根気強く読んでいると、面白いSFに巡り合えます。これも、その一冊。
『SFが読みたい!2024年版』第3位。
すっかり世の中に定着した感のある「配信」。アニメでも良く取り上げられています。
主人公、十時(ととき)さくら(20代?、女性)は、同居人のひきこもりマッドサイエンティストの多田羅未貴さんの発明品を生配信し、チャンネル登録者を増やそうとします。目指すは、チャンネル登録者1,000人。
多田羅さんの発明というよりは、異世界のインターネットに(勝手に)アクセスし、そこの知識を使って、通常の世界には存在しないようなものを作っています。十時さんは、その「変なモノ」を、配信して、あわよくば収益化を目指す、というものなのです。
一作目で「宇宙飲んでみた」、二作目で「時間飼ってみた」、三作目で「窓の外無くしてみた」という題名でわかるように、一筋縄ではいきません。
例えば、一作目の「宇宙」も、「超弦のD0(ディーゼロ)プレーンで行列作って、金魚すくいのポイみたいにしたものを、空間に差し込んでひねり、すくったものをマグカップに集める」という、最新理論とトンデモ理論を合体させています。しかも、それを十時さんは配信中に飲んでみせます。
体内に「宇宙」を取り込むことによって、十時さんは、宇宙に存在するすべてのものとの一体感を感じますが、それが徐々に体内から消えてゆく(消化される?)と、今度はその喪失感から、涙が止まらなくなってしまいます。いわば、宇宙と一体化するという宗教体験を、特別な語彙を使わないで、しかも配信者に生の形で伝えるという、ある種、画期的な(トンデモない?)ことになっています。
三作目では、配信者によくある「住所ばれ」を防ぐため、多田羅さんに外が映らない機械的なジャミングを依頼します。配信中、試しに外に出てみると、なぜか廊下が続いています。自分の家が反転してつながっているのかと思って探索していると、見覚えのない部屋や大広間などが発見されます。
どうやらジャミングとして付けた機械が、十時さんの思考を読み取って無限に部屋を生成しているようです。
これらのトンデモ体験に、十時さんと多田羅さんとのやりとりで、最新理論とトンデモ理論が絡み合った説明がつけられています。
ここで、作家の紹介を行いましょう。
宮澤伊織さんは、2011年『僕の魔剣が、うるさい件について』でデビュー。ラノベ作家かなぁと思っていると、2015年に『神々の歩法』で、創元SF短編賞を受賞(その後、関連作を追加し、長編として出版)。これは、いわばゴリゴリのハードアクション系のSFです。近未来、宇宙からやってきたある生物に乗っ取られ、自我を失った一人の農夫によって、北京は一面の砂漠となっています。対するは、アメリカ最新鋭の戦争サイボーグ部隊。圧倒的な敵の前に、一人の青い炎を発した少女が飛来する。彼女もまた、宇宙人を身に宿していましたが、人類の味方と自称していました。
次には、何と『裏世界ピクニック』(2017年)を出版。女子大生の紙越空魚(かみこしそらを)が見つけた〈裏世界〉への扉。そこをくぐると、「くねくね」(ネット怪談に登場する、白い服を着て変な踊りを踊り、目撃者の精神を破壊する)を目撃しますが、仁科鳥子(にしなとりこ)に助け出されます。後日、鳥子は空魚に、〈裏世界〉で行方不明となった友人を探してほしいと依頼。二人による〈裏世界〉探索の中、様々な怪異と遭遇してゆきます。
これだけでもかなり、作風の違う作品を発表しています。
本作『ときときチャンネル…』は、日常系SFです。異世界文明のよくわからないものが登場しますが、十時さんという一般人に、多田羅さんが理屈をかみ砕いて話します。配信しながらなので、視聴者の質問や突っ込みなども登場し、より分かりやすいものとなっています。
また、ネット配信しながら話が進行してゆくという文体で、すごく臨場感を感じます。
本作は、全部で6編の連作ですが、配信終わりという雰囲気ではないので、次回作が書かれることを期待したいです。