府ロクから日本代表へ【中村憲剛】
10月4日(水)日産スタジアムで開催されるキリンチャレンジカップ2006(ガーナ代表戦)に出場する日本代表メンバーが発表され川崎フロンターレ所属のMF中村憲剛(25)が初選出された。
2003年に中央大学から川崎フロンターレにトップ下のゲームメーカーとして入団したが、ジュニーニョ、マルクスのブラジル人からポジションを奪い切れずにいた2004年に就任した関塚監督によってボランチにコンバートされ持ち前の才能を開花させた。
体格的には決して恵まれた選手ではないが、それを補う技術と戦術眼を鍛える弛まぬ努力は入団当初から見事であった。
川崎のファンタジスタと呼ばれ、サッカー専門誌でも同じ苗字の中村俊輔【セルティック】と似たボールタッチと評価され日本代表選出を待望されていた。
(チーム3人目の代表選出!次は相棒の谷口に期待)
中村憲剛は息子の所属する富士見丘少年蹴球団と往年のライバル関係にある府ロク少年団でサッカーを始め、都立久留米高、中央大学と脚光を浴びることの無い経歴ではあるが、自身の力と努力で日本代表にまで登りつめた。
以前、体格的には決して恵まれていない中村憲剛が『屈強な身体が無いから、ボールを止める技術を練習し続けた』と言っていた。
それは『屈強な相手と対するには自分が考えた場所にしっかりボールを止め、次のプレーを選択する時間を0.1秒でも多くする』『そして屈強な相手に当たられる前に次のプレーに移る』と言っていた。
これは府ロクSCでプレーしていた頃からずっと心がけている事なのである。
(いつもケンゴのプレーは娘・息子の良い教材となる)
中村憲剛が言う
【トラップ、ボールコントロールの上手さ=次のプレー選択への余裕を得る】
大学時代にトラップでボールを浮かして蹴る癖が付いた名波【C大阪】がプロに入団し一番苦労したのもこのボールをしっかり止める技術だった。
息子たち小学生もしっかりボールをコントロールして考える時間を0.1秒でも多くする事を身に付ける事が大事である。
(川崎魂と府ロク魂を代表戦でも発揮して下さい!!)
そして府ロクサッカークラブの子供たちの希望としてケンゴにはガーナ戦での活躍を期待したい。
MF14中村憲剛【川崎フロンターレ】
生年月日/1980年10月31日生まれ(25歳)
出身地/東京都小平市出身
血液型/O型
身長/体重(足)175cm/66kg(27.0cm)
利き手/利き足 右/右
スパイク ミズノ
サッカー経歴
府ロク少年団(東京都)[東京都小金井市立小金井南小学校]
小金井市立小金井第二中学校(東京都)
東京都立久留米高校(東京都)
中央大学(東京都)
川崎フロンターレ(2003年入団)
2006運動会【富士見丘小学校】
今日9月30日(土)は娘・息子が通う富士見丘小学校の運動会です。
そして娘・息子が所属する富士見丘少年蹴球団・富士見丘アンジェリーナは富士見丘小学校をホームグランドとする事で今週の練習は全学年休みとなりました。
ここ数年は雨に祟られ競技を減らしたり順延したりの運動会でしたが、今年は雨の心配も無く無事にプログラム通りの開催となりました。(なので等々力競技場の川崎F対広島戦には行けず・・・)
富士見丘小学校の運動会が行われた2004年は昇格を決める水戸戦(運動会終了後に水戸へ直行)、2003年は昇格をする為の大一番だった新潟戦(閉会式を見ずに等々力へ直行)とフロンターレの大一番と重なる日程となります。
今年も連敗中でジュニーニョ(怪我)、マギヌン(出場停止)と負けられない1戦となりましたが、娘・息子と2人が出る運動会となると途中で抜ける事も出来ない状況となりました。
運動会の方は娘は放送委員として各競技のアナウンス係り、100m走、騎馬戦、高学年リレーと大忙しの運動会です。
息子も各種競技、50m走、低学年リレーとこれまた忙しい運動会となりました。
今年は2人とも赤組となり姉弟の争いも無く親としても移動距離が少ない運動会です。
息子は今年も低学年リレー、50m走と堂々の1位で終えました。
娘は100m走で同じ高学年リレーの同級生と対峙し鼻の差の2位でフィニッシュとなりました。
