■「内定への一言」バックナンバー編

「船が大きければ、波も高くなる」(マレーシアのことわざ)





こんばんは。今日は緊張感が途切れたのか、帰りのバスを降りる時、料金箱の中に危うく自宅のカギを放り込みそうになった小島です。

ふ~、危なかった…。

もし気付かずにバスから降りていたら、今頃僕は、この寒い中、大濠公園の休憩所で、おでんでも食べていたかもしれません。

…なんてことはせず、多分、香椎のM迫さんの家で今夜も仲間のために行われる「HP編集作業」を手伝いに行っていたでしょう。立派な先輩たちに感謝ですね。僕は今日は、おかげ様で、家でゆっくり過ごさせてもらっています。



昨日の忘年会は、FUNの結束の強さと温かさを十二分に感じられた、素晴らしい時間でした。

ずいぶん前から幹事を担当してくれた西南4年のI君、M君、N君、心のこもった企画と熱い盛り上げを、どうもありがとうございました。

また、個人的には、僕は年末が誕生日ということで、毎年この集まりの時にはお祝いをしていただいていますが、今年は筑紫女学園のAさん、Iさん、Kさんが中心となって素敵な色紙(手紙と写真のアルバム)とケーキを準備してくださったようで、これはわが家の「家宝」になりそうなくらい感動しました。


まったく…揃いも揃って、なぜみんな、こうも人の喜ばせ方ってもんが上手なんでしょうか…。

しかも、準備の隠密行動ぶりは、CIAも脱帽するくらいです。また僕をこんなに喜ばせて、またまたやる気が爆発して、来年も幸せな寝不足が続くのは確実です。

有り難いことです。部員の皆様に心より感謝します。昨日は本当にありがとうございました。そして、本当にお疲れ様でした。



さて、皆さんの2006年は、どんな一年でしたか?

僕の一年は、思ったことを思った以上にやれ、悔いなく前進できた一年でした。

まだまだ自分には余力と可能性が十分あることを知り、さらに基本の徹底と自己管理に力を入れ、40代から計画しているミニ財閥経営の予想図がより鮮明に描けてきた一年でもありました。

それもこれも、ご協力を頂いた皆様のお陰様で、感謝と希望で31回目の誕生日を迎えられることを嬉しく思っています。



さて、水曜の就活コース「基礎編」の最終回の後、西新パレス下のミスドで、西南4年のI君と色々とお話した際、マレーシアで働いていた頃の体験談が話題に上りました。

20歳の海外勤務からもう10年。熱帯の異国で「12月の川泳ぎ」を楽しみ、21回目の誕生日をイスラム式で祝ってもらったことが、遠い遠い昔の思い出になりつつある今でも、思い出そうとすれば鮮明に蘇る思い出は、いくつもあります。

細かい話は来年の話題にでも取っておいて、今日はあることわざから、学ぶべき人生態度を考えて、一年を締めくくりたいと考えています。


マレーシアのことわざは、その熱帯の風土と産物から、果物や動物を題材にしたものが多く、外国人の僕にはよく理解できないものもたくさんあったのですが、古代から貿易の要衝であるマラッカを中心に発展してきた国であるため、一つ、気に入ったことわざがありました。

それは、「Besar kapal, besar gelombang」というもの。

kapalは「船」、gelombangは「波」で、besarは「大きい」という形容詞です。直訳すれば「船大きく波高し」で、意訳すると「船が大きければ、波も高くなる」といったところでしょうか。

奇妙な綴りに興味を持った方のために、ちょっと寄り道…。

マレー語は修飾が全て「後置」形式で行われ、その徹底ぶりはフランス語以上で、例えば「私の黒い大きな猫」は、「猫大きい黒い私(kuching hitam besar Saya)」となります。

だから、「大きな船、大きな波」なら「Kapal besar, gelombang besar」ですが、形容詞が先に来ると、弱い「仮定」を表すことができ、貿易言語が母体だけに、実に合理的な文法で構成された言語です。

学びたい方は、こっそり「FUNマレー語塾」でもやりますから、来年また言って下さいね。僕の数ある「隠し芸」の中でも、エレキギターの速弾きとマレー語は、秘密度が特に高いものです…。

さて、本題に戻って、「船が大きければ、波も高くなる」は、マレー人の間で用いる時は、「大きな目標を持てば、大きな問題が生じる」と警句的に用いられたり、あるいは「大きな仕事をすれば、波及効果も大きくなる」というふうに、生き方を説く言葉として用いられたりします。

