星の輝き、月の光 -25ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

いつものポーカーフェイスのように、シヌの背中からは何も読み取ることができない。

しかし、しばらくすると、大きく息を吐いたのが俺の手に伝わってきた。


「やっぱりダメだなチンピラは。使えないうえに口も軽い」


いつも穏やかな微笑みを浮かべている顔からは想像できない冷たい声。

振り向いたシヌはフッと鼻で笑った。

それを見て俺は拳を強く握った。

俺は疑いつつも否定して欲しかったんだと思う。「何わけの判らないこと言ってるんだ」と。

だけど俺の思いはあっさりと裏切られ、その衝撃は必死で抑え込んでいたものをプツリと切った。


「シヌッ!」


俺はシヌへ殴りかかった。しかしシヌはそれを片足を少し後ろに引き、上体を斜めに向けるというわずかな動きでかわし、俺の拳は空を切るだけだった。


「やめとけ、ケンカでテギョンに勝ったって、嬉しくも何ともない」


目標物を失ってよろける俺を見るシヌの目は、まるで相手にならない格下の者を見るかのように冷めていた。

自分が勝つのは当然だとでも言いたげな笑いが、口元に浮かんでいる。


「俺だってケンカなんてするつもりはない。今のシヌにはその価値さえない。俺はただシヌが何をしたのか判らせたいだけだ」


はっきり言って俺は殴り合いのようなケンカをしたことがない。しかしシヌがケンカ慣れしてるんだろうということは、今の身のこなし方で判った。

勝てる相手じゃないということも。

それでも俺はシヌを殴りたかった。今までの人生で人を殴りたいと思ったのは初めてのこと。

それくらい今の俺は、自分の中に激しく湧き上がるものを相手にぶつけたかった。


「何であいつらに襲わせるようなこと!・・・ミニョは俺を好きだと言った。フラれた腹いせか?」


「腹いせ?俺はそんな一時の感情に流されるようなことはしない」


「じゃあ何で」


「ミニョは俺から離れたいと言ったんだ、もう俺に抱かれるのは嫌だと。だったら一度、他の男に抱かれてみればいいと思った。見ず知らずの男にヤられれば、俺とのセックスがどれだけよかったか、身に染みて判るだろ。それにもうテギョンには会いたくなくなるはずだ。自分の身に起きたことを知られないためにもね。そして俺はミニョの傍にいて、傷ついた心を癒してやる。震える身体を優しく抱きしめながら・・・一石二鳥だろ?いや、三鳥か?でも結局、計画はパー。テギョンのせいで無駄金を払っただけになったな」


睨みつける俺の視線を避けることなく、真正面から受け止めたシヌは、罪悪感など微塵も感じられない目で俺を見ていた。

シヌの話を聞きながら、俺の全身は震えていた。握った拳は手のひらに爪が食い込んでいる。


目の前の男は一体何を言ってるんだ?


シヌの考えは俺には到底理解できないことだったし、理解したいとも思わなかった。もっとも頭に血が上っていて、何かを考えるなんて煩わしいこと、今の俺にはできない。

シヌの言葉はただの意味不明な単語の羅列になって、脳の表面をすべり、感情を逆なでする。


「勉強になった。今度はもうちょっとマシなヤツを雇うよ」


涼しい顔でそう言い放つシヌに、身体が動いた。

俺はシヌの胸ぐらを掴むと、思い切り顔を殴った。

しかしシヌの左頬に当たったと思った俺の拳は、パシッという乾いた音とともにシヌの手のひらに収まっていた。



        1クリックお願いします

        更新の励みになります

                     ↓


にほんブログ村


 

「何か用か?」


この間ここに来た時、シヌは慌てた様子でそのまま二階へと駆け上がっていった。あの時はもうミニョは部屋にいなかったからシヌの好きにさせていたが、今は上にミニョがいる。俺はシヌの真正面に立ち塞がった。


「なきゃわざわざこんなとこ来ないよ。でも用があるのはテギョンじゃない、ミニョにだ」


シヌの口調は落ち着いていた。この間は焦りの色が見えた顔も、今はまったく普段と変わらない表情をしている。それはミニョがここにいるという確信と、いても構わないという余裕の表れのように感じられた。


「どうしてここにミニョがいると?」


「だって・・・・・・いるだろ?」


口の端に笑みを浮かべたシヌはさすがにそれだけじゃ足りないと思ったのか、説明を付け足した。


「今日ミニョと外で会う約束をしてたんだ。俺が遅れるけど待ってて欲しいと連絡したら、判りましたと返事が来た。だけど店にミニョの姿はなかった。誰かがミニョを無理矢理連れ出したとしか思えない。そしてそんなことをするのは、俺にはテギョン以外に思いつかない」


「待ちくたびれて帰っただけじゃないのか」


「ミニョは勝手に帰ったりしない。いや・・・俺が来るまでは帰れないはずだ」


きっぱりとシヌは言い切った。たとえどれだけ遅れようとも、ミニョが自分を待っているのは当然だとでも言いたげな口ぶり。

しかし、確かにその通りだった。シヌを待つために店を出ることを拒んだミニョ。あの様子じゃ俺が引っ張ってこなければずっと店にいただろうと簡単に想像できる。そしてどんなひどいことが起こったかも・・・

