Toyou☆Fromaju -604ページ目

繋ぎ言葉…。

ブログ生活、あっと言う間に一年が過ぎました。





28回目の今日のテーマは「繋ぎ言葉」



ある日、こんな会話を耳にしました。



A「違うんだよ、なんか頭痛い」



B「…っていうか、それって頭痛じゃない?普通に薬飲めばま、治るでしょ?」



なんかこの文章…こっちが頭痛くなってきませんか?^^;私は書いてて腹たってきました笑い。(何気に冒頭から毒発言なaju)



最近90%の割合で、本当に良く耳にする「まっ。」「違う」(こっちは何にもいってないのに、話始める言葉の最初につける)「…っていうか。(もしくは、…てかさー)」「普通」



他にもこんな言葉が良く使われる傾向があります。「何気に」「微妙」「…でも」所謂繋ぎ言葉というそうです。NHKみんなのうたの現役アナウンサーが歌っている「それってほめ言葉?」という歌にも、出てくる言葉がありますが、この中で私は一番使っていたのは「…でも」「何気に」かもしれません。



最近上記にあげた言葉は、極力使いたくないと心に決めました。



極力といったのは、自分の発言に対してならまだしも、相手の発言に対しては使いたくない言葉と思っているからです。私は相手に失礼と感じてしまうんで…。



例えば「これってどう思う?」と質問されて、「これはこう思う」と答えた事に対し、「それって微妙な答えだね」「普通な答えだね」「てかさーその答え…」「でも、そういうけど…」「何気にいいね」「違うんだよ、実はね…」「まっ、そうだね」





あなたならどう思いますか?否定された気になりませんか?



同じ意味なら違う繋ぎ言葉を流行らしたい…最近の言葉も使いようと思う今日この頃。。



それとも、私の感覚がおかしいの?





今日は愚痴モードでごめんなさい(m_ _)m





ルール人間が嫌い…だった。

ルール人間…取説通りに、決め事通りに動く人の事と認識している。

だからといって、真面目に物事を取り組んでいる人が嫌いって訳じゃないので、誤解しないように…。



一つ例をあげれば、あるレストランでのランチが「ハンバーグとエビフライ」として、それをオーダーしたとする。

運ばれてきたものが、「ハンバーグとイカリング」

メニューと違うと、ウェイトレスさんに問いただすと



「…ダメですか?」



こっちの気分は、めっちゃくちゃ喉が渇いていて、麦茶を飲もうとしてイッキしたら、めんつゆだった…くらいな衝撃を受けたのに…。



こういう場面の時、ウェイトレスさんは、「注文なされたハンバーグとエビフライのランチですが、エビフライが無くなってしまいまして、代わりといたしまして、イカリングになってしまいますが、ご注文どうなさいますか?」というべきと思う。

今まで、こうなった際には99%の割合で聞いて来てくれていたから、客の立場としても当然と思っていた。



家族が、店長にクレームをした。



店長曰く、ランチの件は、私の予想通りの考えをきちんとしつけしているそうだ。



そのウェイトレスさんは、ルールを把握していなかったからそうなったわけだ。

だから、その時に私の考えも変った。

ルール人間が嫌いじゃなくて、ルールを覚えきった人自身が100%どんな時でもひとつの「ルール」になるのが嫌いなのだ。そして、私の中でルール人間=余裕の無い人に見えてしまう傾向がある。

けれども、ルールを覚えず道を外れると、単なる「ルール違反」になってしまう。


これから先、私も沢山「ルール」を新しく学ぶ事が増えると思う。

ある「ルール」に出くわした際には、「TPO」も守りつつ、いい意味で道を外したい行動をしたいから、それを一日でも早く実行したいから、しっかり「ルール」を学んで行こうと思う。
いい意味の道はずれた行動…を感覚的に話すと、学生時代の遠足で決められた300円までのおやつを、300円と見せかけて本当は350円分をもっていき、皆と交換する。交換すると、見た目が豪華になる確率が高くなり、先生に「300円分以上あるように見えるけど?」といわれたら、「友達と交換しました」という。遠足のルールでは、おやつは300円までと示されているのをわかっているから、敢えて50円分は遊びと考える。友達との交換は嘘じゃないから堂々としてていいのだ。


あっ、もっといい言葉があった!尾崎豊氏の15の夜の歌詞…「♪盗んだバイクで走り出す…」それをみて、「なんて不真面目なルール違反だ…」って思う人はいないと思う。(笑)むしろ、カッコいい人間じゃないだろうか?

絶対あなたも、あなたのお父さんもお母さんも…皆「盗んだバイクで走り出す…」的な事をした可能性…プライスレス!!(爆)なんだかんだとごちゃごちゃいいましたが、一言でいえば、「粋」か「野暮」か…という事^^;

25歳のこれからの人生。その2。

中学は、皆と同じ地区の中学へ行く事が死ぬほど嫌だったので、高校も付属している養護学校へと入学した。

体験入学として、小6卒業前に同年代の子達と話したり、給食をご馳走になった。

校長先生に入学手続きの話を持ちかけ、本当に帰り際…「四月になったらココに来るんだよね?友達だからこれあげる!」と、汗だくで同年代の女の子がわざわざ私にセーラームーンのキラカードを渡す為に、追いかけてきてくれたのだった。とても嬉しかった…。



そして…無事に入学。



中学3年間…それはもう楽しかった。波乱万丈な事もあったが、本当に今でも戻りたいくらい楽しかった。



16歳の頃、あるきっかけから、「25歳になったら変われるんだ…」と思ってた。その頃、25歳というのは手の届かない「大人」に見えていたから。



16歳の現状は、車椅子になってから初めて交差点を渡った歳でもあり、行き先も詳しく親に告げ、まだ、電車も一人で乗れず、帰るのは夕飯前…。そんな夢に夢みた状態だったが、一度だけ在る年のクリスマスの日、雪が降っても表参道のイルミネーションを見に行こうとある人と約束をした。

一週間くらい前になって、ある人の母親が大反対し、ストップをかけられた。何回も「ごめん…」と謝ってくれた。泣きながら怒鳴り散らした私。一見仲良く見えていても、嫌な事があれば過去の事を持ち出しまた攻める…を繰り返してた。ある人は、今は亡き後輩に思いを寄せた。今思えば、後輩に気持ちが揺らいだある人へのヤキモチではなく、後輩よりも私の方が精神的に子供なのかという、自分のステータスが許せなかった。最終的には、ある人にまで負けたくない気持ちになった。もうこの時点で視点が外れていたのをわかったのは、それから一年くらい経った時の事だった…。



社会人になった今も、あの人は9年前の笑顔と優しさは存在しているが、「これからは、車椅子での行動が多いであろう」という気持ちと「16歳の頃描いていた25歳の自分」というこの2つの思い入れがあるからか、根拠はないが、自分の中で絶対何かが変わると確信している…。