イスラム教国であるマレーシアには、当然ムスリムの義務である「ザカート(喜捨)」が存在します。イスラム教では、「喜んで与えること」が教義の基本中の基本として、子供の頃から徹底されており、非常に素晴らしいことだと思います。

ザカートでは、全てのイスラム教徒は年に1回、貧者や病人のために所得から一定の寄付をせねばなりませんから、後者の捉え方は宗教的でもあります。

その他、このことわざは「現実の摩擦は理想の高さで決まる」という人生哲学を語ったものであり、悩みが大きいのは、人生を大切に考えているからでもある、という真理も語っています。

もちろん「目標が小さい人には些細な出来事が気になる」という反対の真理もありますが、僕はマレー語を習得して以来、このことわざを「大きな夢には取り組みがいのある問題がついてくる」と好意的に解釈してきました。

「問題のあるところ、目標あり」と、「目標のあるところ、問題あり」では、どちらが正しいのでしょうか。

おそらく、どちらも正しい場面が人生には多々ありますが、やはり、「目標のあるところ、問題あり」と捉えた方が、より積極的に人生を生きられる気がしませんか?

なぜなら、こう捉えた方が現実を積極的に肯定でき、逃げずに直視し、初心を貫くことができるからです。

もし、「早起きするぞ」という目標を持てば、その「船」が受けることになる波は、「毎朝の睡魔」という「さざ波」でしょう。

しかし、「毎朝早起きして、友達と役立つ勉強会をするぞ」なら、波は「毎日の計画と下準備を含んだ睡魔との闘い」になるでしょう。

さらに、「毎朝早起きして、友達と役立つ勉強会を続け、その記録を発信して人々を勇気付けるぞ」なら、波は「自己管理と継続的努力を含んだ、生活の一大改革」になるでしょう。

「人は元々、全ての能力を持っている。能力は、あると思う人にだけある」とは、FUNゼミで毎月のように繰り返してきたことです。

人が発揮できる能力は「掲げた目標」の高さに比例するもので、「能力に合わせて目標を描く」が、もっともらしく見えて間違っているのは、何度も証明してきた通りです。

「さざ波」で泳ぐ練習をしても、大した力は付かないでしょう。それに、「さざ波」が「波」だと思ってそれに慣れてしまった人には、それより大きな波は全て「津波」のようになってしまいます。

だからこそ、日本語なら「器」というところの「自分」という「船」をまず大きく作り、しっかりと指針を定めて荒波を超えていかねばならないのです。

自分という船が大きければ、立てる波も大きくなりますが、より大きな波を受け止め、乗り越えることも可能になります。

ならば、プールの中でちゃぽちゃぽ遊んでいるような人生よりも、大海を前に対岸の大陸にたどり着くような遠洋航海を成し遂げたいものです。

学生時代は、自分の決意次第で、プールにも池にも、川にも海にもなる「つなぎの期間」です。泳ぐ力は、まさに今のこの時間にこそ、鍛えられているわけです。

ということで、今年自分が受けてきた波や、来年受けることになる波は、自分という船のスケールが決定しているのだと考え、明るく大胆に乗り越えていきましょう。

小さな波が大きく思える人は、船を大きくしましょう。そうすれば、波は小さくなってしまいます。

2007年は「大きく直進する船」になって周囲に良い波及効果を及ぼし、「感動の内定」や「期待の新卒即戦力」という対岸を目指して、堂々たる航海を楽しんでいきたいものですね。

2006年、本メルマガの読者は2倍以上に増え、多くの素晴らしい方々との出会いを頂きました。

感想や質問、励ましや感動の報告を送って下さった皆様、2004年、2005年から変わらず読み続けて下さっている皆様、そして、今年新しく登録して下さった皆様、本当にありがとうございました。

来年もまた、毎週休まずコツコツと、仕事と生活で得た確信や感動をお伝えしてまいりますので、どうぞご期待下さい。

読者の皆様の新たな一年が、素晴らしい感動と躍進に満ちた、実り多い年になりますよう、心より祈願申し上げます。

どうぞ、良いお年をお迎え下さい。

2006年は、本当にありがとうございました。2007年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

■「内定への一言」バックナンバー編

「真に有為の青年は、世間が閑却しておかぬ」(渋沢栄一)






こんばんは。先ほど、188回に及んだ今年のFUNでの講義のレジュメを全部作り終え、なんとも言えない充実感に浸っている小島です。

作ったレジュメはワードで540ページ、メルマガは600ページ、収録したCDは65枚…。4年目にして、やっと学生さんとの付き合い方が少しずつ分かってきたのも、今年の嬉しい収穫でした。

