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料理の記憶 25 「焼鳥編」 70万

私が初めに働いた一の店は広い。

A館と呼ばれるコの字型のカウンターには40席程度の椅子があり、その中だけでも従業員は4人いる。

焼き場、ネタ出し兼レジ担当、A館洗い場、接客などである。

さらにB館には25席程度のカウンターがあり従業員は3人いる。

焼き場、B館兼テーブル席の洗い場、ネタ出し兼接客である。

その他にもテーブル席が4人掛けで8ヶ所ある。

テーブルの接客を担当するのが2人。そのうち1人は玄関でお客様を案内する(司令塔)のような役割があった。

この司令塔がお店を回しているといっても過言ではない。

常にお客様の状況や空席状況を把握し、的確にお客様を案内する。

A館に空席があったとしても焼き場が忙しければB館に案内する。

 

A館の焼き場ではカウンター席の注文とテイクアウトの注文を担当する。

B館の焼き場ではカウンター席とテーブル席を担当する。

 

忙しいのはB館の方で、カウンター席の目の前で焼きながら接客も担当したり、テーブルオーダーの大量注文をこなす。

週末になれば200人以上のお客様が来店し、4時半オープンから長蛇の列となる。

先輩社員のヤマさんともなると忙しすぎて制服のハッピから乳首がこぼれる。それを直す事もできないくらい忙しいのか、もしくはわざとお客様に乳首を見せているのかわからないが多分後者であろう。みんなそう言っていた。

怒涛の忙しさは1日の売上70万円を記録した。

 

1本100円程度の焼き鳥で70万円を売り上げるのだから相当なものだ。

後に別の店舗で100万円を超えた事もあった。

まさにこの焼き鳥チェーン店は勢いがあったのだ。

 

そんな中で新体制となった私の職場は最初は大荒れだった。

花形であったガミさんがいなくなり、焼き手のホープとも呼ばれるテーラーさんもいなくなった。

この2人を埋めるのは私とドイちゃんであり、なんとも頼りない。

さらに店長の交代が大きな波紋を呼んだ。

ツチテンさんは人柄こそ変なところがあったが、リーダーとしての資質があった。

ツチテンさんを嫌うアルバイトも少なくなかったが、やはり店長は店長であったのだ。

 

そこで代わって入ってきた課長は真逆とも言える人物である。

人柄がよく従業員の面倒見もいい。

私やドイちゃんなどは直ぐに打ち解けて交代を喜んだくらいだった。

しかし、どうしょうもない人だった。

 

お酒が好きすぎて営業中にコッソリお店の焼酎や日本酒を飲んだりする。

最初はお客様から見えないようにしゃがんで飲んでいたが、そのうちタックハーシーさんに見つかり、今度は従業員にも隠れて飲んでいた。アルバイトに見つかっても直ぐに報告されてしまうが、唯一私とドイちゃんはそれを面白がって見ていたためA館で2人が焼き場に入ると堂々と飲んでいた。

 

あり得ない。と思うかもしれないがこの頃はそんな上司が沢山いた。

すべての店を指揮できる部長と呼ばれる体格のいい人は、各店舗に自分用のウイスキーのキープボトルを用意していた。視察に訪れる際、必ずウイスキーを飲みながら談笑して帰っていく。

それこそ人柄がいいのだが当時今ではあり得ないほどセクハラもする。女性アルバイトの胸をもんだりお尻を触ったりするのはあいさつ程度にしか考えていなかった。決して許される行為ではないが、そういう人だったのだから仕方がない。

 

ある日、私を含めた新体制の歓迎会が行われた。

営業終了後、従業員総出でススキノに繰り出し、ドンちゃん騒ぎが行われた。

2次会、3次会、と続くうちに人が少なくなり、残ったのは私とドイちゃん、課長、タックハーシーさんだけになった。

何次会か忘れたが最後に課長の馴染みのスナックへ行った時のことであった。

 

4人ともお酒がだいぶ入った状態で和気あいあいとしていたのだが、急にタックハーシーさんが課長に向って怒り始めた。

 

「課長!いいですか!今のままの働き方じゃ誰も従業員はついてこないですよ!」

「なんだよ急にえへへへ。」

 

「えへへへじゃないですよ!ちゃんと聞いてください!」

「まぁ、そのうちね。まだ日が浅いからさ、そのうち慣れるよ。私も」

 

「そのうちじゃダメなんですよ!全然わかってないじゃないですか!いいですか?コンドウやドイちゃんは入ってきたばかりなんですよ。それを最初から課長みたいな人が上司になったらどんな育ち方すると思いますか?酒ばっかり目を盗んで飲んで。ダメですよ!」

 

「あれ?知ってたの?ははは。」

「はははじゃないんですよ!いい加減にしろよ!ふざけるなよ!」

 

