労務管理事務所 新労社代表、東京都渋谷区の社労士、深石 圭介と申します。雇用関係の助成金と労務管理を専門に、お仕事をしています。皆様よろしくお願いいたします。
☆ 雇用助成金相談室
助成金に関する相談・申請:当事務所は労務管理にかかる福利を中心とする助成金を扱います。
☆ 人事制度研究室
当事務所は中小企業の賃金・人事制度の導入をお手伝いします。
☆ 社会保険労務相談室
人事労務のアウトソーシング:専門知識による各種手続きをお任せください。
私の著書、モニュメントサイトです。
☆ バヌアツに行った社労士フレンチフリゲートの奮闘
かつて南太平洋の国に、短期間住んだことがあります。その風俗や活動の記録です。
50系客車の思い出
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
〇 助成金は「事業内計画」!
日本法令DVD
令和8年雇用関係助成金の活用実務
~事業内職業能力開発計画から始める助成金提案~はこちら
○ 助成金は「2階建て」!
中小企業福祉事業団セミナー
しくみをつくる、一段上の新提案!
『2階建て助成金』のコンサルティング手法はこちら
○ 助成金は「都道府県」の時代へ!
中小企業福祉事業団セミナー
厚労省/自治体の比較でトレンドを掴む!
2026年度助成金 改正点と提案ツールはこちら
〇 助成金は「賃上げ」に帰する!
産労総合研究所「労務事情」
特集 解説 2026年度の雇用関連助成金の
見直し・新設内容と活用方法はこちら
○ 助成金の無料診断、最新状況はこちら
○ メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら
=======================================================
(KATOの“第2世代”Nゲージ50系客車)
国鉄最後の「一般型客車」特別な旅行や観光でなくても、通勤通学でも使う汎用的な、車両自体にエンジンの付いていない、そろりと動き出す客車という意味です。もう今はお目にかかれない交通手段です。鉄道開闢以来、機関車が客車を引っ張る列車は百数十年にわたって一般的なものでした。
むかしむかしの手動ドア、部分木造の内装の旧形客車に比べると、この50系客車は現代流の自動ドア、何か無表情な金属製の内装でしたが、今ではお目にかかれない最後の「客車列車」だったのです。音もなくドアが閉まり、なんとなく動き出す感じです。私の青春の列車でした。
(新津駅)
現在の電車気動車は地方に行っても通勤で使える「ロングシート」。それはそれで混雑緩和以外の理由があるので合理的なのですが、こちらはセミクロスシート。窓の桟に腕を乗せかけて移り行く景色をゆっくり眺めることができるのです。以前書きましたが「旅の本質」を楽しめる感じだったのです。旅とはどういう舞台装置でやるものでしょうか?
(磐越西線)
・装飾は要らない。物理的な移動を兼ねた何気ない居心地。50系客車は何の変哲もない実用に徹した室内。
・サービスも最小限。ただし非日常を観る装置(セミクロスシート)は要る。普段の通勤電車(ロングシート)では×。
・演出も不要。目にするのは人々の日常の営みと、その背景。ただし自分の日常と違う日常。
(新庄駅)
これらの要件を満たし得た旅行だと思うのです。至れり尽くせりのサービスを受けながら、景勝地や大自然を目指してひたすら行く旅行もいいのですが、旅は修行にも似て、異質なものを見聞きするほか、冒険の要素も必要なのです。
それには何もかも満ち足りて快適でなく、ある程度苦しくなくてはならないし、アクロバチックで綱渡り的な時間的、空間的な“緊急事態”も要るのです。それには実用的で日常的なドンコー列車に揺られるのが一番手っ取り早いのです。
(同上)
50系客車は電化非電化限らず、ローカル線ならどこでも見ることができ、そんな要件に合致した旅を提供してくれる「夢の汽車」でした。室内はテーブルさえない何ら“旅”を強調する演出のない、冷たいアルミ製の調度とブルーのモケットのシート。そろりと走る動力のない「客車」ですから何の伴奏もないのです。
(ウチの50系客車群。やや古い世代)
写真を撮っていると自動ドアが閉まって慌てて手で開けられる乗務員扉から飛び乗ったこともあります。ちあきなおみの「喝采」では「動き始めた汽車に一人飛び乗った」シーンがありましたが、当時は手動扉の旧型客車。有名歌手でも碌々たる私でも、日常の中の何気ない非日常、そんなもので「旅」は十分満足なのです。
(予讃線)
しかし、現実は地方のローカル線の車両は、それを支える通勤通学客のラッシュに対応するため、シートはロングシートになり、そろりと発車する客車は乗車効率も燃料効率も運用効率も悪く、電車気動車からハイブリッド車にまで進化しようとしています。両数も1両電車が幹線を走るなど、珍しくもなくなりました。
(奥羽線)
また観光にはクルーズトレインが何十万円もの旅費で、地域を巻き込んだ何泊ものお膳立てで観光専門の運転をしています。しかし効率快適人情至れり尽くせりのもてなし以外の、無表情な非効率で苦しい歴史の繰り返しもまた、伝統的な「旅」の1つではないかと思い返すこともあります。ヨーロッパなど、エコの対策ですが、あちこちで「夜行列車」が復活しているように。
(荷物車マニ50)
40年ほど前、東京からの大垣夜行の中で腹痛を起こしましたが、誰も助けてくれませんでした。這いつくばって熱海に降り、救急車で運ばれ、死にませんでしたが(笑:ただの腹痛、翌朝復活、旅行続行)今はそれさえ良い思い出です。
それにしても50系客車はあまり「活用」されなかった気がします。荷物列車の廃止、たった10年余で客車列車の淘汰が始まり、地方のフレキシブルなおカネのかからない「通勤列車」としても効率が悪くなってきたからです。
(モトトレイン用荷物車マニ50)
電車ディーゼルは短編成、客車は長編成、という時代は終わり、全部電車またはハイブリッドで、という時代です。最初の50系客車登場は昭和53年(1978年)筑豊本線、芸備線で、定期運用の最後は平成14年(2002年)快速海峡でした。
(スユニ50とテールランプ)
荷物郵便車もとうに現役を去り、救援車などで残り、座席車は改造車が北海道や九州で観光列車として残っています。気動車改造のクルマももう全部廃車です。若くして用済みになったのは、冷房がないのが最大の原因だったでしょう。
<完>
「行きはよいよい、帰りはこわい」梨を求めて輪行サイクリング
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
〇 助成金は「事業内計画」!
