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料理の記憶 32 「焼鳥編」 慰安旅行4

「缶ビールは私の部屋に用意してありますので飲みたい方は来てください!」

 

こうして地獄の夜は始まった。

宴会で出された夕食に印象はない。

よくある宴会のよくある食事である。

まるで修学旅行でも同じ料理を食べたのではないかと思うほど時代は変わっていなかった。

ただ、修学旅行と違うのはそこにアルコールがあることである。

栓が抜かれた状態の瓶ビールは瞬く間に入れ替わる。

鍋用に用意された可燃性の固形燃料が燃えていたか、消えていたか覚えていない。

あちらこちらで瓶ビールの注ぎ合いが行われる。

社長の両手には数少ない事務の女性社員が座っている。

みんな何が可笑しくて笑っているのか下っ端の社員である私にはわからなかった。

この場の雰囲気が宴会を盛り上げる。

 

そこに余興という名のカラオケ大会が始まった。

ふすまが開いて登場したのは女装をしたツチテンさん(現ツチマネ)であった。

「おお~!待ってました!」と言わんばかりの拍手が起きる。

 

流れ出した音楽は石川さゆりの「天城越え」だ。

なんとその曲をツチマネさんは踊りを加えながら見事に歌いこなしている。

啞然とした私とドイちゃんを差し置いて、会場は大盛り上がりだった。

どうやらこの曲はツチマネさんの十八番らしく、古株の社員たちは皆さんそれを知っているようだった。

 

ツチマネさんは身振り手振りで天城越えを全力で歌っている。

歌が後半に差し掛かってから会場の雰囲気は変わり始める。

「もうやめろー!」

「ぶさいく~!」

「ばかやろー!」

などといきなり罵声が飛び始めた。

どうやら古株の社員たちはその様子を見飽きているらしく、ツチマネさんが気持ちよさそうに歌えば歌うほど面白くないらしい。

 

 

「でていけ~!」

「飯がまずくなる~!」

ひどい有様だ。

 

となりにいたオカさんも声を挙げている。

「ふざんけんなー!」

 

おい!コンドウ!お前もなんか言え!

急にオカさんは私に罵声を浴びせろと言ってきた。

「いや、でもそれはさすがに...」

「大丈夫だって。誰が何て言ったかなんてわからないから。」

「今のうちだぞ!言っちまえ。」

 

えええ…

じゃじゃあ

「やめちまえ~!」

私は大きな声でそれをぶつけた。

わははは。と私の周りで笑いが起きた。

 

歌はそのまま佳境になりツチマネさんはまるで昇天したかのように天城越えを歌い上げた。

 

私はツチマネさんのそういった姿を見るのは初めてだった。

少し感動すら覚えた。

 

こうして宴会は瞬く間に終わった。

自分がご飯を食べたのか食べていないのか覚えていない。

それほどまでに忙しく慌ただしい宴会であった。

 

各自、自分の部屋に戻り一旦休憩をしたいところだがそうはいかない。

すぐに先輩社員から呼び出しをくらい缶ビールを持って来いということだった。

そうだ、忘れてた。缶ビールはどうやって冷やしたんだろうか。

 

幹事の人が示した部屋に入り「すみません。缶ビールありますか?」と聞いてみた。

「おお~あるよ~。好きなだけ持って行って~。」

私はそのまま部屋に入って辺りを見渡してもそれらしきものが無かった。

「違うよ。風呂場だよ。」

「え?」

 

部屋についている風呂場をのぞいてみると浴槽に大量の缶ビールが氷とともに浮かんでいた。

「うわ!すごい量ですね!」

浴槽に入りきらない缶ビールはまだ箱で3ケースくらいあり、浴槽の中だけでもゆうに100以上の缶ビールはあっただろうか。

「この氷どうしたんですか?」

「それは宿の人にもらった。最初はね氷も買ってきたんだけど、全然足りなくて宿に聞いたら氷くらいいくらでもありますよっていうもんだからさ、じゃあ浴槽に入るだけって言ったらびっくりしてたよ。」

 

確かに、これは缶ビールを大量に冷やす最適な方法だと思った。

それにしてもこの会社のアルコールに対する執念というかなんというか、凄まじさを感じる。

 

私は浴槽から持てるだけの缶ビールを持って先輩社員の部屋へ運んだ。

「おう。まだビールあった?」

「あったなんてもんじゃないですよ。いったい何本飲むんですかってくらいありましたよ。」

「まじ?俺も後で見に行こう。」

 

そこにヤマさんが部屋に入ってきて「おい、近くにスナックあるから飲みに行こうぜ」と私とドイちゃんを誘い出した。

「え~、大丈夫ですか?そのスナック」

「大丈夫って何がだよ。スナックはスナックでしょ。」

「ぼったくられたりしないですかね~。」

「大丈夫だって、俺金持ってるから。なんかあっても心配するなって」

「マジすか!?」

 

