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料理の記憶 33 「焼鳥編」 慰安旅行最後

私達はタックハーシーさんの部屋にいた。

缶ビール貯蔵タンク部屋から大量のビールを持って来て適当なつまみを広げて飲んでいた。

結局スナックの代金はみんなの持前から出すことになり、私も5000円支払った。

今飲んでいるメンバーはスナックの時と変わっておらず、同じビールを飲むのに、どうしてお金を支払わなければならなくなったのかわからなかった。

 

ヤマさんは「あんな店二度と行かない」と言っていたが、そりゃそうだろと誰もが突っ込みたくなった。

むしろ私達はあなたと二度と行かないと思っていた人もいるだろうと思った。

 

サカさんが「マネージャーたちの部屋に行ってみよう」と言い出したので、私はそれほど興味がなかったがそれを半ば強引に連れていかれるような形になった。

 

「こういう機会に顔を覚えてもらうんだよ。」

「はぁ。」

「覚えてもらったら一緒に働くときに話しやすいだろ。」

「なるほど...」

 

実際に私の一つ上であるサカさんはほとんどの社員から顔を覚えられていた。

私は焼けるようになったら覚えられると教わったが、そうじゃない方法があるのかと思った。

 

「そうじゃねーよ。お前も社員なんだから焼けなきゃだめだよ。」

「はぁ、でも既に焼いていますよ。」

「わかってねーよ。お前は。」

「はぁ。」

「お前と一緒に働いたことないけど、俺はお前より焼けるからな。」

「はぁ。でも僕も焼けますよ。」

「焼けねーよ。」

「なんでわかるんですか?」

「わかってねーから。」

 

マネージャーの部屋に行く途中でサカさんとこんな会話をしていた。

タックハーシーさんとオカさんもその話を黙って聞いていたし、ヤマさんやドイちゃんは聞いてすらいなかった。

 

一つ上のサカさんと今日初めて出会い、少し威圧的な態度でありながらも、私の知らない仕事の何か?をすでに知っている様子だった。特に「焼ける焼けない」ということに関して、とても気持ちが熱い人だった。

この後、サカさんと一緒に働くのは数年後になるが、その間にも何度も飲みに行った一人である。

 

マネージャーの部屋にはツチマネさん、タイガー、ハタサン、各店の店長たち、その中には本店のムラさんなどもいた。さらにはテーラーさんの姿もあった。

 

私達が入るや否や、怒号が飛び交っていた。

「俺はツチマネは嫌いだね!」

「昔から気に入らなかったんだ。あんたのやり方。」

「何が気に入らないんだ!?あんたの方こそ何やってるんだよ!全然だめじゃないお店の売上。」

 

言い合っているのはツチマネさんとタイガーだった。

 

「ほらまた。売上、売上ってそこばっかりだろ!?あんたこそ社員やアルバイトの教育できんのかよ」

「は?俺はマネージャーだよ。上が俺に教育して欲しいって言ってきたんだよ?あんた達が今まで接客サービスについて無知だったから俺が変えてるんだよ。ダメなんだよ今までのような焼鳥屋じゃ。これからは若い女の子とかも入れるような店にしないとつぶれちゃうよ。」

 

「なーにが若い女の子だよ。あんたはセクハラばっかりしてたじゃないか昔から。あんたの店のアルバイトたちはあんたの事嫌いだったって聞いたことがあるぞ」

 

私からすれば気軽に話しかけることすら出来ない上司たちが本気の言い合いをしていた。

そこにいた各店長たちも声を出すことができなく見守っている。

タイガーはツチマネさんと同期に近いらしい。なんならハタサンやタイガーの方が上だと聞いた。

タイガーはこの時あるお店の店長であったが、ツチマネさんは既にマネージャーに昇格している。

つまりこの時点でツチマネさんは会社の歴史、代々続く「年功序列制度」を破ったのだ。

 

タイガーやハタサンはツチマネさんの仕事のやり方と意見が合わないらしく腹を立てていた。

日頃から思っていたうっぷんをツチマネさん本人にぶつけていた。

ツチマネさんもツチマネさんで、今までの会社のやり方は時代遅れだと豪語し、中年層。主に男性というイメージの強い「焼き鳥店」を若いお客さんに来てもらえるように従業員意識改革を行っていた。

 

昔からある古臭い焼き鳥店のイメージを変えると言ったツチマネさんの言葉は当時の役員たちに響き、年功序列の壁を越えて見事にマネージャーに昇格したのだと、この数週間後、先輩に教えてもらった。

