料理の記憶 40 「焼鳥編」 焼き方
姿勢を正した私は、ガミさんから大切なことを教わった。
クドテンさんやザキさんは黙ってそれを聞いていた。
私は今、とても貴重な時間の中にいる。そう感じたのだった。
「まず初めからいくぞ。」
「はい。お願いします。」
「お前、今日撃沈したときお店の雰囲気はどうだった?思い出してみろ。」
「えっと...お店はとても忙しかったです。アルバイトもバタバタしてたし、ネタ出しも忙しそうでした。」
「それでクドテンさんと焼き場を交代したんだろ?それからどうなった?」
「いや、なんか急に暇になりました。あれって感じで。アルバイトも落ち着いてたし、それでクドテンの焼き場がすごくてなんか焼き台に乗ってるネタが、どのオーダーか全部わかってた感じでした。僕なんか自分で焼いててもどれがどれだかわからなくなってきて、パニック状態になってたのに。」
「お前の焼き方とクドテンさんの焼き方はどう違ってた?」
「どうって、それは全然違いましたよ。早いし、奇麗だし、美味しそうだし...」
私はテーラーさんにお前の焼き鳥は美味しくない。と言われたことを思い出した。しかしそれをガミさんに言わなかった。なんだかガミさんがそういう事を言っているわけでは無いような気がしたからだ。
ふぉふぉふぉ。
ザキさんはまた笑っていた。
そしてクドテンさんは何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
「まぁ、いいよ。話を変えるぞ。澄店と自分の店違いはなんだったっけ?さっき自分で言ってたな。」
「自分の店はテーブル席が多いから団体客が多くて、それで焼き鳥も10本とか単位で注文されます。澄店は、えっとお土産が多かったです。あと2名のお客が多くて、頼まれる本数も大体2本とかでした。あとオーダーも色んなオーダーでした。本店は豚とレバーばっかり出てたけど、それとは全然違います。」
「それでお前はどうやって焼いてた?」
「どうやってって、ネタ出しの人が順番に置いておいてくれるのでそれを片っ端から焼きました。でも途中からお土産とか入って、それが30本40本単位だと焼き台に乗りきらない状態になりました。それで僕が焼くの遅いからお土産分焼いてると店内のお客の分が遅くなったんで、お土産からそっちにまわしたり、なんか色々やってるうちに訳が分からなくなって、どれとどれが一緒なのか、もう、本当にパニックです。」
「わかった。いいか、あのな、お前が撃沈したのは焼き方が遅いからじゃないんだよ。」
「え?」
「スピードも関係あるけどな、それは動きの問題だろ。」
「動きですか?早く動く?焼くスピード?」
「違う違う。いいか、焼き鳥の焼ける時間なんてものは大体決まってるだろ。どれだけ動きが速いからって肉に火が通る時間なんてものは大体変わらないんだよ。後付けで火力を強くするとかはあるけど、それでもそんなに変わらない。そもそもクドテンさんはお前が仕込んだ炭で焼いていたんだろ?火力は一緒なのになんで早く焼けると思う?」
「そういえば...そうですね。なんでだろう。」
「クドテンさんはそのオーダーがどんなオーダーで何人で食べるのかを全部わかってるんだ。もちろん店内を見て、いちいちお客さんを見てるわけじゃない。」
「それは、僕も何となくわかってたつもりで...」
「何となくじゃダメなんだよ。いいか、焼き場はネタ出しとの連携が重要なんだぞ。澄店のネタ出しはお前にちゃんと説明してたと思うぞ。」
「確かに説明してくれていました。でもそれでネタを出してもらっていて、それを順番に焼いてたんですけど。」
「お前な、ネタ出しに出されたネタをただひたすら順番に焼いたらどうなるかわかるか?」
「え?それは乗せた順番に焼けていくんじゃ...」
「違うよ。火の通りやすいネタから順番に焼けていくんだよ。そしたらどうなる?」
「あ、えっと火の通りにくいネタが焼き台に残ります。」
「だろ。その後どうなる?」
「僕は隙間にのせる焼き方じゃないので、串をずらしていって火の通りにくいネタが一緒になっていきます。」
「だな。んで、どれがどれと一緒なのかわからなくなるんじゃないのか?例えばお土産と店内の区別がつかなくなったりするんだよ。焼き場のベテランになればそれでもわかる人もいるけどな、お前にはまだ早いだろ。」
「確かにそうです。そうでした。正にそれでパニックです。」
「正にじゃないんだよ。いいか?その前に聞くけど、じゃあどのネタが火が通りやすくてどのネタが通りにくいネタかわかるか?」
「何となくですけど、手羽先とかつくねとか火が通りにくいです。」
「だから何となくじゃダメなんだよ。いいかお前、今までに何千本、何万本焼いてきたんだ?」
「そ、それは...」
「例えば豚と鳥を一緒に焼き始めるとどうなる?」
「豚のほうが先に焼きあがります。」
「だろ。じゃあ鳥とつくねと手羽先を一緒に焼き始めたらどうなる?」
「えっと大体同じような時間に焼きあがります。」
「じゃあ、さっき豚のほうが焼き上がり早いって言ってたけど、豚と同じような時間に焼きあがるのはなんだ?」
