっちゃったというか・・・」

 

「ふうん・・・・・・」

 

わたわたと慌てるミニョを見て尖っていたテギョンの口の端がわずかに上がる。

 

「眠いなら・・・そうだ、ちょうどここにはベッドがある。ちょっと横になるか?」

 

テギョンが指さしたのは自分が寝ているベッド。重い身体をゆっくり起こすと誘うように布団をめくった。

ミニョの顔が赤くなる。

 

「なっ!・・・こ、ここは病院ですよ!」

 

「だからちょうどいいんだろ。体調を整えるには一番ふさわしい場所じゃないか」

 

個室だから他に誰もいなければ人目もない。部屋の主である自分がいいと言ってるんだから何か問題があるのか?とすました顔でテギョンが言った。

 

「えっ、あのっ、でもっ、そのっ、狭いですし・・・」

 

心の中で葛藤しているのか、チラチラと辺りを見ながら口ごもるミニョの様子がおかしくてたまらない。

 

「プッ・・・・・・俺は今からリハビリに行くから、その間この空いたベッドで休んでいろと言ったんだ」

 

もじもじと俯いていたミニョが顔を上げた。拳を口に当て、クックッと笑うテギョンと目が合い、ミニョの顔は更に赤くなる。

 

「からかったんですか!?」

 

「勝手に勘違いしたんだろ。まあ一緒に寝たい気持ちは判るが、もうちょっと待ってくれ。退院したら広いベッドで誰の目を気にすることもなく、一日中でも一緒に寝てやる」

 

テギョンがニンマリと笑った。

 

 

 

                  

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新しい朝が来ますようにと思いながら眠りについたのに、いざ朝になってみるとミニョは今までと違うかもしれないことが怖くなった。

変化を受け入れるのは時として痛みを伴う。

それでも勇気をふりしぼってテジトッキへ声をかけた。

 

「おはようございます」

 

恐る恐る。

確かめるように。

すぐに返事がないのは初めてではないし、珍しいことでもないが、その日は五分経っても十分経っても、一時間経っても半日経っても、テジトッキから声がすることはなかった。

テギョンが入っていた時は動けないのになぜか生き生きとして見えた目。

でも今はそのくりっとした黒い目は、まるで死んだ魚の目のようにどんよりとただそこにはりついているだけで、生気も何も感じられない。

ベッドの上にぽいっと放っても、床の上をころころと転がしても文句を言わない。

それはぬいぐるみとしてはあたりまえのことなのに、まるで自分一人が昨日までいた世界とは別世界に来てしまったようで心細くなる。

そしてその日からテジトッキはしゃべらなくなった。

 

 

 

 

 

カーテンを開ければそこには苦しくなるほどの清々しく青い空が広がっていた。

 

「おはようございます」

 

ミニョの毎朝の日課。

声をかけ、テジトッキの両脇の下に手を入れて抱きあげると、くりっとした目をのぞきこむ。軽く揺すってみて返事がないと、今度は床の上でころころと転がした。ペタンとお尻をついて膝を抱え、すぐそばでテジトッキを転がす。テギョンが入っていれば絶対に、「おい、やめろ!」と文句を言うのに、テジトッキは何も言わずころんころんとされるがまま。

何も反応がないのは嬉しいことなのか悲しいことなのか、ミニョには判らない。考えられないし、考えたくない。ただ寂しい気持ちはどんどん蓄積され巨大な風船のように大きく大きく膨らんでいった。

 

「オッパ、ちゃんと無事に戻れたかな・・・」

 

まるで外出先から家に帰れたか心配するような呟きにため息がもれた。

その直後、両手で自分の頬をピシャリと叩いた。思いの外いい音がして、じいんと頬が熱くなる。

 

「沈んでちゃダメね、信じなきゃ。オッパは絶対に自分の身体に戻ってる!ここにいないのがその証拠よね。だから私は待ってればいいの!」

 

自分に言い聞かせるように、怯える心を奮い立たせるように、わざと声を大きくすると顔を上げ両手をぐっと胸の前で握った。

少しでも前向きな気持ちでいられるように。

不安と期待が入り混じる日々をどれくらい過ごしただろう。

それはあの日テギョンから自分は生きていると告げられた時と同じように、突然、しかも騒々しくやってきた。

 

「テギョンが見つかった!生きてたぞ!」

 

バァン!と壊れるくらいの勢いでドアを開け、ドタドタと踏み抜きそうな激しい足取りで廊下を走ってきたマ室長は、大声で叫びながら一大ニュースを伝えた。

 

「テギョンが・・・テギョンが・・・・・・」

 

眼鏡の奥の細い目は赤くまぶたは腫れていて、頬を伝う涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。流れ出てくるものを本人は手の甲で拭いているつもりらしいが、傍から見たら塗りたくっているようにしか見えない。こんな時いつものミニョなら声をかけ箱ごとティッシュを渡すのに、今のミニョにそんな余裕はなく、マ室長の言葉に一瞬にしてこみあげてきた涙を胸の辺りでぐっと堪え、息を詰めていた。

 

「よかったー、よかったよな、ホントによかったよ」

 

他に言葉が見つからないのか、鼻をすすりながらひたすら「よかった」と連呼し続けるマ室長にジェルミが詰め寄った。

 

「ヒョンは今どこにいるの!?」

 

