料理の記憶 31 「焼鳥編」 慰安旅行3
私は子どもの頃、登別温泉に来たことがある。
祖父の車に乗り、それが登別温泉だったのか洞爺湖温泉だったのか鮮明に覚えていないが、祖父の車が温泉宿に到着する前、道路の脇にとても大きな鬼が立っていた。
まさに鬼の形相である。
これは怖い。
さらに祖父は地獄谷に行くと言っていた。
とても怖い。
その後、熊も見ると言っている。
鬼、地獄、熊...
私は今日死ぬかもしれないと思った。
そして
今日私はあの日と同じ、登別温泉で死ぬかもしれないと思ったのだった。
観光バスが宿に到着して各自決められた部屋に入る。
部屋は和室の4人部屋となっており、その4人は会社が決めたメンバーだった。
テーラーさん、ヤマさん、ドイちゃん、私の4人である。
決められた理由はどうやら同じような年齢であるということと、元、一の店にいたテーラーさんは私やドイちゃんと仲が良いと会社に思われていたらしく、それを知ったテーラーさんは激昂していた。
「なんで俺がこいつらと一緒に寝なきゃいけないんだよ!」
「俺はもう一の店じゃないんだから違う部屋だろうが!」
「まぁまぁ、いいじゃない。」
ヤマさんがテーラーさんをなだめる。
「いいじゃないじゃねーよ!よくねーよ!」
テーラーさんの怒りは収まらない。
私とドイちゃんはどうすることもできずに只々それを見ている。
「まじムカつくわ~。何?もしかして食事もお前らとすんのかな?」
全然おさまらない。
「ぜってー一緒に行動するのは嫌だからな。お前ら俺についてくんなよ。」
「はぁ。そうします。」
私たちも正直言ってこんなに怒っている人と一緒に行動はしたくなかった。
そんなに嫌がられるのも申し訳ないが、こればっかりはどうすることもできないので、せめてテーラーさんが言うようにこの後の行動は別に動いたほうがよさそうだな。と思った。
しかし、そうもいかなかった。
つまり温泉宿が巨大な施設で様々なアミューズメントでもあれば話は別だが、ここにはそういった遊べる施設はない。さらに温泉街を歩いても、あちらこちらで同じ社員を見かけてしまうのだ。
見るところといえば地獄谷やクマ牧場くらいであった。
クマ牧場は歩くと遠いというのがわかり、そこまでして別にクマを見たいわけじゃないという事になる。
さらに地獄谷はすぐ近くにあったが、あの硫黄のにおいが酔っぱらいにはキツイ。
それぞれバスで大量のビールを飲んでいたため、あちらこちらで「おえっ」「お~っえ」などと嗚咽が響いていた。
結局は温泉宿で夕食を待つしかなく、その間に温泉に入ろうものなら脱衣所のなかだけで社員だらけになっていたのを見てしまうと、ゆっくり湯船につかろうなどと考えるわけもなく、サッと洗ってサッと入ってサッと出る人が続出した。
そんなことをしているうちに夕食の支度が出来た。
夕食は大きな宴会場で行われる。
昔ながらの会社の宴会といった感じで、一番奥にステージがありカラオケマシンも用意されている。
社長、副社長、専務といったように奥から順に席が用意されていて、幹事の人は慌ただしく「しゃちょ~はこちらです。」「ぶちょ~はあちらです。」などと言って案内していた。
私たち下っ端の社員はどこでもいいからその辺で食ってろと言わんばかりの席が用意されていた。
そこにテーラーさんの姿はなく、探してみると自分のお店の店長らしき人と一緒にいた。
私の席周辺には、一の店社員であるヤマさん、オカさん、サイさん、課長、タックハーシーさん、ドイちゃん、などお馴染みの顔が並び、なんだか安心した。観光バスでは知らない人に永遠と飲まされ続けた記憶がある為、目の前に知った顔がいると安心する。当時のオカさんやヤマさんは色々な店舗にヘルプに行っていたため、知っている顔が多いようだ。
私もいつかこの社員たちに顔を覚えられる日が来るのだろうかと思った。
「焼けるようになったら覚えられるから。」と当時のオカさんはよく言っていた。
それはいったいどういう意味なんだろうか?
今でも自分のお店や本店で焼いているし、営業に迷惑をかけているつもりもない。
「焼けるようになったら...」
オカさんの言う言葉は私の頭の中にいつも残っていた。
それぞれが席に着いた頃、宿の仲居さんが瓶ビールを運んできた。
そこで幹事の人がステージのマイクをとる。
「え~皆さん、席につかれましたでしょうか。え~皆さんバスの中でのビール品切れは、大変失礼致しました。」
幹事の人は軽く頭を下げる。
「え~皆さん、宴会で出てくる瓶ビールにつきましてはもちろん、何杯飲んでいただいても結構です。宿のビールを飲みつくしてくださっても構いません。」
「わははは...」
会場に少し笑いが起きる
「え~皆さん。ここで朗報です!この宴会後、寝るまでの間、皆さんはビールを飲むでしょ?」
「そりゃのむだろー!」
「わはは...」
会場にまた少し笑いが起きる
「なんとですよ!?缶ビールが大量に用意できました!しっかり冷えております!」
「おおお~!」
会場にどよめきが起きた
私は驚いた
な、なにー!!?どうやってあれから缶ビールを用意したんだ?
買ってきたとしても冷えているとはどういうことだろうか?
もしや宿にお願いをして冷蔵庫を貸してもらったとか?
いずれにせよこれはマズい。
またビール地獄が始まる。
まさにここが地獄だったのか。。。
ううう。
こうして私は今日死ぬかもしれないと思ったのだった。
つづく