午後の部では騎馬戦、高学年リレーと巻き返しを誓っていた娘ですが、騎馬戦出場前の放送係りのアナウンスを終えて裸足で集合場所に移動する間に校舎入口前にあったアルミ製の泥落としの角で左足の裏を切り大量の出血で競技に出れずに保健室に担ぎ込まれました。
保健室での娘は大泣きでしたが、傷の痛みではなく『騎馬戦に出たい』『血が止まらないとリレーに出れない』と大騒ぎをして保健室の先生を困らせていました。
ずっと続けてきたリレー選手も今年はリレー代表4人にギリギリで選ばれ、毎朝7時に家を出て練習を積んだ学年リレーだったので出たい気持ちは先生も親も痛いほど分かるのですが、娘も地面に足をつけられない状況では走ることも出来ずに先生からの『リレーは来年もあるから』の言葉に黙ってうなずいていました。
今年の運動会も色々な意味で思い出深い物となりました。
娘も来週には杉並区少女大会、さわやか杯の開幕前の練習試合があるので、しっかり怪我を治療して貰いたいと思います。(結局、娘の怪我は予想以上に重く2針縫い腱が切れていたとの事で来週の練習試合は出場出来ないようです・・・)
本当の息子の冒険【ヴェルディSS】
金曜日は息子のヴェルディSSの日である。
息子はヴェルディSS木曜日にお祖母ちゃんの付添いで電車・バスを乗り継ぎランドに行く。
そして金曜日は母親に付添われ車でランドに通う。(最近は電車・バスで行きたがる事もしばしば)
しかし今日は母親もお祖母ちゃんも都合が悪く息子が一人で電車・バスを乗り継ぎよみうりランドに行く事になった。
前の晩から母が息子に『一人で行ける?』と確認すると息子は『前も一人で行ったから大丈夫』と答えていました。
息子が自信を持って言う『前に一人で行った』経験は息子に気付かれないようにお祖母ちゃんが密かに尾行しながら行ったよみうりランドであり、今回のようなたった一人で行くケースとは少々違うのである。
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幸い私は鈴鹿F1の仕事が一段落し、今日の午後はよみうりランドに近い味の素スタジアムで仕事をしていたので緊急時は連絡が取れるように息子に携帯を持たせ、息子に一人旅をさせる事にした。
仕事が片付き味の素スタジアムに出す最後の書類を作成している時に妻から『ランドへの迎えも遅れるかもしれない』の連絡が入る。
家からは遠くに見える新宿の方がランドより近い!
そして私は仕事を終え車でよみうりランドへ向うとグランドには無事に一人旅を終えた息子の姿があった。
しかし、今日の息子はコーディネーション練習・ミニゲーム共にプレーの精彩を欠き、動きも悪かった。
唯一ゴール前で決めた左足のダイレクトボレーは見事だったがプレー選択の判断やパス、シュートの精度が低く感じました。
一人旅の精神的疲労で何をやっても精度が悪かった!
4月に実行した前回の一人旅(祖母ちゃん尾行)も無事にランドへは到着したものの肝心の練習内容は散々で、乗り換えや寝過ごしを気にするあまり練習前に精神的に疲れてしまったのを思い出しました。
帰りの車では一人旅のご褒美に買ってあげたJリーグカードを握り締め爆睡する息子の姿がありました。
まだまだ小2の息子には『電車・バスを乗り継ぐ一人旅』+『ヴェルディSSの練習』は過酷なのだと思います。
息子の次の一人旅は3年生になってから再度チャレンジさせたいと思います。
豪快です!大野忍【ベレーザ】コーチのコーン逆さ座り!
そして練習後には今日が最後でヴェルディSSを辞め水泳に専念することになったナオト君との記念撮影をしました。
ナオト君とは幼稚園から一緒に2年半プレーしましたが、ポカリスエット杯幼稚園サッカー大会決勝トーナメントのPK戦では見事にヴェルディのGKとして持ち前のガッツと明るさ、そして元気な大きい声でチームメイトを鼓舞しチームの守護神として決勝進出を勝ち取る原動力の活躍を見せてくれた事が思い出されます。
小2~3年生の時期は色々なスポーツに興味を持ち、自分で選んだ競技と出会う時期と聞いた事があります。
ナオト君が選択した水泳を心から楽しんでくれることを願っています。
水泳もガンバレ!NAOTOくん!!