真っ先に近寄ってテギョンのことを聞きたかったのにミニョの足は床に縫いつけられたように動かない。大きく息を吸うと一気にあふれ出てきた涙が床に落ち、それとほぼ同時にミニョの身体はその場に崩れ落ちた。

 

「ミニョ、大丈夫か!?」

 

ミナムがミニョの肩を抱く。

テジトッキから声が聞こえなくなってから震える手でぬいぐるみを抱きしめ、大丈夫と自分に言い聞かせてきた日々。終わりの見えない不安に押しつぶされそうな心を抱えている間、ミニョの時間は止まっていた。ようやくそれが動き出した今、安堵感が全身を包み張りつめていた気が緩んだからか、足に力が入らなかった。

 

「オッパは・・・オッパは!?」

 

「アメリカの病院にいるらしい、ギョンセ氏から連絡があった。ずっと昏睡状態だったが意識が戻ったって」

 

「私、行かなくちゃ・・・オッパに会いに!」

 

ミニョは涙を拭うとうまく力の入らない足に何とか力を入れ、ミナムの腕にすがりつきながらよろよろと立ち上がった。

 

 

 

                  

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「ごめんなさい、汚しちゃった」

 

ひとしきり泣いたミニョは呼吸を整え、すんと鼻をすすると真っ赤になった目とテジトッキをこすった。

ミニョが泣いている間テギョンはずっと黙っていた。ちゃんとした身体があれば、ミニョの頭を胸に押しつけ優しく背中をなでてやるのにと思いながら、黙ったまま全身でミニョの涙を浴び続けていた。その結果、結構な量の涙とそれよりは少し少ない鼻水をその身体で受け止めたが、文句は言わなかった。

 

「でも本当によかったです、生きてて・・・生きてるって判って。またオッパに会えるんですね」

 

一度は落ち着いたミニョだったが自分の発した言葉に感情が大きく揺さぶられたのか、再び頬を流れ落ちていく涙を何度も拭った。

 

「どうしてそんなにすぐに信じられるんだ?こんなありえないようなこと。死んだからここにいると思ってたのに・・・俺だってまだ混乱してるのに・・・」

 

「嬉しいことだからです。難しいことは考えません。それにありえないようなことには少し慣れました」

 

テジトッキの中にいることも、シヌの中に入れることも。

 

「確かにそうだな」

 

理由を考えずにはいられないテギョンだったが、ミニョの言うことにも一理あるとテジトッキの中で頷く。

 

「きっと事故にあった時、一瞬抜け出た魂が迷子になってここに来ちゃったんです。オッパは方向音痴ですから」

 

以前、街中で迷子になったことがあった。「俺が連れてってやる」というテギョンに従いついて行ったが、同じところを何度もぐるぐる歩き回り、ようやく事務所にたどり着いたのは夕方。歩き疲れ、ホッと息をついた時に見た“どうだ、ちゃんと着いただろ”と言わんばかりにニッコリと笑ったテギョンの顔は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

 

「俺は方向音痴じゃない、もしそうならここにだってこれないだろ。ミニョに会いたくてここに来たんだって、そう思わないか?なんたって俺はミニョと違って器用だからな」

 

ここにいるのがテジトッキではなく本当のテギョンなら、きっとその顔には得意げにニンマリとした笑みが浮かんでいただろう。

あの時のように。

無表情のはずのテジトッキも笑っているように見えると、ミニョは目尻に残った涙を拭い、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

どうしたら元の身体に戻れるのか・・・

ミナムから自分は生きていると聞いた時からテギョンはずっと考えていた。

しかし気がついた時にはテジトッキの中にいたテギョンにはその方法は皆目見当がつかない。それでも何かヒントになるようなことはないかと考えていると、そういえば・・・と、あることを思い出した。それは自分の中の奥深くに意識を集中した時、まるで夜空に輝く星のように小さな白い光があったことだった。夜空と違うのはその光が一つしかないということ。

シヌに入る時の光とは色も大きさもまったく違う光。

今まで気にもとめなかった・・・というより、わざと気にしないようにしていたのは何となくその光が寒々しく見え怖かったから。何だかその光に近づくと、吸いこまれて二度と戻ってこられないような気がしたから。

今ある意識も消え、完全にこの世から消滅しそうな気がして。

しかしもしもそれが自分の身体への入り口だとしたら・・・・・・

一度そう思うとそれ以外にはないような気がした。

ちゃんと身体に戻れるなんて確証はない。そして戻れたとしても必ず目覚めるという保証も。

それでもこのままでいるという選択肢はテギョンにはなかった。

 

「ミニョ、俺は元の身体に戻る。だから明日の朝、俺はここにはいない。でも必ずファン・テギョンとして帰ってくるから、待っててくれ」

 

戻れるかどうか判らない、とは言えなかった。そんなことを言えばミニョが不安な気持ちになるだろうし、気弱な姿は見せたくなかったから。

 

「・・・はい、私待ってます、オッパが帰ってくるのを。ですからきれいな看護師さんがいても浮気しちゃダメですよ」

 

「おまえこそ浮気するなよ。他の男はもちろん、シヌとジェルミにも優しくしなくていいからな。会話は必要最低限にしとけ。なるべく顔もあわせるな。それから・・・」

 

いろいろ注意事項を伝えるテギョンに、オッパはやきもち焼きですねとミニョはくすくす笑ったが、こぼれ落ちそうになった涙を見られないようにテジトッキを抱きしめると、震える唇を静かに噛んだ。

 

 

 

                  

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