来年はさらに大きな目標を描き、公私共に、来年の今頃も「この1年に悔いなし!」と言える年末を迎えたいものです。



さて、創業以来、年末になると毎年のように読み返す本といえば、僕が人生で一番読んでよかった『論語と算盤』(渋沢栄一/国書刊行会)です。

なぜこれをたびたび読み返すかと言うと、26歳の冬、事業で決定的な危機を迎え、エアコンの切れたオフィスで、深夜黙々と読みふけったからです。

身を切るような先人の言葉を直視し、ゼロどころかマイナスからの再起を図るうえで、この本がどれだけ大きな指針になったかは、言葉では言い表せないほどで、それ以来、誕生日でもある年末を迎えるたび、自然と手にとってしまいます。

渋沢栄一と言えば、FUNの学生には『雄気堂々』(城山三郎/新潮文庫)が人気で、そのスケールの大きい生き方と意志の強さ、変幻自在の対応力は、明治維新の経済的側面にも自信を持たせてくれるほどです。

渋沢栄一は自らは財閥を作らず、持てる人脈やノウハウ、時間、私財を投じて後進の育成に当たった「元祖・ベンチャーキャピタル人間」であり、彼の薫陶を受けて大成した実業家は星の数ほどいます。

来年からベンチャーキャピタルで働く西南4年のM地君も、『雄気堂々』と『論語と算盤』を気に入っていて、ぜひ、渋沢栄一のように立派に活躍してほしいものだと、今から楽しみにしています。



さて、この『論語と算盤』の中には、メルマガに引用したらそのまま100号はこのネタで書けそうなくらい、数多くの有益な言葉が詰まっています。

本書は天保、安政と幕末を生き、明治、大正時代を経て昭和を迎えようとする頃に、80歳を超えた渋沢栄一が人生を回顧した記録で、大半は「若者への提言」で構成されている点も、学生さんに勧める理由です。

その中に、「真に有為の青年は、世間が閑却しておかぬ」という言葉があります。今日は、この言葉から、大きな仕事を成し遂げる心構えについて考えてみましょう。

4年間の大学生活を終えて卒業すると、それから始まる世界では、自分は下っ端の下っ端で、「右も左も分からない」という言葉がそのまま当てはまりそうなくらい、自分がちっぽけなのを何度も感じます。

意欲はあっても知識や能力は到底先輩社会人には追いつかず、自分の要領の悪さや無力ぶりに嫌気が差し、会社や仕事を見直したいと思うことも、何度かあるでしょう。

そんな中、先輩に「小さな仕事」を頼まれると、逆上して「なんだ、こんな小さな仕事を任せて!自分を何だと思っているんだ!」と不快に感じる新人もいます。

「会社」なるものが本格的に稼動しはじめた明治の世もそうだったようで、先輩からお茶くみや雑用を任された「学士(今でいう大卒)」が憤慨し、「やってられるか!」と退社した例もあったようです。

しかし、そういう一時的、感情的な判断は「小さい人間の仕業だ」というのが、渋沢栄一が語っていることです。

「小さい仕事を小さい仕事だと思うのは、その人の器が小さいだけだ」ということで、これは、今の世にも十分通用する考え方です。

例えば、豊臣秀吉がまだ足軽の頃、主君である信長のぞうりを懐で温め、信長が外出する時に丁重に揃えた、というのは、日本人なら誰もが知る話です。

代々武家の織田家は、当初の規模は小さかったとは言え、尾張の国では大きな家で、そこの「お殿様」である信長の身辺の雑用を担当する人は、秀吉以外にも何人かいたでしょう。

しかし、「ぞうり取り」という、一見「どうでもよさそうな仕事」に精魂を込め、大きな気持ちで取り組んだ若者は、秀吉しかいなかったのです。

ぞうりを揃えた秀吉に、「これを機に信長公の歓心を買い、めでたい覚えを得るのじゃ」という成算があったかどうか、それはさほど重要な問題ではありません。

もちろん、嫌われたり叱られたりするために何かをやるというつもりはなかったでしょうが、武家の主君に対し、自分の有能さをアピールするには、「ぞうり取り」はあまりに平凡すぎる仕事です。

だから大抵の人は、そんな「雑用中の雑用」を真剣にやるなんて、馬鹿馬鹿しいだけだ、と考えたのかもしれません。

しかし、ぞうり取りに限らず、全ての仕事に偉大な情熱を傾け、まだ名も知れぬ若いうちから、人が見ていようがいまいが、陰の仕事でも全力でやっていたからこそ、その場その場で秀吉は頭角を現し、後日、誰もが知る栄耀栄華を極めるに至ったのではないでしょうか。

