星の輝き、月の光 -5ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

喜びの涙を浮かべるでもなく、嬉しくてその場をピョンピョン跳びはねるでもない。そして大勢の患者がいる場所だから踊り出さなかったのでもないということは、ミニョの顔を見れば一目瞭然だった。

表情を色で表すとしたら今のミニョは暖色系でも寒色系でもなくグレーだろう。

この病院で目覚めてから、テギョンは思うように動かない自分の身体に対するいら立ちをミニョにぶつけたこともあった。しかしミニョはそれをやんわりと受け止め、嫌な顔ひとつせずリハビリにも毎日つきあってくれた。早く退院できるといいですねといつも言っていたのはミニョだった。だから退院の話を聞いてミニョが喜ばないはずはないと思っていたのに・・・・・・

沈んだ表情を見せるという思いもよらない反応に、テギョンはミニョの顔をのぞきこんだ。

 

「嬉しくないのか?もしかして、二人きりの時間が減るから寂しいのか?」

 

「あ・・・いいえ、あの、その・・・・・・う、嬉しいです!退院おめでとうございます!」

 

とってつけたような祝いの言葉には感情がこもっておらず、空々しく聞こえる。どうも様子がおかしなミニョにテギョンが訝しげな顔を向けていると、不意に現れた看護師がミニョに後ろから声をかけた。

 

「よかったわ見つかって。はい、これ診察室に忘れてたわよ」

 

そう言って笑顔でミニョに手渡したのは薄手のカーディガン。桜の花のように淡いピンクのそれはミニョのお気に入りでテギョンもよく知っているものだった。

 

「診察室って・・・どこか悪いのか?」

 

昨日帰る時は特に変わった様子はなかった。さっき歩いて近づいてきた時もどこかケガをしているようには見えなかった。

テギョンの問いにすぐには答えられないようで、悩んでいるのかあいまいな笑顔を見せたミニョは口ごもりながら顔を俯けた。

 

 

 

 

 

「部屋で話します」

 

外来棟から入院棟への移動中、松葉杖で歩くテギョンを気遣う様子も普段通りで何も変わらない。ただ、部屋で話すと言ったからか、廊下ではそれらしいことはひと言もしゃべらなかった。

病室に戻ってからも沈黙は続き、しばらくは今日の天気のようにどんよりとした空気に包まれ、はっきりとしない時間が流れた。やがて、あの、その、と控えめながらも一応説明をしようとする姿勢は見せるが、よほど話しづらい内容なのかミニョの話はまったく進んでいかない。というより始まりもしない。

“食べ過ぎてお腹をこわしました”とか“昨夜ちょっと呑みすぎて二日酔いがひどくて・・・”とか、はじめは笑って済ませられる内容かと思っていたテギョンも、徐々にその眉間にはしわが深く刻まれていった。

テギョンの顔を真っ直ぐに見ることができないのか、逃げるように窺うようにミニョの視線はうろうろと辺りをさまよう。そして何度目かの意味を成さない言葉を口にした後、意を決したように大きく息を吸うと、視線はテギョンから外したままポツリポツリと話し始めた。

ミニョの話は事故直後まで遡った。

飛行機が墜落したと聞いた時の衝撃。

行方不明だと判った時の動揺。

目の前が真っ暗になり、平衡感覚も時間の流れもなくなった瞬間。

みんなに心配をかけたくないと気丈に振る舞っていたが、心の中は怖くて不安に押しつぶされそうで震えていた。

ご飯を食べても吐いてしまい、夜もなかなか眠れない。寝てもすぐに目が覚め浅い眠りの毎日。テジトッキとなって現れたテギョンとの再会の後も、身体の芯にいつも大きな重たい石を抱えているような気分だった。

そんな感じだったからか、その日その日を過ごすことで精一杯で自分の身体のことを気にかけている余裕はなかった。

そしてこの場所でのテギョンとの再会。

心の底から安堵して、やっと苦痛だった朝が楽しみなものへと変わったのに、ふと気づけば何だか体調が優れない。思い返してみると、ずいぶん前からそんな状態が続いていた気がする。ひどく身体がだるかったり、気分が悪かったり。余計な心配をかけたくないとテギョンには言わなかったが、病院へ来るのが遅くなる原因の一つは体調不良だった。