ヤマさんが金持ってるって自分から言うことは珍しい。

どちらかと言えばケチな方であまり自分からお金を出したがらない人だった。

そんな人が自ら私たちを誘い出しスナックに連れて行くなんて、これも慰安旅行の魔法なのかもしれない。

 

私たちは結局6人でスナックに行くことになった。

ヤマさん、オカさん、私、ドイちゃん、タックハーシーさん、サカさんだった。

サカさんは別の店舗で焼いていて、まだ一度も一緒に働いたことはないが、どうやら年齢が私の一つ上の若い社員だった。

目が鋭く少し威圧的なところもあったため、年齢が近いということもあるせいか、私は少し避け気味で接していた。

スナックに行く途中のエレベーター内での出来事だった。

 

「おい、お前かコンドウってのは。」

サカさんが私に寄ってきた。

「はい。そうですけど何か?」

「何かじゃね~よ。いいか、お前が会社に入ってくるまで俺がこの会社の最年少社員だったんだよ。」

「はぁ。」

「はぁ。じゃね~よ。お前のせいで俺の記録塗りつぶしやがって、覚えとけよ。」

「はぁ。」

 

私は彼がいったい何に怒っていて何を覚えておけばいいのかわからなかったが、とりあえず覚えておいた。

 

少しメンバーに不安を感じながらスナックに着いた。

店内は薄暗く、ボックス席が数か所あるだけの小さな作りだった。

いかにも温泉街にあるスナックという感じで、従業員の女性は4人いて、どの人も年齢不詳に見えた。

20代には見えないから30代かなって思っているともしかしたら40代かもしれないって思うようになってその先は考えないようにしようと決めた。

 

何故かテンションが高いヤマさんが好きなの飲めと言わんばかりに先導してくる。

私はウイスキーの水割りを注文して、ほかの人もビールであったりそれぞれ注文していた。

「やきそばもくいて~な。」

「は?」

突然ヤマさんはどこのメニューを見て言い出したかわからないが焼きそばを注文しだした。

「焼きそば食べるんですか?さっき飯食べたでしょ?」

「いいじゃん。食べたいんだから。お前らも食べる?」

「いや、結構です。こんな所で焼きそば頼んで値段も書いてないし大丈夫ですか?」

「大丈夫だって。焼きそばだよ。知れてるでしょ。」

 

そういいながら運ばれてきた焼きそばをむさぼるようにヤマさんは食べ始めた。

 

まぁ、ヤマさんが払うって言ってるんだし、別にいいか。

 

それから40分くらいそこにいただろうか。

従業員の女性が「そろそろ45分ですけど延長しますか?」と言ってきた。

「え?時間制だったんですか?」

「そうですよ。どうしますか?延長しますか?」

 

やばいな。

これは結構料金とられるパターンだ。

だけど、ここで帰れば最低限に抑えられることは間違いない。

40分間、私達はほとんど従業員と話すこともなくそれでいて時間制だなんて変だな。

ヤマさんに至っては焼きそばしか食べていない。

というか、焼きそばが一体いくらだったんだろうか?

 

お会計してください。

「え?コンドウ帰るの?」

ヤマさんが驚いたような表情を見せている。

「いや、帰りましょうよ。何しに来てんだかわからないですよ。従業員が席につくわけでもないし。」

「別に俺たちだけで話すなら宿でもできるでしょう。」

ドイちゃんも危険を察知したのか、帰ろう帰ろうと言い出した。

 

マジか。俺、焼きそばしか食ってないな。

まぁいいや。いくら?

 

「3万2千円になります。」

 

「はぁ?!高!」

ヤマさんがめちゃくちゃ驚いた表情をしている。

6人で1人5千円だとして焼きそばが2千円ってところか。

まぁ、登別でこの料金は高いけどススキノだったらよくある話だな。

むしろ焼きそばの2千円が良心的な気がする。

ススキノだったらポッキー数本で千円とかざらにあるし。

 

私は思ったほどのぼったくりじゃなくて少し安心した状態だったが、ヤマさんは怒りが収まらなかった。

「なんで!?なんで3万2千もするの?俺ら30分くらいしかいなかったでしょ?」

「酒だってほとんど飲んでないし、高すぎるよ!」

 

「ヤマさん。仕方ないです。やめましょう。先にシステムを聞かなかった俺らも悪いですし、しょうがないですよ。焼きそばも食ってるし。」

 

「ええ~!まじで?じゃぁ焼きそばはいくらだったの?あれ冷凍のやつでしょ!?」

「ヤマさん、冷凍とかそうじゃないとか関係ないんですよ。こういう所で焼きそば頼む方がおかしいですよ。」

「とりあえず、払って出ましょう。」

 

「ええー...」

ヤマさんは自分の財布を開きだしてこう言った

「俺1万しか持ってないよ。」

 

 

「えええええええ!!」

みんな一斉に起ちあがった。

 

 

つづく