日本法令DVD
令和8年雇用関係助成金の活用実務
~事業内職業能力開発計画から始める助成金提案~はこちら
○ 助成金は「2階建て」!
中小企業福祉事業団セミナー
しくみをつくる、一段上の新提案!
『2階建て助成金』のコンサルティング手法はこちら
○ 助成金は「都道府県」の時代へ!
中小企業福祉事業団セミナー
厚労省/自治体の比較でトレンドを掴む!
2026年度助成金 改正点と提案ツールはこちら
〇 助成金は「賃上げ」に帰する!
産労総合研究所「労務事情」
特集 解説 2026年度の雇用関連助成金の
見直し・新設内容と活用方法はこちら
○ 助成金の無料診断、最新状況はこちら
○ メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら
=======================================================
9月は雨が東京では2週間も続きました。それで自転車に乗れず、晴れ間を縫ってふなっしーの船橋(近郊の鎌ケ谷)に梨を買いに行きました。行きと帰りでは対照的なサイクリングになりました。自転車で走ったのは全部で60kmくらい。ただ帰りは2回も自転車をたたんで展開するハメになりました。ちょっとしたボーケンです。
船橋の先、毎年お世話になっている滝不動の梨園までは50kmほど。11時ごろ新宿を出て、皇居外苑の縁から東京駅をかすめて靖国通りを捕まえ、その延長の14号国道から船橋を目指します。両国橋、錦糸町駅前、旧中川、荒川、新中川と、橋に登って川を渡っては平地、信号で時々停車を繰り返して東行します。
(中川は2つある)
途中下総中山付近から総武線に沿って、また14号に復帰して船橋の市街と駅を経て、先日の秋雨前線の長雨でも被害を受けなかった下総台地に登ります。いくつかアップダウンして丘を越えて、目的の梨園に着きます。ここまでで昼食をはさんで3時間。クネクネ曲がって行ったので、時間がかかりました。ここまでは良かったのです。
(梨やブドウのお店)
梨を買って、故郷に送り、さあどうしようか?前は船橋駅まで戻って、夕方都心へ向かう空いた総武線で輪行し、新宿まで戻りました。さらに西の国立まで帰るつもりで、着替えも入れてきたのです。
そうだ!武蔵野線の船橋法典駅までは船橋駅とそれほど距離は違わない、そこで武蔵野線を使って輪行し、下総台地⇒武蔵野台地にとりついて西国分寺まで行こうじゃないか!と決断しました。
船橋市から鎌ヶ谷市あたりは住宅街とキャベツや梨の畑が混在する広々とした台地です。昔からの道らしく、自動車が結構混雑する自転車も歩道を走らざるを得ない狭い2車線道を行きます。
谷を掘りぬいた切通しのようなところにある船橋法典駅で自転車をたたみました。なぜ法典というかというと明治時代から「法典村」という名前だったからです。法律の書籍が山のようにあるわけではないようです。中山競馬場はこの先です。
(船橋法典駅で自転車をたたむ)
ただ日曜日で、通勤路線たる武蔵野線は混まないだろうと思ったのが計算違いでした。思えば下総台地のみちもクルマでけっこう混んでいたのです。なぜか?中山競馬場の最寄り駅だからです。娯楽の帰りで上下線とも自転車など積めない混雑でした。さあどうする?