 

 

「この中に一の店の奴いるか?おい?テーラー!お前一の店だろ?」

「いや、違いますよ。俺は澄店ですよ。」

「じゃぁ誰だ?一の店やつは?」

 

タイガーは突然一の店の社員を探し出した。

 

「おい。テーラー。一の店の奴はどいつだ?」

「なんで俺に聞くんですか。そこにいますよ。タックハーシーさん、ヤマさん、オカさん、あとコンドウとドイ。」

「コンドウ~?ドイ~?誰だ?知ってるかハタ。」

「いや、知らない。」

「まぁいいや。おいタックハーシー。お前ツチマネが店長だった時大変だったろ?セクハラばっかりしてただろう。」

 

タックハーシーさんは困ったような顔をして答えた。

「いや、まぁ大変と言えば大変だったですけど、でも実績上げていたし、実際一の店には若いお客さんも多いですし...」

「そりゃ立地だよ。あんだけ町中にあれば来るでしょ。ははぁ?お前もツチマネ派だな。」

「なんですかそのツチマネ派って?」

 

なんだか凄いとばっちりが来たような気がする。

上司同士の喧嘩だと思っていたが、その矛先は私たち社員にまで広がっていった。

そもそも、このような議論が行われる原因はビールである。

大量のビールを飲むことによって、日ごろの不満や発散を言い合う。

つまり皆、酔っぱらっていたのだった。

 

社員が酔っぱらい始めるとこういった言い合いの喧嘩になることはこの後も何度もあった。

私が働いていた焼き鳥店の名物ともいえる光景になる。

自衛隊上がりやプロボクサーなど血の気の多い社員も多く、当時店長たちの間で流行っていた車はベタベタのセルシオ、クラウン、マジェスタなどであり、店長の3分の1はリーゼントだった。

大半が若い頃ヤンチャをしてきた人たちであり、お酒の席ともなると血の気が多くなる職場だったのだ。

 

「そこの新人2人は?どうなの?焼けるのか?」

「はい!焼いてます。」私は慌てて答えた。

「焼いてますって、そりゃ社員なんだから焼くだろう。じゃなくて焼けるのか?って聞いてるんだよ。」

「え?まぁ、どうでしょうか…。B館で焼いてますけど。」

「なんだそりゃ?おいタックハーシー。どうなの?」

 

タックハーシーさんが首を振る

「いや、まだまだですね。」

「まだまだか。」

「はい。コンドウはまぁヘルプにも行かせてますけど、ドイはまだ行かせられないですね。」

「お?コンドウはヘルプ行ってるのか?どこよ?」

 

タイガーとハタサンが同時に私に聞いてきた。

 

「本店です。月に15日くらい行ってます。」

「本店!?本店じゃ何にも勉強にならないだろう。本店じゃ焼けるって言わないよ。」

 

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。」

そばにいた本店店長のムラさんが慌てて訂正した。

「そんなことないですよ。本店だってちゃんと勉強になるでしょう。ひどいなぁ。」

 

そこにツチマネさんが何かを思いついたように私に向かって話し始めた。

「あ!そうだあんた澄店行って。澄店のヘルプならできるでしょ。」

 

「ちょっ!ちょっと待ってくださいよ!なんでコンドウなんですか!?」

澄店在籍のテーラーさんと横にいた店長のクドさんが慌て始めた。

 

「なに?だって澄店、人ほしいって言ってたじゃない。テーラーが休みの日にコンドウ行かせたらどう?」

 

ツチマネさん提案はこうである

現在、澄店にはテーラーさんと店長のクドさんが社員として在籍し、あとはアルバイトで構成されている。

つまりテーラーさんが休みの日には焼き手がいなくなるので、他からヘルプを呼ぶか、店長が焼き場に入らないとお店が回らないのだ。一の店からもオカさんやヤマさんなどが澄店にヘルプに行ってたが、新店舗オープンなど忙しいお店が増えだしてから「焼ける社員」はそちらへ回されるようになった。

本店や澄店など古い店舗は小規模な店舗が多く存在し、社員2人体制が多い。

しかし近年、大型店舗をオープンすることが多くなり一店舗に社員は3~4人を配置する事が増えたのだ。

新規の大型店舗に社員が配属すると、忙しさが落ち着くまでは多店舗にヘルプに出すことはできない。

つまり一の店のような売り上げも営業も安定した店舗から社員がヘルプに行く事が多くなったのだ。

私はまだ新人扱いで本店以外の店舗にヘルプに行ったことがなかった。

 