「なんだよその言い方は。私はそれでもあなたの上司だよ。店長だよ。」

「だから言ってるんじゃないか!そんな風に言うならちゃんとしろよ!」

 

「まぁまぁ、今日はさ、歓迎会なんだから、楽しく飲もうよ。タックハーシーもほら落ち着いて。ね。」

「いや、今日は言わせてもらうよ。あんたがどんだけ会社に甘やかされて今まで何もできなかった事とか、知ってるんだよ。どうしてこの店の店長になったんだよ!課長は降格になったんでしょ?仕事できなくて課長じゃいられなくなったんだよ。」

 

「おいおい、そこまで言うことないぞ。いい加減にしろよ。」

「そんなお荷物を俺は預けられたんだよ。ガミさんもいなくなって主任は俺一人だよ。あんたがしっかりしないと責任は全部俺に回ってくるんだよ。コンドウやドイちゃんはまだまだ未熟なんだから、だけど頑張ってやってるよ。その面倒も俺は見るけどあんたの面倒まで見れないよ。あんたがそれじゃ俺は誰に頼ればいいんだよ。」

 

「...。」

「俺はあんたを怒るよ、𠮟るよ。それが会社的にダメだっていうなら違う店に移してもらうし、辞めたっていい!その覚悟だよ。あんたにその覚悟はあるのか?」

 

「...。」

「無いならあんたが辞めちゃえよ!いらないよそんな奴。」

 

 

ぽっかーんと見ていた私とドイちゃんはあっけにとられた。

いつの間にか飲んだ酒も抜けているくらい衝撃的だった。

厳しいタックハーシーさんが本気で怒ったのを見たのは初めてだった。

私たちにはバカヤローとか言って笑いながら頭をはたいたりしていたが、今回のこれは違うぞ。と19歳の私なりに感じたのだ。私にとって大人がこんなに怒ったのを見たのは初めてだったのだ。

今まで数々の職場を経験してきたが、上司が私に対して𠮟咤激励するのは愛情でもある。

怖い人は沢山いたが、それも部下に対しての行いであり、部下が上司に対して怒るというのは経験がない。

 

タックハーシーさんこそまだ20代半ばであったが、課長に関して言えば50歳くらいの年齢である。

そんな年の差を弾き飛ばすほどの怒りだったのだ。

この時、タックハーシーさんがここまでお店のことを考えて悩んでいたこともこの時初めて知った。

 

私は下を向きながらもチラチラと両方の顔を見た。

タックハーシーさんは怒っている。その怒りは収まる気配がない。

課長は最初ヘラヘラしていたが、今は私と同じく下を向いている。

今までのタックハーシーさんの思いが、爆発したようで次々と怒りの言葉が課長を攻める。

 

課長は震え始めた。

もしかすると課長もこれだけ言われてさすがに腹が立っているだろう。

いつも温厚な課長がもしかしたら爆発するかもしれない。

こう言う人が爆発すると怖い。

下手すれば大喧嘩になり殴り合い、いや、流血を見てもおかしくはないぞ。

そうなれば、止めるのは私たちだ。

マジか...どうしよう。

 

課長はさらに震え、ついにバッ!と立ち上がった!

ヤバい!始まる!?

ちょっ!とと私も立ち上がり2人を止めようとしたその時

 

課長は「うぇ~~ん!」と言って泣き始めた。

大粒の涙を流し、そのままお店の出口へと走り去っていったのだ。

 

え?え?

私は状況が理解できず立ち上がったまま啞然とした。

そこにドイちゃんが立ち上がり、課長の後を追ったのだ。

残された私とタックハーシーさんは顔を見合わせた。

 

「ごめん。変な感じになっちゃって。」

「あ、あ、あ、はい。いや、大丈夫です。」

 

「大丈夫かな。課長。」

「あ、いや、どうでしょうか。だいぶやられてましたけど。でも今ドイちゃんが行ったから、、、」

 

「ああ。ドイちゃんにも謝っておいて。俺、帰るわ。」

「はい。あ、いや、俺も帰ります。」

 

そうしているうちにドイちゃんが帰ってきた。

「大丈夫だった?課長は?」

 

 

結局、その後課長は外で泣いていたという。

ドイちゃんがそれを発見し近づくと、これ。と言ってお金を渡された。

そのお金を握りしめたままドイちゃんは帰ってきて、お店の人に渡した。

3人とも言葉を発しないままお店を後にしたころには課長の姿はなかった。

 

この衝撃的な1日を私は忘れない。

その後、お店はどうなったかというと、まるで何事もなかったかのように営業していた。

タックハーシーさんも普通に出勤して元気よく働いているし、私やドイちゃんの頭をはたいたりしている。

課長はというと、いつもと変わらずヘラヘラしていたが、隠れてお酒を飲む事はなくなったのだった。

 

 

つづく