2本後に、西国分寺に行かない「しもうさ号」大宮行きが来ました。オッこれなら空いてる!とさっそく乗って、どこで降りるか考えました。
(しもうさ号)
新松戸、吉川と過ぎ、武蔵野線は東北線と南浦和で交差するのですが、その手前の東浦和くらいなら競馬場の客も降りているに違いない、と東浦和で降りました。ここで西国分寺行きの「空いているはずの」電車に乗るつもりだったのです。
ところがこれも計算違い。君たちどこに行くの?どこから来たの?と思うくらい西国分寺への府中本町行きは大入り満員で自転車など持ち込めません。乳母車なども乗っていて3本待ってなおダメ。都市に行く放射線を横断する武蔵野線のような環状線はバスなどでも需要があるのです。休日ならなおさらです。
日が暮れてきます。それでは上り電車で東京まで、といってこれも大混雑。もう競馬も終わっているのに、ディズニーランドのナイターにでも行くのでしょうか?若者が多いのです。
(武蔵野線は上下とも大入り満員!)
よしこうなったら浦和からでも新宿まで行ってやる!と自転車を組み立て浦和方面に走り出しました。幹線道路は線路から離れていますが、自転車には黄昏時には走りやすいのです。ほどなく南浦和へ。延々新宿まで行かなくても、「空いているはずの都心行き」京浜東北線で東京に出ようと思ったのです。
途中腹が減ってコンビニでおにぎり2個。浦和の郊外は銭湯などもあり、なかなか住みやすそうな広い街路でした。交番の横で自転車をたたんでエレベーターで南浦和駅に登ります。
(京浜東北線車内)
幸いここでようやく目算があたり、京浜東北線はガラガラ。自転車を車端において東京まで無事行きました。東京駅もそんなに混んでいませんでした。八重洲北口で本日2回目で組み立て、新宿まで先ほど来た道をほぼトレースし帰ってきました。
新宿の事務所から、ふなっしーをゲットして国立の自宅へ大回りして帰る試みは、思いもかけぬ浦和回りで東京駅を2度通って、帰宅の目的を達せず終わりました。
梨は無事持ち帰りましたが、とにかく競馬場の人出を甘く見たこと、首都圏郊外の横断線、武蔵野線が空いているだろうと楽観したこと、「放射線の都心行き上りは休日夕方なら空いている」鉄則は健在なことを思い知らされた輪行でした。
<完>
1~6号戦車と1~6号突撃砲・駆逐戦車
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
〇 助成金は「事業内計画」!
日本法令DVD
令和8年雇用関係助成金の活用実務
~事業内職業能力開発計画から始める助成金提案~はこちら
○ 助成金は「2階建て」!
中小企業福祉事業団セミナー
しくみをつくる、一段上の新提案!
『2階建て助成金』のコンサルティング手法はこちら
○ 助成金は「都道府県」の時代へ!
中小企業福祉事業団セミナー
厚労省/自治体の比較でトレンドを掴む!
2026年度助成金 改正点と提案ツールはこちら
〇 助成金は「賃上げ」に帰する!
産労総合研究所「労務事情」
特集 解説 2026年度の雇用関連助成金の
見直し・新設内容と活用方法はこちら
○ 助成金の無料診断、最新状況はこちら
○ メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら
=======================================================
第2次大戦時のドイツ戦車は、外国の分捕り品を除けば、1~6号と番号順で分かりやすいのが特徴です。このたび、1/76シリーズで10年がかりで1~6号2~3台づつ揃いましたので、他のドイツ戦車も含めご紹介します。
整然と番号順にあって発達し、その派生形がいろいろあって、同じ番号でもまったく形を違えているのが面白いのです。全部ジャーマングレーで塗ってあります。手抜きと好みです。☆は戦車、★は突撃砲・駆逐戦車です。
☆ 1号対空戦車(フジミ改)
…20mm機銃1,速度40km、装甲17mm、乗員5、行動距離140km、生産数24両
大戦に臨むにはあまりに非力だった練習用の1号戦車。ドイツの国力を見せつける目的で1936年、ベルリンオリンピックのスタジアムに登場しました。
第2次大戦がはじまってポーランド戦、フランス戦に出ましたが、実戦には武装、装甲とも非力でした。そこで24両が7.7mm機銃2丁を改め、20mm対空機銃を1門載せ、ロシア戦線に行きました。
緒戦では対空戦闘の場面はあまりなく、軽戦車の役割で機関銃座や装甲車相手に戦いました。弾薬補給戦車と共にスターリングラードで全滅しました。キットは1号戦車でしたが、モノ足らず、同じフジミの20mm機関砲セットを組み合わせて改造したのです。
★ 1号対戦車自走砲(フジミ)
…47mm砲1,速度42km、装甲14.5mm、乗員3、行動距離140km、生産数202両
ドイツ自走砲、駆逐戦車のパイオニア。7.7mm機銃2丁を47mm対戦車砲1門に改め、主力3号戦車の37mm砲の火力不足を補う働きで、200両ほどが改造され、1943年末ぐらいまで戦いました。