 

「ダメですよ!コンドウはまだ早いですよ!何言ってるんですか!」

「だってほかにいないんだもん。」

「いやいや、お店潰す気ですか?せっかくついた常連客がみんな来なくなっちゃいますよ。」

テーラーさんは焦りながら慌てて否定するが、言葉は酷いことを言っていた。

私が行くとお店が潰れるなんて、なんて酷いことを言う人だと思ったが、私はこの時何も言えなかった。

 

そのテーラーさんの異常なまでの焦りを見たクドさんも慌てて拒否しだした。

この時、クドさんは私との面識はなく初対面だったが、テーラーさんの拒否っぷりを見て、これは大変な事になると察知したのだろう。

しかし、私は複雑だ。

こんなに拒否されるなんて思いもしなかった。

「焼ける焼けない」とはいったい何なのか?

もやもやした気持ちを抱えながらいた。

 

「どう?コンドウは?澄店に行きたいか?」

ツチマネさんがこちらを見る。

 

「あ、いや、あの、、まぁでもなんか凄い嫌がられてるし...」

 

そこにサカさんが入ってきた。

「そんなの関係ねーよ!やれよコンドウ。やらなきゃいつまでも焼けないよ。なにビビってんの?お前も社員なんだろ?焼いてんだろ?マネージャーに行けるかって言われて行けないって言ったら一生行けないよ。」


「おい!サカ。お前何煽ってるんだよ!ダメだよやめろよ。お前関係ないじゃん。」

テーラーさんはサカさんをにらみ始めた。

 

「いいじゃないですかテーラーさん。コンドウにやらせてみたら。一緒に働いてたんでしょ?」

「いいから、お前マジで黙れ。」

テーラーさんは本気で怒っている。

 

「ほら、タックハーシーさん。まだ無理でしょ?コンドウはまだ無理だってマネージャーに言ってあげてくださいよ!」

テーラーさんの必死の抵抗は続くがしかし…

 

「まぁいいんじゃない。」

タックハーシーさんは適当に答えた。

 

「はぁ!?マジでありえん!」

 

 

 

「あ、あの…。」

「ん?」

「俺行きます。行かせてください澄店に。」

私はツチマネさんにそう答えた。

 

 

「おい!コンドウ!お前なにその気になってんだよ!サカの言葉でやる気になってんじゃねーよ!」

テーラーさんの怒りは私に向けられたが、私も私で抵抗した。

 

「俺、やりますよ。焼かせてください。クドさん。よろしくお願いします。」

 

「はい決定~!決まりだね。」

ツチマネさんはすぐにこう言って話を終わらせようとした。

「じゃぁ、来月からそういうことでよろしくー。」

 

ハハハ。

よかったじゃん。

何故か部屋の雰囲気は明るくなった。

しかし、テーラーさんとクドさんは困惑していた。

私がこの会社に入る前、元々一の店にいたテーラーさんは年齢的に一番下の社員だった。

ただ、下の社員だというだけで何故かイジメに近い扱いを受けていた。

一の店にから転勤したテーラーさんはそう言った社員にいびられることもなくなり、澄店ではやりがいを感じていたらしい。

しかし、この時タックハーシーさん及びオカさんやヤマさんはテーラーさんの焦る顔、困る仕草、怒る様子を見て面白おかしく笑っていたのだ。

 

しかし、こうしたイジメのような扱いはこれが最後となった。

「おまえら絶対許さねーからな。覚えておけよマジで。」

この後、テーラーさんは会社の歴史で類を見ないほど出世していくこととなるのだ。しかしそれはまだ先の話。

 

 

何はともあれ、こうして私は来月から澄店にヘルプに行くことになった。

上司同士の喧嘩からこんな話に展開していくとは予想もしていなかったが、この話から喧嘩も収まりみんな和気あいあいと飲み続けた。

 

夜も深くなり、ちらほらと部屋を退出して就寝する人も出てきたころ、私達もそろそろと言って部屋を後にする。

私はやっと終わった。と安堵して自分の部屋に帰ろうとするとタックハーシーさんが私達を呼び止めた。

 

