星の輝き、月の光 -20ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

芸能界はいいことも悪いことも、話題には事欠かない。

海外へ行くと決めた俺は、何か大きなネタにマスコミが集中している間にひっそりと韓国を出るつもりだった。


「一緒に行かないか?」


数日間の旅行ではない。場合によってはもう韓国には戻ってこないかもしれない。

俺の誘いにミニョは困った顔をして言葉を濁した。


「ごめんなさい、今はまだ・・・店長にはすごくお世話になったんで、もう少しお手伝いしたいんです」

 

今はまだ・・・ということは、完全に断られたわけではない、ということだよな。

しかし、すぐにいい返事がもらえると思っていた俺の口は尖った。

もう少し、というのがどれくらいなのか俺には判らない。一ヶ月か二ヶ月か、それとも半年なのかそれ以上か。もしかしたら、ミニョ自身も見当がつかないのかも。

急かすつもりはないが、今のままというのも・・・






夕方店に行き、そのまま閉店までいてミニョをアパートへ送り俺はホテルへ戻るという生活を続けていたが、その日はちょっと違っていた。


「あれ?道が違いますよ。・・・やだなあ、もしかして迷っちゃったんですか?もう、何回も通ってるのに」


「ち、が、う!迷ったんじゃない、ちょっと寄り道だ」


「本当ですか?」


疑いの眼差しを向けくすくす笑うミニョを睨みつけ、俺は車を走らせ続けた。

窓を開ける。

入り込んできたのは、この世に作り出されたばかりのような穢れのない澄んだ空気。時折強く吹く風が、ザワザワと木の葉を揺らす。

いつもならその音も躍動的なメロディーに聞こえるのに、今の俺にはそれを楽しむ余裕はなかった。

しばらくして車を停めたのは、一軒の家の前。門扉から玄関へと続く道はソーラーライトで照らされている。辺りは暗いが俺でも十分歩けるほどの光を放つ道を、ミニョの手を引き歩いて行った。


「中古を買ってリフォームしたんだ。あのホテルにいたら、いつまた喉をやられるか判らないからな」


だからといって、家を一軒買うなんて・・・とミニョは驚きながら呆れていた。それでも”俺の家”に興味津々みたいで、「あっち見ていいですか?」「こっち見ていいですか?」と好奇心いっぱいの目で、部屋をのぞいていた。


「水回りは全部新品に交換したし、床も壁紙も張り替えた」


「意外ですね、模様が可愛いです」


ミニョは壁をひと撫でし、くすりと笑った。

家は二階建て、そして屋上もある。

屋上へと続く階段を見つけると、ミニョは嬉々として上って行った。


「うわぁ、すごいです!」


屋上に出たミニョは夜空を見上げ、感嘆の声をあげた。


「そんなにすごいのか」


「はい、星がたくさん見えます」


「店やミニョの家からでも見えるだろ、俺には見えないが」


店やミニョの家も、ついでに言うなら俺の泊まっているホテルも周りは山ばかりだ。星を見るのに邪魔な光はほとんどない。


「でも坂道を登ってきましたよね」


確かにこの家は高いところに建ってはいるが。


「少しでも空に近い方が、星はよく見えるんです」


胸を張って答えるミニョ。

たかだか数十メートル高いからといって、星の見え方に違いがあるとは思えないが、どこにいても見えない俺には判らないことだった。

まあそんなことはどうでもいい。ミニョがこの星空を気に入ってくれたのなら、俺はそれだけで嬉しいし、満足だ。

ミニョは両手を空に伸ばし、小さな子どものようにはしゃいでいた。




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俺は今、ここから少し離れたところにある、小さなホテルに泊まっている。

ずいぶん昔、この辺りはきれいな渓流と美しい自然を求め、観光客が急増した時期があったそうだ。

その頃に建てられたホテルらしいが、何年か経ち、隣の山にスキー場ができると客はどんどん流れ、今では宿泊客はそれほど多くない釣り人くらい。古い設備を直す金もなく、空調の故障で俺が部屋を変えてもらったのはこれで何度目だろう。

どうして俺がミニョの部屋に転がりこまず、そんなオンボロホテルに泊まっているのか。

ミニョの住んでいるアパートは古い。

そして狭い。

しかし理由はそんなことではない。

ここはダメだと気付いたのは、ミニョの部屋に泊まった翌朝だった。






深く重ねていた唇を離していく。

ゆっくりと開かれるまぶた。

俺を見つめる大きな瞳。

恥ずかしげに頬を染め、時々くすりと笑みが漏れる。

ずっと欲しかった俺の平穏。


手は出さないと言った手前、それ以上のことはできないし、ヨリを戻したといっても俺たちがつき合っていた期間はかなり短い。いきなり身体を求めて嫌われるんじゃないかと恐れる気持ちもあり、俺はミニョを抱きしめたまま、まんじりともしないで朝を迎えた。

ミニョが眠れるようにと電気を消した部屋に、朝陽が射し込む。起き出すにはまだ早いし、何より腕の中で眠るミニョを放したくなくて、俺はそのまま布団にいた。

俺の耳に聞こえてくるのは規則正しいミニョの呼吸と、鳥の鳴き声、そして・・・話し声?

ボソボソと少しこもったような・・・いや、意外とはっきり聞こえてくる会話。

部屋に誰かいるのかと辺りを見回した。しかし部屋の中には誰もいない。それもそのはずだ、声は布団の横の壁から聞こえてくるんだから。

耳をそばだててみると男女の声で、朝ご飯がどうとか、今日は天気がいいとか言っている。それとこれは・・・テレビの音か?


