私とおじいちゃん。
小学校の時から、「ちびまる子ちゃん」の放送が始まり、ただ楽しくて見ていた時代。
漫画も持っていた。
よみきりの「大野君と杉山君」のハードカバーも持ってた。
そして、いつしか、番組が終わり、ある時から、また日曜日の18時は、ちびまる子ちゃんと定着した。
それとタイトルと何の関係があるの?…というのは、
昨日誕生日だった私の亡くなったおじいちゃん。
良く、友蔵とまる子の仲睦まじい関係を見る度に、おじいちゃんは、笑いながら私との仲に似ているねと言っていた。
当時は、嬉しくも恥ずかしかったけど、25歳を過ぎた頃から…かな。ちびまる子ちゃんをほぼ毎週見ては涙する事が多くなった。何か考えされられるんだぁ…。
まだ、きっとおじいちゃんの中では、私は「まるこ」なんだろうなぁ。おじいちゃんっ子で甘えん坊で、勉強嫌いで、絵を描く事が大好きで、散らかし放題で…。(笑)
成人になってから、一回だけ重い相談話をした事があった。
何にも言わず、ただ黙って聞いてくれた。
私がいない時、おばあちゃんにこう言ったらしい。
「色々と悩 む歳になったんだな。」
おじいちゃんが私をちょっと違う視点でみた瞬間だったのかな。
漫画も持っていた。
よみきりの「大野君と杉山君」のハードカバーも持ってた。
そして、いつしか、番組が終わり、ある時から、また日曜日の18時は、ちびまる子ちゃんと定着した。
それとタイトルと何の関係があるの?…というのは、
昨日誕生日だった私の亡くなったおじいちゃん。
良く、友蔵とまる子の仲睦まじい関係を見る度に、おじいちゃんは、笑いながら私との仲に似ているねと言っていた。
当時は、嬉しくも恥ずかしかったけど、25歳を過ぎた頃から…かな。ちびまる子ちゃんをほぼ毎週見ては涙する事が多くなった。何か考えされられるんだぁ…。
まだ、きっとおじいちゃんの中では、私は「まるこ」なんだろうなぁ。おじいちゃんっ子で甘えん坊で、勉強嫌いで、絵を描く事が大好きで、散らかし放題で…。(笑)
成人になってから、一回だけ重い相談話をした事があった。
何にも言わず、ただ黙って聞いてくれた。
私がいない時、おばあちゃんにこう言ったらしい。
「色々と悩 む歳になったんだな。」
おじいちゃんが私をちょっと違う視点でみた瞬間だったのかな。
これでいいのだ。
先程、故赤塚不二夫先生のドキュメンタリーが放送されていました。
幼な心で特別意識はしていなくても、「天才バカボン」や「ひみつのアッコちゃん」「もーれつア太郎」「おそ松くん」など、赤塚先生が描いていた事は、知っていました。
漫画も読ませて頂いておりました。
天才バカボンの「マンガプリンター」(漫画の元になる型に、紙とカーボン紙を重ね、機械にセットすると、4コマ漫画が出来るという玩具)も持っていました。
※画像提供者様有難うございます※

漫画家を目指している方なら特にご存知の「トキワ荘」時代からのお話…。
故手塚治虫先生は、赤塚先生に「漫画を真似して描くのではなく、一流の本と映画と舞台を見ろ」とおっしゃったそうです。
それから連載が始まり、プロダクションまで設立。
再現VTRの俳優さんがまた似てるんですよね。
見ていて、泣いたり笑ったり忙しかったです。
見終わって思ったのは、「これでいいのだ」の何たる重さ。
想像していた事より重みを感じ、色々な経験をしてきた方だからこその一言なんだと思ったら、そこに、単純さは一つもありませんでした。
赤塚先生の周りで支えてこられた、トキワ荘メンバーの方々、家族の方々、元アシスタントの方々、皆様赤塚先生を尊敬していた証が残されていました。
漫画家さん達だけではなく、有名なタモリさんや美空ひばりさんまでもが、赤塚先生なくては存在しなかった人達だったんですね!
いや~、実にかっこいい!
盲学校の生徒さん達に、点字の絵本を作ったりと、最後の最後まで、隅々まで笑いを提供して下さった赤塚先生。
「これでいいのだ」は、まだまだこの成長段階では、恐れ多くて言えませんが、私も、赤塚先生の作品で育った一人です。
因みに…赤塚先生や、インタビューに応じていた方々の周りには、自分の作品が沢山ありました。
それは、私が小さい頃、夢見ていた姿です…。
幼な心で特別意識はしていなくても、「天才バカボン」や「ひみつのアッコちゃん」「もーれつア太郎」「おそ松くん」など、赤塚先生が描いていた事は、知っていました。
漫画も読ませて頂いておりました。
天才バカボンの「マンガプリンター」(漫画の元になる型に、紙とカーボン紙を重ね、機械にセットすると、4コマ漫画が出来るという玩具)も持っていました。
※画像提供者様有難うございます※