 

「オッパが事故に遭ったって聞いてから精神的にすごく不安定で、それが体調にあらわれてたのかなって思ってたんです。でもこうやってオッパと会うようになってからもよくならなくて。何かへんだなって思ってて、どうしてだろうって考えてたら昨日の帰りにあることに気づいたんです。ん?この場合あることじゃなくて、ないことなのかな。で、まさかとは思ったんですけど、もしかしたらとも思って・・・」

 

黙って聞いていたテギョンは何だかよく判らなくなってきたミニョの話に首を傾げる。

 

「結局何が言いたいんだ?」

 

「あの、だから、つまり、その、えーっと・・・」

 

ミニョはゆらゆらと足もとにあった視線を移動させ、テギョンの顔を見るとサッと逃げるように床を見た。

 

「ごめんなさい、私・・・・・・・・・・・・妊娠、しました・・・」

 

 

 

                  

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テギョンの退院が決まった。

退院後もしばらくはリハビリのため通院は必要になるが、それはこの病院でなくてもよく韓国でもできる。自由に外出することのできない今のいろいろと制限のある生活からやっと解放されると思うと、テギョンの頬は緩んでいた。

アン社長へ連絡をしてこれからのことを相談して、帰国はひっそりと・・・・・・頭の中でざっと今後の予定を立てた。

 

 

事務所の中でもテギョンが帰ってくる日を知っているのはごく一部の人間だけ。しかし秘密裡に帰国したのにどこから嗅ぎつけてきたのか、空港には大勢のマスコミの姿が。なるべく目立たないようにと地味な恰好をしてもあふれ出るオーラは隠しきれないようで、早々に見つかってしまう。一瞬の表情も逃すまいとカメラのフラッシュが洪水となってテギョンを出迎えた。

 

「退院おめでとうございます」

 

「ケガはもう大丈夫なんですか」

 

「テギョンさんだけ別の飛行機に乗ったんですよね」

 

「別行動したのは何か理由があったんですか」

 

「メンバー内で対立があるという話も聞いてるんですが」

 

矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐。ぐるりと取り囲まれ身動きもできず・・・

 

 

想像しただけでうんざりするような状況が簡単に思い浮かんだ。

退院できると聞いて浮かれていた心に氷水をかけられた気分になり、眉間にしわを寄せたテギョンは頭を振った。

 

「マ室長にどこにも情報が漏れないようにと釘を刺しておかないとな」

 

ベッドから下り、松葉杖に体重をのせると窓辺に立った。

 

「晴れてないのか」

 

カーテンを開けると空には雲が広がっていて眉間のしわが更に深くなった。少し沈みかけた気分を青空でも眺めて上昇させようとしたのに、空は期待に反してどんよりと曇っていた。

この病院で目覚めてから、カーテンは外光を取りこむためだけに開けていて今まで天気は気にしていなかった。晴れだろうが雷雨だろうが、病院内しか移動できないテギョンにとって天候はどうでもいいことだったから。しかし“退院”の二文字はそのどうでもいい事柄を多少は興味のあるものへと変えた。今まで気にもとめなかった空を見つめ雲の切れ間からのぞく光を見つけると、何だか嬉しくなった。

視線を下ろせば中庭の緑が目に入ってくる。花壇に植えられた花は患者の心を和ませるように鮮やかに咲いていた。

 

「そういえばこの前、中庭を通ってきたと言ってたな・・・おい、テジトッキ、ミニョは今日も来るのが遅いが一人でのんびりと散歩でもしてるのか?」

 

サイドテーブルにちょこんと座るテジトッキに声をかけながら、もしかしたらあそこにミニョがいるかもと思いテギョンは部屋を出た。

 

 

 

 

 

廊下を歩きながら退院のことをミニョに告げたらどんな顔をするだろうかと考えた。

うっすらと涙を浮かべながら噛みしめるように喜ぶか、全身で嬉しさを表すようにピョンピョン跳び上がって喜ぶか。ニコニコと満面の笑みでクルクルと踊り出すかもしれない。

 

「こないだ言ってたことがやっと実現できるな」

 

「何のことですか?」

 

「広いベッドで一日中一緒にいられる」

 