男たちの薄ら笑いを思い出すと、俺の怒りに再び火がついた。

チロチロと蛇の舌のように伸びる火は、放っておけばすぐに大きな炎となって俺を呑み込もうとする。しかし俺は込み上げる怒りをぐっと奥歯で噛み殺した。


「大した自信だな。・・・・・・・・・シヌの言う通り、俺がミニョを連れ出した」


「やっぱりな。店からここまで飛ばしてきた甲斐があったよ」


「店から?あの店に行ったのか?」


「さっきも言っただろ」


「ラジオ局からあの店に行って、ここへ来たにしては早過ぎないか?」


「そうでもない。ずっと高速をもの凄いスピードで走らせたから余裕だよ。あ、スピード違反は大目にみろよ」


シヌはキッチンとリビングを一瞥すると、「ミニョは上なんだろ」と、階段の方へ足を進めた。

俺は横を通り過ぎたシヌの肩に、ちょっと待てと手を置いた。


「高速か・・・あの道は今日、夜間工事でところどころ大幅な車線規制してたから、かなり混んでたぞ。それに事故もあって、俺が通った時はまだ警察も来てなかった。事故処理を終えるまでにはかなり時間がかかるだろう。その間、交通規制もずっと続く。つまり高速は工事と事故による渋滞で、スピードを出すなんてできなかったはずだ」


バーからここへ来るには高速を通るルートが一番早い。昼間は交通量の多いあの道も、普段の夜ならそれほど混まないからすんなり来れただろう。だけど今日は違う。出口手前で起きた事故は後続車の足を止め、途中で降りることもできない赤いテールランプが延々と連なる。

シヌの言った通り、店に寄ってからあの道を通りここに来たなら、どんなに急いでも着くのはもっと遅くなるはずだ。それがこんなに早く着いたってことは・・・


「シヌ・・・本当はあの店に行ってないだろ。突然現れたファン・テギョンに邪魔されたって、男から連絡があって、それで直接ここに来たんじゃないのか?」


シヌの背中に問いかけた。

それ以外に考えられない。

俺は肩に置いた手に力を込め、シヌの背中をじっと見つめた。




        1クリックお願いします

        更新の励みになります

                     ↓


にほんブログ村



 

あきらかにさっきまでとは違うミニョの反応。

不意打ちを食らった俺は焦った。

そんなつもりじゃなかった、という言い訳が通用するだろうか。

いや、言い訳も何も、本当にそうなんだから仕方ない。

「ヘンなとこ触ってましたね」「手つきがすごくいやらしいんですけど」そんな風に言われるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていた俺は、「終わりましたか?」と何事もなかったかのようにバスローブの裾を引き下ろすミニョに、ほっと胸をなで下ろした。


「あ、ああ・・・後は自分で塗っとけ、俺は喉が渇いた」


「はい、ありがとうございました」


声が上ずる。何だかまともにミニョの顔が見れない。

ミニョも俯いたまま、俺の方を見ようとしなかった。






冷蔵庫から取り出した青いビンで喉を潤すと、大きく吐き出した息とともに、速くなっていた鼓動が徐々におさまっていくのを感じた。


「ふうっ、危なかった・・・」


シルクのように滑らかな手触りは指先で感じるだけでも気持ちいい。シャワーの後だけあって、しっとりと水気を含んだ肌は、ふわふわもちもちしていていつまでも触れていたくなる。時々漏れ出る短い声は甘さを含み、俺の鼓膜をくすぐり誘惑しているようだった。

自分の体温が上昇していくのが判る。鼓動が速くなり、息苦しい。

悩ましげな表情。

思いもかけない反応。

あれは・・・・・・

椅子でよかったと、つくづく思う。もし座らせていたのがベッドだったら・・・・・・

あんな姿を見せられて、俺の高ぶった気持ちと身体を抑えられたかどうか。下心などないと、きっぱり言い切っておいて、すぐに押し倒してたんじゃ恰好がつかない。

雑念を振り払うように頭を振り、ごくごくと水を飲んでもう一度大きく息を吐いた。

心を静めて、熱を鎮めて。


「・・・よし、落ち着いた」


最後にもうひと口、と水を含んだ時、玄関の方からこっちに向かってくる足音が聞こえた。

みんなが出てってから、ここに来るのはマ室長くらい。マ室長の足音はもっとバタバタとしてるから彼じゃないことはすぐに判る。不審に思いそっちの方を見ていると、廊下を通り、姿を現したのはシヌだった。

それ自体は俺は驚かなかった。遅かれ早かれ来ると思ってたから。

ただ時間が早過ぎる。

その事実はまさかと思っていたことを裏付けるには十分で、シヌに対する不信感は大きかった。と同時に、身体の奥底からふつふつとした怒りが込み上げてきた。

それはバーで感じたものよりもはるかに大きく、俺の全身を呑み込もうと口を広げる。

怒りに呑まれるのは簡単だ。しかしあえて俺は抗った。

A.N.JELLとして過ごしてきた日々。数ヶ月前までひとつ屋根の下で暮らしてきた仲間として、シヌのことを信じたいと思う気持ちが、”とりあえず落ち着け”と俺の拳をなだめる。

あの男たちを金で雇ったのはシヌじゃないのか?という疑念を抱きながら、もう一方で、そんなはずはないという願いにも似た思いが俺の中で葛藤していた。




        1クリックお願いします

        更新の励みになります

                     ↓


にほんブログ村