漫画家を目指している方なら特にご存知の「トキワ荘」時代からのお話…。
故手塚治虫先生は、赤塚先生に「漫画を真似して描くのではなく、一流の本と映画と舞台を見ろ」とおっしゃったそうです。
それから連載が始まり、プロダクションまで設立。
再現VTRの俳優さんがまた似てるんですよね。
見ていて、泣いたり笑ったり忙しかったです。
見終わって思ったのは、「これでいいのだ」の何たる重さ。
想像していた事より重みを感じ、色々な経験をしてきた方だからこその一言なんだと思ったら、そこに、単純さは一つもありませんでした。
赤塚先生の周りで支えてこられた、トキワ荘メンバーの方々、家族の方々、元アシスタントの方々、皆様赤塚先生を尊敬していた証が残されていました。
漫画家さん達だけではなく、有名なタモリさんや美空ひばりさんまでもが、赤塚先生なくては存在しなかった人達だったんですね!
いや~、実にかっこいい!
盲学校の生徒さん達に、点字の絵本を作ったりと、最後の最後まで、隅々まで笑いを提供して下さった赤塚先生。
「これでいいのだ」は、まだまだこの成長段階では、恐れ多くて言えませんが、私も、赤塚先生の作品で育った一人です。
因みに…赤塚先生や、インタビューに応じていた方々の周りには、自分の作品が沢山ありました。
それは、私が小さい頃、夢見ていた姿です…。
パソコンから見ている方。
パソコンから見ている方向きに…。
左側の真ん中あたりに、「やわらか戦車」のパーツがあるのですが、この「やわらか戦車」とは、二年位前からajuがハマり出したネットアニメなのです。
一言で語ると難しいですが、戦争などで使われる戦車です。ちゃんと戦車というプライドも持ち兼ねていますが、車体がぷよぷよしていて触ると腐るのです(笑)そんな兄者(あにじゃ)も奥様とベイビーがいるパパ。
とにかく心暖まるアニメです。
グッズの一部を紹介します。

可愛いでしょ?
ちなみに、「やわらか戦車」の著者様ラレコ氏が手掛けた「くわがたツマミ」も同じように可愛いです。
くわがたツマミとは、元モデルのママと(人間)パパ(くわがた)の間に生まれた女の子。その女の子を取り巻く登場人物がまた面白い。

興味のある方は検索してみて下さい♪
左側の真ん中あたりに、「やわらか戦車」のパーツがあるのですが、この「やわらか戦車」とは、二年位前からajuがハマり出したネットアニメなのです。
一言で語ると難しいですが、戦争などで使われる戦車です。ちゃんと戦車というプライドも持ち兼ねていますが、車体がぷよぷよしていて触ると腐るのです(笑)そんな兄者(あにじゃ)も奥様とベイビーがいるパパ。
とにかく心暖まるアニメです。
グッズの一部を紹介します。

可愛いでしょ?
ちなみに、「やわらか戦車」の著者様ラレコ氏が手掛けた「くわがたツマミ」も同じように可愛いです。
くわがたツマミとは、元モデルのママと(人間)パパ(くわがた)の間に生まれた女の子。その女の子を取り巻く登場人物がまた面白い。

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