もうすぐ開幕F1日本GP【仕事】
いよいよF1第17戦日本GPが来週末(10月6~8日)に迫りました。
なぜサッカー好き(球技好き)の私がF1の話題かと言うと今、私が担当し最近は朝から晩まで追われいる仕事がF1日本GPの会場となる鈴鹿サーキット内の各ブース装飾や案内表示、サーキット内の地図などの印刷物の制作なのであります。
しかし制作進行を悩ますのは各メーカー、チームのイベントブースの大きさが、なかなか決まらないことです。
各チームのイベントブースの広さを決める争いは本番のレースさながらの熾烈な争いが繰り広げられ、やっと今週になりブース装飾、案内表示の作成がスタートを切れました。
会場設営は今週の土曜日から始まるので、制作業務は毎日夜遅くまでの突貫制作となります。
20年間続いた鈴鹿サーキットのF1も今年がラストとなり来年からはトヨタ系の富士サーキットウェイで開催されます。
私たちのように東京を拠点とする会社にとっては鈴鹿に較べ近くなり移動、搬送が楽になるのですが、会場設営などをお願いしている地元施工業者の方々には大きな痛手となるようです。
レースの方の焦点と言ってもなにせニキ・ラウダの時代から1年を通してシーズンを追い掛けていないF1素人の私には地元である日本メーカーが、どれぐらい活躍出来るかぐらいが気掛かりです。
しかし最初に書いたイベントブース争いではマクラーレン、フェラーリが熾烈なバトルを繰り広げ、続いて地元ホンダとレッドブルが激しいバトルを展開していました。
気になる日本人元F1ドライバー鈴木亜久里監督が率いるスーパーアグリはイベントスペース争いでは名門チームの後塵を拝す結果となってしまいましたが、本番では今シーズン初となる入賞を果たしチーム史上初のポイント獲得をして欲しいと思います。
SUPER AGURI Honda
2006シーズン結果
第1戦バーレーンGP
18位 No22 佐藤琢磨 53周
リタイア No23 井出有治 35周
第2戦マレーシアGP
14位 No22 佐藤琢磨 53周
リタイア No23 井出有治 33周
第3戦オーストラリアGP
12位 No22 佐藤琢磨 55周
13位 No23 井出有治 54周
第4戦サン・マリノGP
リタイア No22 佐藤琢磨 44周
リタイア No23 井出有治 23周
第5戦ヨーロッパGP
リタイア No22 佐藤琢磨 45周
リタイア No23 F.モンタニー29周
第6戦スペインGP
リタイア No22 佐藤琢磨 62周
リタイア No23 F.モンタニー 10周
第7戦モナコGP
16位 No23 F.モンタニー 75周
リタイア No22 佐藤琢磨 46周
第8戦イギリスGP
17位 No 22 佐藤琢磨 57周
18位 No 23 F.モンタニー 57周
第9戦カナダGP
15位 No22 佐藤琢磨 64周
リタイア No23 F.モンタニー 2周
第10戦アメリカGP
リタイア No22 佐藤琢磨 6周
リタイア No23 F.モンタニー 0周
第11戦フランスGP
16位 No23 F.モンタニー 67周
リタイア No22 佐藤琢磨 0周
第12戦ドイツGP
リタイア No22 佐藤琢磨 38周
リタイア No23 山本左近 1周
第13戦ハンガリーGP
13位 No22 佐藤琢磨 65周
リタイア No23 山本左近 0周
第14戦トルコGP
リタイア No22 佐藤琢磨 41周
リタイア No23 山本左近 23周
第15戦イタリアGP
16位 No22 佐藤琢磨 51周
リタイア No23 山本左近 18周
杉並区長杯争奪少年サッカー大会成績一覧
杉並区長杯争奪少年サッカー大会
歴代優勝・準優勝チーム【2月開催】
優 勝 準優勝
1982(昭和57年度)富士見丘少年蹴球団 浜田山JSC
1983(昭和58年度)富士見丘少年蹴球団 沓掛サッカークラブ