もっと大きな大型の榴弾砲(火薬を詰めて炸裂する砲弾)を据えた重歩兵自走砲もあり、車体より大きなアンバランスな砲室でした。このキットは改造しなくてもフジミから出ていました。
(左:対空戦車、右:対戦車自走砲)
☆ 2号戦車F型(レベル)
…20mm機銃1,7.92mm機銃1、装甲30mm、速度40km、乗員3、行動距離200km、生産数524両
1号戦車は軽戦車としても小さ過ぎました。そこで本格的な歩兵支援の軽戦車として造られました。試作車a,b,c型を経てA、B、C型ができてスペイン内戦で試用され、D,E型が失敗改造作で、F型が装甲強化して500両も造られ最終完成作となりました。
(日本の現代貨車に載せてみた2号戦車F型 1/150)
大戦当初は千数百両もあって主力で、歩兵相手には20mm機銃も榴弾(鉄の塊でない、爆発する砲弾)なので威力がありました。ただフランス戦以降は戦車砲がないため、銃塔を外して足回りをもとに自走砲が多々造られました。
★ 2号自走榴弾砲ヴィスぺ(レベル)
…105mm砲1,7.92mm機銃1、装甲30mm、速度40km、乗員5、行動距離200km、生産数662両
20mm機関砲では対戦車には足りず、2号戦車もより大きい砲が積める自走砲に改装されていきました。105mm砲の威力は1943年当時でもすさまじく、ヒトラーは2号戦車の製造をこのヴィスぺに改めるよう言ったほどでした。小柄で使い勝手もよかったのです。
乗員は5名ですが、キットに入っているのは2名でしかも戦車内のヒトではありません。腕や足を切ったり貼ったりして戦車内に押し込めました。
☆ 38t戦車(フジミ)
…48口径37mm砲1,7.92mm機銃2、装甲50mm、速度42km、乗員4、行動距離155km、生産数841両
tとは昔のチェコスロバキアのコト。第2次大戦直前のヒトラーのチェコ併合で、領土ばかりか戦車と工場も手に入れたのです。小さな戦車ですが、武装は1,2号戦車の上を行くもので、1940年フランス侵攻当時の有力戦車になりました。
チェコは無茶な領土要求やミュンヘン協定などはねつけ、どうしてこのような戦車でドイツと戦わなかったのかと思います。
大戦ではポーランド、フランス戦から独ソ戦までアフリカに行く前のロンメル軍の主力として戦いました。ただ1942年末では時代遅れの戦車で、スターリングラード戦でこの戦車を装備した師団が破られ、ドイツ軍壊滅の原因になったことは有名です。
★ 軽駆逐戦車ヘッツァー(フジミ)
…48口径75mm砲1,7.92mm機銃1、装甲60mm、速度42km、乗員4、行動距離177km、生産数2,800両
1944年中盤に造られ、ソ連軍から「チョロチョロするコマネズミ」と言われた機動的な対戦車砲を積んだ駆逐戦車。38t戦車の砲塔撤去版と言いたいところですが、足回りも含めて新規の制作です。
装甲は前が厚い以外は気休めで、細かい街路や残骸に阻まれる市街戦で役に立ちそうなタイプ。野戦では10両くらいで楔形に散開して敵戦車を待ち伏せ、一斉に発砲して敵を混乱させ仕留める、バックフロント戦術に使われて威力を発揮しました。
他のドイツ駆逐戦車よりはるかに小さく、街の小路などで待ち伏せして、対戦車砲を撃ち、あっという間に細道を退却し、したかと思うと他の街路から撃ちかけてくる、そんな素早さからコマネズミと名が付いたのでしょう。
ドイツ軍で一番役に立った戦車と言われました。大量生産されて戦後もしばらく各国特にスイスやチェコで使われていたせいか、保存されているものが多いのです。
☆ 3号戦車J型(フジミ)
…60口径50mm砲1,7.92mm機銃2、装甲57mm、速度40km、乗員5、行動距離155km、生産数2,616両
遅れてきて主力の期間が短かった3号戦車。戦前はヨーロッパ制覇はこれでやるぞ!と気合の入った主力戦車候補でした。
ただ砲塔には最大で対歩兵用の24口径75mm砲しか積めず、現実には強大なソ連戦車を相手にする主力戦車としては4号に座を譲り、補助的な歩兵支援に使われました。
代わってドイツ軍最大の生産量と活躍をしたのが砲塔をなくして大口径の対戦車砲を積んだ3号突撃砲です。こちらの方が戦車より多く造られ、ドイツ戦闘車両の最多数を記録しました。
★ 3号突撃榴弾砲(フジミ)
…105mm砲1,7.92mm機銃1、装甲80mm、速度40km、乗員4、行動距離155km、生産数1,212両
「歩兵に守られた突撃砲は戦車より強い」といったのはヒトラーです。3号突撃砲の砲をさらに大きい105mm砲(対戦車砲ではない)に代え、歩兵直協用に使ったものです。これも含めて「3突」はドイツ軍戦闘車両のトップ10,500両も造られ、戦後もシリアでは1967年の第3次中東戦争まで使われたのです。使い勝手が良く、中東の砂漠でも故障しなかったのでしょうね。
☆ 4号戦車J型(フジミ)
…48口径75mm砲1,7.92mm機銃2、装甲70mm、速度40km、乗員5、行動距離320km、生産数3,150両
