料理の記憶 34 「焼鳥編」 澄店
澄店は澄川駅の近くにある。
私は当時、東札幌に住んでいたから澄店に行くには地下鉄東西線で大通りまで行き、そこから南北線に乗り換えて澄川駅まで行かなければならない。家から1時間弱の道のりである。
私はまだこの当時、車の免許を持っていなかった。
大通りにある一の店に行くにも、ススキノにある本店に行くときも、必ず地下鉄を利用していた。
焼き鳥店の仕事は早くても夜の12時を回ってしまうために、帰りは誰かに送ってもらうかタクシーを利用しなければ帰れなかった。
かと言って、毎回タクシーを利用してしまうとお金がかかってしまい、何のために働いているのかわからなくなる。
だからできるだけ誰かに送ってもらう方が良い。
同じ方向に自宅があるオカさんなどは頼みやすかった。
しかし毎日同じシフトではないし、オカさんは他店舗へヘルプに行っていたから月に数回程度しか頼めなかった。
ヤマさんはこの頃東区に住んでいたため、私の自宅と方向が違っていたが、一度送ってもらうようにお願いしたことがある。
あまり良い顔はしていなかった。
それでも「しょうがないなぁ。」といいながらも送ってもらった。
車内での会話も弾み車は順調に自宅へ向かう。
私は、ああ良かった。これからもヤマさんに頼もうと思っていた。
私の自宅前に車が止まり、「ありがとうございました。助かりました。」とお礼を述べた。
「ああ、いいよ。お疲れさん。」
「はい。ありがとうございます。お疲れ様です。」と車を降りようとしたところ
あ、ちょっと待って。と言って降りようとする私を引き留めた。
「じゃあ500円。500円でいいよ。」
「へ?」
「だから500円でいいって。」
「は?」
「いやいや、安いと思うよ。」
「え!?お金とるんですか?」
ヤマさんは急に金額を提示してきた。
送迎料金500円だというのだ。
「いや、言い方悪いなぁ~。俺の家東区だよ。それで全然違う方向に送ったんだからさ、それぐらい取るでしょ。タクシーより安いでしょ?500円でいいって言ってんだよ。」
「マジですか。。」
私は既に自宅まで送ってもらっている身として、ヤマさんの請求を断るすべはない。
出来る事なら先に教えてほしかった。
確かにタクシー代よりも安いかもしれない。誰かに送ってもらってお金を請求されたのはこれが初めてだった。そしてこれが最後だった。
私はこの先、ヤマさんに送ってもらおうと思わなかった。
この話を後日、同じ店にいた仲の良いアルバイトに話したところ、当時そのアルバイトの彼氏のであるテーラーさんに伝わった。
私を不憫に思ったテーラーさんは彼女を迎えに一の店まで来た時に、私も一緒に乗せてもらい家まで送ってくれるようになった。
その車の中で今後ヘルプに行く澄店ついて聞いたりもした。
暇な平日であればなんとかなるんじゃないか。とか、お土産の注文が一の店よりも多いから、突然忙しくなったりもする。だとか、もしきつくなったらクドさんに正直に言って代わってもらえ。だとか聞いた。
テーラーさんは自分が休みの日に私がヘルプにくるため、様子を見ることができない。
私の気の抜けたような返事に、気が気でない様子だった。
私も私で、緊張していた。
やはり初めていくお店だし、お店の場所とか、行き方とか色々調べた。
調べるといっても現在のようにスマホがあるわけでもなく、地下鉄の路線図を見ることが精一杯であった。
そしてついに、澄店へ行くことになる。
私は前日から緊張が始まる。
中々寝付けない。
そもそもあの慰安旅行から始まった。
あの夜、ツチマネさんは酔っぱらっていたのかもしれないが、こうして正式に私はヘルプに行くことになったのだ。
テーラーさんの驚いた表情やクドさんの困惑した表情は忘れられない。
だけどいつかはやらなければならないわけだから、考えたってしょうがない。
あとは行ってみないとわからないし、やる仕事だって同じ焼き鳥屋なんだから大体の流れは一緒だろう。
でもテーラーさんがお店にいるわけじゃないから、全員知らない人だし、やっぱり緊張する。
お店の場所は大丈夫だろうか?
駅からすぐ近くと聞いた。
そもそも私は澄川駅に行ったことがない。
近くといっても出口を間違えたら大変なことになるな。
なるべく早くに行ってお店の前でクドさんを待ってる方が良いかもしれない。
そうだお昼ご飯はどうしよう。
一の店なら町中にいくらでもお店があったが、もしかすると澄店の近くはお店がないかもしれない。
先に買っていったほうがいいかもな。
それとも休憩すらないかもしれないから、おにぎりを持っていくとか、、、
食べてから出るとか、う~んどうしようかな。
まぁ、コンビニで買って持って行ったらいいか。
大体家から1時間弱だから13:00に着くとして、家を出るのは12:00前だな。
11:30ごろに出てコンビニでおにぎり買って、あとは駅に着いてみてお店探して、、、
法被と雪駄は忘れないようにしないと。
あれ?法被は澄店にもあるのか。
そうだよな、法被はお店の名前が書いてある澄店のを着るのか。
俺、一の店のやつ持ってきちゃったな。
あ、でも一応持っていこうかな。
必ずあるとは限らないし。
よし、よし、だいぶイメージがまとまってきたぞ。
あとは大丈夫かな
何かあるかな
やっておくことあるかな
とりあえずみんなに迷惑かけないようしないとな
がんばろう
がんばるぞ
大丈夫、大丈夫
よ~し、よ~し...
......
......
......
プルルルル♪
プルルルル♪
プルルルル♪
プルルルル♪
ん...
プルルルル♪
プルルルル♪
んん...
プルルルル♪
プルルルル♪
ん?
プルルルル♪
プルルルル♪
んん?
ん!?
ん!?!?!?
プルルルル♪
プルルルル♪
え!?
えええQ?
ええええええ!
あれ?
へ?
はぁ!?
プルルルル♪
プルルルル♪
まじ!?
あれ?うそ!?え?なんで!?
プルルルル♪
プルルルル♪
プルルルル♪
プルルルル♪
プルルルル♪
プルルルル♪ガチャ...
もしもし。。。
「おい!てめー!こら!!ふざけんなよ!どこにいんだよ?」
あ。。家です。
「はぁ!?!??!なんで?お前マジで?」
あ。。あの。。寝てました。
「何時だと思ってんの?今4時だよ!」
「ゆ・う・が・たの4時!わかる!?わかってんのか!?おい!」
つづく