1984(昭和59年度)富士見丘少年蹴球団 高三サッカークラブ
1985(昭和60年度)富士見丘少年蹴球団 杉っ子サッカークラブ
1986(昭和61年度)済美あすなろSC 沓掛サッカークラブ
1987(昭和62年度)富士見丘少年蹴球団 方南サッカーサークル
1988(昭和63年度)高井戸東サッカークラブ 富士見丘少年蹴球団
1989(平成1年度)東田サッカークラブ FC三谷
1990(平成2年度)杉並FC 八成フットボールクラブ
1991(平成3年度)杉並FC 和田ブルドッグSC
1992(平成4年度)高井戸東サッカークラブ 大宮フットボールクラブ
1993(平成5年度)杉十小サッカークラブ 四宮サッカークラブ
1994(平成6年度)馬橋フットボールクラブ FC三谷
1995(平成7年度)杉十小サッカークラブ 和田ブルドッグSC
1996(平成8年度)高井戸東サッカークラブ 久我山イレブン
1997(平成9年度)高井戸東サッカークラブ 杉並FC
1998(平成10年度)杉十小サッカークラブ ISC杉並
1999(平成11年度)高井戸東サッカークラブ 杉並アヤックス
2000(平成12年度)リベルタ 井荻サッカークラブ
2001(平成13年度)スモモニキッズ 杉並シーダース
2002(平成14年度)杉並FC 富士見丘少年蹴球団
2003(平成15年度)杉並FC 久我山イレブン
2004(平成16年度)松庵小サッカークラブ 杉並シーダース
2005(平成17年度)明和蹴球倶楽部 杉並FC
2006(平成18年度)井荻サッカークラブ 杉並アヤックス
娘の文化祭見学①【中学サッカー】
今日は娘が所属する富士見丘アンジェリーナは午前中で練習が終了した。
家に帰宅後、娘は私立中学校の文化祭を見学に巣鴨に向う。
この学校の女子サッカー部は中学女子サッカー大会では常に優勝をする学校です。
今日の文化祭では公開試合として東京都中学サッカー1位と2位の対戦がありましたが、残念ながら試合は娘の練習時間と重なっていた為に観戦は出来ませんでした。
吹き抜けの明るい教室とバレーコート2面の広い体育館
最近ではサッカーの練習、塾での受験勉強とハードスケジュールで少々鋭気が失せている娘に塾の担当講師から文化祭の見学を勧められての学校訪問となりました。
娘は中学に進んでもサッカーを続けたいとの気持ちが強く、当初はクラブチームより日々の生活を共に過ごす女子中学サッカー部を希望していました。
しかし中学女子サッカー部の部員確保の難しさからチームの減少、人材のクラブチーム流出や最近の勉強内容の難しさ、宿題の多さなどの文武両道の厳しさもあり、現在では中学部活とクラブチームの選択で悩んでいるようです。
↑1Fも明るい! ↑講堂は烏山区民センターより豪華
今日の文化祭を見学して娘は校舎(教室・講堂・図書館・食堂・体育館)などの設備には区立中学との違いを魅力と感じていましたが、サッカー部の使用するグランドなどはもう一校(東京2位)の人工芝サッカー部専用グランドに惹かれているようです。
↑娘の唯一の気がかりであるアンツーカーのグランド
杉並近郊は女子サッカークラブも豊富にあり、娘が希望していたチームメイトと学業、生活を共にする中学部活動と選択肢は色々あるので、あと1年半の小学校生活の中で自分の納得する進路が見つかればと思います。
アタマで考えた動きをカラダで表現させる【ヴェルディSS】
木曜・金曜日は息子のヴェルディSSである。
ヴェルディサポーターの中では練習場があるよみうりランドに行く事を『登山してきた』と表現するのであるが、最近の息子は1人で通う練習として京王線、川崎市営バスを乗り継ぎランド『登頂』をしています。
ランドでは夏休みの中断期間が終わり子供たちも通常練習に戻っています。
普段は地元の各チームに所属して試合を行っている子供たちですが、夏休み中は大会や練習試合などで各チームとも試合が目白押しだったようです。