彼の才覚を伝える逸話は多く残っていますが、それはほとんどが「家来の一人」にも数えられないような「平社員」の頃の話です。

彼は大仕事をやろうとする前に、与えられた仕事を最高の形でこなすことをもって依頼主に応え、着実に信用と評判を築いていったのでした。

「ぞうり取り」に限らず、お茶くみや馬の世話、武器の整備、帳簿の管理など、身辺の雑用は限りなくあっただろうに、秀吉はそれをいちいち差別せず、与えられた仕事でしっかりと自分を見せたのです。

大きな仕事を任せてもらえないことを嘆かず、小さな仕事を任されたと憤慨したり落胆したりせず、どんな小さな仕事も、「大きな気持ち」でやったのでした。

そういう秀吉だから、出世するたびに直属の上司から「これもやってみないか」と次々に仕事が舞い込み、部下も収入も増えていったわけです。

渋沢栄一も秀吉の例を引いており、渋沢と並ぶ大実業家・安田善次郎も、少年時代に読んだ「太閤記」がその将来を決定しました。

二人に共通しているのは、「大きい仕事なら頑張る」、「給料を上げてもらえたら頑張る」という本末転倒な考え方ではなく、「小さい仕事で心意気を示す」、「頑張って給料を上げてもらう」という、至極まっとうな考え方です。

大きな仕事で目立つのは簡単です。仕事が大きいからです。

しかし、考えようによっては、小さな仕事で目立つ方が、もっと簡単という場合もあります。

それは、大抵の人は仕事の小ささを見て「意義も影響も小さい」と決め付け、あまり大事にしないからです。

つまり、器が小さい人は「小さい仕事」を小さく見る習慣があるため、いつまでたっても小さい仕事しかできず、いつしか、その小さい仕事が「最大限」になってしまう、というわけです。

だから渋沢栄一は、「社会に出て間もない頃、大して重要ではない仕事を任されるかもしれないが、それは先輩が自分を試しているのだと思って、どんな仕事でも誠意を尽くせ」と言っています。

今風の言葉で言えば、「最高においしいお茶をくむぞ!」、「オフィスが見違えるほどの掃除をするぞ!」、「社内の雰囲気を変えるくらいの挨拶をするぞ!」とでも置き換えればいいでしょう。

小さな仕事ほど、そこに込めた気持ちの大小は判別しやすいものです。


僕も昔、自社のパンフレットを作ってもらう際、予算が少ないからと粗末な試作品を持ってきた広告代理店はその場で「お引取り下さい」と追い返しましたが、「ここまでしてくれるのか」と感動するくらいの見本を持ってきてくれた担当者の熱意に感動し、そこにお願いしました。

その後、その担当者に任せる予算が上がったことは、言うまでもありません。「高い仕事なら頑張る」という奴隷は不要で、「頑張って取引を増やそう」という挑戦者が欲しかったからです。

もし、皆さんが起業して良い提携先を見つけたければ、市況価格よりやや低めの値段で仮発注してみれば、誰が本物か、すぐに見分けられるでしょう。


僕自身も記者時代、まだ営業成績が最下位の頃から一番に出社し、他の社員が出社する頃にはアポイントのリストを完全に作成し、灰皿を掃除して、新聞を片付けたりしたものです。

時にはお茶の葉を捨てたり、窓を拭いたり、コピー機の紙を補充したり、受話器のコードを正したり、ホワイトボードのマーカーを買いに行ったりもしました。

その気になれば、会社や社風を盛り上げるための仕掛けはいくらでも存在しているもので、僕がそういう雑務をやったからといって別に給料が上がったわけではありませんが、良い評価を得たのは事実です。

後日、7ヶ月連続でトップ営業成績を収めた時、「君は入社した頃から気迫が違っていた」と言われた時は、素直に嬉しかったものです。

それからは、社内でもう一社設立したコンサルティング会社が主催する異業種交流会の場所取りや宴会予約を任されたり、司会や連絡を担当したりして、最後は、営業社員8人の中、僕1人が最年少で4割の売上を上げるまでになりましたが、それは上司の協力があったからです。

「真に有為の青年」と自分をほめちぎるわけではありませんが、その仕事が重要であろうとなかろうと、小さいことでも楽しくてきぱきやると、やっぱり人はきちんと見てくれているのだと、渋沢栄一の言葉を何度も思い返しました。

頑張れば、「世間が閑却しておかぬ」とはその通りで、その後は異業種交流会を自分で組織し、人を集めた際、1年間で372人も参加してくれ、たった1日で165万円の出資を頂いた時は、感激したものです。