俺は小声でミニョを揺り起こした。


「ミニョ、ミニョ」


うっすらと目を開けたミニョは隣にいる俺を見て大きく目を見開き、勢いよく身体を起こすと、布団の上にちょこんと正座をした。


「テ、テギョンさん!おは、おはようございますっ!!」


「声が大きい」


俺は人差し指を口に当て、静かにとジェスチャーで伝えると、その指で壁を指した。


「これ、隣の音が聞こえてるのか?」


「はい、年配のご夫婦なんですけど、とても早起きなんですよ」


隣が年寄りの夫婦だろうが早起きだろうがそんなことはどうでもいい。問題は、会話の内容が聞き取れるほど壁が薄いということだ。

向こうの声が聞こえるなら、こっちの声も聞こえるはず。


「・・・・・・・・・」


寝癖を気にして恥ずかしそうに笑うミニョを見ながら、自制してよかったとつくづく思った。と同時に、もうここには泊まれないとも。


そんなわけで、俺はなるべく近くのホテルを探し、あったのが問題の鄙びたホテルだった。

宿泊客はほとんどおらず、人目を避けるにはちょうどいいと思ったが、まさかこうもたびたび喉をやられる羽目になるとは。

まあ、そのおかげで社長を納得させられたんだから、あまり文句は言えないけどな。


しかし、ミニョの部屋には泊まれない、かといって他にホテルはない。

俺は喉を気にしながら、頭を悩ませていた。




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ミニョの部屋に泊まったのは一晩だけ。翌日にはホテルを探し、俺はそこへ移った。

部屋にこもり社長をどう説得するかを考えたが、なかなかいい案が思いつかない。しかしいつまでもこのままでいるわけにもいかず、とりあえず数日後に事務所へ行くと連絡をした。

約束の日の朝、俺は喉の痛みで目が覚めた。

 

「しまった・・・」


田舎の古いホテルは設備も古い。

空調が壊れたことに気づかず寝ていた俺は完全にやられた喉で事務所へ行き、アン社長とジェルミに沈痛な顔をさせた。




「急にやめるなんて言い出すから変だとは思ったんだ。どうして黙ってたんだ、言ってくれれば俺だって無理はさせなかったのに」


「ヒョン!やっぱり悪いとこがあったんじゃないか!」


自己管理を怠らない俺が、まさかエアコンで喉をやられたとは微塵も思わなかったんだろう。喉に問題を抱えていた俺の症状が悪化したと思ったらしい。

 



”A.N.JELL脱退、事務所退所、芸能界引退”

 



アン社長は了承してくれた。項垂れながら。

ジェルミも納得してくれた。目に涙をいっぱい溜めて。

俺とシヌの間に何かがあったことを薄々感づいていたのか、複雑な表情のミナムは何も言わず、本当の理由を知っているシヌは、もちろん黙ったままだった。

 



記者会見は短めに終わらせた。

引退理由は喉の不調のためと発表。

ミニョの言った通り、世間は大騒ぎになった。

グループ内の確執が本当の理由ではないかと噂が流れたが、最近メディアへの露出が急に減っていたことと、病院での俺の目撃情報が多数あったことから、発表の内容は間違いないのではないかという声も多かった。

ミニョを待ち伏せしていたことがこんな風に役立つとは、思いもよらなかったが。

”移籍”ではなく”引退”という言葉も、世間を納得させるのに役立っていた。


”引退”と聞いて慌てたんだろう。あらゆるメディアからオファーが殺到したが、すべて断った。すでに受けていた仕事は作曲が数曲。

ホテルに泊まっていた俺は事務所のスタジオにこもり、曲を仕上げた。そしてカフェに通っていた頃、ミニョを想いながら書いた曲を置き土産として社長に渡し、事務所を去った。





俺が事務所を辞めしばらくすると、カフェの店長が退院した。そして店を再開させたのでミニョもまたバイトに通い始めた。


陽が傾きかけた頃、あまり対向車とすれ違うことのないいつもの道を走り、俺は車を停めた。

カランコロンと小気味のいい音と、「いらっしゃいませ」という明るい声が俺を出迎える。

いつもの席へ座り、いつもと同じコーヒーを頼む。

客は俺一人。

コーヒーをのせ近づいてくるミニョの後ろ姿に、「お客さん来たら呼んで」と声をかけた店長は、店の奥へと消えて行った。

二人きりになった店で、ミニョは俺の向かい側の席に腰掛ける。

これが最近のパターンだった。


「店長の具合はどうなんだ」


「定期的に病院には通ってるし、お店は十分に休憩をとりながらやってるから大丈夫だって言ってました。それより・・・オッパ、声が変ですよ。記者会見で言ってたこと、やっぱり本当だったんじゃ・・・」


「あれは周りを納得させるために言っただけだと、前に説明しただろ」


以前病院で俺を見かけたというネットの情報を知ったミニョが心配そうな顔をしたが、あれは別の用事があって行ってただけで、診察を受けていたわけじゃないと説明していた。その用事が何かまでは教えていない。

ミニョを待ち伏せしてたなんてとても言えない。

あの時は会いたい一心で必死だったが、今思うとストーカーのようで怖がられそうだ。


「でも・・・やっぱり変ですよ。少し掠れてるし、気にしてるみたいだし」


確かに少し痛みはある。無意識に喉に手がいっていたようだ。

でもその理由ははっきりしていた。


「これは・・・あの古いホテルのせいだ!」


俺は痛みに顔をしかめた。





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