さらりとした風が無地のカーテンをなびかせた。
隙間から入りこんだ午後の日差しがテギョンの顔を照らす。
誘うような光が覚醒を促したのか、眉間にしわを寄せながら、ゆっくりとまぶたが開いた。
目に映るのは病室の無機質な天井。
しばらくその飾り気のない石膏ボードを見つめ、大きく息を吸うと重く感じる身体に力を入れた。
ケガ自体は概ね治っているが、事故後長い間眠ったままだったテギョンの身体はかなり筋力が低下していた。目が覚めるたびに自由に動けるかもと劇的な回復を期待するが、そんな魔法みたいなことは起こらず、自分の肉体なのに頭の命令通りにはすんなりと動いてくれない四肢を意思の力で動かした。
地道にリハビリに励む毎日。その甲斐あって昏睡状態から醒めたばかりの頃と比べたらずいぶん動けるようにはなっていた。それは医者が驚くほどのスピードで。しかし今、昨日まで動いていたはずの右腕が重くて上がらず、しかも指先がピリピリと痺れていることに気づいた。
一度回復した機能が寝ている間に悪くなるなんて医者からは聞いていない。
不安に駆られ顔を向ければ、そこにあったのは前腕に乗っかっているミニョの頭。
ホッとしたと同時にそれ以外の感情もわき起こった。
「おい・・・俺の腕を枕にして寝るな」
「う~ん・・・はっ!すみませんっ!!」
椅子に座ったままベッドで眠るテギョンの腕に頭を乗せていたミニョは、不機嫌そうな声に反射的に身体を起こすとそのままの勢いで椅子から立ち上がった。
「いくらそこはケガしてないからって・・・」
しかし立ち上がった直後、ミニョの身体はぐらりと大きく揺れた。倒れることはなかったが立っていられないのか、ついさっきまで座っていた椅子に、ドスンと腰を下ろした。
「急に立ち上がったんでちょっと立ちくらみが・・・」
気まずさをごまかそうと、ハハハとミニョが笑った。
事故の後、初めてテギョンが自分の身体で目を覚ました時、目に入ったのは知らない天井と知らない顔だった。ぼんやりとした意識の中、今いる場所、その理由とケガの説明を医者から受けると、少しずつ今までのことを思い出し、ちゃんと自分の身体に戻ってきたんだなと心の底から安堵した。
暗く長いトンネルをやっと抜けだし光のあたる場所へやって来たような気分。しかしステージで浴びる高揚感あふれる華やかなライトを想像していた光は、予想に反し一本のろうそくのようにずいぶんと心許ないものだった。
痛みを伴い鉛のように重く感じる身体は本当に自分のものなのかと疑うくらい思い通りにならない。その歯がゆさはテジトッキの時の比ではなかった。自分の身体に戻りさえすればすべてうまくいく、そう思っていたのに、簡単にはいかない現実に奥歯を噛みしめた。
ミニョと再会したのはリハビリを始めて間もない頃だった。病室の入り口に立つミニョはその大きな目に涙をいっぱいにためていた。震える唇は噛みしめられ息が詰まったような呼吸をしていた。恐る恐る伸びた指先がテギョンの頬に触れると、とどまりきれなくなった涙が嗚咽とともにこぼれ落ちた。
「よかった・・・」
消え入りそうな呟き。ずいぶん久しぶりに声を聞いた気がした。
あの時頬に触れたミニョの指はひんやりとしていて気持ちよかったのを今でもはっきりと憶えている。瞳に互いの姿を映すことができたのがたまらなく嬉しかった。テギョンがぎこちない動きで手を伸ばすと、ミニョはそれを愛おしそうに優しく両手で包みこんだのに・・・
それが今ではケガ人の腕を枕にして平気で寝ているとは・・・あの感動の再会はどこへ行ったんだとテギョンは口元を歪めた。
「別に毎日来なくてもいいぞ、付き添いが必要なわけじゃないし余分な枕はないしな。毎日リハビリにつきあう必要もない」
ブンブンとミニョが頭を振った。
「寝るつもりもオッパの腕を枕にするつもりもなかったんです!ただ、オッパの寝顔がすごく穏やかで、見てたら安心して私まで眠たくなっちゃったというか・・・」
「ふうん・・・・・・」
わたわたと慌てるミニョを見て尖っていたテギョンの口の端がわずかに上がる。
「眠いなら・・・そうだ、ちょうどここにはベッドがある。ちょっと横になるか?」
テギョンが指さしたのは自分が寝ているベッド。重い身体をゆっくり起こすと誘うように布団をめくった。
ミニョの顔が赤くなる。
「なっ!・・・こ、ここは病院ですよ!」
「だからちょうどいいんだろ。体調を整えるには一番ふさわしい場所じゃないか」
個室だから他に誰もいなければ人目もない。部屋の主である自分がいいと言ってるんだから何か問題があるのか?とすました顔でテギョンが言った。
「えっ、あのっ、でもっ、そのっ、狭いですし・・・」
心の中で葛藤しているのか、チラチラと辺りを見ながら口ごもるミニョの様子がおかしくてたまらない。
「プッ・・・・・・俺は今からリハビリに行くから、その間この空いたベッドで休んでいろと言ったんだ」
もじもじと俯いていたミニョが顔を上げた。拳を口に当て、クックッと笑うテギョンと目が合い、ミニョの顔は更に赤くなる。
「からかったんですか!?」
「勝手に勘違いしたんだろ。まあ一緒に寝たい気持ちは判るが、もうちょっと待ってくれ。退院したら広いベッドで誰の目を気にすることもなく、一日中でも一緒に寝てやる」
テギョンがニンマリと笑った。