「君はいつも陰で頑張っていたから、心から信頼している。お金は返さなくていいから、事業に役立ててくれ」

あまり親しくもなく、ちょっとした立ち話しかしたことがなかった他社の方から、そう言って70万円を頂いた時は、素直に頭が下がったものです。

その時もまた、「小さい仕事が小さいのではない。それは心一つだ。大きい仕事は、小さい仕事の集まりにすぎない」と確信しました。


あれから7年。僕も週末、31歳になります。今では、オフの時間は60人近くの学生さんとともに学び、色々と顧問の作業を手伝ってもらうこともあります。

そんな中、かつては僕が誰かに対してやっていたようなコピー、会場予約、出席確認、欠席者への連絡、膨大な事務作業…を、今は学生さんが率先してやってくれます。

そういう陰の努力家を尊敬し、その目立たない地道な貢献に感謝する雰囲気を大切にしてきたからこそ、今のFUNがあるのでしょう。

特に、福岡女子大4年のM迫さんの緻密さ、丁寧さはインストラクターの大月さんがいつも感謝していて、控え目ながら積極的提案を含ませ、丁寧に相手の気持ちを汲んで取り組んでくれるM迫さんの作業ぶりは、僕も折に触れて感心してしまいます。

表に立つ人は、目立ってはいますが、だからといって一番大事なことをやっている、というわけではありません。

本当に組織全体を推し進めているのは、どんな組織であれ、平凡な雑務を投げ出さずに継続する「裏方」の人で、もし「目立ち方」ではなく「貢献度」を基準にすれば、「裏方」という言葉の意味も見直さねばなりません。

九産大4年のヤマえもん君は、2年の春に入部した時から、誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰り、時には自宅の車も借り出して道具を運んだり、他の人が敬遠したがる仕事も笑顔で引き受けてくれ、どれだけFUNの基礎を作ってくれたか、その貢献は計り知れないほどです。

西南4年のI橋君も、最年長なのに地道な場所取りや板書を毎週笑顔で引き受けてくれ、空いた時間は後輩の相談に進んで乗り、どれだけ調和をもたらしてくれたか、計り知れないほどです。

FUNには他にも、そうやって、自分たちの時よりも一層充実した環境で後輩が学べるよう、進んで集まってアイデアを出し、どんどん試しては功績を誇らない4年生がたくさんいます。

それに比べれば、毎週ワード30枚の講義レジュメを作っている僕の仕事など、雑巾がけ以下の仕事に過ぎません。

ということで、皆さんも、もし「自分は頑張っているのに注目されない」、「なぜやる気があるのに小さいことしか任されないのか」、「自分の努力を分かってくれる人なんていない」と思っていたりするのなら、その気持ちは一旦置いておいて、無言で雑務に熱中してみましょう。

早急な注目や評価は、別にここで求めるものではありません。

それより、小さい仕事が持つ大きな意義を自分の中で心得、地道に黙々とやってみることです。

いずれ、その作業を見ていた人が皆さんを引き立て、皆さんが何かを成し遂げた時には、「君は最初から違っていた」と言ってくれるに違いありません。

大きな仕事、かっこいい仕事、大事な仕事は、それを任される前の仕事をどれだけ大きな気持ちで成し遂げたか、によって決まるのです。

行動が先で評価は後であり、先に評価や報酬を求める態度では、張りのある仕事は任されません。まず、今の自分で最高の努力を見せましょう。

これは、就活でも同様です。

「40字で自分が分かるか!」と言う方。

それは分かるんですよ。



「5分の面接で何が分かるのか!」と言う方。

それもはっきりと分かりますよ。

制限字数や持ち時間が少ない、短いからと自分を飾ったり、背伸びしたり、手を抜いたりする人に、それ以上の字数や時間は与えなくてよいでしょう。

だって、「器が小さい人間」なのですから。


本気で頑張った人が、どうして他人や環境のせいにすることがあるでしょうか。結果を人のせいにするような行動は、そもそも動機や心掛けが間違っているのです。

本気で頑張ったのなら、結果がどうであれ「成功」だと思えなければおかしいし、自然に人に対しての感謝が沸き起こってくるものです。

ぜひ、自分こそは「世間が閑却しておかぬ有為の青年だ」と信じ、地道に努力を継続していきましょう。

■「内定への一言」バックナンバー編

「知力とは、新しい関係を発見する力のことである」





こんばんは。今日は数年ぶりの友人に博多駅でバッタリ再会し、感無量の気持ちで帰宅した小島です。

創業でお世話になった人々や迷惑をかけた方々にお会いし、恩返しをしていくのは今年の課題だったのですが、来年からはこの新たな課題も着実に実行していけそうで、改めて出会いの奥深さを感じます。

