Toyou☆Fromaju -570ページ目

私とおじいちゃん。

小学校の時から、「ちびまる子ちゃん」の放送が始まり、ただ楽しくて見ていた時代。

漫画も持っていた。

よみきりの「大野君と杉山君」のハードカバーも持ってた。

そして、いつしか、番組が終わり、ある時から、また日曜日の18時は、ちびまる子ちゃんと定着した。

それとタイトルと何の関係があるの?…というのは、



昨日誕生日だった私の亡くなったおじいちゃん。
良く、友蔵とまる子の仲睦まじい関係を見る度に、おじいちゃんは、笑いながら私との仲に似ているねと言っていた。

当時は、嬉しくも恥ずかしかったけど、25歳を過ぎた頃から…かな。ちびまる子ちゃんをほぼ毎週見ては涙する事が多くなった。何か考えされられるんだぁ…。

まだ、きっとおじいちゃんの中では、私は「まるこ」なんだろうなぁ。おじいちゃんっ子で甘えん坊で、勉強嫌いで、絵を描く事が大好きで、散らかし放題で…。(笑)

成人になってから、一回だけ重い相談話をした事があった。

何にも言わず、ただ黙って聞いてくれた。

私がいない時、おばあちゃんにこう言ったらしい。

「色々と悩む歳になったんだな。」

おじいちゃんが私をちょっと違う視点でみた瞬間だったのかな。


これでいいのだ。

先程、故赤塚不二夫先生のドキュメンタリーが放送されていました。

幼な心で特別意識はしていなくても、「天才バカボン」や「ひみつのアッコちゃん」「もーれつア太郎」「おそ松くん」など、赤塚先生が描いていた事は、知っていました。

漫画も読ませて頂いておりました。

天才バカボンの「マンガプリンター」(漫画の元になる型に、紙とカーボン紙を重ね、機械にセットすると、4コマ漫画が出来るという玩具)も持っていました。

※画像提供者様有難うございます※


漫画家を目指している方なら特にご存知の「トキワ荘」時代からのお話…。

故手塚治虫先生は、赤塚先生に「漫画を真似して描くのではなく、一流の本と映画と舞台を見ろ」とおっしゃったそうです。

それから連載が始まり、プロダクションまで設立。

再現VTRの俳優さんがまた似てるんですよね。

見ていて、泣いたり笑ったり忙しかったです。

見終わって思ったのは、「これでいいのだ」の何たる重さ。

想像していた事より重みを感じ、色々な経験をしてきた方だからこその一言なんだと思ったら、そこに、単純さは一つもありませんでした。

赤塚先生の周りで支えてこられた、トキワ荘メンバーの方々、家族の方々、元アシスタントの方々、皆様赤塚先生を尊敬していた証が残されていました。

漫画家さん達だけではなく、有名なタモリさんや美空ひばりさんまでもが、赤塚先生なくては存在しなかった人達だったんですね!

いや~、実にかっこいい!

盲学校の生徒さん達に、点字の絵本を作ったりと、最後の最後まで、隅々まで笑いを提供して下さった赤塚先生。

「これでいいのだ」は、まだまだこの成長段階では、恐れ多くて言えませんが、私も、赤塚先生の作品で育った一人です。
因みに…赤塚先生や、インタビューに応じていた方々の周りには、自分の作品が沢山ありました。
それは、私が小さい頃、夢見ていた姿です…。


パソコンから見ている方。

パソコンから見ている方向きに…。

左側の真ん中あたりに、「やわらか戦車」のパーツがあるのですが、この「やわらか戦車」とは、二年位前からajuがハマり出したネットアニメなのです。

一言で語ると難しいですが、戦争などで使われる戦車です。ちゃんと戦車というプライドも持ち兼ねていますが、車体がぷよぷよしていて触ると腐るのです(笑)そんな兄者(あにじゃ)も奥様とベイビーがいるパパ。

とにかく心暖まるアニメです。

グッズの一部を紹介します。



可愛いでしょ?


ちなみに、「やわらか戦車」の著者様ラレコ氏が手掛けた「くわがたツマミ」も同じように可愛いです。



くわがたツマミとは、元モデルのママと(人間)パパ(くわがた)の間に生まれた女の子。その女の子を取り巻く登場人物がまた面白い。



興味のある方は検索してみて下さい♪