最初は主力戦車を横合いから助ける支援戦車として作られ、戦車の急発達で大量に作られた主力戦車。フランス戦で活躍したD型や砲を長くしたF2型から砲はドンドン長くなりましたが、末期のJ型ではシュルツェン(側面の装甲)も金網になり、砲の回転エンジンも略されて手で回すことになり、その分燃料タンクにして航続力を伸ばし簡素化されました。
(左:ラング駆逐戦車、右:4号J型)
★ 4号戦車/70ラング駆逐戦車(エアフィックス)
…70口径75mm砲1,7.92mm機銃1、装甲80mm、速度40km、乗員4、行動距離190km、生産数3,150両
この4号戦車の駆逐戦車、秘匿のために/70とだけ付号が付いています。砲先にマズルブレーキ(反動を押さえる砲先のふくらみ)がないのは、長すぎてゴミが入る、ゴミが入るのは車体が低すぎるからです。アタマが大きく前に出るので「グーデリアンのあひる」と言われました。
☆ 5号パンターG型(フジミ)
…70口径75mm砲1,7.92mm機銃2、装甲110mm、速度55km、乗員5、行動距離250km
パンター戦車は活躍期間は終戦まで3年ちょっと。その中でもベルゲパンターなどの派生形もありますが、G型が一番の完成形です。D型⇒A型よりも無駄を省いたもので、パンター戦車生産数6,000両のうち半数を占めます。
たった1両で短時間に9台のシャーマン戦車を撃破したバルクマン(彼のはA型)はじめ、多くのエースを出しました。
★ 5号ヤークトパンター
…71口径88mm砲1,7.92mm機銃1、装甲80mm、速度55km、乗員5、行動距離250km、生産数3,150両
ドイツ最良の装甲戦闘車両と言われました。火力と防御力の上に機械的信頼性も高く、ティーガーと同じ71口径8.8cm戦車砲を搭載しました。
ノーズヘビーで「あひる」のようになるという苦情は、減速装置の改良で克服しました。ただ戦争末期で分散配置されたため、各個撃破で威力を十分に発揮できませんでした。
(ヤークトパンターと3号突撃榴弾砲)
☆ 6号ティーガーⅠ型(フジミ)
…56口径88mm砲1,7.92mm機銃2、装甲100mm、速度40km、乗員5、行動距離100km、生産数1,355両
もっとも早く現れたドイツ重戦車の嚆矢。Ⅱ型が現れても88mm砲の威力は幾多のエースを生み出しました。場所もロシアの大平原と良かったのです。ティーガーⅡが被弾傾始(斜めの装甲)を備えたソ連戦車風なのに対し、この戦車は最後の角ばったドイツ風でした。
★ エレファント重駆逐戦車
…71口径88mm砲1,7.92mm機銃1、装甲200mm、速度30km、乗員6、行動距離150km、生産数90両
本採用になったヘンシェル社製のティーガーⅠと並行して出た突撃砲。こっちは戦車としては不採用になったポルシェ社製です。
対戦車用の自走砲だったので「駆逐戦車」の冠を初めて乗せられました。クルスク大戦車戦の花形。跳梁するソ連兵に小回りが利かず破壊されたという戦史が一般的です。
思ったより活躍したという記録もあるのですが、その後のドイツ重戦車が重い頑丈な装甲のわりに、足回りは弱くてモロいと言われるモトになりました。
本来クルスク大戦車戦でデビューした「フェルディナント」(前方機銃などの副武装なし)以来、副武装(前方機銃)を装備して「エレファント」になったのです。現実はジャーマングレーで塗られていなかったので、大戦初期のような雰囲気になりました。
(ヘッツァー、4号/70ラング、エレファント)
もっともこの「エレファント」では大戦初期の電撃戦を行くのは難しかったでしょう、というのは、重量によるギアの破損を防ぐため、ガソリンエンジンで左右のモーターを動かして進む電動だったために「まっすぐ進む」コトがムツカシイ戦車だったからです。90両しか作られず、侵攻用でなく迎え撃つための兵器だったのです。
☆ 6号ティーガーⅡ型(フジミ)
…71口径88mm砲1,7.92mm機銃3、装甲180mm、速度38km、乗員5、行動距離170km、生産数489両
いわずと知れたドイツ最強の戦車。1/76シリーズに手を出したのはこの戦車の映画と物語がきっかけでした。ただ重戦車というのはあくまで防衛戦に動く要塞として役立つもので、大戦末期、バルジ大作戦の侵攻ではあまり役に立たず、ヒトラーを失望させました。
動き回ると穴に落ちて自らの重量で引き上げられなくなったり、ギアがポッキリ折れたりして故障したりしたのです。撃破された数より、放棄した数の方が多いのです。シルエットがⅠに比べて現代戦車により近いものになっています。
★ 6号ヤークトティーガー
…55口径128mm砲1,7.92mm機銃1、装甲250mm、速度41.5km、乗員6、行動距離170km、生産数48両
カタログスペックではドイツ軍最強の戦闘車両。大戦最末期に頼るものはこの戦車ぐらい、として小さな伝説をつくりました。家屋を打ち抜いて向こうのアメリカ戦車を撃破したことがあります。