さらりとそう言って、赤くなった顔で目を泳がせているミニョの顔をのぞきこむのもいい。

「何言ってるんですか、そんなことより・・・」と話を逸らそうとする耳元に「期待してただろ」と囁いてやるか。

楽しい妄想は尽きない。

あれこれと考えつつ、ふと鏡に映った自分の顔は緩むというよりニヤけていて、テギョンは他に誰も乗っていないエレベーターでキョロキョロと辺りを見回すと咳払いをした。

松葉杖をつきながら歩き始めて数分後、テギョンは首を傾げ立ち止まった。妙な妄想をしていたからか、それとも普段は病室とリハビリルームの往復くらいしかしていないからか、同じ病院の敷地内にあるというのに中庭への道がよく判らない。何となくこっちかなという勘を頼りに歩いていたが、なぜか隣の外来棟へ来てしまっていた。

そこは内科や外科、眼科や小児科などいくつもの診療科が同じフロアにあり、大勢の患者が診察を待っている。どうやらこの先には自分の目的地はなさそうだと踵を返しかけた時、よく知った人影が視界の端に入り、テギョンは振り返った。

 

「ミニョ?」

 

近づいてくる人影は俯きぎみで歩いているせいか、テギョンには気づいていないようだった。いや、何か考え事をしていて周りが見えていないように見える。その証拠に、ほんの数メートル歩く間に三人にぶつかっていた。すぐそばまで来たのにまだ気づかないようで、声をかけると目の前にいるテギョンに驚きミニョは小さな叫び声をあげビクリと身体を震わせた。

 

「こんなとこで何してるんだ」

 

「えっ!?あのっ、そのっ、えっと・・・・・・・・・オッパこそどうしてここに?」

 

「俺か?俺は中庭に・・・いや・・・・・・あ、そうだ!今週末に退院できることになったぞ。アン社長にはこれから連絡するが、きっとすぐ仕事の話になるだろうな。ステージに立つのはもう少し先になるが退院すればボイストレーニングも楽器の演奏もできる。忙しくなるぞ、俺を待ってるファンは大勢いるからな」

 

上機嫌のテギョンはフフンと胸を張り「おめでとうございます!」という明るい声を期待したのに、ミニョの顔は戸惑うような困ったような、とにかくテギョンが想像していたのとはまったく別の表情をしていた。

 

 

 

                  

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宿泊しているホテルを出てバスに揺られること数十分。窓から見えてきたのは数年前に建て替えられたという巨大な病院だった。

吹き抜けのゆったりとしたロビーには座り心地のよさそうな大きな一人掛けのソファーがいくつも並び、患者や近隣の人たちにも癒やしを・・・と、毎月行われるコンサートのためか、中央にはグランドピアノが設置されている。壁には有名な絵画が何枚も飾られていて、まるでホテルのロビーのような設備に、初めてここを訪れた時ミニョはテギョンに会うため焦っていて、タクシーの運転手に間違った場所を伝えてしまったと泣きそうになった。

何度来ても病院とは思えないロビーは、うっすらと消毒液のにおいがするのがアンバランスで不思議な感覚に包まれる。ミニョはここのコンサートはまだ見たことはないが、早くテギョンがここで演奏できるくらい回復するといいなと思いながら、入院病棟へと向かった。

エレベーターで目的の階に降り、毎日通ううちに顔見知りになった人たちとすれ違いざま軽くあいさつをする。テギョンの部屋の前に立つとゆっくりと深呼吸をしてからノックした。

 

「今日は・・・40分35秒遅刻だ」

 

ドアが開いた瞬間、持っていた時計から視線を入り口へと向けたテギョンは不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、口を尖らせた。

 

「昨日は10分50秒でその前は6分13秒。最近だんだんと来るのが遅くなってるな、たるんでるんじゃないか。どこで油売ってたんだ」

 

「中庭を通ってきたんで少しだけ遠回りですけど、急いできました。トイレには寄りましたけど・・・あ、バスが遅れました」

 

「チッ、バスか・・・・・・・・・じゃあ仕方ないな」

 

バスが遅れるのはよくあること。知ってはいるが気持ち的にはすんなりと納得できないテギョンは、拗ねている子どものようにムスッとした表情で尖っていた口を動かした。

 

