テギョンの退院が決まった。
退院後もしばらくはリハビリのため通院は必要になるが、それはこの病院でなくてもよく韓国でもできる。自由に外出することのできない今のいろいろと制限のある生活からやっと解放されると思うと、テギョンの頬は緩んでいた。
アン社長へ連絡をしてこれからのことを相談して、帰国はひっそりと・・・・・・頭の中でざっと今後の予定を立てた。
事務所の中でもテギョンが帰ってくる日を知っているのはごく一部の人間だけ。しかし秘密裡に帰国したのにどこから嗅ぎつけてきたのか、空港には大勢のマスコミの姿が。なるべく目立たないようにと地味な恰好をしてもあふれ出るオーラは隠しきれないようで、早々に見つかってしまう。一瞬の表情も逃すまいとカメラのフラッシュが洪水となってテギョンを出迎えた。
「退院おめでとうございます」
「ケガはもう大丈夫なんですか」
「テギョンさんだけ別の飛行機に乗ったんですよね」
「別行動したのは何か理由があったんですか」
「メンバー内で対立があるという話も聞いてるんですが」
矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐。ぐるりと取り囲まれ身動きもできず・・・
想像しただけでうんざりするような状況が簡単に思い浮かんだ。
退院できると聞いて浮かれていた心に氷水をかけられた気分になり、眉間にしわを寄せたテギョンは頭を振った。
「マ室長にどこにも情報が漏れないようにと釘を刺しておかないとな」
ベッドから下り、松葉杖に体重をのせると窓辺に立った。
「晴れてないのか」
カーテンを開けると空には雲が広がっていて眉間のしわが更に深くなった。少し沈みかけた気分を青空でも眺めて上昇させようとしたのに、空は期待に反してどんよりと曇っていた。
この病院で目覚めてから、カーテンは外光を取りこむためだけに開けていて今まで天気は気にしていなかった。晴れだろうが雷雨だろうが、病院内しか移動できないテギョンにとって天候はどうでもいいことだったから。しかし“退院”の二文字はそのどうでもいい事柄を多少は興味のあるものへと変えた。今まで気にもとめなかった空を見つめ雲の切れ間からのぞく光を見つけると、何だか嬉しくなった。
視線を下ろせば中庭の緑が目に入ってくる。花壇に植えられた花は患者の心を和ませるように鮮やかに咲いていた。
「そういえばこの前、中庭を通ってきたと言ってたな・・・おい、テジトッキ、ミニョは今日も来るのが遅いが一人でのんびりと散歩でもしてるのか?」
サイドテーブルにちょこんと座るテジトッキに声をかけながら、もしかしたらあそこにミニョがいるかもと思いテギョンは部屋を出た。
廊下を歩きながら退院のことをミニョに告げたらどんな顔をするだろうかと考えた。
うっすらと涙を浮かべながら噛みしめるように喜ぶか、全身で嬉しさを表すようにピョンピョン跳び上がって喜ぶか。ニコニコと満面の笑みでクルクルと踊り出すかもしれない。
「こないだ言ってたことがやっと実現できるな」
「何のことですか?」
「広いベッドで一日中一緒にいられる」
さらりとそう言って、赤くなった顔で目を泳がせているミニョの顔をのぞきこむのもいい。
「何言ってるんですか、そんなことより・・・」と話を逸らそうとする耳元に「期待してただろ」と囁いてやるか。
楽しい妄想は尽きない。
あれこれと考えつつ、ふと鏡に映った自分の顔は緩むというよりニヤけていて、テギョンは他に誰も乗っていないエレベーターでキョロキョロと辺りを見回すと咳払いをした。
松葉杖をつきながら歩き始めて数分後、テギョンは首を傾げ立ち止まった。妙な妄想をしていたからか、それとも普段は病室とリハビリルームの往復くらいしかしていないからか、同じ病院の敷地内にあるというのに中庭への道がよく判らない。何となくこっちかなという勘を頼りに歩いていたが、なぜか隣の外来棟へ来てしまっていた。
そこは内科や外科、眼科や小児科などいくつもの診療科が同じフロアにあり、大勢の患者が診察を待っている。どうやらこの先には自分の目的地はなさそうだと踵を返しかけた時、よく知った人影が視界の端に入り、テギョンは振り返った。
「ミニョ?」
近づいてくる人影は俯きぎみで歩いているせいか、テギョンには気づいていないようだった。いや、何か考え事をしていて周りが見えていないように見える。その証拠に、ほんの数メートル歩く間に三人にぶつかっていた。すぐそばまで来たのにまだ気づかないようで、声をかけると目の前にいるテギョンに驚きミニョは小さな叫び声をあげビクリと身体を震わせた。
「こんなとこで何してるんだ」
「えっ!?あのっ、そのっ、えっと・・・・・・・・・オッパこそどうしてここに?」
「俺か?俺は中庭に・・・いや・・・・・・あ、そうだ!今週末に退院できることになったぞ。アン社長にはこれから連絡するが、きっとすぐ仕事の話になるだろうな。ステージに立つのはもう少し先になるが退院すればボイストレーニングも楽器の演奏もできる。忙しくなるぞ、俺を待ってるファンは大勢いるからな」
上機嫌のテギョンはフフンと胸を張り「おめでとうございます!」という明るい声を期待したのに、ミニョの顔は戸惑うような困ったような、とにかくテギョンが想像していたのとはまったく別の表情をしていた。