ただ当時は熟練の戦車兵も少なくなっていて、巨砲と強力装甲を有効に使えず、重量からくる故障もあって多くが放棄、爆破されました。キットでは後部に対空機銃を操る兵士を乗せました。
1/76は集めるのに時間がかかりました。何しろ戦車プラモ始めたのが7年ほど前なので、むかしは数百円だったものが現在はジャンクでも目が飛び出るほど高く、手が出ないのです。
1970年代の小学生がプラモを作ったころは、150円とか200円などで売っていたのですが、当時の私は興味なかったのです。幼年時のリグレットです。
作ってみるとわかるのは…
・1号2号に比べて3号4号戦車の大きさ。倍以上の容積がある。だから大きな砲を積んで改造のしようがあった。
・ただ大きければいいってものではなく、小さい戦車・突撃砲が活躍した理由がわかる。小回りが利くこと、キャタピラやギアの機構は砲の回転より重要。
・自走砲・突撃砲・駆逐戦車の違い(装甲がない砲戦車、装甲がある、対戦車砲を主に積む)が分かる。
・作る思想の違い(大戦前半は軽い軽砲高速戦車で攻めていって、後半は重い巨砲低速戦車で守る実用性)
・またドイツ戦車の改造融通性。特に4号戦車など違う種類のようで巨砲を積んでムリないように見える。
・3号戦車はやっぱり大戦末期には主力戦車足り得なかった!50㎜砲ではロシア戦線で通用しない。
です。そこに戦書で読んだりして事情を勘案すると、アタマの中で第2次大戦の戦場が、夏は褐色、冬は白く、極彩色の色合いで、歩兵や砲とともに躍動して立体的になるのが面白いのです。
<完>
最上型巡洋艦のバラエティ
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
〇 助成金は「事業内計画」!
日本法令DVD
令和8年雇用関係助成金の活用実務
~事業内職業能力開発計画から始める助成金提案~はこちら
○ 助成金は「2階建て」!
中小企業福祉事業団セミナー
しくみをつくる、一段上の新提案!
『2階建て助成金』のコンサルティング手法はこちら
○ 助成金は「都道府県」の時代へ!
中小企業福祉事業団セミナー
厚労省/自治体の比較でトレンドを掴む!
2026年度助成金 改正点と提案ツールはこちら
〇 助成金は「賃上げ」に帰する!
産労総合研究所「労務事情」
特集 解説 2026年度の雇用関連助成金の
見直し・新設内容と活用方法はこちら
○ 助成金の無料診断、最新状況はこちら
○ メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら
=======================================================
非常に変化に富む巡洋艦です。そのココロは…
・軽巡から重巡にいきなり上がった唯一の型。… 51センチ砲搭載戦艦を作る
・軽巡時代も“準”重巡のようなカタチと大きさ。米英も似たような形があり、一時代を作った。
(米:ブルックリン級、英:サウサンプトン級)
・「最上」は再改装で航空巡洋艦にまでなった。… 日本海軍損傷復活列伝
(熊野と伊吹)
ウチでは最上型巡洋艦4隻は以下のように集まりました。軽巡やら重巡やら航巡やら、ホントにバラエティに富み「同じキットを集める退屈さ」をまぬかれることができました。
航巡 最上
最初は軽巡。15.5㎝砲15門で昭和13年に完成。昭和15年に20㎝砲10門に改装し開戦。バタビア沖海戦、インド洋通商破壊戦で活躍しました。ミッドウェー海戦で大破した後、昭和18年に後甲板の主砲を取り除き、20㎝砲6門とし航空巡洋艦になりました。昭和19年マリアナ沖海戦参加後、レイテ沖海戦で西村艦隊に属して敵の砲撃を受け、大火災を起こして処分されました。
(三隈と最上)
キットはオリジナル。観測機3機と偵察機6機を積んでいます。実際は最大11機積んで、急降下もできる水上爆撃機瑞雲も積むといわれていました。航空巡洋艦なので、想像していろいろな機を積んでバラエティが楽しめるでしょう。
(今の“もがみ”と航巡最上)
もっとも令和に完成したステルス護衛艦「もがみ」は、航空だの大砲だのを超越した、電子戦もできる多機能艦としてできました。最上の200mに対して130mの長さ、乗組員は1,000名に対し90名というコンパクトなフネです。
重巡 三隈
最上と共に初期の最上型。後期の鈴谷熊野とは、機関関係で煙突や排気口などちょっとだけ違います。バタビア沖海戦はじめ、南方で活躍しました。ミッドウェー海戦でアメリカ軍の集中爆撃を受け、最上型では一番最初に沈みました。
これはタミヤのキットで、対空兵装を大幅に増強し、ありえなかった1944年状態にしました。後部マストなども前方で、ウチのコレクションでは一番重巡としての原型をとどめています。水上偵察機は3機一杯に積みました。
軽巡 熊野
最上型4隻の中で旗艦を務めることが多かったフネ。あの栗田中将も指揮官として乗りました。ソロモンやレイテで活躍し、最上型では一番最後まで生き残りましたが、本土に帰る途中、フィリピンで大空襲で動けず、なぶり殺しのような最後でした。