「え~、なんでしょうか。巻き物系とかかな...あと野菜とか...かな。」
「お前はな、まずはそれを把握しろ。すべてのネタだ。すべてのネタの焼きあがる時間を覚えろ。」
「全てですか!?」
「馬鹿!焼き手は全員知ってるよ。」
「え~!?ほんとですか?でもそれを知ったからってどうなるんでしょうか?」
「いいか、何も知らずに順番に焼き台に乗せていくと一つのオーダーがバラバラに焼きあがるな。そこまでわかっただろ?」
「は、はい。」
「そうした結果お前は多少の忙しさでパニックになったんだろ?」
「はい。。。」
「さらに言えばだ、一つのオーダーがバラバラに焼きあがることで、ホールの従業員はお客さんに持っていく回数も増えるんだよ。わかるか?そうすると従業員も忙しくなる。」
「あ、、、!?」
「話をまとめるぞ。いいか、まずはネタ出しはお客さんからオーダーされた半分をお前に出してるんだ。なんでかわかるか?それはオーダーした注文が全部一緒に焼き上がるとテーブルがいっぱいになる。さらに食べようとしたとき焼き鳥が冷める。だから半分にしているのは知ってるよな?」
「はい。最初に教えてもらったときに聞きました。」
「そう。ネタ出しは、注文されたオーダーがどういうタイミングでお客さんに提供できるかを考えてるんだよ。焼きあがるスピードってのは大体一緒だからだな。さっき言ったな。それをお前は、さらにバラバラに焼き上げてる。一緒のお皿に4本乗るものを2本ずつ小分けで、しかも大した時間差もなく、理由もなくだ。それで店内はバタバタになる。」
「......。」
「お前がすべてのネタの焼きあがる時間を把握できていれば、提供する時間も合わせることができるんだ。それは店内に限ったことじゃなくお土産も一緒だぞ。さらにどのネタを最初に焼けばお客さんに早く提供できるのかわかるようになるんだぞ。例えば鳥とつくねと豚と砂肝を注文されたとするわな。それを忙しい時間に順番に焼いていたら鳥とつくねは火が通りにくいから提供時間も遅くなる。そこで火が通りやすい豚と砂肝を先に焼く。それをまず焼いてから空いたスペースに鳥とつくねを乗せていくんだよ。それもバラバラじゃないぞ。鳥とつくねは一緒に焼くんだ。そのセットがあることによってこれは店内オーダーされたものだっていう目印になるだろ。何でもいい。何でもいいから自分の目印になるように焼き台の上をデザインするとパニックにならなくなる。自分の焼き方ルールみたいなものを作るんだよ。それにはまずはネタの特徴、焼き上がり時間、お客さんの食べる順番も把握しておかなければならない。わかるか?」
私の返事を待たずしてガミさんは続けた。
「それでお前がパニックになった原因とクドテンさんが交代して店内が落ち着いた理由がわかるな。あのな、忙しいお店の焼き鳥っていうものはだな、美味しいってだけじゃ成り立たないんだよ。1本2本を真剣に焼いてそれなりに美味しいなんてものはある程度修行を積めば誰にでもできるんだ。俺らの働くお店はな、1日に1000本2000本の世界なんだぞ。それをいかに美味しく、そして待たせないように焼き上げるのが俺たちの仕事なんだよ。だからその1000本2000本を美味しく焼くために焼き手のリズムは崩れちゃいけないんだ。お前はお前のリズムを作っていくんだよ。わかったか!」
「あ、あ、あ、、、。」
私は言葉もでなかった。頭をガーンと打ち砕かれたような...とにかく言葉がでなかった。
焼き場の仕事、普段の先輩たちはどうやって忙しさをこなしているのか。
ガミさんはそれを丁寧に説明してくれていた。
ガミさんは言う。もちろんこれが焼き場のすべてではないと。こんな事は初歩中の初歩だとも言ってた。
全てではないが私はこの時、焼き方ということを少しわかった気がしたのだった。
ふぉふぉふぉ。
ザキさんは頷きながら笑っていた。
「ガミもご立派で。」
クドテンさんは嬉しそうにガミさんを見ていた。
私は焼き場を何一つわかっていなかったのだ。
ただ焼ければいい、ただ言われた通りにこなしていればいいと思っていた。
先輩たちの焼き手はそれぞれ、自分流のやり方を見つけ出していたのだ。
そんな中私はある言葉を思い出した。
「あ、そういえば!?慰安旅行の時にサカさんにお前は焼き場の事なんにもわかってねーよって言われました。あれはそういう事だったのか。。」
ふぉ、
ザキさんの笑いが止まった
「なに?コンドウくんサカに言われたの?」
「はい。言われました。僕はサカさんと一緒に働いたことないんですけど、確か一つ年上で社歴もそんなに変わらないと思うんですけど、サカさんもさっきガミさんが言った焼き方が出来るんですか?」
ふぉふぉふぉ。
「サカは焼けるよ。しかも焼き方が抜群に早い。」
「え?」
そこにガミさんが付け加える。
「あのな、コンドウ。ちなみにお前と同期だって言ってたビシバシも既にそういう自分流の焼き方はできてるよ。」
「えええ!?」
そして最後にクドテンさんが言った。
「コンドウくんはこれからで。」
こうして長い長い澄店の一日は終わった。
私はこの日から何かが大きく変わっていったのだった。
つづく