「何か用か?」
この間ここに来た時、シヌは慌てた様子でそのまま二階へと駆け上がっていった。あの時はもうミニョは部屋にいなかったからシヌの好きにさせていたが、今は上にミニョがいる。俺はシヌの真正面に立ち塞がった。
「なきゃわざわざこんなとこ来ないよ。でも用があるのはテギョンじゃない、ミニョにだ」
シヌの口調は落ち着いていた。この間は焦りの色が見えた顔も、今はまったく普段と変わらない表情をしている。それはミニョがここにいるという確信と、いても構わないという余裕の表れのように感じられた。
「どうしてここにミニョがいると?」
「だって・・・・・・いるだろ?」
口の端に笑みを浮かべたシヌはさすがにそれだけじゃ足りないと思ったのか、説明を付け足した。
「今日ミニョと外で会う約束をしてたんだ。俺が遅れるけど待ってて欲しいと連絡したら、判りましたと返事が来た。だけど店にミニョの姿はなかった。誰かがミニョを無理矢理連れ出したとしか思えない。そしてそんなことをするのは、俺にはテギョン以外に思いつかない」
「待ちくたびれて帰っただけじゃないのか」
「ミニョは勝手に帰ったりしない。いや・・・俺が来るまでは帰れないはずだ」
きっぱりとシヌは言い切った。たとえどれだけ遅れようとも、ミニョが自分を待っているのは当然だとでも言いたげな口ぶり。
しかし、確かにその通りだった。シヌを待つために店を出ることを拒んだミニョ。あの様子じゃ俺が引っ張ってこなければずっと店にいただろうと簡単に想像できる。そしてどんなひどいことが起こったかも・・・
男たちの薄ら笑いを思い出すと、俺の怒りに再び火がついた。
チロチロと蛇の舌のように伸びる火は、放っておけばすぐに大きな炎となって俺を呑み込もうとする。しかし俺は込み上げる怒りをぐっと奥歯で噛み殺した。
「大した自信だな。・・・・・・・・・シヌの言う通り、俺がミニョを連れ出した」
「やっぱりな。店からここまで飛ばしてきた甲斐があったよ」
「店から?あの店に行ったのか?」
「さっきも言っただろ」
「ラジオ局からあの店に行って、ここへ来たにしては早過ぎないか?」
「そうでもない。ずっと高速をもの凄いスピードで走らせたから余裕だよ。あ、スピード違反は大目にみろよ」
シヌはキッチンとリビングを一瞥すると、「ミニョは上なんだろ」と、階段の方へ足を進めた。
俺は横を通り過ぎたシヌの肩に、ちょっと待てと手を置いた。
「高速か・・・あの道は今日、夜間工事でところどころ大幅な車線規制してたから、かなり混んでたぞ。それに事故もあって、俺が通った時はまだ警察も来てなかった。事故処理を終えるまでにはかなり時間がかかるだろう。その間、交通規制もずっと続く。つまり高速は工事と事故による渋滞で、スピードを出すなんてできなかったはずだ」
バーからここへ来るには高速を通るルートが一番早い。昼間は交通量の多いあの道も、普段の夜ならそれほど混まないからすんなり来れただろう。だけど今日は違う。出口手前で起きた事故は後続車の足を止め、途中で降りることもできない赤いテールランプが延々と連なる。
シヌの言った通り、店に寄ってからあの道を通りここに来たなら、どんなに急いでも着くのはもっと遅くなるはずだ。それがこんなに早く着いたってことは・・・
「シヌ・・・本当はあの店に行ってないだろ。突然現れたファン・テギョンに邪魔されたって、男から連絡があって、それで直接ここに来たんじゃないのか?」
シヌの背中に問いかけた。
それ以外に考えられない。
俺は肩に置いた手に力を込め、シヌの背中をじっと見つめた。
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