古いタミヤのキット。ただし3連装砲塔はピットロードに乗せ換え。後部マストを4番砲塔直前に移し、15.5㎝砲15門のままで外観は軽巡時代です。艦橋などは改装前ですが、対空兵器などは大戦末期です。完全な架空艦になりました。
軽巡 伊吹
これはキットでコスパが良くて評判の3番艦、鈴谷の代理です。鈴谷はガダルカナル飛行場砲撃にも成功し、「ヒゲの木村」名将木村昌福少将も艦長として乗っていました。「艦長!魚雷が来ます!」「まっすぐ進め!」で艦を救った話があります。
最後はレイテで護衛空母を追いつめながら、空襲による魚雷の誘爆で沈みました。現実の重巡伊吹は最上型の続きとして造られ、ミッドウェー海戦のあと空母に改造されましたがすでに戦争末期。出撃することもないまま終戦を迎えました。
ウチのは、フジミが出した重巡伊吹のキットを、20㎝砲から15.5㎝砲に置き換えて熊野と同様、ありえなかった架空艦にしています。砲塔も回りますが、魚雷発射管も舷側から回転して出るようにしました。対空兵装その他は重巡と同じで、色を迷彩のつもりで緑色に塗っています。15.5㎝砲は戦艦大和のキットで余ったものを加工して流用しています。
(重巡と軽巡)
(航巡1隻、重巡1隻、軽巡2隻)
キットとしては、連装と3連装砲塔のすげ替えが面白いです。バタビア沖海戦(最上・三隈)やガダルカナル飛行場砲撃(鈴谷)で最上型20㎝砲、一隻あたり10門は活躍しましたが、15.5cm3連装主砲15門が一斉に敵艦に向けて火を吹く活躍も見てみたかったです。
ガダルカナル島をめぐる一連の戦いでは、同じ思想で作られたアメリカのブルックリン型軽巡洋艦(15.2㎝砲15門)が奮闘しているだけに、15門の主砲の一斉射撃などすればと、何だか惜しい気がするのです。15.5cm3連装主砲は後に戦艦大和の副砲に採用されたほどの、速射力の高い優秀砲でした。
最上型のエンジンは、戦艦大和と同じ15万馬力。他の重巡が35ノットどまりだったのに比べ、完成時37ノット出る高速巡洋艦でした。最新の溶接技術が裏目に出たこともありましたが、大戦までに克服しました。
だから常に最前線に送られ、若武者と形容され、活躍したのですが、アメリカ軍にも目を付けられ、昭和19年までにミッドウェーやフィリピンで全部沈んでしまったのです。
<完>
令和9年度予算要求、助成金のゆくえ
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
〇 助成金は「事業内計画」!
日本法令DVD
令和8年雇用関係助成金の活用実務
~事業内職業能力開発計画から始める助成金提案~はこちら
○ 助成金は「2階建て」!
中小企業福祉事業団セミナー
しくみをつくる、一段上の新提案!
『2階建て助成金』のコンサルティング手法はこちら
○ 助成金は「都道府県」の時代へ!
中小企業福祉事業団セミナー
厚労省/自治体の比較でトレンドを掴む!
2026年度助成金 改正点と提案ツールはこちら
〇 助成金は「賃上げ」に帰する!
産労総合研究所「労務事情」
特集 解説 2026年度の雇用関連助成金の
見直し・新設内容と活用方法はこちら
○ 助成金の無料診断、最新状況はこちら
○ メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら
=======================================================
(3分野)
1,業務改善助成金
助成金の中では業務改善助成金が枠に入っています。予算が25倍になりました。今まで補正予算で付けていたものを、本予算で一気に行こうということです。
今年は補助金に食われることが多いせいか、募集期間が短く、雇用保険被保険者が対象なので「使えない」事業所が多いのです。そんな欠点をさらなる賃上げの引き上げ(90円)と支給率の拡大、さらに今回短いと不評の申請期間を延長するものです。
業務改善助成金を含めた賃上げパッケージが来年度予算のトピックです。「労働市場改革」(生産性向上、労働移動、多様な雇用)の上に来ています。ラインアップは昨年と変わりませんが、労働移動以外の生産性向上、多様な雇用は要求額が伸びています。労働移動はそう簡単には進まないんでしょうね。
(賃上げパッケージ)
その労働市場改革はどうでしょうか?「賃上げ」と重なる助成金もあります。
2,キャリアアップ助成金
予算は若干減りますが相変わらず予算額1,000億近い大きい助成金です。労働市場改革の他に賃上げの一翼も担いますからね。あまり変化はないように見えます。
3,両立支援等助成金
「多様な雇用」の一翼を担う両立支援等助成金はいかがでしょう。男性労働者の育休所得にカンフル剤を打つようですね。短い休暇ではあんまり出ませんよ、長~く与えましょう、という方向にかじを切ります。東京都など「男性育児休業のリーダー」に助成金出すなんて言っていますので、やや男性育休に足踏み感があるのでしょうか?
