いつも俺を最初に出迎えてくれるのは、カランコロンというベルの音。
それに続くいらっしゃいませと言う声。
そして一杯のコーヒー。
ミニョが俺の前に座る。
「この店はいつも客がいないな」
客は俺一人。店長はコーヒーを淹れると奥へと消えて行った。
「午前中はお客さん多いんですよ、この時間帯は全然ですけど。それを知ってて来てるくせに」
客がいないと言われ、ミニョが少し膨れながらトレイをテーブルへ置いた。
「あたり前だ、お前を独り占めできないなら来ても意味がない」
年寄りの客ならいい。だが時々来るミニョ目当ての若い男に、仕事とはいえ笑顔を見せる姿は見たくない。もっともその男、今でも来ているかどうか判らないが。
「独り占めって・・・いつもしてるのに、まだ足りないんですか?」
「いつもじゃないだろう、仕事してる間はできないじゃないか」
「それはそうですけど・・・」
言葉を濁し、視線を落としたミニョ。俺は腰を上げると顔を近づけた。
俺の動きに気づいたミニョが、サッと上体を反らし距離をとる。
「オッパ、外ではしないでください。それに私は今、仕事中です!」
「察しがいいな」
上手くキスをかわしたミニョが軽く睨んでくる。
フフンと笑うと、俺はコーヒーをひと口飲んだ。
「ミニョだってしたじゃないか、屋上も外だぞ」
「あ、あそこは家だし・・・・・・あの時は、気持ちを伝えるのに、言葉だけじゃ足りなかったから・・・」
一ヶ月前、家の屋上でしたプロポーズ。
ミニョは顔を上げると、俺の首に腕を回し、耳元で囁くように「はい」と返事をした。軽く唇にキスをしてから。
初めてのミニョからのキスに驚いた俺は一瞬固まった。
辺りは暗く、あるのは月明かりだけ。それでもミニョが顔を真っ赤にしていたのはよく見えた。
あの時俺が握りしめていた婚約指輪は、今、ミニョの指にはない。代わりに左手の薬指で光っているのは、結婚指輪。俺は自分の左手にもある同じものをそっと撫でた。
ゆっくりと流れる時間。
A.N.JELLにいた頃はいくらあっても足りないと思っていた時間が、ここでは無限に感じられる。しかしそれは昼間一人でいる時だけで、こうしてミニョといる時間はあっという間に過ぎていくんだから不思議だ。まあそれも、家に帰る時間が近づいてくると思えば悪くはない。今ここに二人でいるよりも、家の方が確実に濃密な時間が過ごせるんだから。
「な、何か私の顔についてますか?」
俺の動かない視線に、ミニョが手の甲で口を拭った。
きっと俺が来る前に何か食べていたに違いない。この間は、口の端に少しだけクリームがついていた。
「いいや、別に」
ただその美味そうな唇を早く食べたいと思っただけ。
俺は口には出さず、喉の奥でくっと笑った。
待ちに待った閉店時間。
助手席でシートベルトを締めているミニョの隙を突き、軽くキスをした。
「オッパ!」
「仕事は終わっただろ」
「でもここは家じゃありません」
日はすっかり暮れて辺りは暗い。人も車も通らないから誰かに見られることはないのに、それでもわたわたと慌てる姿は見ていて楽しい。
「判った、判った、続きは帰ってからにする。言葉だけじゃ伝えきれない俺の気持ちを、しっかりと教えてやるからな」
ニヤリと笑う俺からミニョは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「今日はどうだ?」
「はい、よく見えます、とてもきれいです」
来週にはイタリアへ行く。もちろんミニョも一緒に。
ここで星を見られるのもあと少しですねと、屋上で空を見上げるミニョ。それをすぐ傍で見ている俺。
ミニョが喜ぶ姿は俺も嬉しい。
しかしあまりにもうっとりと夜空を眺めているミニョを見ると、すぐ傍にいるのに暗闇にポツンと一人取り残された気分になり、星空に嫉妬しそうになる。
後ろからミニョの身体を包み込み、肩にあごをのせた。
「俺を情けない男にさせないでくれ」
心を俺に向けたくて、振り向かせるとキスをした。
初めは触れるだけの軽いキス。
何度もそれを繰り返し。
啄むようなキスを徐々に深いものへと変えていく。
毎日肌を合わせても、何度抱いても尽きることのない想い。
俺がどれだけミニョを愛しているか。
どれほどミニョを欲しているか。
唇を首筋へ這わせ背中を指先で撫で下ろせば、甘い息とともに身体がピクリと震え、俺の背中に回されていたミニョの手に力が入った。
「中へ入るか?」
俺の胸に顔を埋め、コクリと頷くミニョ。
あごに指をかけ軽く上向かせれば、恥ずかしげに頬を染め俺を見つめる。
潤んだ瞳に映るのは俺だけでいい。
熱い吐息も甘い声も、全部俺だけのもの・・・
どこにいても、何をしていても、何年経っても。
俺がミニョを手放すことは、二度とない。
―――― Fin ――――
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