ひとりの夜はうさぎを抱きしめて 32 | 星の輝き、月の光

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

新しい朝が来ますようにと思いながら眠りについたのに、いざ朝になってみるとミニョは今までと違うかもしれないことが怖くなった。

変化を受け入れるのは時として痛みを伴う。

それでも勇気をふりしぼってテジトッキへ声をかけた。

 

「おはようございます」

 

恐る恐る。

確かめるように。

すぐに返事がないのは初めてではないし、珍しいことでもないが、その日は五分経っても十分経っても、一時間経っても半日経っても、テジトッキから声がすることはなかった。

テギョンが入っていた時は動けないのになぜか生き生きとして見えた目。

でも今はそのくりっとした黒い目は、まるで死んだ魚の目のようにどんよりとただそこにはりついているだけで、生気も何も感じられない。

ベッドの上にぽいっと放っても、床の上をころころと転がしても文句を言わない。

それはぬいぐるみとしてはあたりまえのことなのに、まるで自分一人が昨日までいた世界とは別世界に来てしまったようで心細くなる。

そしてその日からテジトッキはしゃべらなくなった。

 

 

 

 

 

カーテンを開ければそこには苦しくなるほどの清々しく青い空が広がっていた。

 

「おはようございます」

 

ミニョの毎朝の日課。

声をかけ、テジトッキの両脇の下に手を入れて抱きあげると、くりっとした目をのぞきこむ。軽く揺すってみて返事がないと、今度は床の上でころころと転がした。ペタンとお尻をついて膝を抱え、すぐそばでテジトッキを転がす。テギョンが入っていれば絶対に、「おい、やめろ!」と文句を言うのに、テジトッキは何も言わずころんころんとされるがまま。

何も反応がないのは嬉しいことなのか悲しいことなのか、ミニョには判らない。考えられないし、考えたくない。ただ寂しい気持ちはどんどん蓄積され巨大な風船のように大きく大きく膨らんでいった。

 

「オッパ、ちゃんと無事に戻れたかな・・・」

 

まるで外出先から家に帰れたか心配するような呟きにため息がもれた。

その直後、両手で自分の頬をピシャリと叩いた。思いの外いい音がして、じいんと頬が熱くなる。

 

「沈んでちゃダメね、信じなきゃ。オッパは絶対に自分の身体に戻ってる!ここにいないのがその証拠よね。だから私は待ってればいいの!」

 

自分に言い聞かせるように、怯える心を奮い立たせるように、わざと声を大きくすると顔を上げ両手をぐっと胸の前で握った。

少しでも前向きな気持ちでいられるように。

不安と期待が入り混じる日々をどれくらい過ごしただろう。

それはあの日テギョンから自分は生きていると告げられた時と同じように、突然、しかも騒々しくやってきた。

 

「テギョンが見つかった!生きてたぞ!」

 

バァン!と壊れるくらいの勢いでドアを開け、ドタドタと踏み抜きそうな激しい足取りで廊下を走ってきたマ室長は、大声で叫びながら一大ニュースを伝えた。

 

「テギョンが・・・テギョンが・・・・・・」

 

眼鏡の奥の細い目は赤くまぶたは腫れていて、頬を伝う涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。流れ出てくるものを本人は手の甲で拭いているつもりらしいが、傍から見たら塗りたくっているようにしか見えない。こんな時いつものミニョなら声をかけ箱ごとティッシュを渡すのに、今のミニョにそんな余裕はなく、マ室長の言葉に一瞬にしてこみあげてきた涙を胸の辺りでぐっと堪え、息を詰めていた。

 

「よかったー、よかったよな、ホントによかったよ」

 

他に言葉が見つからないのか、鼻をすすりながらひたすら「よかった」と連呼し続けるマ室長にジェルミが詰め寄った。

 

「ヒョンは今どこにいるの!?」

 

真っ先に近寄ってテギョンのことを聞きたかったのにミニョの足は床に縫いつけられたように動かない。大きく息を吸うと一気にあふれ出てきた涙が床に落ち、それとほぼ同時にミニョの身体はその場に崩れ落ちた。

 

「ミニョ、大丈夫か!?」

 

ミナムがミニョの肩を抱く。

テジトッキから声が聞こえなくなってから震える手でぬいぐるみを抱きしめ、大丈夫と自分に言い聞かせてきた日々。終わりの見えない不安に押しつぶされそうな心を抱えている間、ミニョの時間は止まっていた。ようやくそれが動き出した今、安堵感が全身を包み張りつめていた気が緩んだからか、足に力が入らなかった。

 

「オッパは・・・オッパは!?」

 

「アメリカの病院にいるらしい、ギョンセ氏から連絡があった。ずっと昏睡状態だったが意識が戻ったって」

 

「私、行かなくちゃ・・・オッパに会いに!」

 

ミニョは涙を拭うとうまく力の入らない足に何とか力を入れ、ミナムの腕にすがりつきながらよろよろと立ち上がった。

 

 

 

                  

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