ほとんどの友人には、「学生サークルを応援している」というのは秘密の趣味のようなものだったので、別に誰も知らないのですが、今後はゆっくりと近況でも報告し、旧縁を温めていきたいものです。



さて、もう4年近くも学生さんと接していると、時々よく意味が分からない質問を受けたりすることも多く、時々、考えさせられる問いもあります。

初対面で…「これから、世界はどうなるんですか?」と聞いてきた人もいれば、「やっぱり、僕たちは年金をもらえないんでしょうか」と聞いてきた人もおり、そんなことは僕の答えることではなく、驚きました。

だから、「質問はちゃんと前提を説明して、よく考えてからするものだ」と言ったら、「すみません。では…エントリーシートって、どれくらい大事なんですか?」というかなり俗っぽい質問になり、二重に面食らったものです。

思いついたことを、よく考えずに次々と脈絡なく質問するのは学生さんの癖のようで、そのランダムぶりやトリッキーさは、聞いていて面白いものです。


さて先日、ある学生さんから、「知力って、どういう力ですか?」という質問を受けました。これは答えがいのある質問です。

「知力」とは「知る力」と書きますが、その本当の意味はインプットよりアウトプットに求めるべきものだと思います。もちろん吸収や消化も大切ですが、現実の生活や仕事に生きねば、あらゆる能力はないも同然です。

まさに「知って行わざる者、それを知らざるに同じ」で、知識については、「知っているかどうか」ではなく、「行っているかどうか」が判断の根拠です。

そう考えれば、知力の定義は「新しい関係を発見する力」だとは言えないでしょうか。

世の中の全ての「前進」や「成長」は、無関係と思われるものに関係を発見し、発見したその関係が実現するまで根気良く継続することにより、可能になります。

慶應義塾大学の元塾長・小泉信三博士も、『平生の心がけ』(講談社学術文庫)で、「不可能を可能にするのは、発明と練習しかない」と書いているのは、既にFUN Business Cafe
に来た方はご存知でしょう。

ということで、「無関係と思われているものに関係を発見・創造する力」がいかに目標達成に必要な能力なのか、以下、考えてみましょう。


まずは、「夢を描く(目標を持つ、あることをやりたいと思う)」ことにも、「関係を見つける力」が絶対に必要です。というより、この力によって夢は始まります。

我々の目の前には多種多様な情報が毎日大量に提示されていますが、その中から情報やチャンスを見つけるのは、ひとえにこの「関連付け」の力によります。

FUNではいつも、「何がやりたいか」よりも「どういう人間になりたいか」を考えるように言っていますが、それは、そう考えておけば、目の前の現実や現象の中から、即座に必要な情報を抽出できるからです。

「やりたいことを見つけたい」と考えれば、「やりたいか、やりたくないか」と考えますが、「こういう人間になりたい」と考えれば、「なれるかなれないか」と考えて、より積極的に課題と向き合い、夢に気付くことができるからです。

つまり、「他の人が関係ないと切り捨ててしまうかもしれない物事の中から、自分に関係ある、と思うものに反応しやすくなる」ということです。

「やりたいこと」を描く時に最も愚かな方法は、「今の自分の能力で実現が可能か?」と自問することです。こんなのは、全ての夢を捨てるための考え方です。

そもそも「夢」とは「今の自分に不可能」だからこそ描くものであり、賢い人は「今の自分にできなくても、将来の自分ができればいい」と考え、その将来像を自分と関連付けます。

多くの学生が悩む「やりたいこと」は、こういう「関連付け」の力によって、最初のスタートを得るのです。

そして、それが本当に関係あるかないかは、人に判定してもらうのではなく、自分でそう信じることによってのみ、証明されるものです。ですから、夢を持ったら、ネガティブな人とは絶対に相談しないことです。

ネガティブさ、暗さ、消極性とは、一言で言って、「関係を断ち切る思考習慣」の別の言葉です。あらゆる希望やアイデアは「関係ある」という発想に根ざすものであり、「関係ない」という思考癖は、希望や選択肢を縮め、潰す方向でしか機能しないからです。

めでたく、あることを「やりたい」と思えた人は、その日から、「自分はやりたいことがある人間なんだ」という自覚を手に入れ、それまでとは違った張り合いのある日々を過ごすことになります。

「張りのある日々」とは、言葉を変えれば、「様々な関係を発想し、実験し、改善していく日々」ということです。

本メルマガでも3年ほど前に「不安は気分に属し、希望は意思に属する」というアランの言葉を紹介したように、人は自分の頭で考えれば、絶対に不安になることはできないものです。