そして各試合会場でヴェルディSSの同級生同士の熱戦も繰り広げられていたようです。
息子も町田JFC招待大会で町田JFC【町一】に所属するK君と顔を合わせました。
他にも神奈川、東京多摩地区のチームが予選を戦いこどもの国で決勝大会が行われる『キリンカップ少年サッカー大会』でも川崎市大会の決勝トーナメントでFCパーシモン【麻生区1位】に所属する2人(R君K君)と稲田FC【多摩区2位】に所属するKタローくんの熱戦が繰り広げられていたようです。
色々な親御さんに話を聞くと、息子もそうですがヴェルディSSの練習で相手の力を知り尽くしており、大体が各チームの中心選手となるメンバーとの対戦ではお互い徹底的なマークをして潰し合いになってしまうようです。
息子も3月に参加した南八王子招待大会の決勝戦で南大沢FC10番のT君と潰し合いのマークを繰り広げていたので、Kタローくんたちの熱戦は想像がつきます。
昨日のヴェルディSSで1対1の練習パートナーだった同級生も実は町田JFC【木曽】に所属しており、息子たち富士見丘少年蹴球団が参加した町田JFC招待大会の準決勝での対戦では町田木曽スクールのゴールマウスを守っていた子だったとのことでした。
↑コーディネーション練習ではボールの取り合いも
夏休み後のヴェルディSSの練習内容は少々変化が見られます。
最近の子供たちの基礎運動能力の低下から夏休みに開校されたヴェルディ・コーディネーションスクールの要素を取り入れたメニューが増えています。
コーディネーションとは『アタマで考えた動きのイメージをカラダで表現させる』能力を高め身のこなしがよい子どもを育成するプログラムです。
このコーディネーション練習はヴェルディトップチームの広瀬統一、津越智雄両フィジカルコーチがメニューを考え組まれたプログラムだそうです。
全日本少年サッカー3連覇を果たした横浜Fマリノス・プライマリーが栄養士を交え科学的に子供の運動能力を測定し基礎運動能力の強化を進めているように、私たち親の時代に比べ子供の基礎運動能力を高める遊びや多分野のスポーツに接する機会が減っている事をカバーする練習が必要になってきたのだと感じます。
↑最初はノーゴール判定連発のミニゲームも慣れも早い
そしてミニゲームではチーム全員で攻撃・守備をする意識を高める為、得点を入れてもチーム全員が相手陣内(センターラインより上)に押し上げが出来ていない場合はノーゴールとなる変わったルールでのゲームを行いました。
このルールにより攻守の切り替えが早くなり全員攻撃・全員守備をチーム全員で行うスピーディーな試合展開となります。
普段のミニゲームも攻守の切り替えが早いのですが、ゲームの途中から自陣ゴール前で張って攻撃してくる相手を受けてしまう子が出てくる為、子供たちも得点を奪う為にカウンターのロングボール多用のゲームになりがちになってしまいます。
しかし、このミニゲームのルールでは失点を防ぐ為に中盤でしっかり相手をチェックし攻撃を遅らせ他のメンバーがゴール前まで戻るような全員が周りのチームメイトを見ながら動かなくてはいけなくなるので、子供たちには良い勉強となっているようです。
攻撃でも最終ラインがセンターラインを越えて上がってくる為、最終ラインでボールを回す、サイドチェンジをするなどのドリブル突破だけではない攻撃も勉強になっているようです。
娘がよみうりランドに通っていた3年前のヴェルディSS2年生に比べ指導方法や子供たちの動きなどにもかなりレベルアップしている事を感じるミニゲームであり子供たちのサッカー技術の進化に驚かされる。
息子のサッカー脳も見事に娘の域を超えており、試合中に相手の強い部分、弱い部分を見て攻め方も考えているようです。
あとは日々の練習でヴェルディSSで鍛えてもらったイメージ通りのプレーが出来るような精度を身に付けて欲しいと思います。
アタマで考えた動きのイメージを
カラダで表現させるようにガンバレ!!
