来年のことを話すと「鬼が笑う」かもしれないが、医業経営コンサルタント協会の第10回研究発表大会は、6月22日、23日の2日間、北海道の「札幌パークホテル」を会場に開催される。


昨年は名古屋で開催されたが、その時には「サクセスフルエイジング社会の建設」と題して、NPOヘルスケアフォーラムの活動と「市民の目線に立った医療福祉経営」について私見を発表した。


今年は、国立京都国際会館・アネックスホールで開催されたが、「社会福祉法人の制度改革とこれからの事業経営」と題して、「鹿屋長寿園」での1年間の経営支援活動を総括した。


札幌では、大都市・東京における「地域ケア」をテーマに、これから勉強して、研究報告をまとめたいと考えている。

「リープ」という言葉がある。


英語で「LEAP」は「飛び込む」ことなのだが、「REAP」は「収穫する」ことになる。


これは随分「意味深長」なことだ。


私は四国・愛媛県の海辺の村に生まれたが、子供の頃、突堤から海に飛び込むことが怖かった。

飛び込むことが出来ない子供は「一人前」ではないので、「飛び込む」勇気を持つことが求められた。

船の出入りする港の「突堤」だから、下を見ると、海底の見えない濃いブルーの深い海である。

躊躇すると、突き出た岩の貝殻に腹を擦って怪我をするかもしれない。

私は子供の頃から臆病であった。

しかし、最後は目をつぶって「飛び込む」しかなかったのである。


大抵、そんなものかも知れません。


「定年」も「死」も、はじめてのことは怖いのです。体験しなくては、はじまらない。


「飛び込む」ことにより、「収穫する」ことができるのでしょうね。



豊かな「年金暮らし」である。


財団法人に40年間勤務したことにより、「老齢年金」と「退職年金」をもらっている。


「年金暮らし」・・・・といってもあまり実感はない。

勤務していた時の「給与」も銀行振込みだったし、定年後の「年金」も銀行振込みなのである。


更に、良いことには、週3日までの勤務による「収入」は、年金を減額されることなく、別途自分の収入となるのである。


定年後、好きなことを無理なくやれば余裕のある生活ができる。

「死ぬまで元気で働く」ことが、これからの私の生き方だ。


窒息しそうなガチガチの組織で「労働」するよりも、自分の好きな分野でマイペースで活動することの方が楽しいに決まっている。


紀元2600年生まれの私は、恵まれた世代の、恵まれた一人なのかもしれない。



5年後の定年を控えて、一念発起、「徒然なるままに」と題する「身辺雑感」を書き綴ったことがある。

そのことによって、「定年退職」の不安感とか、定年後の人生設計とかについて、随分、自分自身の考えとか心構えができたように思う。


「定年」は、人が決めたことだから、「退職」するかどうかは自分で決めていいことなのだと判った。

人間いつか「死」を迎えることになるのだから、自分の「人生設計」を描き、定年前に退職することもまた選択の一つだということが了解された。


ところが、「定年」を過ぎても、自分は別格といって退職しようとしない、「偉い方」が結構居座っていて、世の中に「老害」をばらまいている。


困ったことだ・・・・!


「悠々自適」は、人生の総決算であり、私の人生のゴールでもある「死」を迎えるまでの、「私の日記帳」というわけだ。

心強い味方ができたように感じている。




講演依頼があった。


「研究発表大会」の反応が良かったので、あるいは・・・・・と期待していたのだが、早速、電話が入った。


NPO法人という組織を活動拠点にして、講演会、セミナー等の講師、医療福祉事業の経営サポートをこれから積極的に受け入れていくつもり。

ホームページにもそのような案内をしたばかりなので、今回のような照会があると俄然元気になる。


「日記」であれば、自分だけのことだからブログに公開するのはおかしいのでは・・・

と思う。

ところが人間不可思議なところがあって、自分の書いたものを読んでほしいという願望がどこかにあるようだ。

人は一人になりきれないところがある。


「賞金」目当てで書いている人はいないだろうと思うよ・・・・。

誰かに読んでもらいたいので書いているのだと思う。


「Blog」という言葉は辞書をさがしてもでてこない。

「Weblog」をちじめて「Blog」となったこと、そしてログとは文章の意味であることを知っても、実は、Blogを全て知ったことにはならないだろう。


自転車は何度も転んで、はじめて乗れるようになる。

水泳は何度も溺れるほど海水を飲んで、はじめて泳げるようになった・・・・。


Blogのことはよくわからないけど、面白いのではじめている。


学生時代、「将来何をやりたいか」話しあったことがある。

私は「カメラとペンをもって、風のように旅したい」といったところ、クラスメートから、「そんなことは今すぐにでもできるではないか」と軽蔑された。

その悔しい記憶が今でも甦ってくる。


その時、私には「風のように」自由に旅することができなかった・・・。


一つの理由は、カメラを買うお金がなかったということ。

そして、もう一つの理由は、私が精神的にも自立していなくて、日常生活から脱出する勇気がなく「臆病」であったことだ。


40数年の時間が経過して、今や全ての条件がクリアされたと感じている。

デジカメとパソコンを持って、「風のように」、これからの人生を旅するのだ!・・・・




今日の勤務が終わったら「山寺鉱泉」にいくことにした。

「山寺鉱泉」は高隈山から水を引き入れている、山の中の小さな「温泉」である。

料金は330円。鹿屋では330円で温泉に入れる。


熱い湯船の隣に水風呂があり、この取り合わせは、一度「はまる」とやめられない快感となる。

熱くて入れなかったお湯も平気になったし、冷たくて心臓発作でも起こすのではないかと危惧した「水風呂」も止められなくなった。


意味不明の薩摩弁が行き交う浴室で、ゆっくり、本当に「湯~くり」時間を過ごすのが習慣となった。