思考とは「関係を想像する行為」のことで、人間は考えて不安になることはありません。不安になる時は、必ずといっていいほど、対象を漠然と、気分的にしか把握していないものです。

仮に、「就活が不安だ」という人がいるのなら、その人はきっと、「何をすればよいか」、「どういう人間になりたいか」、「どういう人生を生きたいか」を全くといっていいほど考えていないでしょう。

「考えても分からない」からといって投げ出すと不安になりますが、「分からないから考える」という行為を続ければ、たとえ解決策が見えなくても、考えているうちは心を積極性で満たすことができるものです。

「考える」とは、まさに、新たな選択肢と自分を関連付ける行為であり、それが失敗したら新しい方法と自分を関連付ける行為であり、それがうまくいったら、それを自分の得意技と関連付ける行為です。

ですから、「不安な人」、「暗い人」とは、思考を放棄した人間だと言っていいでしょう。人は考え続ける限り、たとえ失敗しようが、未熟であろうが、絶対に不安や恐怖に支配されることはないからです。

要するに、「積極的ビジョン」と自分を関連付けている以上は、現在が悲観的状態や劣勢の中に置かれていようが、不安になどなれないのです。

同様に、学問やビジネスのあらゆる積極的営みも、それまでは「関係ない」とされたことに「新たな関係」を模索し、着想し、検証し、実現させることからしか、生まれません。

エジソンは京都の竹のフィラメントを使って白熱電球を完成させるまで、実に9,000回以上もの失敗をしたと言いますが、成功した際に新聞記者に「1万回近く失敗したそうですね」と言われ…

「違う。私はうまくいかない方法を見つけることに、9,999回も成功したのだ」と答えたエピソードは、3年ほど前にご紹介した通りです。

失敗とは、目の前の現実や自分の知識、経験の中から「関係」を生み出そうとせず、「もうダメだ」とそこで投げ出した行為に名付けられる名前です。

エジソンは何千回失敗しても、「だったら、○○なら電気がつくかもしれない」と考えました。要するに「関係」を想像したわけです。それが本当に正解かどうかは分からなくても、そう考えているだけで希望を持っていたのです。

そして、それでは電気がつかなかった時も、「そっか、じゃあ○○ならいいかもしれない」と経験に学んでさらに新たな関係を模索し、それを「できるまで」続けていきました。

なぜなら、彼が一番最初に発想した「関係」とは、「電気があれば、人々の生活は便利になる」という奇想天外な思いつきだったからです。

それはもしかしたら、「家の中に太陽があれば、誰でも夜に勉強が出来るのに」という、支離滅裂な「関係想像」だったかもしれません。

あるいは、「ガス灯」や「暖炉の火」では危ないので、「安全な明かりがあれば、誰もが快適に暮らせるのに」という非常識な「関係想像」だったかもしれません。

ということで、エジソンは「電気」と「生活」に勝手に関係を想像し、自分が知っている限りの「電気の原理」と、それを叶えそうな素材の結び付け(関係確認)に9,000回以上も挑戦し、「これじゃダメだ」という方法の発見に、その回数だけ成功した、というわけです。

物事は何であれ、発明されてみると、「なぜ、こんなに単純なことを今まで誰も考えなかったのか」と思うほど簡単に見えます。

しかし実際は、人々の嘲笑や同情も気にせず、ひたすら「新たな関係」を思い付き、実践し、実現させた先駆者あってこそそうなったわけで、やはり「知力とは新しい関係を発見する力」という定義は、ここでも正しく当てはまります。

ですからエジソンは、「失敗」という記者の言葉に驚き、「うまくいかない方法を見つけることに成功した」と言ったんですね。

他の誰が失敗だと思っていても、本人だけは「成功」だと思っていたからこそ、最初に思い描いた「関係」が実現されたわけです。

気分に落ち込まず、思考を続けたからこそ、希望が尽きることはなかったわけです。


「文学部だから金融業界は関係ない」

「社会福祉学科だから広告代理店は関係ない」

「英文学科だからIT業界は関係ない」



誰がそう言ったのでしょうか。誰が「関係がない」ということを証明したのでしょうか。きっと、「本人」以外にはいないでしょう。

人が「関係ない」と言おうが、自分が関係を想像すれば、目の前の選択肢は立派に「私の夢」になるのです。その関係がどれくらい本当なのかは、人に聞くことではなく、自分で耐えて実現させればいいことです。

