料理の記憶 37 「焼鳥編」 撃沈
炭火焼の焼き鳥にとって最も重要なのは火力である。
赤く燃え上がった炭を上手に使うことで、最高の焼き鳥が出来上がる。
焼き手はその炭を一つ一つ見極めながら炭を組む。
灰がかぶった炭をそのままにしておくと火力が弱くなる為、火ばさみで灰を定期的に落としながら火力を維持する。
また、炭の組み方を間違えると焼き鳥の油が落ちたところから炎が上がる。
一見、迫力があり、知らない人からすれば強火で焼いているように見えるが、私の働く焼き鳥屋にとって炎は良いものではない。
炎が上がると焼き鳥にススがつくのだ。
宮崎の地鶏焼きなどは、わざと炎を出して肉にススをつけて焼いているが、焼き鳥に着くススは黒く変色した失敗作になってしまうのである。
私達は黒く変色しないように、炎に対して十分に警戒しているが、それでいても炎が上がった場合には水が入った霧吹きなどですぐに消さなくてはならない。
それは焼き手以外にもアルバイトなどすべての従業員に伝わっているため、焼き場から炎が上がるとすぐに教えてくれるのだった。
「ファイヤーです!!ファイヤーです!!!」
「あああ、はい!ありがとう!」
「近藤さん。それ塩じゃなくてタレです!」
「ああ、ごめんなさい。」
「4卓のオーダーってあとどれくらいで焼ける?」
「クドテンさん。え~っともうすぐ焼きあがります!!」
「早くしてね!結構待たせてるから!」
「ああ、すみません。はい!」
「ファイヤーです!!!ファイヤーです!!!!!」
「あああああ、ありがとう!」
私は、必死に焼いていた。
無我夢中になって焼いていた。
お客さんを待たせていることは感じているし、炭の組み方がバラバラですぐに炎が上がってしまう状態だったが、それを立て直す余裕もなく、只々、必死に焼いていたのだ。
オーダーです!!
お土産あがりました!!
オーダーです!!
オーダーです!!
「近藤君。このお皿バラバラだよ。鳥串とつくねは一緒のお客さんじゃないよ。」
「あああああ、すみません。」
「いや、いいよ。とにかく焼きあがったものをどんどん出して。こっちで全部振り分けるから。」
「すみません。」
や、ヤバい...。
もう、どの串がお土産で、どれが塩で、どれがタレなのかわからない。
どの串と、どの串が一緒のオーダーなのかわからない。
「ファイヤーです!!」
ああ、また炎が出る。
消さなくては。
どうしてこんなに炎が出るんだ。
ああ、焼きすぎた。
大丈夫かな。ギリギリ大丈夫かな。
あ~もうわけわかんなくなってきた。
や、ヤバい...。
電話注文を受けているアルバイトから声が聞こえる。
「近藤さん!お土産20本何分でできますか!?」
何分?わからないよ。そんなの。
いま、何焼いてるんだかもよくわかってないのに。
「え~、と15分で出来ます!」
クドテンさんが止める
「あ、いやちょっと待って。お客さんに40分って言って。」
「え?」
アルバイトは驚いた表情を見せた。
「無理だよ。40分かかるって言っておいて。」
クドテンさんはもう一度、念を押すようにアルバイトと目を合わせた。
「わかりました。」
そして電話口で申し訳なさそうな声をだした。
「え~とすみません。只今、大変込み合っておりまして40分ほどお時間がかかるのですが宜しいでしょうか?」
「…はい…はい。すみません。そうですか、わかりました。申し訳ございません。」
アルバイトはそう言って電話を切った。
「すみません。さっきのお土産キャンセルです。」
私は、その光景を横目に見ながら必死に焼いていた。
「オーダーです!!」
「オーダーです!!」
「近藤君。これ、ちょっと焦げてるから焼き直して。」
「はい!すみません。」
「近藤君。これ、肉の間のネギが無くなってるから焼き直して。」
「...はい!すみません。」
「近藤君。これ、片方半生だから焼き直して。」
「...はい!すみません!!」
「近藤君。」
「はい!すみませ...」
「かわろう。」
「え!」
「もう、無理だよ。とりあえず僕と代わろう。」
え。
「僕が焼くのを見ててもいいから。お店落ち着くまでホールやって。」
あ、はい。。。
「とりあえず、これお客さんに運んでくれる?」
あ、、、はい。。
私は撃沈した。
お店の忙しさについていけず、焼き場をクドテンさんと交代したのだ。
これは、私が焼き場に入って初めての経験だった。
今までも何度と忙しい状態があったが、焼き場を途中で交代することはなかった。
クドテンさんはギリギリまで我慢してくれていたと思うが、私のパニック状態をみて、交代を告げたのだった。
つづく