杉並区少年サッカー新人大会成績一覧
杉並区少年サッカー新人大会(5年生以下)
歴代優勝・準優勝チーム【1月開催】
優 勝 準優勝
1989(平成1年度)富士見丘少年蹴球団 不明(情報募集中)
1990(平成2年度)富士見丘少年蹴球団 不明(情報募集中)
1991(平成3年度)高井戸東サッカークラブ 不明(情報募集中)
1992(平成4年度)杉十小サッカークラブ 不明(情報募集中)
1993(平成5年度)杉並FC 久我山イレブン
1994(平成6年度)杉十小サッカークラブ 高三サッカークラブ
1995(平成7年度)富士見丘少年蹴球団 ISC杉並
1996(平成8年度)富士見丘少年蹴球団 杉並シーダース
1997(平成9年度)富士見丘少年蹴球団 ISC杉並
1998(平成10年度)ISC杉並 久我山イレブン
1999(平成11年度)明和蹴球倶楽部 大宮フットボールクラブ
2000(平成12年度)杉並シーダース 高三サッカークラブ
2001(平成13年度)高三サッカークラブ 杉並FC
2002(平成14年度)杉並シーダース 高二サッカークラブ
2003(平成15年度)杉並FC 富士見丘少年蹴球団
2004(平成16年度)杉並FC 杉並シーダース
2005(平成17年度)高井戸東サッカークラブ 東京朝鮮第九蹴球団
2006(平成18年度)杉並シーダース 桃五サッカークラブ
杉並区LC旗争奪少年サッカー大会成績一覧
杉並区ライオンズクラブ(LC)旗争奪少年サッカー大会
歴代優勝・準優勝チーム【6月開催】
優 勝 準優勝
1983(昭和58年度)高三サッカークラブ 沓掛サッカークラブ
1984(昭和59年度)富士見丘少年蹴球団 沓掛サッカークラブ
1985(昭和60年度)和田ブルドッグSC 杉並シーダース
1986(昭和61年度)済美あすなろSC 西田フットボールクラブ
1987(昭和62年度)富士見丘少年蹴球団 沓掛サッカークラブ
1988(昭和63年度)東田サッカークラブ 高井戸東サッカークラブ
1989(平成1年度)高井戸東サッカークラブ FC三谷
1990(平成2年度)ヘオリ(現朝鮮第九) ISC杉並
1991(平成3年度)東田サッカークラブ 杉並FC
1992(平成4年度)高井戸東サッカークラブ ISC杉並
1993(平成5年度)富士見丘少年蹴球団 高井戸東サッカークラブ
1994(平成6年度)ISC杉並 向陽ミラーズ
1995(平成7年度)杉十小サッカークラブ 和田ブルドッグSC
1996(平成8年度)ISC杉並 スモモニキッズ
1997(平成9年度)沓掛サッカークラブ 大宮フットボールクラブ
1998(平成10年度)久我山イレブン 杉十小サッカークラブ
1999(平成11年度)杉十小サッカークラブ 杉並アヤックス
2000(平成12年度)杉並シーダース 富士見丘少年蹴球団
2001(平成13年度)杉並シーダース 桃一サッカークラブ
2002(平成14年度)桃一サッカークラブ 杉九サッカークラブ
2003(平成15年度)杉並シーダース 桃五サッカークラブ
2004(平成16年度)杉並シーダース 杉並アヤックス
2005(平成17年度)杉並FC 久我山イレブン
2006(平成18年度)杉並アヤックス 東京朝鮮第九蹴球団
2007(平成19年度)杉並シーダース 明和蹴球倶楽部
杉並区民体育祭少年サッカー大会成績一覧
杉並区民体育祭少年サッカー大会
歴代優勝・準優勝チーム【9月開催】
優 勝 準優勝
1989(平成1年度)富士見丘少年蹴球団 高井戸東サッカークラブ
1990(平成2年度)富士見丘少年蹴球団 杉十小サッカークラブ
1991(平成3年度)富士見丘少年蹴球団 高井戸東サッカークラブ
1992(平成4年度)FC三谷 ISC杉並
1993(平成5年度)杉十小サッカークラブ 高井戸東サッカークラブ
1994(平成6年度)富士見丘少年蹴球団 荻小サッカークラブ
1995(平成7年度)桃五サッカークラブ 東京朝鮮第九蹴球団
1996(平成8年度)高井戸東サッカークラブ ISC杉並
1997(平成9年度)富士見丘少年蹴球団 高井戸東サッカークラブ
1998(平成10年度)富士見丘少年蹴球団 堀之内サッカー教室
1999(平成11年度)高井戸東サッカークラブ 桃五サッカークラブ
2000(平成12年度)リベルタ 杉十小サッカークラブ
2001(平成13年度)杉並シーダース 桃五サッカークラブ
2002(平成14年度)富士見丘少年蹴球団 東京朝鮮第九蹴球団
2003(平成15年度)杉並シーダース 桃一サッカークラブ
2004(平成16年度)杉並FC 東京朝鮮第九蹴球団
2005(平成17年度)杉並FC 高井戸東サッカークラブ
2006(平成18年度)杉並アヤックス 桃一サッカークラブ
2007(平成19年度)杉並シーダース 杉並アヤックス