人が「関係ない」と言う物事に新たな関係を見つけ、説得する力を手に入れれば、その人は世の中のあらゆる現実からチャンスを創造し、豊かな人生を手に入れられるでしょう。

FUNの部員の皆さんは、「自己PR」が「自分のことをアピールすること」ではない、ということを、散々聞いていると思います。

PRの原義が「Public Relation(相手と自分の関連付け)」であるということくらい、大学に行くほどの知力を持った皆さんなら常識として知っているでしょうが、自己PRとは「相手(企業)の可能性と自分の能力やビジョンを関連付ける作業」のことです。

それを知らずに、一方的に自分の経歴や長所をアピールして落ち、「やっぱり熱意が足りなかった」、「メイクが悪かった」などと苦しい努力をする学生もいますが、それは「不採用」と「メイク」を関連付けた結果です。

人間の知力とは、「現実と何を関連付けるか」を見ていれば、会話を交わさなくとも透けるように見えるものです。

ですから、関連付けを知性だと考えれば、「頭がいい人」とは、より積極的で発展的な選択肢や解決策と自分を関連付ける人のことです。

どんなに有名な大学を出ていようが、消極的で退歩的な選択肢を受け入れ、証明し、現実がどんなに自分に不利なのかを示したがる人は、頭が悪い人です。ですから、「不況」や「不可能」を証明するほど愚かな頭の使い方はありません。

さて皆さんは、自分の可能性と、どういう将来像を関連付けているでしょうか。自分の潜在能力の発揮のため、どういう作業を未来の予定として自分と関連付けているでしょうか。

「関係ない」は嫉妬深い人や人生の敗者の口ぐせです。「関係ない」と言いそうになったら、「いかん、いかん」と打ち消して、目の前の現実や頭の中の発想に、今一度、ぐっと集中する癖を付けましょう。

大学で得た全ての知識や経験は、今の自分と新たな可能性を関連付けることに役立ってこそ、学んだ価値を発揮するのです。

その意味では「関係を想像・構築・検証・実現する力」を身につける営みこそ「本当の学問」であり、そういう勉強をした人は、どう考えても、「就職が不安だ」とか「就活が嫌だ」とは思えないでしょう。

「就職が不安だ」とか「働きたくない」と考えているのなら、その人はどの大学に行っていようが、何の勉強をしていようが、まとまな勉強など全くやらなかった、という証拠です。

だって、「やりたいことがない」というのは、卒業後の自分と社会問題を一つも関連付けられていない、ということだからです。


僕は27歳で学生サークルをお手伝いすることになった時、頭は良くても、頭の使い方を間違って不幸と悲劇と貧困を量産する社会人の生まれる理由が、よく分かった気になりました。

それはひとえに「関係を描けない勉強方法」にあったのです。

ですから、FUNでは積極的に夢(自分の現実と未来の結び付け方)を発信し、反応しあう雰囲気を作るように、学生さんと一緒に頑張ってきました。関連付けの方法や着眼点こそ、「個性」だからです。

また、FUNで何度も「継続が大事」と言っているのは、継続力こそ知力だからです。

継続できない、つまり「中断」、「放棄」するというのは、「関係の想像をやめた」ということです。

ですから中断は、「意志が弱い」という問題ではなく、「頭が悪い」というべき問題です。人は考え続ける限り、やめられないものだからです。「継続力がない人間は無能」というのが、事実だと言えるでしょう。

それは「無理だ」というアイデアと自分を関連付ける行為なので、人は何かを描いて中断するほど、どんどん頭が悪くなっていくものです。

知的耐久力を萎えさせた人には、それ相応の報いがあるものです。

「中途半端」な人は意志が弱いのではなく、忙しいのでもなく、単に頭が悪いだけ。知識の有無ではなく、考えようとするかしないかによって、人生の成功は大きく左右されるものだと覚えておきましょう。

学生とは「未来からの留学生」であり、全ての学生は、自分と関連付けた何か、と同一の存在になっていくものです。

自分をニートと関連づけた人はニートになり、起業家と関連づけた人は起業家になります。何とも関連付けなかった人は、無職になります。このよように、「描いたことは全て叶う」のが人生の真実です。

ならば、自分を価値ある何かと関連付け、その過程で積極的な関係を不断に想像し、数多くの「うまくいかない方法」を見つけることに成功し、最終的には「最初に描いた夢」と自分の関係を実現させたいものですね。

年末はこの一年を振り返り、新たな可能性と自分をつなぎあわせて、来年はそれを実現できるよう、最初から良いスタートダッシュを切っていきましょう。

「夢への自己PR」は、毎日できることですよ。