料理の記憶 39 「焼鳥編」 前進
「で、どうなんだ?コンドウ。今日は初めての澄店だったんだろ。どうだった?」
注文した酒のつまみは一通りテーブルの上に並べられていた。
ガミさんはコンドウも遠慮しないで食べろと言ってくれていたが、ガミさん自身が先輩2人に対して遠慮しているように見えた為に、私はもっと遠慮しないといけないと思っていた。
リーゼントリオの会話は私の知らない世界だった。
売上、人件費、原価率、利益率はどうとかこうとか言ってた。私にわかるのはせいぜい売上くらいなもので、しかしそれがその店舗にとって良い売り上げなのか悪い売り上げなのか、さっぱり見当もつかない。自分のお店以外の売り上げなど気にしたこともなかった。
会話に出てくる人物も私からすると遥か上の人たちばかりで、慰安旅行を思い出して顔を浮かべるのが精一杯だった。
「で、どうなんだ?頑張ってるのか?」
ガミさんが私に話を振ってくれた。
「あ、いや...」
振ってくれたがすぐに答えられなかった。
私は頑張っているのだろうか。
今日の失態を並べて、頑張っていますと言えるのだろうか。
今日だけじゃない。これまでの仕事も果たして…
「撃沈で。」
クドテンさんが答えた。
「撃沈?そんなに忙しかったんですか?」
ガミさんが驚く。
「13万」
苦笑いしたクドテンさんの表情と、語尾に「で。」がつかなかった時の緊張感はクドテンさんの気持ちを全て表していた。
「13万!?それで撃沈したの!?」
ふぉふぉふぉ。
ザキさんが笑う。
「おい、お前、何やってんの?自分のお店でちゃんと焼いてるんだろ?なんでそれで撃沈するんだよ。」
ガミさんの表情は笑っていない。少なくても自分と一緒に働いたことがある後輩社員が不甲斐ない仕事をしたことに腹を立てているように見えた。しかも撃沈となると、クドテンさんが代わりに焼いた事も澄店を知っていればすぐにわかるらしい。
ふぉふぉふぉ
ザキさんは笑っていた。
「すみません...」
私はただ謝るしかなかった。
「お前ね、謝っていいって問題じゃないんだよ。クドテンさんに迷惑かけるなよ。これからも澄店にヘルプ行くんだろ?いま、お前が謝ったからって次は焼けるのか?どうすんだよ。」
ガミさんの怒りはおさまらない。
「がんばります...」
私はそれ以外の言葉がでなかった。
ふぉふぉふぉ
ザキさんは笑っている...
「がんばりますじゃないよ馬鹿。なんで撃沈したんだよ。ちゃんと考えろよ。いいか、滅茶苦茶忙しくて焼くのが追いつかないっていうならそれはそれで原因があんだよ。でも今日は忙しくないんだろ?忙しくないのに撃沈したんだったら、その原因を考えろよ。じゃないと次も同じようなことになるんだぞ。」
ガミさんの怒りはおさまらない。おさまらないには理由があった。
もちろん後輩社員という前提もあるが、それだけではない。
それはクドテンさんの存在である。
今日の中で一番腹が立っているのはクドテンさんであるということ。
クドテンさんは不甲斐ない私に対して一度も怒っていないのである。
遅刻した事や焼き鳥が美味しくない事に対してはテーラーさんからお𠮟りをうけた。
そして撃沈した事に対してはガミさんからお𠮟りをうけている。
そもそもクドテンさんが優しい人なのかといえば、それだけではない。もちろん優しさもあるがそれ以上の何か、何か別な意味があるように感じたが、この時の私では到底わかりえなかった。
そんな事を考えるより、いま、ガミさんに言われてることを考えなくてはならないのだ。
「まぁまぁ、ガミも落ちついて。」
ふぉふぉふぉ。と笑っていたザキさんがガミさんを落ち着かせた。
「コンドウくんだったよね?いつ頃入社したの?」
ザキさんと会話するのはこれが初めてだった。
「えっと、1年くらい前です。正確にはまだ1年たってないです。」
私は曖昧に答えた。
「じゃあ誰と同期?」
「えっと、ビシバシさんともう一人、名前なんだったっかなぁ?」
「ふぉふぉふぉ。まぁいいや。それで何店舗くらいヘルプに行ってるの?」
「本店と澄店です。澄店が今日初めてです。」
「初めて澄店で焼いてどうだった?」
「どうだった...と言われれば、なんか焼きにくかったです。」
「自分の店とどう違った?」
「えっと...そういえばオーダーの量とか違いました。自分の店だとテーブル席が多くて同じ串をたくさん焼くことが多いんですけど、澄店はまた違う感じで...あ、でも本店も全然違うオーダーでしたけど...。」
「ふぉふぉふぉ。本店は特殊な店だからね。本店より澄店の方が客層は若いからね。オーダーも変わってくるよ。」
「確かに。でも自分の店も若い人多いですけど...」
「それは種類が違う。オーダーの量が多いと焼き方も変わってくる。」
「焼き方?」
「お前、分かってないんだな。」
ガミさんは呆れた表情を見せてそういった。
「ふぉふぉふぉ。じゃあガミ、コンドウくんに教えてあげて。」
ザキさんはまた笑っていた。
「はい。すみません。私の監督不行き届きです。」
そう言ってガミさんは姿勢を正した。
それをみた私もつられて姿勢を正した。
つづく