「不妊治療」助成金も倍額以上伸びます。女性活躍スローガンはこの助成金で体現するのでしょう。女性特有の事情によりキャリア寸断の危機に陥ることは、まだまだ多いのです。
4,働き方改革推進支援助成金
賃上げと労働市場改革両方兼ねる、働き方改革推進支援助成金は、ラインアップは変わりませんが、1年変形やフレックスなど、柔軟な労働時間体制の整備におカネが降りるようになります。賃上げの加算を増やす感じです。予算額は横ばいですが、「これでもかっ!」と施策の範囲を広げた拡張ですね。
5,65歳超雇用推進助成金
「多様な雇用」の先頭を行く65歳超の助成金はどうでしょうか?予算額は若干上がりますが、内容は去年の改正以来変わりません。今年額がドンと上がった状態で変わらず、キャリアアップの向こうを行く無期雇用なども、今年のままのようです。
6,人材開発支援助成金
8月になってリスキリングがまた厳しくなった人開金はどうでしょう。「リスキリング」という文字が消えました。その名のもとに、大盤振る舞いし過ぎたという感じなのでしょうか。
人開金は一般訓練・特定訓練・団体訓練と休暇制度という4本建てに整理されます。リスキリングは勧めるが、他の教育手段も考えて助成金を選びなさい、特に教育訓練休暇などもっと使ってよ、という当局の意図が見えます。
以上おおざっぱに業務改善(賃上げ)、キャリアアップ(非正規社員福利)、両立支援(育児介護)、働き方改革(残業時短)、65歳超(中高齢者救済)、人開金(スキルアップ)が来年の「6大助成金」でしょう。助成金に携わるヒトであればこのどれか1つくらいはやることになります。その他の助成金はいかがでしょう?
トライアル雇用と人確金。トライアルは障害者向きともども2階建て助成金の基礎部分として活用され、人確金はこの10月に「外国人コース」が削られますがなお残り、変化がないのか雇用管理制度・雇用環境整備助成コースは相変わらず「賃上げパッケージ」の一角を占めています。
特開金。労働移動と多様な人材確保を兼ねる助成金ですが、物価高ぐらいを上乗せするようで、変わらないでしょう。生保と難治性以外のポピュラーな特開金は表示ありませんでしたが、それだけ今のところ変化がないのでしょう。
健康系はエイジフレンドリー補助金はラインアップは変わらず、率が増えます。また、団体経由産業保健活動推進助成金もそのまま継続です。
(エイジフレンドリーと産業保健)
助成金ではない「委託訓練」の助成金とその訓練生に対する給付は、人開金と絡んで予算微増です。「働く日本人全体で学んで利口になろうよ」と民間の職業訓練校の面倒をみて、教育訓練を行う方向は「新しい資本主義」(もう死語)時代と変わりません。
(職業訓練3羽ガラス…求職者支援訓練、教育訓練給付、人開金)
伸びるのは地域の助成金、特に医療介護でしょうね。厚労省直にはやらず、都道府県市区町村で事情が違う状況に応じておカネを出すことになっています。
資金の出所が総合確保基金と目星がつくものの、医療介護両方とも他の専門的な基金や事業の新規新規新規と、出所が多くていかに来年度はこの分野を助けようとする傾きが多いか分かります。
社労士に関するものであれば、介護士や病院の看護師の定着に関する助成金でしょうか。これらの基金・事業から来年度も地域で特色あるものが出てくるでしょう。
(地域医療介護総合確保基金)
一方、予算7兆円のこども家庭庁からも、興味深い事業が出ています。両立支援や人材の獲得などやることは、厚労省本体の助成金と変わらないのですが「企業等に」支給すると言っているものです。「こども若者まんなか環境整備事業」。千葉県習志野市では企業への助成金はないようですが、昨年度からやっています。
来年度は、大きな助成金は賃上げ達成の目的のもと、存続しますが、何が何でも賃上げ、という傾きよりは、方法をとらえて賃上げ、という方向に進むのです。
例えば休暇を増やせば、同じ賃金なら労働日数が減って賃上げになる、その休暇で学べば、帰ってきたら賃上げすべきスキルの向上につながる、というものです。東京都などはその労働時間外の有益な時間を「手取り時間」と称していますね。
賃上げするにしても原資のあるところ、原資がなくても伸ばすべきところもあります。そういうところに集中して政府が手を差し伸べるところが、一番の来年度の特色です。
<完>


































