「おい。どこいくの?」

「いや、もう寝ようかと。」

「何言ってんの?これからでしょ。」

「は?」

「は?じゃないよ。俺の部屋で飲むからビール持って来て。」

「ええ!?まだ飲むんですか?」

「当たり前でしょ。何言ってんの?早くして。」

「いや、もう12時回ってますよ。」

「いいから。早くして。」

「えええ。。。。」

 

 

ばけものだ。

どんだけ飲み続けるんだ。

朝出発したバスからほとんどノンストップでビールを飲み続け、自分がどれだけ飲んだかわからなくなるほどおなか一杯なのに、まだ続くのか…。

 

こうして上司のいないタックハーシーさんの部屋で私達社員たちは集まった。

それから何を話したか全く覚えていないが、とにかく夜は遅かった。

その部屋に何人いて、だれがいたのかも覚えていない。

1人、また1人といなくなっていることにも気がつかなかった。

 

私も限界になり、こっそりと部屋を抜け出して自分の部屋に戻ることした。

自分の部屋は電気が消されており、誰かの寝息も聞こえる。

あれ?誰か帰ってきてるんだな。と思った私は音をたてないように暗闇の中で自分の布団を探した。

 

あれれ?なんかおかしいぞ?

 

暗闇の中で自分の布団が見当たらない。

4人部屋だったはずだが、既に4人寝ていた。

 

え?だれ?

目が慣れてきた私の前で寝ていたのはタックハーシーさんだった。

 

は?

何が起きたのかわからなかったが、つまりこうだ。

タックハーシーさんは自分の部屋に誘い飲み会を開いたが、自分が先に眠くなったので静かな私の部屋に来てすでに寝ていた。さらにドイちゃんの布団にも全然知らない社員が寝ている。

一瞬、部屋を間違えたか?と思ったが荷物を見るとやはり自分の部屋だった。

 

え?俺はどこで寝るの?

ちょっと。とタックハーシーさんを起こそうとすると「うるさい」といわれてそれで終わった。

 

寝る場所もなくなり、仕方なくタックハーシーさんの部屋に戻ると宴会はまだ続いていた。

私の夜はこうして続いていった。

 

 

 

 

明くる日

社員の9割は二日酔いという光景を見た。

もちろん私もその一人だ。

帰りのバスは静かなものだった。

修学旅行で疲れ果てた学生たちの大半は寝ている。といったようなそんな光景だった。

私も窓側の席に座り、全身が疲労に満ちていた。

 

斜め前に座っていたツチマネさんがふっと私のほうを振り返り

「そういえばさ、あんた私にやめちまえ~って言ってなかった?」

 

「え?」

「なんか聞こえたんだけど、あんたの声だよね。」

 

「あ、いや、そんな、そんなこと、あれ、その、、言ってないと思いますよ。」

 

「ふ~ん。あっそ。」

 

窓越しに見えたツチマネさんの視線は私をとらえて離さなかった。

 

 

隠しきれない 移り香が

いつしかあなたに しみついた

誰かにとられる くらいなら

あなたを殺して いいですか

 

寝乱れて 隠れ宿

九十九折り 浄蓮の滝

 

舞い上がり 揺れ落ちる

肩の向こうに あなた 山が燃える

何があっても もういいの

くらくら燃える 火をくぐり

あなたと越えたい 天城越え

 

 

 

バスは札幌の町中、前日に出発したところに到着した。

過酷な1泊2日の慰安旅行はこうして終わりを迎えた。

疲労困憊した社員たちは重い足取りでバスから降り始める。

やっと終わった。

私は楽しかったのか、只々辛かったのかわからない旅行を終えた。

とにかく乗り越えた。ただその一言に尽きるのだった。

 

 

しかし、過酷なのはこれで終わりではなかった。

1泊2日の社員旅行をするにあたり、焼き鳥店は全店休業した。

すべての社員が参加して、皆が疲れているにもかかわらず、休業したのは1日だけだった。

 

つまり、今日は営業日なのだ。

信じられないが、この後私達は仕事に向かうこととなる。

各店の店長やマネージャー達はしっかりと2日間休みを取っていて、出勤するのは下っ端の社員と主任たちだった。

しかもこの後、休みを取った上司たちはススキノにあるキャバレーに向かっていった。

 

今日出勤するのはもう、飲みたくない店長か希望も出せない社員である。

これらの社員たちはここから夜の1時近くまで働くこととなる。

 

 

信じられないほどの濃密な1泊2日であった。

この過酷な慰安旅行は今年で最後になった。

この後、慰安旅行は一度も開催されていない。

まさしく伝説の慰安旅行となったのだった。