「はい、仕方ないんです。でも・・・遅刻って何ですか?来る時間決めてませんよね。リハビリは午後からだし・・・」

 

「暇なんだ、文句言ってないでさっさと来ればいい」

 

「もう、そんなに早く私に会いたいんですか?」

 

くすりと笑うミニョにテギョンは咳払いで返事をした。

 

「暇だと言っただろ。一人でいても退屈で仕方ない、話し相手が必要だ」

 

「寂しいんですね・・・判ります、こういう場所は一人でいると特に寂しさが身にしみるんです」

 

「暇なだけだ」

 

「でも大丈夫です、今日はいいものを持ってきました」

 

そう言って“ジャーン”と擬音つきで紙袋から取り出したのはテジトッキ。抱っこをすると、テジトッキですよーと手を持って振った。

少し前までは一日中ずっとどこへ行くにも一緒だったテジトッキ。毎日テギョンと会っているのにそばにいないと何だか心に穴が空いてしまったように寂しくて、韓国から送ってもらっていた。

 

「私がいない間はこの子とお話ししてください」

 

「いくら暇でも俺がぬいぐるみ相手に会話すると思うか?」

 

「でもしゃべりかけたり手をつないで歩いてるとこを見たって、ずいぶん前にジェルミから聞いたことが・・・」

 

「そ、それは・・・見間違いだ、俺はそんなことしてない、するわけないだろ」

 

気まずそうにコホンと咳払いした口は否定しているが、スッと外した視線は泳いでいて説得力は少しもない。

 

「恥ずかしがらなくてもいいんですよ。私だってこないだまでは一日中おしゃべりして、お出かけも寝る時もずっと一緒でしたし」

 

「それは俺がそこにいたからだろ」

 

「でも不思議ですね、どうして私にだけオッパの声が聞こえたんでしょう・・・」

 

「それは未だに判らないな・・・って、俺に近づけるな」

 

ミニョはベッドで上半身を起こして座っていたテギョンの横に、ちょこんとテジトッキを座らせた。

テギョンは隣に来たテジトッキと距離を取ろうとしているのか、ズリズリとベッドの端に身体を移動させている。

 

「どうして避けるんですか」

 

「またこいつの中に入ったらどうする」

 

「もうオッパは昏睡状態じゃないんですから大丈夫ですよ」

 

「そう言い切れるのか?俺だって入ろうと思って入ったわけじゃないんだぞ。何かの拍子に入るかもしれないだろ」

 

「それはそうですけど・・・」

 

「俺はできる限り不安要素とは近づきたくない」

 

「心配性ですね」

 

「リスクマネジメント能力が高いんだ」

 

ミニョはテジトッキの方を見ようともしないテギョンに、何だか大切な家族を否定されたような寂しい気持ちになった。

 

「もし・・・万が一、オッパがまたテジトッキに入っちゃっても、私が元に戻るお手伝いをします」

 

「手伝い?どうやって」

 

「それは、えーっと・・・」

 

しばらく視線を上へ向け「う~ん・・・」と考え込んでいたが、何かひらめいたのかミニョの身体が動いた。

ギシリとベッドが軋む。

膝に体重をかけベッドへ這い上がったミニョはテギョンの頬を両手で包むとまつげを伏せた。

あっという間の出来事だった。

それはまるで風になびくカーテンに撫でられたかのようなふわりとした感触。

急接近してきたミニョの唇はテギョンに触れると余韻に浸る間もなく離れていく。俯けている顔をのぞきこめば、恥ずかしさからか赤く染まっていた。

 

「俺は眠れる森の美女か?でもまあ、確かに俺がテジトッキの中に入った状態で自分の身体にこんなことしてるの見せられたら、きっと何としても戻るだろうな」

 

ベッドが揺れた反動でころんと倒れたテジトッキの目は二人をじっと見つめていた。

ミニョにしてはいいアイデアだと笑うが一押し足りないとテギョンの手が伸びた。

 

「こんな一瞬じゃ何が起こったか判らないじゃないか。もっと俺の魂を揺さぶってくれないと」

 

ミニョを引き寄せるとさっき逃げるように去っていった唇を捕らえ深く口づけた。

 

 

 

                  

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